2012年07月31日00時07分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(60)原発銀座で詠う若狭の歌人・奥本守歌集『生かされて』から原発短歌を読む 「日雇いの農民被曝者の写真見る寝転ぶのみにて死を待つばかり」  山崎芳彦

 昨年3月11日に起きた東京電力福島第一原発の事故をめぐる政府事故調査・検証委員会(畑村洋太郎委員長)の最終報告が去る7月23日に発表されたことで、民間事故調(北澤宏一委員長、2012年2月発表)、国会事故調(黒川清委員長、同5月発表)が出揃った。東京電力の報告書(6月発表)もあるが、これは当事者による調査・検証であり、社会的に評価に耐えうるものとしては認められまい。 
筆者は、3つの報告書について、関心のある部分を中心に一読したが、それぞれ事故の原因、事故後の政府・関係者の対応、被災の状況、今後の課題と提言など、調査・検証の結果を、かなりのボリュームの報告書としてまとめているのだが、ことの本質、根源に迫る、もっとも為さなければならない、明らかにしなければならないことを避けた内容であることを痛感した。 
 
 福島原発事故の調査・検証という枠に縛られて、「原子力・核エネルギーの利用」−「原発の存在」そのもの、核の本質と社会との関係についての検討・検証がなされず、福島原発事故を対象にして、結局はきわめて限定的な調査・検証にとどまっている報告書は、「なぜ事故が起きたのか」「いかにして事故を起さない対策を整えるか」という、核利用を前提した内容から脱することは出来ないということなのだろう。 
 
 これらの報告書が取りまとめられている間に、福島原発事故による厄災が深刻化を深め、多くの人々が苦難の生活を強いられ続ける一方で、大飯原発を突破口にして原発再稼働の企みが進み、また各原発の危険性が次々と明らかになっているにもかかわらず対応がサボられ、福島原発における作業員の被曝隠しなど非人間的な原発労働の横行、相も変らぬ政府主催の「国民の意見を聞く」と称する詐欺的な意見聴取の会・・・挙げれば限りのない、核利用維持・推進のための策謀と事態が明らかになり続けている。 
 事故調査委員会の会議は「踊っていた」のであり、記された言葉が、いかに多く、もっともらしく、また事実を羅列していても、核の利用を「平和的」と修飾して認める限り、分厚い冊子であるに過ぎないのである。 
 
 そういうときに、まことに時宜を得たと言うべきだろう、『高木仁三郎セレクション』(佐高信・中里英章編 2012年7月12日刊 岩波現代文庫)が刊行された。筆者は、目次を見て、真っ先に同書の最後の論文「核の社会学」から読み始めた。「はじめに」「一 核の本質的特徴」「二 核と権力」「三 核と差別」「四 原発と地域」「五 情報非公開と管理社会化」「六 核開発のもたらしたもの」「七 反核運動と社会」からなる高木氏の、文庫版で18頁の文章を読みながら、政府、国会、民間各事故調の報告書が持たない、持とうとしない、核と社会、核と人間、自然に対する視点の欠如が、どれ程「権威」ある委員達の、長い時間をかけた論議、調査をむなしいものにしているかを思った。まだ、同書を読んでいる最中である。すでに多くの人が読まれていることと思うが、未読の方には、ぜひとお勧めしたい。筆者の老化した頭でも、高木さんの文章は読みやすく、心を和ませ、励ましてくれるのが嬉しい。 
 
 前回触れた「『技術と人間』論文選」も読んでいる途中だが、反核に精魂を傾けて研究し、論述し、語り続けてきた人々の歴史的な蓄積に学びながら「核ないし核開発と社会の関係を見てくれば、そのさまざまな問題点に対する闘い、すなわち、さまざまな反核の運動が全面的な社会変革運動にならざるを得ないことが容易に理解されよう(トウレーヌ、1984)。実際、反核の運動は、そう進んできた。・・・本稿の筆者の立場がそうであるように、核の軍事利用も民事利用もひとつのものであるととらえてその人間や自然に対する支配性と対決し『核』によって代表されるような文明や社会のあり方とはことなる「もうひとつの(alternative)道を歩もうということが次第に反核運動の全体的な理念になってきた。」(『高木仁三郎セレクション』の「核の社会学」)歴史的な必然の中に、筆者なりの身の置き方を考えていきたい。 
 
 奥本守さんの短歌を、第一歌集から、今回の第四歌集まで原発にかかわる作品を、筆者の独断で抄出し読んで来たが、奥本さんは、現在第五歌集を準備中とのことである。上梓を待ちながら、6回にわたっての奥本さんの原発短歌の紹介を、今回で終ることにする。 
 
 
   歌集『生かされて』から 
 
▼希望を持てず・他 
新世紀に希望を持てず原発に死の灰増すを案ずるばかり 
 
こっそりと国会議員がやることは金の亡者ぞ善き顔をして 
 
原発の地元が増設みとむるは金、金、金、の亡者なるゆえ 
 
  ▼原発被曝者写真集―樋口健二著― 
日雇いの農民被曝者の写真見る寝転ぶのみにて死を待つばかり 
 
原発の被曝症状すぐに出ず三(み)月四(よ)月してようやく気づく 
 
汚染濃きパイプ洗浄で被曝せる人は即座に解雇されたる 
 
原子炉の爆発は明日起るとも不思議ならずとこの被曝者は 
 
原発の定検中に被曝する人ある事実をかくす業者ら 
 
  ▼悪政 
過労死の認定早ければ原発の被曝は認めず会社も国も 
 
プルサーマルくどく説明さるるとも怪しき内容、危険は同じ 
 
謝れば済むニッポンに責任を取る人あらず亡びゆかんか 
 
改造費六百七十億円「もんじゅ」に使う国の予算は捨つるに近し 
 
  ▼テロ事件 
自爆せし機に猛々とビル燃えてたちまち高層の崩れ落ちゆく 
 
若狭には核増殖炉の「もんじゅ」ありいつ標的にさるるか知らず 
 
自衛力強化を叫ぶニッポンに原発を守る神はいまさず 
 
  ▼明日の日 
人類はあらそい自ら亡びゆく生き物ならむ愚かにかなし 
 
明日あるを信じたけれど原発の若狭の明日は死者溢るるか 
 
  ▼危うし 
有事とは何ぞや仮想の敵つくり軍事産業育てることか 
 
憲法に軍隊なけれど海外へ派兵されいる不思議な部隊 
 
核兵器置かぬと決めて持つというニホンは戦争(いくさ)を招く国かも 
 
癌患者多くて怖く逃げゆきし医師の卵も育たぬ若狭 
 
薄陽差す若狭にかすみたち込めて風なし死の灰降るにあらずや 
 
  ▼安全はなし 
〈安全〉より利益が優先する組織原子炉の配管継ぎだらけなり 
 
原発の定期検査に冒さるる人あまたあり報告されず 
 
事故起きて業者が詫びるそれだけで国はひとりも責任とらず 
 
原発の貯水タンクのペッコリと凹みてぐんなり折れ曲りたり 
 
原発廃棄物(ゴミ)東京の地下に埋めて見よ住めばミヤコと心地良かるや 
 
  ▼美浜原発死亡事故 
配管の破裂に吹き出す灼熱の蒸気に四人瞬時に焼かるる 
 
高熱の蒸気(ゆげ)に襲われ逃げる間もなくて倒れし若き人たち 
 
テロでなし事故なり蒸気噴出のタービン建屋は熱湯の釜 
 
天井に配管多し一本が裂けて建屋は灼熱地獄 
 
タービンも炉内も機器も事故あれば被害は末端労務者ばかり 
 
原発を建てし労務者のその一人われの老化の身に沁む歳月 
 
原発の事故無惨なり「もう二度と事故を起すな」慟哭を聞け 
 
原発の管理体制変うるとも死の事故起る廃炉の季節 
 
原発に死の事故ありて夕雲は赤くくろずみ泣き腫れている 
 
越前の人には見えぬ夕雲の泣き腫れて若狭をおおう悲しみ 
 
安全に当然のことの守られず原発に死すか若狭のわれら 
 
  ▼住民投票 
二回目の署名運動に半数の減りたり役場の弾圧むごし 
 
署名者数を敵とののしりひとりずつ口説きて廻る町会議員 
 
三方(みかた)との合併を決め小浜(おばま)市との合併を問う住民投票 
 
行政が合併を決めて支持組織次ぎつぎ作りて町攪乱す 
 
行政が死にもの狂いで投票に勝つためヤクザの殖ゆるわが町 
 
選管長、助役夫人が三方をと強いて廻れば住民弱し 
 
町長が電話をかけて住民の真心くだく暴走の町 
 
有権者以上に印刷したと聞く投票用紙の過分は何んぞ 
 
権力と金の力に屈服せる住民投票もはや価値なし 
 
立会いを拒む開票の情況に疑念を語る新聞記者たち 
 
将来を見分ける投票大敗す暗闇ふかくむなしわが町 
 
  ▼「もんじゅ」改造 
改造をせねば使えざる「もんじゅ」なり使わば危険事故が待ちいる 
 
「もんじゅ」には実験炉という名前あり何が起きても実験のこと 
 
改造の「もんじゅ」の翳にミサイルを造る魂胆鮮明に見ゆ 
 
原子炉の不要の時代ま近きに「もんじゅ」に巨費を投げ捨てる国 
 
原発の安全確保を目指すとも老化は秒の単位で早し 
 
  ▼いまの世は・他 
原発の被曝者四十萬を越す医師も認めずうやむやのまま 
 
いかずちの天地にひびき雪が降る天は若狭に何を告げいむ 
 
談合も耐震偽装も業界の体質変らねば繰り返されん 
 
 
 奥本さんはこの歌集の「あとがき」で「平成十二年九月から十八年二月十九日(満七十五歳の誕生日の翌日)までの『まひる野』誌や『百日紅』誌、その他未発表の作品から四五四首を選びました。自選をするというのは大変なことで、捨てられた作品が心の底で泣き叫んでいます。」と記している。そのような第一歌集から第四歌集まで、筆者は原発に関わる作品のみを抄出してきた。奥本さんにお詫びしなければならない。この連載で読んできた作品の作者の方々にも同様であるし、今後もそのようにせざるを得ない。お許しを願う。 
 
 次回もさらに、原発にかかわる短歌作品を読み続けたい。 
 
(つづく) 


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