2012年08月21日00時41分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201208210041082

文化

【核を詠う】(63)原爆被曝下の広島を詠った深川宗俊歌集『広島−原爆の街に生きて―』を読む� ゝ�空つかみ熱いよ熱いよと少女のこえ呪いのごとく日陰なき街  山崎芳彦

 深川宗俊(19211〜2008)さんは、広島の原爆被爆者として、被爆下の広島の実相を詠い、優れた反戦、平和の詩歌作品を創造し、戦後の広島の反戦・反原爆の詩歌運動を、峠三吉らとともに推進した歌人、詩人である。さらに三菱重工広島機械製作所に勤務して朝鮮人徴用工の指導員であった体験を踏まえ、戦争の被害加害と厳しく誠実に向かい合い、広島で被爆した朝鮮人徴用工問題に取り組み、日本政府と軍事産業に対して賠償責任を追及する運動の先頭にたち裁判闘争を前進させる上で大きな役割を果たした。「被爆二世」問題など、原爆被爆者の運動、さらには松川事件など戦後の混乱期に起きたさまざまな冤罪事件にも取り組んだ。深川さんの足跡をたどろうとすれば、戦後の、広島だけにとどまらない、反戦、反核、民主主義の文学と、実践活動の業績を見なければならないと思う。 
 
 この連載では、原爆にかかわる短歌を読んでいくのだが、深川さんの作品の全貌は、まことに深くかつ広く、筆者の力ではとうてい記録しきれるものではない。しかし、出来得る限り、深川さんの短歌作品を追い求めていきたい。まずは、歌集『広島―原爆の街に生きて―』(『日本の原爆記録17 原爆歌集・句集広島編』所収による。 1959年に『広島』出版世話人会刊行の同名の書に拠るとされている。−筆者)の作品を読んでいく。 
 
 ▼一九四五年八月六日 
オフィスに入りゆきしとき音もなく炭素弧光の眩しき光り 
 
爆音につづきて紅蓮の炎とも見ゆる視界は一瞬なりき 
 
幾筋か火煙立ちのぼる空を蔽い乱層雲西に移りゆく見ゆ 
 
黒き雨降りくれば油なりと叫ぶ声一瞬ざわめく傷つきし群衆 
 
べろべろと剥がれし皮膚をだぶつかせ火煙逃れくる裸形の男女 
 
へし折れし鉄骨もあり電線をくぐりては行く焦熱の街路 
 
耳をつきはじけたる音よ米麦の倉庫の外壁いま崩れ落つ 
 
一瞬にして崩れたるビルの角日陰もとめてまどう少女よ 
 
ま夏日の直射は焼痕にうずくらし日陰日陰よの声せつなくて 
 
焦土に今はもの言う気力さえなくてまなこうつろにうずくまる群れ 
 
焼けただれし裸体は少女よ日輪を抱くがごとく天に叫ぶも 
 
 
 市役所の南側中央入り口の石段を上ると、一人の裸の少女が壁にすがり、何かを抱くように両手をさしのべたまま死んでいた。焼けただれたコンクリートの部屋に入ると、鉄かぶと、弁当箱などが原形をとどめないまでに熔解しており、南窓口よりに二つの死体があった。それは骸骨の標本のそれよりも美しい白骨であったが―。 
 
妹のオフィスに入れば鉄かぶとやけただれしままころがりており 
 
死体見ればみな妹にみゆるなりこの幻影は拭いがたくて 
 
顔かたちわからねばただ見覚えのワンピースの色さがしうろつく 
 
探しあぐねとぼとぼ行けば死体に群らがる幾百のハエうるさくまとう 
 
虚空つかみ熱(あつ)いよ熱いよと少女のこえ呪いのごとく日陰なき街 
 
天を抱くがごとく両手をさしのべし死体の中にまだ生きるあり 
 
焼けただれし廃墟の街に死の静寂(しじま)よせくれば切なき夕映えの色 
 
今宵また人焼く炎立ちのぼり空に風なく星かがやきて 
 
 
  火(詩) 
デルタの/つちと/かわは/はだふかく/あばかれて/わたしも/やけただれ/ヒロシマの/砂に浸む/月のいろ/石に浸む/人のこえ 
こよい/火のごとく/狂う人あり 
 
夕暮れて鳴く鳥もなしなし腐りく人間の臭(にお)い焼跡の街 
 
腹わたのいでしままにて走りいきというのみにて君の死体わからず 
 
裂けし腸ひきづりつつ逃れいし君のこときみとわかればなおせつなかり 
 
原爆の街逃れきていくにちか夕近くより君血を吐きつづく 
 
爆風に壁のみ残る営庭のここらいちめん種子もつ草生 
 
爆心地夕べあかるく降る雨に少年濡れて麦を播きおり 
 
焼け錆びしトタン囲いのバラックよ夕べとなればともしびくらく 
 
戸をくれば焼跡の麦あかるくて冬の日溜りに毬をつく子ら 
 
焼跡の湧く水汲みて去りゆきぬ瓦礫つみ寒を堪うる幾人 
 
崩れ残る壁の小暗き一隅に寒を凌ぎてほだの火あかり 
 
冬草にふれつつ小蝶弱ければ廃墟に低き陽に落ちてゆく 
 
冬草の一群青き区画あり瓦礫みだれて陰ふかき土 
 
冬枯れの草に澄む風かがまりて熱線に熔けし瓦礫を拾う 
 
焼け錆びし鉄骨に群るる寒雀夕べを鳴きて氷雨降る空 
 
汝が死にしあたりいまなお荒地にて日照り雨降る冬草の上に 
 
ことごとく潰(つい)え滅びし広島の火の色ふかき地を踏みて立つ 
 
 
▼平和塔 
最低生活保障のプラカード眼にいたく群衆うごく焼跡の街 
 
やわらかき髪にて眸をおおいいし君のケロイドをわが知らざりき 
 
紫の斑点が出たのという君のきざす不安の瞳とあいき 
 
平和塔に哀感いだき立つしばし吹かれゆく種子夕光の中 
 
薔薇色にかがやき流るる川ありて鐘鳴れば指さすノー・モア・ヒロシマズ 
 
暮れ凪ぎて川ふたわかれするところ平和塔に淡くともす一つ灯 
 
揚陸を終えし戦車の群れよ波しぶく日本の埠頭の深き陰りよ 
 
民族自律のこえはむなしき祈りとなり踏みしだかれゆく日本の知性 
 
アメリカ式装備にて銃持つ一隊の冬野を行きぬ憂いふかしも 
 
少年ら植民地のごとき遊びせり忘るるな美しき日本のことば 
 
柔和なる語にて綴られし彼らの声戦略地点日本と呼びてはばからず 
 
抵抗の声はひそめて流れゆく武器持たぬ貧しき群衆の輪 
 
この国をあるいは障壁と呼ばしめて波荒く小さき日本列島 
 
 
  ▼紫紅の鳥 
物量を誇示し射ち込むナパーム弾死にゆくものは映されずあり 
 
砲を曳く列はまさしく日本人その砲口はいずこにむける 
 
原子砲に息ひそめ見入る一瞬にていまし画面にとどろく俯仰音 
 
治安かく乱されいると映されし硝煙の中倒れし五月一日の労働者 
 
新入の学童少なきと聞くにさえ耐えがたかりき原爆の子ら 
 
フェニックスのごとく甦えり広島の子らが伝説と語る日はいつ 
 
雨けむる小公園を揺れ行けり赤旗に覆われて峠三吉の柩 
 
原爆に倒れし詩人の会にきてきみが涙せしことも愛さん 
 
うつむきて涙を堪うる幾たりか倒れし君への追憶を越えん 
 
草ふかくすでに露おく川岸に文字うすれ原爆被災者の墓標は立ちき 
 
草匂い黄昏うつろう雨の光り傷つけられし碑をめぐり降る 
 
許されぬ愛を守らん君のこえ詩碑をめぐりしときに聞きたり 
 
原民喜の碑文読むこえ清くして君との未来ありぶなの木の下 
 
暈(かさ)かむる月より高きぶな一樹黒々として戦いゆるさず 
 
一瞬に幾万か死に絶えし地区にして人住まう壕よ夏草の青 
 
灰燼の街なりし日の幻よ樹々芽吹き川の展けくる丘 
 
火のみちを断ちし丘より焼けのこる地域の屋並低くつづけり 
 
爆心地指さしめぐれば夕映ゆる川幾筋か果ての夏の海 
 
焼けざりし街並いくつか越えて見ゆ白く凪ぎたる晩夏の海が 
 
広島の街にしずみゆく残照よ丘下りつつ少年ら草笛鳴らす 
 
戦没者の墓石を敷きて建ちならぶABCCの幾棟の灯 
 
潮ひきし深夜の河口を照らしいる灯に守られて働く幾人 
 
梨をむくみずみずしさに君といるこの夜くだちに星は流れて 
 
 
 きのうはどこそこのAさんが血泡を吹いて死んだそうな。Bさんは髪の毛が抜け出して、Cさんは斑点が、七十年間生存できない―などの声は、原爆を受けた広島を恐怖のどん底に陥し入れました。その頃、どこから飛んできてすみついたのか、青い草が焼けただれた地上をくまなく染めてゆきました。このとき私たちはどれほどこの草になぐさめられ、勇気づけられたことでしょう。このわかい葉は私たちの乏しい糧としても役立ちました。人々はこの草を鉄道草とよびました。鉄道草は真夏の日にも負けないで勢いよく伸び、秋になると種子を風に運ばせて、街から街へと移ってゆくのでした。死の街に甦えつた鉄道草は十年後の今も生きつづけております。 
  <私は広島の証人です> 
 
四キロの地点にて被爆せし汝が九年を経し今血を吐きつづく(岩本儀江) 
 
少女らの祈りにも似し輸血さえ入らねばただ死を待つのみか 
 
血を吐きつつ死にたる汝の解剖を申し込みきしよABCC 
 
ABCCの解剖を拒みしと告ぐるとき汝の父は毅然たる表情を見す 
 
蜂の巣のごとくに穴があきし子の骨を抱き泣くそのちちとはは 
 
血の乾きし髪ふるわせていし汝が原爆症に死にき意志は崩れず 
 
君の妻もまた倒れしと聞きし夜の被爆の怖れわが胸刻む 
 
流氷のごときはかなさケロイドを見せて座につきし主婦とならびて 
 
髪抜けることにも怯え生きてきし十年よ被災者の涙はつよし 
 
焦土に萌えいでし草の語りにも涙つきあわす日本の主婦たち 
 
原爆の閃光を受けし壁めぐり市庁舎の暗き階くだりゆく 
 
この室に爆死したるはたれとたれ思い沈めて廊下をわたりき 
 
夏の花ふかくくもりて咲ける庭くろずみて高しベトンの壁は 
 
広島の川見ゆる画廊をめぐりみき労組に働きつつ描きし君の絵 
 
生存者なき爆心地をわかれゆく川あり岸辺に野菊流れて 
 
長崎の被爆の相を路に書き物乞うるケロイド男よらんる 
 
朱(あけ)の色沼に流しし昏れのとき沼地の魚は生きかえりたり 
 
川に立つ靄をわたりてきし街に小鳥は馴らされてみくじくわえき 
 
閃光にいのち灼かれし人影にわが影をかさね立つ黄塵迅し 
 
手をあわせ死にの悼みを告ぐるこえ八月六日の空かく青かりき 
 
のたうちし二十余万の幻はとめどなし夾竹桃の燃ゆる花々 
 
この空にとどろきし一瞬鐘ひびき声あるごとし踏みしめる地に 
 
香の灰くずれ燃えつぐ碑の前に涙をとめて人を憎みき 
 
かたむきし原爆供養塔の碑の前に祈りを拒む心ゆらぎつ 
 
 
 深川さんの『広島―原爆の街に生きて―』の作品はまだ続く。次回からもしばらく深川さんの短歌作品を読み続ける。 
 
(つづく) 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。