2012年10月12日16時26分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(70)ヒロシマの真実を追求し詠い闘った深川宗俊の歌集「連祷」を読むァ 屬錣燭蕕佑亠△譴未劼箸弔龍兇△蠅夜に入り雪となりしひろしま」  山崎芳彦

 深川さんの歌集『連祷』の作品を読みながら思うことは、その生き方の真摯さ、生きた時代と真正面から向かい合い、人間が人間として生きるために、それを妨げるものとは不屈に闘い、とりわけ平和を脅かし人間性を貶め傷つけるものに対して一歩も退かず対峙する、わが身を前に出してたたかう強靭で、深く広い視野を持って実践する行動力が生み出す、詩精神の美しく確かな発露である。 
 深川さんの短歌作品にはゆがみや不純な対象把握や表現上のゆるみが見られず、短詩形としての特質が見事に生きている揺るぎのない韻律と言語表現の力が、深川さんの人間的真実の追求の意思を確かなものにしていると感じる。作品はそれをなす人間を裏切らないし、その人間をうつしだす。 
 
 今回の表題に掲げた一首は、深川さんの生きかたを表出した作品として、筆者は深い感銘を受けた。深川さんの姿が見える、何をなそうとしているかが見える。うつくしくも厳しい一首を、深川さんは自らの人生として生きたのだと思う。 
 
 この作品について、深川さんを師と仰ぐ歌人の相原由美さんは次のように読んでいる。 
 「自分の場所にもどるには、どうしても渡らなければならない橋が目の前にあった。ひろしまの街は夜になって雪が降りだした。―むつかしい語はないが、実景に託された内面は重い。ヒロシマの被爆者としての平和への視点、思想、そして作者が良心を尽くして関わってきた韓国人徴用工の問題。それら避けて通ることができないものへ、自ら橋を架けながら歩んできた道に、さらにきびしく雪は降りつむ。しかし、このような背景は分からなくとも、『わたらねば帰れぬ』は、読む者にそれぞれが抱えているものを思い起こさせ、共感させる。」(『現代の秀歌500』所載、短歌新聞社、平成6年刊) 
 
 今回も多くの深川さんの作品を読むが、しかし、大冊『連祷』〜、この連載に合う作品をと読んだ筆者の抄出であり、実際に歌集に収められている作品群からすると、これまで読んできたものも含め手も、なお多くのこしている。深川さんの幅広く、深い諸活動、生活から生まれた多くの大切な作品を記録しきれないのが残念だが、いずれかの機会にと考えている。 
 
▼紫紅の鳥(抄) 
ヒロシマの忌にさきぶれの花紅く六月きみの死を刻みたる 
 
若きらに語りつがれてゆかん死よ〈ヒロシマ母の記〉わがうちに炎ゆ(名越操) 
 
すさまじくわれの内部になだれくる二世の死母の死ヒロシマの忌は 
 
喪いし史樹は重しヒロシマと向き合い生き来し君の死を聞く 
 
数多死にし看護婦医師の慰霊碑に今日来しひとの幾たりなりし 
 
川砂に降りて燈籠に火を点す一つの行為平和乞うれば 
 
つらなれる燈籠のひとつ火を噴きぬ炎え移るヒロシマの死者の頭上に 
 
あの日水を欲りつつ死にし学生の悲しみの声雁木に聴ける 
 
流燈の川の明るに木立透きマルセル・ジュノーの碑低し 
 
連なれる流燈のごとヒロシマの死の列にありわれの戦後は 
 
自らに死を選びたる被爆者の化身の鳩ら風花に舞う 
 
わが裡にことば束ねて喪にふしき ひろしまの街に緑滴る 
 
退けぬわれの一首の重みあれトマホーク許さぬ群列の中 
 
列島に核あり対峙幾年かアピール署名に熱き思いは 
 
ヒロシマをわが語りつつ生徒らの幾人かヒバクシャとなりて帰らん 
 
原爆被害やむなしと言えりひろしまに帽ふりに来しが死者に詣でず 
 
天皇という名に葬られし幾千万の怨嗟の声のわれを貫く 
 
他民族を侵す大詔発しきて幾百万の死と一人(いちにん)の死と 
 
死というは一人の死といえどかなしきに民偽れる許しがたき死は 
 
 ▼卒論 
幾千の花よりうるわしヒロシマの詩碑に三月のながれ献花は 
 
献花百ささげられゆく三吉の詩碑のおもてにヒロシマは炎ゆ 
 
亀裂ふかき峠家の墓石に今日を来ぬじくじくと滴るごとき<原爆詩集> 
 
川砂に燐光走りしヒロシマの夏の忌万の少女かえらず 
 
卒論の取材にきたる安明子(アン・ミョンジャ)さわやかなり祖国を讃う 
ることば 
 
卒論に強制連行史をかくという安明子よ日本はいかに映らん 
 
白血球多しと思うワープロに打たれし被爆者検診票届く 
 
 ▼悔恨(抄) 
原子兵器の効果を追いて被爆者をサンプルとしきABCCは 
 
ヒロシマのその後の死者をST100サンプルとよび解剖をしき 
 
川岸に群がり絶えし少年ら本川元安川爆心近く 
 
 ▼被爆者 辛泳洙 
ヒロシマの被爆者辛泳洙(シンヨンス)は日本少女との恋語りくれにき 
 
過去帳に一族の死のありしという天神町をふと口にせる 
 
火傷負いしまま似島に送られきケロイドふかき辛泳洙は 
 
韓国人(ハングクサラム)ゆえに治療を拒みしや汝臣民の被爆したるに 
 
汚泥ふかきひろしまの川の干満を澄めりき冬に入りし流水 
 
 ▼百花(抄) 
わたらねばかえれぬひとつの橋ありき夜に入り雪となりしひろしま 
 
被爆者にやさしきもののたたかいを継ぎゆく戦知らぬ少女ら 
 
風花はヒロシマの炎と燃ゆる季を象(かたち)なしゆく東京宣言 
 
広島はあたらしき街川沿いにきらめく百花のごとき芽吹きは 
 
この春を土に生きたる苗いくつヒロシマアピールとう紅きばら咲く 
 
生きるとはまぶしきものぞひと房のぶどう青春とわが手のひらに 
 
▼核基地沖縄(抄) 
JAPAN Viet―nam あるいはいずくの国を撃つ核貯蔵さるる知花弾薬庫 
 
民衆の反核の旗かぜになびき示威つづく基地の中の沖縄 
 
滑走路一望にみゆる丘にわが怒りうつ核戦略爆撃機軍 
 
 ▼炎ゆる夕焼(抄) 
夏草はかぜに荒びのこえあぐる地にひくく沖縄核貯蔵基地 
 
朱のいろにハイビスカスの花咲けり瑞慶覧(ずけらん)・嘉手納(かでな)わが敵の基地 
 
血のいろに炎ゆる夕焼を見ていたり摩文仁ヒロシマその海と川 
 
ヒロシマの二世のの自死を伝えおりブーゲンビレア基地に咲く花 
 
 ▼平和の波(抄) 
爆心地あるいは摩文仁の小石おきあふるるばかり反核の詩は 
 
再びを核ゆるすまじうたいつぎ広島沖縄われの回帰は 
 
広島の四季を彩り川流れ祷りのごときたたかいを組む 
 
誰がために流しし血潮か戦争を撃つ波平和の二波は寄せつつ 
 
<群列以降>(1952―1970) 
▼三月忌 
かけつけし幾人の献花雨に濡れ<憎しみのるつぼ>のコーラス低し 
 
ふくませし綿花のふくらみもそのままに峠三吉のデスマスク在り 
 
デスマスクにとりたる君の死の貌の微光の中にああ<原爆詩集> 
 
ひかり曳くごとき三月の雨のなかきみの柩に真紅の旗は 
 
雨けむる小公園に沿いゆけり赤旗に覆われて三吉の柩は 
 
原民喜の碑文傷つきて幾年かさみしくなればわがひとり来つ 
 
生存者なき爆心地を岐れゆく川あり岸辺に野菊流れて 
 
こころうつ瓦礫無数に広島の町筋あらく掘り返さるる 
 
きみもきみも歌つくることに苦しめり会果てて深夜の街にわかれき 
 
靄低く沈む運河の流れにてみずみずし平和の歌ごえひびく 
 
広島の川みゆる画廊をめぐりみき労組に働きつつ描きし君の絵 
 
 ▼五月祭(抄) 
治安かく乱されいると映されし硝煙のなか倒れし五月一日の労働者 
 
爆心地の緑地に遊ぶ幼らが花摘み流す五月の岸辺 
 
赤赤と海に火を噴く造船所の町にて駐兵をねがう声あり 
 
墓めぐる馬酔木は白き花をもちこの丘に母の声を追いゆく 
 
祖母の作りし花売ることもためらわず兄とわれとの少年の日よ 
 
ひびわれし指のいたみに拾いつぐ活字よ冷えの彦にひかりつ 
 
氷雨降る未明の町をかえりきてベンジンに荒れたるゆび組みねむる 
 
かなしみをのりこえゆけとあきのこえ身にきびし冬枯れの丘にひびきあ 
 
爆心地に岐れて蒼き川ながれ花芯にとおすわれよ向日葵 
 
ことごとく潰え滅びし広島の火の色ふかき地を踏みて立つ 
 
焼けざりし町並いくつか越えてみゆ白く凪ぎたる晩夏の海が 
 
 * 
病む父が曳く糸紐に鳴る鈴の聞こえくる夜よ雪つむ音も 
 
貧農の子と生れ土に声埋むそのこえゆえに明日を意気く 
 
小さき墓にちちははの骨ともにあり地に低く冬の蝶ひとつとぶ 
 
たたかい来し六十年余順三の貌ふかし新宿の灯の街を行く 
 
順三の痩せたつ背なか湯に流せば歴史の軋みわがてのひらに 
 
▼黙示(抄) 
原爆に逝きたる学友の像建つると幼らが声街に乱れず 
 
髪長き少女の黙示ヒロシマに死体溢れし水涸るる池 
 
少年ら声たてあそぶかたすみに炎のひびき立てて碑はあり 
 
金いろの折鶴かざす少女の菜の梅雨あけて陽を反す像 
 
 ▼花のかたちに 
少年のむなしくひらく瞳孔の消えざれば死灰の重さてのひらに受く 
 
枝たわみ百日紅の花の咲けり近しくるいしヒロシマの夏 
 
基地に向け梯団組めば列の上米軍へリコプターの赤き旋回 
 
米軍の基地を守ると組まれたる日本人警官一千の人壁 
 
スクラムをほどきて列をととのえつつ基地にさわやかなりわが秋の風 
 
朱に押ししてのひらあつく幼子のゆくすえひらく花のかたちに 
 
少女の骨といえり ヒロシマの川に焼け痕をとどめし下顎骨 
 
 * 
爆央の夏空指せば暗転の八月六日炎のなかのわが貌 
 
さるすべり赤くしだれて瓦礫のあいに熔けし少女の骨・風に鳴り 
 
焼けさびしドームのまうえ夏日射し冷えびえと廃墟の底に風たつ 
 
爆心の方を向きいっせいに声あぐる粒状にただれし町の墓石群 
 
核兵器配備に屈せぬ遊撃の旗沼地ゆくわれの怒りも 
 
爆心地に岐れ満ちゆく川のありたたかいの持続を組まん夏以後 
 
雪のごとかがやく死卵いだきつつビキニに高き海鳥の声 
 
ひたひたと蝶のむくろは群れなせりビキニの海にすさぶ死の灰 
 
列島に鞭打つ音の絶えざればわれは語るをいそがねばならぬ 
 
 * 
冷え軋むレールの音の底ごもり民喜のかおのふいにやさしく 
 
火焙りとなりし<隣人>口づてに語りつがれてするどき眼 
 
喪のしるし窓よりたるる錆び寒き夜の軌条に散る三月の花 
 
いのち断ちしきみいま無名戦士の墓碑に入る一九六七年三月十九日 
 
無名戦士の碑につらなれり幾百のなか原民喜・峠和子は 
 
爆心の土ほれば火のいろとなるゆびさきにもろし死者とわが骨 
 
びわの木の茂りの下をはなやぎの布におおわれて柩がひとつ(名越史樹) 
 
合わす掌の無数にやさしく降りながら雪は葬りの径染めてゆく 
 
美しき雪しと思うヒロシマの幼き死者を焼く朝を積む 
 
焼かれいる小さき命・降りつづくヒロシマの雪ひたいに熱し 
 
炎の町のがれし母の怖れにてヒロシマの死を子は継ぎて死す 
 
炎の渦に巻かれし町か爆心の壁をたたけば血ふくるるこぶし 
 
夕凪に汗噴くひたいヒロシマの日は確実に朱の花告ぐる 
 
熱気こもる討議とともにうけとむる鮮明なりわがヒロシマ宣言 
 
いのち絶えしものの数さえ放置してヒロシマの日平和を説くメッセージ 
 
浦上にひとり立つのみ夏の花朱に咲けばわがひたい冷えゆく 
 
 
 深川宗俊さんの短歌作品を、歌集『広島―原爆の街に生きて―』、歌集『連祷』から抄出して、計8回にわたって読んできたが、この連載では記録し切れなかった作品が多く残っている。原爆に関わる作品を記録する連載のため、主題を異にする貴重な作品を記録し得なかった心残りはあるが、他日を期して、今回で深川さんの作品については終ることにする。 
 
 また次回から、この間に発表されている原発にかかわる短歌作品を読み、記録していくことにしたい。原爆、原発ともに切り離すことはできない本質を持つ原子力―核の問題であり、いまこそ人間の歴史が「原子力」の呪縛から脱し、核兵器の廃絶とともに脱原子力エネルギーへの道を切り拓かなければならないときである。 
 
 この課題を、短歌作品がどのように詠い、文学としての力を発揮できるか、これまでの成果の上に新たなる前進を目指すことを期待しつつ、先人の残した果実を探索し、さらに新たなる実りを伝え、残していくことに微力を尽くし続けたいと念願している。 
 
 ひとりよがりによる作者諸氏への迷惑や失礼のないよう努めるつもりで取り組むが、誤りがあれば筆者が責めを負うことは当然であると自覚はしているつもりである。 
 さらにこの連載を続けることへのご理解をお願いする。 
 
(つづく) 


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