2013年01月02日12時07分掲載  無料記事
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文化

【演歌シリーズ】(28) エロスが香る由紀さおりの歌声 供縦祺察淵蹇璽痢璽函砲隆映宗檗  〆監c桧

 別れ歌の手練(てだれ)中島みゆき、藤圭子、八代亜紀……。いずれも低い声に魅力がある。由紀さおりも例外ではない。歌謡曲歌手としてのデビューが、高い美音をはためかせた『夜明けのスキャット』(詩・山上路夫 曲・いずみたく)でその印象が強かったので、高音歌手に数えられている。でも、低音の表情にも味わいがある。 
 
◆低音で囁かれた『両国橋』 
 
 『両国橋』、ほとんど話題にのぼらなかった。詩は、喜多條忠。『赤ちょうちん』『神田川』(歌・かぐや姫 曲・南こうせつ)別れた男と酒を飲みながら、貧しくも楽しかった青春時代の思い出を語り合う。『両国橋』も同じような設定だ。「他人(ひと)から聞いた話だけど」「長い髪した女の人と腕組み歩いていたそうね」「両国橋はいけないわ/あそこは二人の思い出を/川に流した場所だから」女は、一語一語未練の想いを潜ませ、男にそっと言葉を投げる。同じ「宿命(さだめ)になるような気がする」由紀さおりの低い歌声がしみじみとしている。吉田拓郎の旋律もしみじみとしていい。 
 
 『さよならの走り書き』も由紀さおりの低い声で囁かれた。一、二番のエンディング「こみあげる淋しさは/どうすればいいのやら」と「つきまとう想い出を/どう消せばいいのやら」の“やら”に哀しみの高音の風を吹かせているが、去って行った男との“想い出”をまさぐりながら低音の吐息をもらしている。この詩を書いたのは、千家和也だ。山口百恵のデビュー曲を都倉俊一と組んで書いた。『横須賀ストーリー』など阿木燿子・宇崎竜童コンビと出会う前、二人は、百恵の曲をコンビでつくった。「あなたにすべてを見せるのは/ちょっぴり恐くて恥ずかしい」(『としごろ』)、「恐くない 恐くない/あなたとだったら 何でも出来る」(『禁じられた遊び』)、「あなたに女の子の一番/大切なものをあげるわ」(『ひと夏の経験』)、聴いていてちょっとくすぐったい感じはするがこの三曲は、いい曲だ。都倉俊一は、この後、阿久悠とピンク・レディーをブレークさせている。女の子の性への戦き興味を歌った<10代の性典シリーズ>があって、山口百恵は、凄味のある歌手に変身出来たのである。若尾文子が大映で<10代性典シリーズ>の出演があって、後に存在感のある女優になったのと似ている。 
 
「枕もひとつ 毛布もひとつ/添い寝の味を 忘れましょうね」『さよならの走り書き』にもエロスが疼いている。浜圭介の曲は、さらっとしているがそれがかえって情(なさけ)を濃くしている。『舟唄』(歌・八代亜紀 詩・阿久悠)と並ぶ浜の傑作だ。 
 
◆なかにし礼と吉田旺の別れの手紙との出会い 
 
「あの甘い言葉を/ささやいたあなたが/突然さよなら 言えるなんて」(『今日でお別れ』歌・菅原洋一 曲・宇井あきら)なかにし礼は、別れ歌がうまい。『手紙』(曲・川口真)もそうだ。「何が悪いのか 今もわからない/だれのせいなのか 今もわからない」由紀さおりに、自問自答で呟かせ「涙で綴りかけた お別れの手紙」と忘れがたい男への想いを冷え冷えと哀しく低音でしぼらせた。 
 
 また、なかにし礼の歌詩は、淫靡だと、ある女流作家が言っていたが、確かにどの歌詩にもエロスの香りがにおっている。この歌にも「二人で飾った レースをはずし/二人で開けた 窓に鍵をかけ」と一見愛の終りの情景のように思わせながら、男と女の濃密な睦みの思い出を揺らしている。この消えない男の肉体の記憶を断ち切るがごとく“おわかれの てがみー”と高音を夜空に消え入らせヒットさせた。由紀の高音と低音のバランスが絶妙だ。 
 
 『恋文』(曲・佐藤勝)の詩は、ちょっと古風だが味わい深い。歌詩を書いた吉田旺は、私の最も心を寄せる詩人だ。「届いた報せは/黒いふちどりがありました」「喪服のわたしは/祈る言葉さえ 失くしてた」それでも幕が開けば「今日も恋の歌 うたってる」(『喝采』曲・中村泰士)訃報を演歌の詩にした、これを隠々と歌ったちあきなおみもただ者でない。吉田旺は、花散らしの詩人でもある。 
 
「櫻 れんぎょう 藤の花/芙蓉 睡蓮 夾竹桃/野菊 りんどう 金木犀/桔梗 侘助 寒牡丹」(『散華』歌・都はるみ 曲・徳久広司)単に花名を並べただけのように見えるが、見事にそれぞれ3音を頭に韻を踏んで哀しく寂しい。散華、特攻隊の死の形容に用いられたが、仏教用語で供養の花ちらしで、吉田旺は、逝ける命のすべてに花びらを供した。『恋文』でも「夢二の絵の少女真似て/矢絣を着て」「表書き」をしたため「床にはらはら 芥子の花弁」と花を舞わせた。由紀さおりは、その花弁となって「お慕い申し候」と未練の思いをふるふるふるわせた。 
 
 由紀さおりは、どこかで歌うときの感情移入について『小さい秋みつけた』(詩・サトウ・ハチロー 曲・中田喜直)を例に、「小さい秋って夏から秋に移ろう自然の気配、その気配をメロディーに乗せて歌っている」といった主旨の言葉を吐いている。彼女の詩の読みは、深い。それを旋律に乗せる情感がとても豊かである。山上路夫、喜多條忠、千家和也、なかにし礼、吉田旺の詩といずみたく、吉田拓郎、浜圭介、川口真、佐藤勝の旋律とまみえ、いずれも、たまたまエロティックな表情を漂わせた『夜明けのスキャット』『両国橋』『さよならの走り書き』『手紙』『恋文』の5曲は、低音の凄味を漂わせ、由紀さおり最良の表現だと思っている。 
 
 由紀さおりは、2011年米国ジャズ・バンド<ピンク・マルティーニ>リーダーのトーマス・M・ローダーデールと出会い彼の選曲により69年(由紀デビュー年)の歌謡曲を中心にCD制作、世界各地の舞台に立ち称賛された。彼女の歌声がニュートラルだからと評した人がいたが、思い違いもはなはだしい。むしろ過剰なほどの情感で濡れている。(敬称略) 


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