2013年01月26日12時52分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(番外編)「原発と短歌」についての歌人の評論を読む(1) 角川『短歌年鑑平成25年版』所載の小高賢氏の論考について  山崎芳彦

 角川『短歌年鑑平成25年版』(平成24年12月刊)が、“震災・原発と短歌”をテーマとする評論で構成する特集を組んだことは、先に触れた。同特集は、岡井隆「僕の方からの提案」、佐藤通雅「3・11大震災、原発問題と短歌はどう向き合ってきたか」、小高賢「『宿痾』を脱する契機に」、吉川宏志「言葉と原発」、高木佳子「『震災詠』と言う閉域」の5氏の評論で成っているが、その評論を読んでの感想を、内容を引用しながら書いてみたい。同年鑑は24年版でも震災・原発に関する篠弘、吉川宏志らの評論を掲載し、筆者はそれらについて、この連載の中で感想を書いたことがあった。 
 
 今回の特集には上記の歌人5氏の論考が掲載されているが、そのすべてを網羅して検討し感想を書くのではなく、筆者が原爆・原発にかかわる短歌作品を読むシリーズ「核を詠う」の連載を続けていることから、原発と短歌について重点を置いて論じている評論を中心に取り上げたい。読み違い、理解不足があれば、お許しを願うしかない。 
 
 ◇小高賢氏の論考・・・「意識して原発を詠んでみよう。歌人の生き方の問題になるからだ」◇ 
 
 小高氏は「『宿痾』を脱する契機に」と題して論じているが、氏が「宿痾」としているのは、短歌界にある「何か起きると作品化への衝動に駆られ、嘆き、かなしみ、怒る。その思いはだれしも否定できない。しかし、詠みおわると、『こと終われり』とでもいうのか、一挙に遠ざかってしまう。つまり忘れるのである。そして、また新しいもの、珍しいものへと視線が向く。8・15からずっと繰りかえしてきた。」構造について指摘している。そして、「私たちはその構造から、抜け出なければならない。・・・原発事故はその『宿痾』を脱却する契機なのである。『私』を宙吊りにしたまま、原発事故は詠めない。原発事故を対象化することは、自分を対象化することなのだ。それはまた、私たちの戦後社会のシステムを、少しずつでも変える(考える)ことを意味するだろう。」として「意識して原発を詠んでみよう。これは原発問題にかぎらない。歌人の生き方の問題になるからだ。」と提起している。 
 
 小高氏が、このように歌人の原発問題への向かい合いについて述べるのは、「二〇一一年三月十一日におきた東日本大震災、そして福島原発事故。収束にはほど遠い現在、私たちは短歌によって何がいえたのだろうか。あるいは何をいえるのだろうか。短歌は社会とどう向き合っているのだろうか。またこれからもどう向き合えばいいのであろうか。」という、かねてからの問題意識、社会詠についての持論(小高氏は2006年11月に「ふたたび社会詠について」と題する評論のなかで、具体的な作品に即しながら社会や世界に対する歌人の視点や認識の重要性を論じている。それを契機にしていわゆる「社会詠論争」が短歌界で行われ関心を集めた。 筆者)に基づくもので、その論考の展開は明快であり、原発問題について自らにひきつけて述べている真摯さに、筆者は強い共感を持つ。 
 
 小高氏の論点を見ていこう。氏は、吉川宏志氏の歌集『燕麦』(この連載の前回で取り上げ、原発詠を抄出し、記録した。「あとがき」にも触れている。 筆者)の「あとがき」を要約した上で、「(吉川は)デモに参加した経験の作品も収録している。現実から一歩踏み出そうと言う決意を感じた。」と評価しつつ、「私自身も、金曜日に時間がある場合、官邸前の抗議デモ(想像する以上にゆるい?集会だが)に加わるが、こういう力によって、何かが変るほど簡単なものではない。重々承知しているつもりである。・・・しかし、意志ははっきりさせたい。」と、基本的な原発に対する態度を明確にする。 
 
 氏は、「東日本大震災」は、原発事故を抜きにして考えることができない、として,海了故は必然的に、地域、世代、年齢、地位、専門といった個別性を無化したこと、被災した東北の人々や東京電力だけが当事者ではなく、日本全体、あるいは戦後社会全体が当事者であるといって過言でなく、直接見えなくてもすぐそばに事故は存在している、そういう想像力を喚起させる事態であること、E杜呂箸いΕ┘優襯ーなしの生活はありえない。東京電力はひどいとか、政治家は何をやっているのだといった二項対立の発想では、何も立ち向かったことにならないこと・・・を指摘する。 
 
 さらに、「この狭い列島に、五十四基も原発があったと言う事実に衝撃を受けた。ショックを受けたのはその数にではない。それ程建設されたことをまともに認識していなかった自分に対してである。原発を無意識にスルーしてきたことに対してだ。」と自省の念を語り、「改めて、高木仁三郎、小出裕章を初めとした原発関係のものや関連の論考を読み、戦後社会の陰画としての原発に思いいたり、余計に不明を恥じた。危険性だけでなく、原発は戦後社会の鏡であったことに今ごろ気づく始末であった。つまり戦後社会の『つけ』といってもいい。」と、原発問題の本質を小高氏の認識として掘り下げて行く。3・11以後の小高氏は、これまでさまざまな機会にこのことを語り、書いてきている。(角川の総合短歌月刊誌『短歌』の2012年3月号の特集「被災地在住歌人を交えた二世代座談会『3・11以後、歌人は何を考えてきたか』」の二つの座談会の司会者として、踏み込んだ発言や提言をしたのをはじめ時評や書評などで 筆者) 
 
 氏は3・11以後集中的に原発問題、さらに戦後史に関する検討に取り組み(読んだ文献を挙げている)、「原発は私たちの存在のあり方、戦後史の問題そのものだということが見えてくる。いっそう自分の怠慢さを確認することになってしまった。これは短歌の現在と無関係とは思えない。」との思いを確固としたものにしているようだ。 
 「サンフランシスコ講和条約以来のアメリカとの関係、核燃料サイクルと核抑止力、潜在的な核保有への執念、地方と都市の格差構造(誘致のメカニズム)、原子力ムラという構造(東大を中心とする専門家集団)、官僚制度の劣化、広告に汚染されたジャーナリズム、政治家の暗躍・・・・・・。こういった網の目の中心が原発である。大事なことは、これらのことは私たちの現在とすべて繋がっていることだ。仕事においても、地域においても、似たような構造があるのではなかろうか(歌壇だってそうかもしれない)。そしていまもその上にいる。」と論究は深まる。 
 
 原発にかかわって、歌壇の中でこのような認識にかかわる論議が行われることは、これまで多くはなかったのではないだろうか。実は、3・11を経験した今になって、原発にかかわる短歌作品が、例えば佐藤祐禎、東海正史(故人)、波汐国芳、奥本守各氏らの歌集が何集もずっと以前から刊行され、原発立地から、危険性、原発作業員の被爆死を含む被害、事故の隠蔽、原発拡大の構造的なシステムなどについて詠われ、また大口玲子の歌集『ひたかみ』に所収の原発にかかわる100首にのぼる作品群などをはじめ、短歌界にも少なくないすぐれた原発詠があったのだが、歌壇のなかで注目されることがほとんどなかったし、埋もれたようにうめき続けていたのが実態であったかと思う。 
 
 3・11以後に佐藤祐禎氏の『青白き光』が文庫版で再版(いりの舎刊)されて注目され、また波汐氏の『姥貝の歌』(いりの社刊)の刊行も注目されているが、3・11以前には、筆者の不勉強(歌歴の短さ、短歌界についての知識不足もあった)によるのかもしれないが、3・11を契機にして原爆・原発短歌を収集し、読み、記録するためこの「核を詠う」連載を始めようと思い立つまで、前記の歌人や歌集を知ることがなかったし、その作品についての論評を総合歌誌などで目にすることがなかった。2011年夏ごろから、直接間接の教えを得て、歌集に接することができたものから、読み、記録してきた。筆者自身が原発について、一定の関心を持ちながらもその本質について認識し、何らかの行動に入っていかなかったのは、やはり、筆者の怠慢というしかないのだろう。故・竹山広氏の作品については、以前から歌集や発表作品を読んで、感動していたのだが。 
 
小高氏の論考に戻ろう。 
 
「<どうしても敵が欲しいと思ふらしいたとへば原発って内なる敵が>(岡井隆)と詠まれるような、何かを敵(もちろん比喩である)にして詠むという二分法的思考が短歌にはある。いわば自分を安全地帯において、対象に感応する(なげき、悲しみ、怒る)スタイルである。」と、氏は言い(これは小高氏の従来からの社会詠についての論点であろう。 筆者)、しかし原発事故についてはそういう二分法は成立し得ないことを指摘する。 
  「つまり、原発を撃つとは、まさに自分を問うことだ。比喩的にいえば、原発のようなシステムにすべてゆだね、おしつけ、豊かさ(快適さ、便利さ)を味わってきた自分と真向かうことである。(これは、まさに沖縄の基地問題と相似形ではないか)。今までの社会詠の批判としては成立するが、ことの本質を考えると岡井の一首はどこか他人ごとめいている。」というのである。 
 
 原子力文明の社会に安住していながら、原発事故だけを撃つことはできない、不当であるということであろうか。現代社会に生きていて、原発についての認識を欠いたままの自分を許して、原発を撃つ歌を詠えるのかと、氏は自らをも含めて詠う人々に言っているのだと思う。「原発の電気を注文して使っているわけではない。」などと言ういいわけは許されない社会に生活していることへの自覚を迫るのである。 
 だからこそ、小高氏は原発について欺瞞的なことを言い、原発を運営していた者たち、専門家に対して、きわめて厳しい。「彼らは、私たちと全く別人種なのだろうか。」とまで追及するのである。 
 
 短歌作品について、歌人の姿勢について、前記した角川『短歌』2012年3月号の座談会での、「日本人の倫理、論理が試されている」(佐藤通雅)、「歌人、俳人ではなく、人間としてどう生きるのか、何をどう感じるか、そこのところをじっくりと見つめていかないといけないのではないかと思いました」(来島靖生)の発言あげて、「ここにあるのはいい歌とかうまい歌といったレベルで、この東日本大震災を終えてはいけないという覚悟である。」と論じる。 
 
 こうして、小高氏の論考は、本稿の小高氏の論考についての冒頭で筆者が引用した、「宿痾」からの脱却をつよく提起するに至るのである。原発にかかわって、電力不足、生活を江戸時代に戻せない、企業の空洞化が深刻化する、地球温暖化がすすむ、低線量被曝はたいしたものではない・・・などという言説が語られるが本当なのか具体的に検討された気配もない、専門家に委ねるということで私たちは責任を回避してきた。「そういう戦後社会の行き着いたはてが、今回の事故のような気がする。」とも言い繰り返しの引用になるが「『私』を宙吊りにしたまま、原発事故は詠めない。原発事故を対象化することは、自分を対象化することなのだ。それはまた、私たちの戦後社会のシステムを、少しずつでも変える(考える)ことを意味するだろう。意識して原発を詠んでみよう。これは原発問題にかぎらない。歌人の生き方の問題になるからだ。」という、小高氏の提起は、いま、経済成長至上主義と国家主義に突き進み始めている安倍政権のもと、原子力エネルギー推進が必然となろうとしているとき、改めて貴重なものになると思う。 
 
 なお、小高氏はこの論考の最後を、『私たちは、原発を止めるには日本を変えなければならないとおもっています。』(田中三彦・渋谷陽一編所収)の次の文章の引用で締めくくっている。 
 「原発を求めている社会というのは、いったいなんなのか。ライフスタイルはこれでいいのかということを、もう一度見直す必要があると思うんです。社会が原発を求めているというのは実は嘘で、人間がそれを求めているわけですね。人間が原発を求めないで暮らす生活は現実的でないのかどうかを真剣に考える、僕はそれが非常に重要だと思います。」 
 
 短歌界で、原爆・原発にかかわる作品が、さまざまに生まれ、新しい実りが、先人の築いた土壌をしっかりと掘り起こしていくことと共に前進することを願わないではいられない。それは、原子力文明の社会を乗り越えて新しい人間社会の実現に取り組んで行く、歌人であり人間である自分の生き方をめざすことにつながると信じたい。詠うことは生を写すことが基本であり、したがって生のありように自覚的に、主体的に、社会的存在として向き合い、行動することでもあると考える。そして、詠うことも行動であると、筆者は考えている。 
 
 歌人の原発詠にかかわる論究、評論については、今後も検討していきたい。 
                        (つづく) 


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