2013年05月06日11時41分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(104)歌集『平成大震災』(「歩道」同人アンソロジー、秋葉四郎編)から原発詠を読む(2)「原発の事故にて休耕となりし田にしみじみとして雨ふりにけり」  山崎芳彦

 前回に続いて歌集『平成大震災』(「歩道」同人アンソロジー)を読むが、前回、今回ともに東北各県の歌人の震災、津波、原発事故による被災を詠った作品を読み、その中から原発事故にかかわる作品を記録しているところであるが、自らの、あるいは家族、親戚、友人、知己の具体的な体験を踏まえ、生活の現実から生れる心情、心からの思いを短歌表現して深く切実である。 
 
 読みながら改めて痛感しているのは、東北地方では農畜産業、漁業など第一次産業が大きな比重を占め、この国の食糧供給を担って大切な役割を歴史的に果たしてきながらも、この国の農業をはじめとする、第一次産業に対する歴代政府の不当不条理な諸政策によって、その果たしている役割にまったくふさわしくない苦難の多い現状にあり、しかし縣命に農畜産果樹漁業の基盤を守り、それぞれの条件に対応しながらの地道で懸命な作業と研究、実践、地域的な共同によって、人が生きる上で欠かすことの出来ないさまざまな食糧の生産の基盤を守っている労苦に対して、原発の事故、放射能の放出、拡散がどれ程深刻な状況を作り出しているかということである。たとえば稲作農家が2年作付けが出来なかったということを考え、あるいは野菜や果樹などが出荷停止にされたことを考えるだけでも、農業を継続することの困難の実情は明らかだ。 
 
 その実情を詠った短歌作品が多い。居住地もふくめ農地や山林、河川、海洋を放射能が汚染したことによって、農業生産、漁業の基盤が極めて危うい状況になり、東北、とりわけ福島県の農業は稲作、野菜、果樹その他、耕作に対する規制が行なわれ、作物の出荷停止によって厳しい状況に追い込まれている。そうでなくても、農業を困難にする農政によって基盤が崩されてきている中での原発事故被災は、少なからぬ農業者、地域農業にとどめを刺しかねないほどの影響を与えている。 
 
 筆者は4月28日に、福島・三春町の芹沢農産加工グループ、福島「農と食」再生ネット、滝桜花見実行委員会が主催した「三春花見まつり」に参加し、わずかな時間ではあったが、三春町、田村市都路地区(旧避難区域・避難準備区域)の農業者、JAたむら(福島)の人々と交流し現状を聞くことができた。 
 いま、その具体的なことについて記すことはできないが、原発事故の放射能被災がどれほど農民を苦しめ、打撃を与えてきたか、与えているかということ、その中で現地の農民をはじめ地域の人々が農業再建、復興のためにさまざまな努力を積み重ね、その成果をあげつつあること、しかしなお容易では無い困難や将来不安を抱え込まされていること、この現状は現地農業者や関係者の努力に呼応する都市、他地域の生活者の共同と連携、連帯をどう作り上げて行くかという問題であること、この国の生活者の生きる源泉である「食」についての生産から消費までをどのようにして行くのかをわがこことして考え行動しなければならないこと・・・などを改めて痛感させられた。 
 
 原発事故、放射能にかかわっての作品が、このようななかで生きる人々によって作歌されたものであることを考えながら読んでいる。 
 
 誰か、あるいはどこかの地域、の問題ではないのであると思う。原発列島に暮らしている私たちは、この国の政府・支配勢力が原発維持、早期の再稼働を目指し、人々の生存権、基本的権利を奪い取ろうとする憲法改悪を行おうとしていることと、原発被災者に対するまっとうな施策を行っていない現状は、みなつながっていることから眼を逸らすわけには行かない。海外への原発輸出のためのセールスマンになっている首相、政府がこの国の脱原発にまともに取り組むはずがない。それでは、主権者である私たちはなにをしなければならないのか。 
 
 まとまりのない事を書いてしまったが、『平成大震災』の作品を読みながら、思いはさまざまにひろがる。前回に続いて作品を読んでいく。 
 
 
  ◇福島編(2)◇ 
▼放射能の屋内退避の圏外にあれどわが町歩む人無し 
 
原子炉に溶融おこり収束の見通し見えぬ日々不安なり 
 
原発の事故より三月過ぎしかどわれの暮らしの未だ定まらず 
 
放射能の数値変らぬ日々なれど会ひし人らの言葉するどし 
 
セシウムが七十倍もある故に干柿出来ぬを伊達の人言ふ 
 
放射能を怖れて一年会はざりし二人の孫が来る知らせあり 
                       6首 桑島久子 
 
▼身繕ひ避難の準備はじめたり原発情報テレビに見つつ 
 
屋内に十日も籠り原発の予断許さぬゆくへを思ふ 
 
震災に命失ひ原発に郷(さと)を追はるるいづれも重し 
 
原発の内部被曝の不安もち此の地離れず生きゐるわれら 
                      4首 小池サチ子 
 
▼うらうらと春日さす日々放射線おそれてこもる家ぬちさむし 
 
いちりん草群れ咲きにけり放射線あるかも知れぬわが庭のうへ 
 
線量計つね携へて学校に行くわがをとめすこやかなれど 
 
私ら子を生めるかとぞ問ひたりし少女(せうぢょ)のあはれ中学生とぞ 
 
原子炉より百キロメートル離るるに阿賀川がセシウム運びくるとふ 
                       5首 近藤千恵 
 
▼風評を払ひて蒔きし大根の芽は春遅き畑に出そろふ 
 
原発の風評いつまで続くらん不安のままに種籾浸す 
 
東より風の吹く日は目に見えぬ原発汚染の不安がよぎる 
                      3首 齋藤ケイ子 
 
▼室内に在りてもマスク手離せぬかかる生活のいつまで続く 
 
原発の事故の風吹くわが庭にあはれ石楠花の花あふれ咲く 
 
わが友ら息ひそめ隠れゐるらんか震災の後(のち)音信もなし 
 
砂遊びする児も散歩する老もなく死の如く静かなる園 
 
原発の町より逃れ来し一家わが町内にひつそりと住む 
 
原発にかかはりありや蝉のこゑことしは聞かず夏の過ぎつつ 
                      6首 佐久間守勝 
 
▼放射能山野に降りてこの年は蕨(わらび)ぜんまい伸び放題とふ 
 
原発の収束までは生き得ぬと思ひて日々聞く二ユースの悲し 
 
つながれしままに屍となりし牛放たれ太る豚らのさまよ 
                       3首 佐藤順子 
 
▼仙台にて学びゐる孫避難所に三日経ちしが出られず居るとぞ 
 
多発する放射線量に甘藷は全て薹(たう)たちいま花盛る 
 
嫁ぎ来て五十有余年培ひし田なるに今年作らぬと言ふ 
 
稲田には穂が出揃ひて光あり放射能ゆゑ不安のあれど 
 
被曝後は葉物類など控へつつ作り居りしが白菜植うる 
 
農作業は風評被害のあふりにておのづと控へ空しく過ごす 
                      6首 佐藤ツギ子 
 
▼毎日のテレビ見る度稲作の先ゆきの不安胸に迫り来 
 
苗代のみどりにゆるる五月晴れ原発の事故ひととき忘る 
 
ひと度は泥水かぶりしわが稲田放射能被曝の検査待ちをり 
 
漸くに穂に立つ稲田原発の線量検査を受けねばならぬ 
 
放射能の風評被害にさらされし色づく林檎の赤き実いとし 
 
原発の事故に心は休む間のなき日々つづき年の瀬迎ふ 
                      6首 佐藤文子 
 
▼一代に一度大災害に遭ふといふ父は関東われ東日本震災原発事故 
                         佐藤兵一 
 
▼マスクして帽子をかぶり手袋し小学生の群れ登校す 
 
煙草作今年は耕作停止にて来年放棄をする人増えん 
 
肉用牛三十頭ほど飼ふ甥が出荷停止に不安つのらす 
                      3首 鈴木 進 
 
▼原子炉の崩壊おそるる寒き朝空の奥処に紅色の雲 
 
原発の崩壊に驚き姪一家いわきの地より避難して来つ 
                      2首 二瓶龍子 
 
▼庭畑にもぎし色よきさやゑんどう放射線気にし味噌汁とする 
                         箱崎房子 
 
▼校庭に砂ぼこり吸ひ野球する孫の被曝を案じつつをり 
 
わが畑の土壌測定の結果出で基準値内も喜びのなし 
 
原発の事故にて葉煙草やめし畑に蕎麦の種蒔く人らの見ゆる 
 
原発より四十五キロのわが家に気持ち安らぐことなく過ごす 
 
心まで汚染するかと思ふ日々福島に住み逃るすべなし 
                      5首 古川 祺 
 
▼大震災受けたる後に病みし友原発被害の最中に逝く 
 
恩恵も無かりしわが町今にして原発被害もろに受けゐる 
 
原発の事故にて休耕となりし田にしみじみとして雨ふりにけり 
 
放射能汚染に取らぬ畑の梅土見えぬまで落ち香を放つ 
 
目に見えぬものの汚染が纏ひゐて生くる術さへ分らなくなる 
 
原発の汚染にてわれの聞き慣れぬセシウムベクレル日常語となる 
 
お裾分けする野菜さへためらひて風評被害気にしつつゐる 
 
セシウムの濃度の高き椎茸は子等に送れず友に送れず 
                      8首 三浦弘子 
 
 
 次回も、福島編を含む作品を読み続ける。      (つづく) 


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