2013年06月11日00時08分掲載
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文化
【核を詠う】(110)『東日本大震災歌集』(現代歌人協会編)の原発詠を読む(2)「安全と言ひくるめくる国側に東北の鬼とし老爺は声あぐ」 山��芳彦
岩波文庫の『志賀直哉随筆集』(1995年刊、高橋英夫編)を拾い読みしていて、「閑人妄語」の項の記述に呼びとめられた気がして、いろいろ思いをめぐらしながら読んだ。いろいろなことが書かれているのだが、たとえば、
「創作の仕事も、少し理想的ないい方になるが、作家のその時の精神活動が作品に刻み込まれて行くという意味で、その人の精神が後に伝わる可能性の多い仕事だと思っている。・・・作品自身で、読者と直接交渉を持ち、いろいろな働きをしてくれる。それは想いがけない所で思いがけない人によき働きをする事があり、私はそれを後に知って、喜びを感じた経験をいくつか持っている。それ故、作家は善意を持って、精一杯の仕事をし、それから先はその作品が持つ力だけの働きをしてくれるものだという事を信じていればいいのである。」
短歌を作るということにも、ぴったりのことばではないだろうか。今、2011年3月11日の東日本大震災、福島第一原発の壊滅事故をうけて、多くの短歌作品が作られ、読まれている。被災者、非被災者それぞれの人々が、経験や立場はちがっても、自らを「当事者」として作歌している。その作品が持つ力は、それにふさわしい働きをしてくれる、「よき働き」をしてくれる。
また、志賀直哉は、この昭和二十五年に書いた随筆のなかで、このようなことも言う。
「『この時代の人間は大変な時代遅れな人間なのだ』私はこんな事を考えた。今の時代では色々なものが非常な進み方をしている。進み過ぎて手に負えず、どうしていいか分からずにいる。・・・科学の進歩がそれである。・・・例えばある長距離の無着陸飛行に成功したという記事を読むと、新記録好きの今の人々はすぐ拍手喝采をするが、一体、この事が吾々庶民にとってどういう事を意味するかといえば爆撃を受けるときの危険率が増したという事以外の何ものでもないのだ。そういう能率のいい飛行機で愉快な旅をするなどという事は先ずないといっていい。それを喝采して喜ぶというのは可笑しな事だ。
・・・今となっては、それも『過ぎたるはなお、及ばざるに如かず』で何事もあれよあれよで手がつけられずにいる有様だ。この事が予見できず、これまでに手綱がつけられなかったというのは如何にも智慧のない話である。今の人が時代遅れだというのはそういう意味からである。」
示唆に富む、七十年以上前の作家の人間、社会観察の文章だと読んだ。
さらに科学について次のようなことを書いている。
「科学については科学の限界を予め決めて置いて、それを超えない範囲で進歩さしてもらういうわけには行かないものか。大体、こういう考え方は学問、芸術の世界では承認出来難い考えで、愉快な考えではないが、科学の場合だけは限界を無視し、むやみに進歩されては大変なことになると思う。そして、その限界は地球という事になると思う。人間はこの地球から一歩も外に出られないものだからである。」
「私は若い頃、・・・この地球が我々の進歩発達に条件が不適当になる前に、出来るだけの発達を遂げて、地球の運命から自分たちの運命を切り離すべきだと思った。これは大変便利な考え方で、この考えをもってすれば、大概の現象は割りきれた。究極にそういう目的があるのだと思うと、如何なる病的な現象も肯定できるのである。そういう人類の意志の変則的な現われだと思う事が出来るから、総てが割り切れた。飛行機の無制限な発達も、原子力も総て讃美する事が出来るわけである。私は三十二,三歳まではそういう空想に捕われ、滅茶苦茶に興奮する事がよくあったが、どうかすると急に深い谷へ逆落としに落とされたほど不安焦燥を感じる事がよくあった。私はそれに堪え兼ね、・・・少しずつそれを調整して行くうち、いつか、前の考えから離れ、段々にその丁度反対の所に到達し、漸く心の落着きを得ることが出来た。」
志賀直哉の、この辺りの思考の変遷は、彼の小説作品にも反映しているのだろうと思いながら読むと、関心を持たないではいられない。
さらに、こうも書いている。
「それは扨て置き、私は科学の知識は皆無といっていい者だが、自然物を身近く感ずる点では普通人以上であるという自信があり、臆面もなく、こういう事を書くのであるが、今の科学は段々地球からはみ出してきたような感じがして私は不安を感ずるのである。第一に吾々がそれから一歩も出る事の出来ない地球そのものが段々小さくなって行く事が心細い。・・・己の分を知るというのは個人の場合だけの事ではない。人間のこの思い上がりは必ず自然から罰せられる。すでに人間はその罰を受けつつあるのだ。私にはそう思える。」
「動物の世界も弱肉強食で、生存競争はなかなか烈しいが、何かその間に調和みたようなものも感じられ、人間の戦争ほど残忍な感じがしない。つまりそれは自然の法則内の事だからかも知れない。人間同士の今日の殺し合いは自然の法則の外である。
人間は動物出身でありながら、よくぞ、これまで進歩したものだという事は驚嘆するが、限界を知らぬという事が人間の盲点になって、自らを亡ぼすようになるのではないか。総ての動物中、とび離れて賢い動物でありながら、結果からいうと、一番馬鹿な動物だったという事になるのではないかという気がする。今の世界は思想的にも科学的にも、上げも下げもならぬ状態になっている。他の動物にはなく、人間だけがそれを作った、思想とか、科学というものが、最早、人間にとって『マンモスの牙』になってしまったように思われるが、どういうものであろうか。」(昭和二十五年)
原発短歌を読みながら、ふと手に取った志賀直哉随筆集から、呼びかけられるようにして読んだ部分を引用してしまった。六月二日の脱原発集会・行動や、自民党の「原発活用」「原発輸出」方針など多く考えなければならないことがあり、実際に集会の片隅に身をおいたのでもあったが、昭和二十五年の志賀直哉の随筆に心奪われた。ふと、急に、高木仁三郎さんの名著『プルトニウムの恐怖』をまた読もうと考えていた。
前回に続いて、現代歌人協会編『東日本大震災歌集』から原発詠を読んでいきたい。
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◇福島の歌友(とも)が発行の同人誌繰(く)れば起(た)ちくるベクレルの歌 工藤邦男 (青森県)
◇戦はぬ国に願ひぬ飢ゑぬだけの食と清しき風と山河を
倉林美千子(埼玉県)
◇「安全神話」振り撒くうちに自らもとりこ(・・・)となりし「政府」「東電」
黒住嘉輝 (京都府)
◇窄りては排水溝に流さるる肌理(きめ)やはらかくしろき牛乳
小島ゆかり(東京都)
◇「想定外」「停める」「冷やす」に「閉じ込める」また戻りくる同じことばへ 小高 賢 (東京都)
◇いただきし福島のぶだう食みにつつその味にしむ苦労思ふも
小西久二郎(滋賀県)
◇暖房のあらぬ電車に隙間かぜ首さむざむと節電に堪ふ
小林邦子(神奈川県)
◇「避難せよ、ただちに避難せよ」と告ぐ久しかりけりその命令形
小林芙沙世(高知県)
◇「原発へ」へ戦争へとなびく草々を哭けとや「秋風禾黍(しうふうくわしょ)を動かす」 小見山輝 (岡山県)
◇被曝地に捨て置かれゐる千体の屍(かばね)の眼から泪流れず
後藤惠市(神奈川県)
◇ほんとうの空と呼ばるる静けさに放射能測定器買わるる
駒田晶子 (宮城県)
さ行
◇戦時には空から襲われ平時には地下の地震に遂には放射能にも
佐久間晟 (宮城県)
◇パリの春の汚きホテルに二泊せりパリの人に震災の歌を見せんと
佐佐木幸綱(東京都)
◇撒かれゐる恐怖の汚染の中にゐるメルトダウンに怯ゆる大和
佐田 毅 (埼玉県)
◇原子炉の傾くかなたの海に湧く相馬盆唄死者達のこゑ
佐藤孝子 (栃木県)
◇立入禁止区域に星を戴いてもう産まなくていいよ牛たち
佐藤弓生 (東京都)
◇昼の月に歩を止めるすぐそばの辛苦からわれはこんなに遠い
三枝昂之(神奈川県)
◇安全と言ひくるめくる国側に東北の鬼とし老爺は声あぐ
三枝むつみ(神奈川県)
◇フクシマの揺り蚊食べて渡りゆき帰って来ない燕もをらむ
齋藤佐知子(神奈川県)
◇原子炉の稼働を止めし列島にまこと悠久の月昇り来ぬ
齋藤すみ子(愛知県)
◇簡素なる「福島民報」の看板を雪の会津に見しを忘れえず
齋藤典子 (奈良県)
◇連翹の枝を挿すなり父祖の土地の放射線量を測るかわりに
齋藤芳生 (東京都)
◇かたむける壺に流るる民としてフクシマを見るわれのミナマタ
桜川冴子 (福岡県)
◇大熊町に帰らむはいつ百一歳の母君は荷をまとめおくとぞ
實藤恒子 (東京都)
◇自らの点ししほむらに灼かれをりわれらはみぎはを離れえぬ葦
清水正人 (静岡県)
◇原発を遠く逃れて来し風か夕べしきりに窓を叩くは
渋谷みづほ(埼玉県)
◇雲間より地上を照らす日の風の肌に寒きを放射能といふ
島崎榮一 (埼玉県)
◇三月を四月を如何にか遣りたりし覚えず遥けく遠州灘見ゆ
島田修三 (愛知県)
◇戦後とはいつまでをいふか震災の惨めさに思ふあのころのこと
島津忠夫 (兵庫県)
◇震災の瓦礫の除去も汚染土の処理も進まぬ写真も記事も
島本正靖 (東京都)
◇万葉の世はつい昨日プルトニウムの半減期二万四千年先
下村すみよ(埼玉県)
◇福島の友の一人も見舞い得ぬ口惜しさ呼びて痛みくる背(せな)
陣内直樹(神奈川県)
◇放射能汚染地帯と言うは誰緑したたる安達太良山麓
諏訪部仁 (東京都)
◇原発に避難重ねるわが友の『今フクシマから』立上がる歌
菅原恵子 (秋田県)
◇置き去りにされたる後に生まれたるらし群れに従う子牛二頭は(放射能汚染地) 住 正代(神奈川県)
◇被災また風評被害に苦悩するみちのくびとにふたたびの冬
角 広子 (香川県)
◇けはひなくものの降りくる空あふぎ晴るる日苗に水を遣りをり
角倉羊子 (東京都)
◇汚染せる浄水場の水使ひふたり夕餉のすこやかに済む
関場 瞳 (東京都)
◇巨大地震、原発事故は夢ならずいまわが街は停電中なり
関谷啓子 (東京都)
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◇恐ろしやお化け四基のごねるさま見つつ日に異に慣れてゆくこと
たなかみち(兵庫県)
◇泰山木真白き大輪咲かせたり原発よこの清浄な大地穢すな
田島定爾 (東京都)
◇海越えて四十二粁しらじらと群立つ原発は嫌だ嫌だ
田中 要 (新潟県)
◇風評に苦しむ福島県野菜町の集会所に売れば買ひくる
田野 陽 (東京都)
◇放射能汚染といふこと知らざりし賢治の「春と修羅」のきよさよ
田宮朋子 (新潟県)
◇幾重の壁に閉ぢ込められてなほ遁れむとする放射性物質
田村美智代(埼玉県)
◇牛も馬も鶏も斃れし映像の荒野百年 さらに百年
高尾文子(神奈川県)
◇大津波、放射能漏れ、日本の最悪の日をぽつんとひとり
高貝次郎 (秋田県)
次回も引きつづいて『東日本大震災歌集』の原発詠を読む。(つづく)
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