2013年07月22日00時33分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(116)三原由起子歌集『ふるさとは赤』から原発詠を読む(4) 「再稼動のニュースが聞こえて心臓が脳が身体が地団駄を踏む」  山芳彦

 7月21日午前9時、参議院議員選挙の投票所から戻ってきて、パソコンの前に座って本稿を記している。マスコミの報道や、実際に知人友人、地域の人びととの接触の感じから、何とも気鬱というか、心が晴れない感覚というのが、今の心境である。低投票率、政権与党、中でも自民党の大幅議席増を思うと、やはり心が重い。選挙の結果だけで社会が変わるものとは考えてはいないが、原発再稼働、輸出を進める勢力が政権をより強固なものになったとして振舞うことを想像すると、やはり耐えがたい嫌悪感にとらわれてしまう。 
 
 選挙結果がどうあろうと、安倍政権、自民党の原発政策に正当性が生れるわけではなく、その政策実行を阻止するための、投票だけに限定されるわけではない国民の主権の行使、あらゆる行動をねばりづよく、知恵と力を深め広げながら続けることを、先ず自らを励まして、決意しなければならないと考えている。当面、9月から10月にかけて計画されている統一行動に向けて、さらに多彩に繰り広げられる脱原発・反原発の人びとの取り組みの場に、自分を立たせなければならないと思っている。 
 
 不十分ではあっても、この「核を詠う」連載も続けさせてもらいたいし、詠うものの一人である筆者の作歌にも励みたい。 
 
 三原由起子さんの歌集『ふるさとは赤』から「2011年3月11日後のわたし」の作品群を読んできて今回が最後となる。強く印象に残る作品が多かったと感じている。福島、特に原発立地地域の現状はもとより、福島第一原発の壊滅事故は依然現在進行形で語られ、詠われなければならないし、それはこの国の未来を詠うことでもある。現実に、今になって次々明らかにされてきている事象はそのことを示している。この現実を「仕方がない、と言いたくない」と三原さんは言う。だから歌集も出版したし、さまざまな方法で発言し行動している三原さんである。更なる活躍を期待したいと願うものである。 
 
 
  ◇地団駄を踏む◇ ◆
 
▼点滅が激しくなって「この先は警戒区域」と標識は告ぐ 
 
警察の検問前には警備員が境界線の代わりに立てり 
 
軽装のまま警備員は誘導棒を振りてわれらにUターン促す 
 
空はまだ続いていくのに(事実上)国道六号線は途切れる 
 
元通りになることはないその先にありし人らの澄んだ営み 
 
「あんなところ行くわけないよ」と嗤われてあんなところで育った私 
 
再稼動のニュースが聞こえて心臓が脳が身体が地団駄を踏む 
 
吐瀉物に老獪の人ら浮かび来て便器に吸われるさまを見ている 
 
知らぬなら無いこととして過ごしおりゆゆしき日々の続く日本(にっぽん) 
 
 
 ◇再開と再会◇ 
 
▼入口にスタンド花が飾られて再開の夜の目印となる 
 
一枚のドアの向こうに広がっている浪江町をゆっくり開く 
 
「優蔵さんの娘が来たど」とマスターは大きな声で紹介をする 
 
「ゆきちゃん」とママに呼ばれてカウンターに座るお酒は何でもよくて 
 
再会に乾杯をする杯の音に心は浪江に帰る 
 
三五八が好きだと言えば通じ合うママは三五八漬けでもてなす 
 
仕事と言い早々帰る人ありて収束作業はそばにあること 
 
「東電を悪くは言えない」とマスターの声に客らは床を見つめる 
 
言い返す言葉を飲み込むふるさとに生きるということ思い出しつつ 
 
 
 ◇区域再編◇ 
 
▼子を産まぬことも故郷の地を踏まぬことも決められずに生きている 
 
もはやもう実家ではない 弟は玄関に立ち尽くしたという 
 
人住まぬ家に鼠は生き生きと住んでいるらし糞散らかして 
 
アルバムの表紙に鼠の歯形あり触れることさえできないでいる 
 
あきらめるための一時帰宅だと友は笑顔を作ってみせる 
 
「ふるさとにみんなで帰ろう」叫んでる人も知ってるほんとうのこと 
 
また町が民が心が裂かれゆく区域再編はじまる四月 
 
昔から二つに意見を分かつ町と言われし町を三つに分ける 
 
とりあえず帰っても良いというわが家とりあえず住めないんですけど 
 
原発を作る時代もそうだった中間貯蔵という最終処分場(しょぶんじょう) 
 
 
 ◇ゆれる◇ 
 
▼ 大熊町の歌人・佐藤祐禎さん逝去 
「わたしは大熊、あなたは浪江」と言いつつも「大変ですね」で一つになりぬ 
 
伝えたい思いを束ねて講演会目前にして失われた声 
 
携帯のアドレス帳に「祐禎さん」その番号をお守りとする 
 
  小田急線地下化 
一つずつ煩悩数えて階段を上(のぼ)れば改札口に出る朝 
 
拡声器持ちたる人の案内は人身事故のようで みだれる 
 
震災の以前の国に戻りしかホームの電子広告の笑み 
 
踏切と電車の走る音が消え「ようこそシモチカ」シモキタじゃない 
 
一日で一気に古びた駅舎あり立ち止まる人らカメラ取り出す 
 
  ふるさとは今も 
四月一日午前零時にわが町は三つに区切られてしまう 国家に 
 
Yahoo!ニューストップページに浪江町と表示されてる日々にも慣れて 
 
町議会議員選挙に立候補する同級生は除染を唱える 
 
「原発さえなければ」という台詞には収まりきれない現実を見る 
 
真っ先に浮かぶ笑顔とロマンスグレー 失踪を知る白き画面に 
 
二年経て浪江の街を散歩するGoogleストリュートビューを駆使して 
 
 
 歌集『ふるさとは赤』の「あとがき」の最後の部分を引用させていただく。 
 
「二年前の三月十一日以降、それまでに自分が続けてきたことや、ずっと気にかかってきたこと、疑問に思うことへの答えが出たような気がしている。 
今日は四月一日、私のふるさとである浪江町は区域再編により、避難解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域に分断される。私の実家は避難解除準備区域にあたるが、昼間の立ち入りが緩和されるだけで、十五歳未満と妊婦の立ち入りは不可。宿泊もできない。それが意味するのはどういうことなのか。そして、今後どうすればいいのか。この歌集を手に取ってくださった皆様と一緒に考えていけたらと願っている。 二〇一三年四月一日 浪江町区域再編の日に 三原由起子」 
 
 次回も、原発にかかわる短歌作品を読みたい。     (つづく) 


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