2013年08月11日13時12分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(117)大口玲子歌集『トリサンナイタ』から3・11以後の作品を読む  屐愿杜呂鮴犬爐燭瓩某佑鮖Δ垢福戮叛鼎なる怒り湛へて言ひき」 山芳彦

 今回から大口玲子(おおぐちりょうこ)さんの第4歌集『トリサンナイタ』から、2011年3・11以後の作品を抄出、記録させていただく。同歌集は2012年6月に角川書店から出版され、筆者もすぐに読んだのだが、この連載では1年後の今回になってしまった。同歌集は、歌壇では昨年度の大きな収穫と評価され、若山牧水賞、芸術選奨新人賞などを受賞するとともに、東日本大震災・福島原発の壊滅事故の後、居住地の仙台市から当時2歳の子を連れて避難し、仙台市にある新聞社の記者である夫を残し、いくつかの地を経て宮崎県に在住して、その生活のなかで原発問題について詠い、発言し続けていることから広く社会的にも注目されている。 
 
歌集は、3部構成になっていて、3部が震災・原発事故後の作品だが、1部、2部の作品にも大口さんの骨太であるとともに繊細な感性、骨格がきっかりとした歌風、視点の個性、感性の豊かさを感じさせる作品が収録され読み応えがある。歌人・大口玲子の優れた特徴を見せた歌集であると思う。 
 
 筆者は、この連載の中で昨年6月から7月にかけて、大口さんの第三歌集『ひたかみ』(2005年11月刊 雁書館)から原発、原爆など原子力に関る作品をまとめた大連作「神のパズル―100ピース」と、歌誌「短歌往来」2012年7月号に掲載の連作三十三首「逃げる」まで4回にわたり取り上げ、作品を記録させていただいたが、「神のパズル―100のピース」を読み、驚嘆したことを、いまでも思い起こす。このような、原子力をテーマにした、原発はもとよりさまざまな視点から短歌表現した作品、その作品を創出した歌人の存在感に注目してこなかったことに、3・11福島原発事故を経験して強い痛みを感じた。 
 
 大口さんについての筆者の捉えかたは、この連載の(51)〜(54)のなかで記したので、今回は、あえて重ねることはしない。 
 
「もし夫が被曝して放射性物体とならばいかにかなしからむよ」 
 
という大口さんの一首があった。女川原発から二十キロ弱の距離の地に住み、原子力の本質的な反人間的存在を認識していた大口さんが、2005年に刊行した歌集で、このように詠っていたことを、筆者は忘れることができない。その他にも印象深い作品が多かった。 
 
 「女川が『チェルノブイリとなる』予感飲みつつ言へり記者たちはみな」 
 
とも詠った。原発の重大事故は起りうることとして捉えられていたのである。 
 
筆者は、また改めて「神のパズル―100のピース」を読み返しているが、やはり優れた作品群であると感じている。 
 
 大口さんが仙台から避難したことについて批判的に言う歌人もいるが、必然の行動であったと思う。そして、避難生活のなかで、さまざまな体験をし、深め、作品化し、あるいは機会があれば原発と人間について発言し、反原発行動にも参加していることに、敬意を持つ。1ヶ月に1回は、仙台から宮崎を訪れる夫君にもである。 
 
 『トリサンナイタ』の短いあとがきに、大口さんは次のように記している。 
「二〇〇五年の末から二〇一二年一月までに発表した作品より選んで、第四歌集をまとめました。この六年の間に、受洗、出産、仙台から宮崎への移住という、私個人にとっては大きな変化がありました。特に昨年三月の東日本大震災以降はさまざまな決断を迫られ、困難も多かったのですが、同時に自分がいかにたくさんの恵みをいただきながら生きているか、日々実感するようになりました。今は、すべてのことに感謝しています。・・・仙台から私を支え、ともに歩んでくれる夫・宮下拓にも記して感謝します。」 
 
 作品を読んでいきたい。 
 
 
 ◇むいか、ここのか◇ 
 
▼うつむきて死者を思ふときおさがりの夏の喪服に冷えをり真珠 
 
原爆落下中心地へと歩むわれ小さき蟻のごとしと自覚す 
 
ためらひて長くためらひてやうやくに熱線に融けし壜に触れ得たり 
 
記されし祈りの言葉呟きて祈りに似たることをわがしつ 
 
空仰ぐヨハネ像被爆せしのちをただに長崎の空を仰ぎて 
 
今年もまた「むいか、ここのか」語られて八月は過ぐ汗ばみにつつ 
 
(注・以上の6首は3・11以後の作品ではないが、原爆にかかわる作品なので収録した。 筆者) 
 
 
   掘2011年3月11日以後の作品) 
 
  ◇静けかりけり◇ 
 
▼額縁の中の桜と教会がみるみる傾き落ちて割れたり 
 
近い将来必ず来ると言はれゐし揺れと思ひつつ子を抱き耐へつ 
 
水、電気、ガス止まりたるを言ふわれに「津波と原発」と夫は苛立つ 
 
揺れののち静けかりけり出社する夫を見送り雪に気づけり 
 
ともかくも明日の新聞出すために夫出社せり雪速く降る 
 
被災地とはここなのかわれは被災地に居るのか真闇にラジオ聴きつつ 
 
今となりて思へばいつときの揺れなりきそののちの時間長く続けり 
 
 
  ◇めんつゆ◇ 
 
夜の闇、寒さ、ひもじさをやや知りて二歳の息子が飲んでゐる水 
 
飲み水がなければビールを飲まうかと口にして夫に叱らるる朝 
 
「食材王国宮城」の看板残りつつ仙台駅は壊れてゐたり 
 
お一人様一つ限りの弁当の中身わからず列につらなる 
 
食べものを探してくると夫は出かけめんつゆの一本を買ひ戻りたり 
 
これも地震でこはれちゃったよね 子はいちいち立ち止まり指を差し呟けり 
 
命ありて集まれるミサののちにして司祭一人の死は告げらるる 
 
被災者に桜を見せて「頑張る」と言はするテレビ番組はあり 
 
 
 ◇消息◇ 
 
▼アンドレ・ラシャベル神父(76)。50年前にカナダのケベック外 
国宣教会より派遣され、十五年前からはカトリック塩釜教会の主任司 祭をつとめていた。 
パスポートがまづ本国へ知らせたるその死をわれら二日後に聞く 
 
田河原(たがはら)誠(45)。岩手県田野畑村島越(しまのこし)在住。津波の知らせを受け、消防団として仕事をしていたという。 
村一番の俊足も波に攫はれて安否不明者の1行となる 
 
蓮見まゆみ(40)。宮城県石巻市駅前北通り在住。津波で両親と甥を亡くし、自宅一階の居酒屋「蓮」は浸水。 
流されて箪笥は遺り箪笥には父の恋文遺れるを言ふ 
 
清水かな(41)。二児の母。震災後、子どもを連れて、それまで住んでいた仙台から実家のある関西へ。かねてより原子力発電について発信してきた。 
「電力を生むために人を殺すな」と静かなる怒り湛へて言ひき 
 
畠山栄一(88)。長年、田野畑村漁協組合長をつとめ、2011年1月に亡くなった 
いまいちど海語る声を聞きたけれど平井賀の惨状見ずに逝きけり 
 
 
 ◇距離◇ 
 
▼パソコンを点しつながる朝焼のひかりの海に沿ひ四基見ゆ 
 
Googleマップいくたびも見る 原発とわれとの距離を確かめながら 
 
放射線見えなばいかに光るらむ欅並木は雨に濡れつつ 
 
みどりごは祝福されて原子炉から三〇キロを隔てて眠る 
 
 
 ◇逃げる◇ (1) 
 
昼夜等分近づけば日々あきらかに子の髪に降る放射線量 
 
見えぬものは見ない人見たくない人を濡らして降れり春の時雨は 
 
子の好きな屈折放水塔車けふ絵本を飛び出し福島へゆく 
 
避難民となりてさまよふ仙台駅東口みなマスクしてをり 
 
長距離バスキャンセル待ちの行列の殺気立つ寸前の虹は見ゆ 
 
見送りののち出社する夫見れば寒さうに鼻をかんでゐるなり 
 
五百円の弁当ひとつやつと買ひ発車間際に渡しくれたり 
 
「チチもバスにのって」と激しく泣きし子が発車直後弁当を欲しがる 
 
許可車両のみの高速道路からわれが捨ててゆく東北を見つ 
 
たかぶりて子は手を振れり消防車救急車ばかりのサービスエリア 
 
ゆく春の東北よここで生まれたるわが息子を覚えてゐてくれよ 
 
西会津過ぐるころ(まだ仙台に居ますか)無垢なるメール届きぬ 
 
郡山経由五時間のおほかたを『古典大系』読める青年 
 
非常口のサインに点る緑の人は緑のゲートより何処へ逃げる 
 
阪神の死者を超えたと待っていたかのやうに告げる声のきみどり 
 
 三月十九日 新潟 
八日ぶりに髪も洗ひて湯につかり後ろめたさが深刻になる 
 
 
次回も続いて歌集『トリサンナイタ』を読んでいく。  (つづく) 


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