2013年08月15日17時10分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(118)大口玲子歌集『トリサンナイタ』から3・11以後の作品を読む◆ 嵌媾佞亮主避難、疎開、移動、移住、言ひ換へながら真旅になりぬ」 山芳彦

 前回に続き大口玲子歌集『トリサンナイタ』から2011年3・11以後の作品を読むが、大口作品の特徴、まぎれのない確かな表現力によって、原発事故による放射能を避けて、子とともに自主避難し夫とともに居住していた仙台から九州の宮崎県に移住して生活している日々のありようを、具体的に、明瞭に詠っていることに、ひきつけられる。原発事故から日をおかずに避難した自身の「生活」を詠っているのだから、被災の実情や苦悩を詠う原発詠とは違うテーマ、作品であるが、しかしまぎれもなく母と子の、原子力放射能による深刻なこの国の状況のなかでの苦難を、生きる具体を詠って、その短歌表現は貴重である。 
 
 福島原発の壊滅事故による被災、人びとはもとよりその地に生きるものの環境がこれほどまでに傷つけられ、破壊されている、さらに現状にはとどまらない先の見えない多くの事柄も考えなければならない状況が続いているということは、実は福島に限らず、全国の少なくない地域にある原発とその周辺、さらにそれを越える国土の多くを、人間をはじめさまざまな生命を持つ動植物、自然環境を、福島原発のあの事故による被災と同様に、あるいは場合によってさらに上回る深刻悲惨な状況を生み出す可能性があるということである。原発が存在する、原子力エネルギーに依存し続けるということは、そういうことなのだということを、チェルノブイリがかつて明らかにし、いまもそのことで人びとをはじめ自然環境は、苦患のさなかにある。福島原発はそのチェルノブイリの警鐘を受け止めきれなかった、原子力文明社会の突出した私たちの国が再び打ち鳴らしている警鐘なのではないだろうか。 
 
 福島原発の事故の原因を究明する事が大切であることは言うまでもないが、地震なのか、津波なのか、対策がどうだったのかを明らかにすることは、原子力エネルギーの本質、人間社会と共存できるものなのか、今後も継続してよいものなのかという、より根源的な原子力についての誤りない認識を、現在だけでなく将来、未来をしっかりと見通して捉えるためのものでなければならない。このことについて、少なくない人々が、原子力エネルギーは人間と共存できない、反自然・反生命のものであることを科学的・倫理的・文化的な根拠を明らかにして指摘してきたが、それを排除し無視して原子力至上主義ともいえる無謀な政治・経済の体制・仕組みを、強固に、権力主義的に構築してきた勢力は、いまもその方向を変えようとしないばかりか、促進しようとしているのが現状だといわなければならない。 
 このままでは、未来は無い。 
 
 8月14日付朝日新聞朝刊(13版)の連載コラム「プロメテウスの罠」で、福島県原子力センターの、県の猟友会の会員が捕獲したイノシシの肉の放射性セシウムの検査記録について書いているが、そのなかで「地中の野菜や生物を食べるイノシシの(放射性セシウムの)数値は突出して高い。しかもじわじわと上がっている。この2年の記録をみると分かる。」として 
▽2011年11月4日 5720ベクレル(相馬市) ▽12年7月2日 2万6千ベクレル(二本松市) ▽同1月20日 3万3千ベクレル(いわき市)の記録を記し、さらに「今年2月22日に南相馬市小高区で捕獲されたイノシシの測定結果が5万6千ベクレル、さらに月末には同市のイノシシから6万1千ベクレルが検出された。たて続けに最高値を更新してしまった。基準値の610倍。」と書き「線量の高いイノシシがあちこちで出ることは、それだけ汚染域が広がったことを示唆する。これから既刊する避難住民はもちろん、全県民に不安を与えかねない。」としている。これが福島原発事故2年半後の福島県内の実情の一つである。「汚染域が広がった」ことを示唆するというこのデータを軽視することはできない。この連載コラムは貴重だ。 
 
 同新聞には、次の記事も掲載されている。 
 「8・5%歳値上げか再稼働か 東電黒字化厳しい試算」の見出しで、東京電力が金融機関からの融資を続けてもらうための交渉本格化にあたって今年度の黒字化を果たすためには「柏崎刈羽原発(新潟県)の再稼動か、電気料金の災値上げが必要」の試算を示した、という記事である。それによると、「来年1月に柏崎刈羽原発を再稼働すれば、今年度は黒字にできる。」「再稼働できなかった場合には、電気料金を1月に約8・5%以上値上げすれば、黒字にできる」と、東電が複数の金融機関に試算を示したという。 
 記事では、このような試算について、東電が3年連続経常赤字になればきんゆう機関から融資を受け続けるのがきわめて難しくなるため「東電と政府は昨年5月につくった総合特別事業計画(再建計画)で、『13年度は黒字になる』と約束していた。」「ただ、この再建計画には、今年4月から柏崎刈羽原発を順々に再稼動させることが盛り込まれていた。」が、今年度も最初の3ヶ月で赤字になっているなかで、年度内に黒字に転換できる可能性を示すためにひねり出したのが、前記のシナリオと解説している。 
 そして、「反発必至 実現高い壁」の中見出しを立てての解説では、柏崎刈羽原発の再稼動については新潟県の泉田知事の反発が強く、地元自治体の同意を得る見通しが立っていないこと、電気料金の災値上げについても利用者からの強い反発が予想されること、などを指摘している。 
 さらに、「そもそも、原発事故を起した東電については、金融機関や株主の責任が十分問われないまま、国が公的資金で存続させた経緯がある。しかし、東電が抱える賠償や除染、廃炉などの負担は10兆円に達する可能性があり・・・枠組みの見直しをめぐる議論が避けて通れない。」としている。 
 
 8月14日付朝日新聞朝刊の二つの記事のみを取り上げたが、そのほかにも注目すべき記事があった。いずれにしても、福島原発事故の被災はなお続いており、これも解決の見通しがないけれども緊急な問題である放射能汚染水の問題、被災者に対する許し難い無策の現実がある。 
 そして、原発存続を基本政策とする政府と経済界である。この国に生きることは、薄氷の上に立ち、歩くようなものではないのか。 
今年の8月は耐えがたいほどに暑く、厳しい気象現象に苦しんでいる地域も多い。しかし、人災・原子力エネルギーに対しては、人びとの知恵と力で対処することが不可能ではないことに、希望を持ち続けたい。もとより、呆然と立ち尽くすだけでは、希望は現実にはならない。 
 
 前文が長くなりすぎたが、大口さんの作品を読みたい。 
 
 
  ◇逃げる◇(2) 
 
  三月二八日 神戸 
▼グゲンハイム邸の窓より海を見て母にはビール子にはヨウ素を 
 
家が無事なのに仙台を離れたといふやましさをぽちりともらす 
 
一人言へばぽちりぽちりと皆が言ひわれもぽちりとつぶやきにけり 
 
晩春の自主避難、疎開、移動、移住、言ひ換へながら真旅になりぬ 
 
そこここで差し出されくる箱に子は硬貨を落とす遊びのやうに 
 
  四月三日 長崎 
▼<さくら>から<かもめ>に乗り換へうつとりと電車好きの子が天井を見る 
 
長崎のさくらのはなびらつめたいね 丹念に拾ひ集め子は言ふ 
 
西坂の丘に来る人を眺めをり祈る人走る人猫に水やる人 
 
聖人の像をはしから数へつつ九人目で子は「わかんない」と言ふ 
 
西坂に十二匹ゐるといふ猫の八匹までを確認したり 
 
いつもここにチチが座るよね 得意気に子の指が卓の空席を指す 
 
この夜を独りの夫に子の声とともに長崎の汽笛を聞かす 
 
人形に「もうすぐ地震をはるよ」と繰りかえす子のひとり遊びは 
 
のど風邪を子にうつされてハシゴするたんぽぽ薬局なのはな薬局 
 
  五月三日 八代 
▼被災者といふ他者われに千円札いきなり握らする老女をり 
 
「ねむたい」と寝言いふ子の大声をわれのみ聞きてわれのみ笑ふ 
 
逃げきつてせいせいとゐる月曜日 原子力空母ひつそりきたる 
 
 
  ◇椋鳥◇ 
 
▼前かごに息子うしろにマンゴーを載せ自転車を漕いでゆくなり 
 
宮崎銀行本店の静寂へ侵入し新規口座の手続きをせり 
 
九州電力と二〇アンペアの契約をしたる翌日デモへゆきたり 
 
原発イママデアリガトサヨナラ三歳の息子にも言はせ街を歩めり 
 
被災地を多少なりとも知るわれか歌ひ踊るデモにゐて孤独なり 
 
運送費なくて宮城へ届け得ぬ支援物資をいただきにゆく 
 
保育園より戻りし子に注ぎやりぬ支援物資の爽健美茶を 
 
夕べのミサはじまる前の静けさに息子は玄米おにぎり食ぶ 
 
日向市より来れるシスターがわれの手にへべす二つを握らせ去りぬ 
 
椋鳥も巣に帰りゆく夕暮の橘通り息子と帰る 
 
椋鳥は群れつつ樟へ吸はれゆきしきりに声をこぼせる夕べ 
 
 
  ◇感電◇ 
 
ECОTESTO TERRA MKS-5ブルートゥースなし版 ウクライナ製(国防軍正式採用) 
▼ママ友に計測器(ガイガー)借りてゆく旅のはじめに小さきおむすび握る 
 
七月二十三日十八時〇〇分 イオンモール都城駅前子ども用品売場(2F) 0・12マイクロシーベルト 
▼あやしげな宮崎弁を使ひ初めよその子に食つてかかる息子よ 
 
七月二四日一二時三〇分 鹿児島市桜ヶ丘(個人住宅2F)0・10マイクロシーベルト 
▼魔女が来て脱原発の風聞を巻き上げ水飲み帰りゆきたり 
 
七月二四日一五時二五分 かごしま水族館入口 0・09マイクロシーベルト 
▼ピラクール水路を泳ぎ一瞬のひかるからだを見せつけて消ゆ 
 
七月二四日一六時四五分 かごしま水族館デンキウナギ水槽前(1F)0・07マイクロシーベルト 
▼感電ののちの泥鰌は食はれずに水槽内をひらひらと落つ 
 
七月二四日一九時三〇分 桜島納涼観光船デッキ 0・06マイクロシーベルト 
▼白ワイン飲みつつ息子を監視して水上花火の不思議に酔はず 
 
七月二五日一時四五分 鹿児島県九州電力霧島山荘屋内(7F)0・14〜0・15マイクロシーベルト 
▼九電社員の家族のやうな顔つきで九電社員と湯につかりをり 
 
七月二五日一一時三〇分 熊本城天守閣(6F)0・08マイクロシーベルト 
▼アルバイトの宮本武蔵は汗ぬぐひ息子の汗もぬぐひくれたり 
 
七月二六日一五時四五分 熊本県道の駅清和文楽邑屋外(1F) 0・11マイクロシーベルト 
▼旅の終はりのアイスクリームはじめての息子がいちご味を選んで 
 
 
  ◇白き帽子◇ 
 
▼八月のゆふべ群青の計測器(ガイガー)の線量高き街で抱き合ふ 
 
別れぎは白き帽子をかぶりなほす君を視界の外に置きたり 
 
衣被つるりと剥いて酒に髭濡らしゐし人を思ひみるかな 
 
 
 次回も大口さんの作品を読む            (つづく) 


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