2013年08月30日12時22分掲載  無料記事
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TPP/脱グローバリゼーション

TPP交渉 日本は一方的に譲歩するしかない(3) 自民党がいう「聖域」が守れない理由 農業編 ジェーン・ケルシー

 国際的に著名なTPPウォッチャーであるジェーン・ケルシー教授は述べる。「日本はTPPから除外できる農産品が1つでもあるとは考えられず、自由民主党が言うところの聖域があると信じられる根拠は皆無なのだ」。4つの理由が存在する。(翻訳:池上 明・田中 久雄/監修:廣内かおり) 
 
 自由民主党の条件1:日本にとって重要な農林水産物、すなわち米、小麦、大麦、牛肉、豚肉、乳製品、砂糖は、交渉から除外されるか、または再交渉されるべ きであり、それにより、日本の農民は今後もこれらの農林水産物を生産することができる。関税撤廃は、10年以上にわたる段階的なものでも受け入れるべきではない。 
 
(1)アメリカは、センシティブな農産物に対する市場参入を除外するいかなる約束の存在も否定した。 
 
 TPPへの日本の参加に関し、米通商代表部代理(USTR)により公表された声明では、「2011年11月12日のTPP首脳により発表された合意概要に記載された、包括的で高水準な合意」を、ほかのTPP当事国とともに日本も達成すること を約束したと述べられた。2011年11月の首脳声明では、TPPの目標の1つは各国の商品市場への包括的、無関税の参入であると述べられている。 
 
 米通商代表部の声明では、農業についていかなる例外も言及していない。単に2013年の共同声明でなされた「日本にとっての農産物、アメリカにとっての工 業製品のような二国間の貿易上の重要関心分野を抱えていることを認めつつ」、両国は規則や市場参入に取り組むだろうという一般的見解を繰り返しているのみ である。 
連邦議会歳入委員会への証言のなかで、米通商代表部(USTR)マイケル・フローマンは2013年7月18日、アメリカが4月に日本の交渉参加を認めたとき、個々の分野において何ら事前の除外は存在しないことを強調した。 
 
(2)TPPにおける農業の市場参入交渉におけるアメリカのアプローチとは、自国の利益を守ることであり、他方、ほかのすべての国は2011年9月のTPP首脳声明に沿って自らの市場を包括的に開放すべきであると主張することである。 
 
 アメリカは、利益の攻めと守りを達成するための独特の戦略を採用している。農産物の市場参入交渉はTPP当事国すべてと集団的に行うよりは、もっぱら二国 間で行うだろう。さらに、まだアメリカとの自由貿易協定を結んでいない国々とのみ農産物の市場参入交渉を行う。ブルネイ、マレーシア、ニュージーランド、 ベトナム、日本がこれに含まれる。二国間の農業交渉はたいへんゆっくりと進められているが、これはアメリカが少なくとも交渉終局の政治的交換条件の時ま で、実質的な市場参入に関する提案を渋っているからである。 
 
 アメリカは、自由貿易協定を結んでいるオーストラリア、チリー、メキシコ、ペルー、シンガポールとの農産物の市場参入に関する付帯条項の交渉再開を拒否し た。米通商代表部によると、これらの合意は現在実施の段階にあるというのが理由である。しかし、アメリカとオーストラリアの自由貿易協定において関税割当 枠以外の数量に適用される関税撤廃の実施期間が牛肉について9年から18年の間、関税割当制度が乳製品については維持、また砂糖については変更されていな い中なか、これでは、市場参入の付帯条項を再検証できない理由を説明することはできない。 
 
(注) 
15 Demetrios Marantis 大使からKenichiro Sasae 大使への2013年4月12日の書簡 
16 2011年11月12日のTPP首脳によって承認された、首脳に対する環太平洋パートナーシップ(TPP)貿易大臣レポート 
17 2013年2月22日ホワイトハウスにおける米日共同声明 
18 2013年4月12日のDemetrios Marantis大使からKenichiro Sasae大使への書簡の添付書 
19「TPP交渉は容易ではないと首席貿易担当官が語る」、2013年7月18日のAP通信社 
20「TPPへ向けて:日本との協議」、2013年4月12日のMichael FromanとDemetrios Marantisとの電話会議の記録 
21オーストラリア生産性委員会、二国間と地域間の貿易協定、キャンベラ、2012年11月、67 
 
 アメリカのご都合主義を実証する事例は他にもある。北大西洋自由貿易協定(NAFTA)の下、カナダとの市場参入再交渉を選択的に行うことを決定し、他方、ほかのアメリカとの自由貿易協定について再検討することは拒否したことが最近報告されている。 
 
 この方法により、アメリカは現存する自由貿易協定で獲得した農業保護の政策を維持し、同時に個々のTPP当事国にアメリカの重要関心品目の市場への参入を 個別に定めることが可能になっている。例えば、オーストラリアとアメリカの自由貿易協定は、オーストラリアに対するアメリカの砂糖市場の開放を除外した。 オーストラリアとの市場参入再交渉を拒否することにより、アメリカは除外品目を維持することができる。アメリカは、ニュージーランドと別に交渉を行ってい ることから、オーストラリアの乳製品の輸出に対しては18年かけて段階的に導入すると合意した低関税率の関税割当の供与をニュージーランドには拒否するこ とができる。 
 
 この二国間戦略によってアメリカは守るべき利益を保護することができる。同時にこの戦略により、巨大農業関連企業に代わって、マレーシア、ベトナム、ブル ネイ、日本の農産物市場への参入を強引に要求することも可能だ。言葉を換えれば、二国間アプローチにより、アメリカはTPPの枠組み内で二重基準を設定す ることができるのである。 
 
 この選択的二国間交渉を通して市場参入交渉をおこなっているのは、アメリカとペルーのみである。この方法により、当然のことながら、アメリカ市場の市場参入の水準は相手国によって異なり、アメリカ市場の市場開放スケジュールをTPP参加国との全体交渉を通じて多国間で決定することが不可能になっている。ペ ルーの主席交渉官は、結果として、輸入品にデリケートな分野が少ない国に対してより高い譲歩を求めるなどの融通がきくため、協定が野心的なものになるだろうと断言した。しかし他の参加国はこの方法に否定的であり、TPPの質を低下させ、協定を大変複雑にするものであると主張している。これらの国々は、すべ ての国の市場参入を最恵国待遇の責務を基礎にした、同一の付帯条項に統合することを望んでいる。産業界代表のなかからも、同様の主張を支持する声があがっている。 
 
 二国間交渉のなかでアメリカがこれらの二重基準を主張することは日本も予測できるだろう。 
 
(3)日本による特定農産物の除外をアメリカが認めたとしても、ニュージーランドやオーストラリアはこの例外に反対するだろう。 
 
 日本から要求のあった市場参入の範囲について、アメリカの農業関連産業界は柔軟に対応する可能性があることを示唆した。コメ産業の代表者は、日本との交渉 で完全な自由化を要求しないという結果も受け入れ可能であると述べた。アメリカの食肉産業は、日本がすべての関税を撤廃することを望んでいるが、日本に輸 出するにはオーストラリアやニュージーランドとの競争になることを認識している。アメリカの砂糖生産者は、市場参入を日本に要求しないことで、他のTPP 参加国に対し市場参入の責務からの砂糖の除外を正当化できる。アメリカの乳製品生産者は、日本市場への参入について、強制力のある衛生植物検疫措置 (SPS)規制の採用と、厳格でない地理的表示の採用を望んでいる。 
 
 たとえ米通商代表部が柔軟に対応する用意があったとしても、オーストラリアとニュージーランドはそうではないことを示唆している。両国とも日本の農業市場への参入を望んでいる。また、日本がアメリカやカナダに対して農産物を除外する前例をつくらないという確証を得たいと考えている。 
 
 ニュージーランドは、日本の農業の例外に対してどの国よりも明確に反対の意を示している。TPPは日本の乳製品市場へ参入する唯一の方法であり、アメリカにもニュージーランドに対する乳製品の市場参入例外の言い訳を与えたくはない。ニュージーランドの貿易大臣ティム・グローサーは日本の参加について、 2011年11月の声明に合致する、包括的で高度な水準の協定になるよう日本が責務を果たすことを前提に参加を支持すると語った。 
 
(注) 
22「アメリカ、市場参入に取り組むベトナム、リマTPPラウンドにおける繊維」Inside US Trade紙、2013年5月16日 
23「関税削減を求める産業界はアメリカの市場参入・アプローチに失望」Inside US Trade 紙、2013年5月23日 
24「アメリカ米生産者がTPPにおける日本の市場参入について柔軟性を示唆」Inside US Trade 
紙2013年4月16日 
25「農業での日本との交渉は、関税で厳しい闘いになる」、Inside US Trade紙2013年5月2日 
26「農業での日本との交渉は、関税で厳しい闘いになる」Inside US Trade紙2013年5月2日 
27「アメリカ乳製品生産者は語る、TPPは自分たちの支持を得るには4つの要素が含まれなければならない」Inside US Trade紙2013年4月19日 
 
 2013年4月24日のジャパン・プレス・クラブでのスピーチで、グローサー・ニュージーランド貿易大臣は「貿易政策とは、変化の管理である」と述べた。 ニュージーランドは、日本の重要関心品目を認識しているが「われわれは、農業であれ、自動車であれ、他の分野であれ、これらの重要関心事項について、貿易自由化から除外して取り扱うつもりはない」。「貿易政策の道具箱」には、期間をおいての段階的措置や、生産と関連させずに農民への支払いを行うWTO型の 「グリーン・ボックス」のような方法があるとの見方を示している。ニュージーランドの特別農業貿易代表アラステア・ポールソンは「農業産業は、過去の協定 で使われた長期間にわたる段階的廃止やセーフガードを許容する用意があるが、例外なしに徹底した関税撤廃を行うことが絶対必要である」と述べている。 
 
 オーストラリアも同様の立場をとっている。自由貿易協定のための日本との交渉は、農業問題で何度も行き詰っている。オーストラリア商工会議所は、日本はTPP協議の参加を許可される前に、二国間交渉を誠実な証として終結させるべきであると語った。 
 
 こうした情報を基にすると、日本はTPPから除外できる農産品が1つでもあるとは考えられず、自由民主党が言うところの聖域があると信じられる根拠は皆無なのだ。 
 
(4)日本の農業の管理体制も攻撃されるだろう。 
 
 市場参入の制限に加えて、日本は輸入と国産農産品の供給と流通を管理する数多くの仕組みを用いている。こうした仕組みは、食の安全保障という理由から国産食糧品を支援し、日本の様々な地域の生産力を維持するために設計されている。 
 
 米通商代表部の2013年の貿易障壁レポートは、アメリカの輸入品に対する障壁と思われる「非関税措置」に焦点をあてている。これらの中には、小麦の供給管理制度、コメの輸入管理体制を担う農林水産省の食糧庁、国内牛肉生産者のためのセーフガード、豚肉のための差額関税制度などがある。アメリカの乳製品産業界は、乳製品の市場拡大手法と非関税措置について懸念を表明している。オーストラリアとニュージーランドは、カナダと日本の農産物供給管理体制に反対している。 
 
 日本の農業の管理体制のこれらの状況は、二国間のプロセスでも、集団的なTPP交渉でも攻撃される可能性が高い。これらの仕組みに影響を及ぼす特別の規制が、「物品の章」に含まれている可能性もある。それらのいくつかまたは全ては、「競争の章」の国有企業の分野でアメリカが提案した規則の対象にもなるだろう。現在提案されている国有企業や政府機関の定義はかなり広義だからである。これまでのところ、他の参加国はこのアメリカの条文案を受け入れていない。しかし、たとえ拒絶しつづけたとしても、アメリカは二国間の非関税措置(NTM)交渉を使って、日本にこれらの規則を使う農産品供給管理システムを改訂するよう要求するかもしれない。 
 
(注) 
28 Hon Tim Groserニュージーランド貿易大臣、「日本ナショナル・プレス・センターにおける演説」2013年4月24日 
29 ホン・ティム・グロ−サ−・ニュージーランド貿易大臣「日本ナショナル・プレス・センターにおける演説」2013年4月24日30「ニュージーランド の産業界はこう見る、TPPへの日本の加入による良い影響と悪い影響」Inside US Trade紙2013年3月14日 
31「オーストラリア会議所は語る、日本はTPPに参加する前に二国間の自由貿易協定に署名すべきInside US Trade紙2013年3月14日32米通商代表部の貿易障壁評価レポート2013年版205−6 
33「産業、農業グループは、日本の進行中のTPP協議への参加を支持」Inside US Trade紙2013年5月21日 
 
【ジェーン・ケルシー/プロフィール】 
ニュージーランド・オークランド大学教授。法律・政治、国際的経済規制が専門。新自由主義的なグローバル経済がもたらす負の側面へ警鐘を鳴らす。特に自由貿易定に着目。アジア、南太平洋そして世界の研究者、NGO、労働組合と連携し、国際連帯運動に大きく寄与している。著書に「異常な契約 TPPの仮面を剥ぐ」(農文協)ほか。 


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