2013年10月03日08時44分掲載  無料記事
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文化

パリの芸術家 ジャンヌ・ブシャール   

  同時代を生きるパリの芸術家はどんな人たちなのか。どんな作品を作り、どんな生活をしているのか。それを見たいと思った。今回訪ねた芸術家はジャンヌ・ブシャール(Jeanne Bouchart)さん。彫刻家で、1967年生まれのベテランだ。彼女はフランスはもちろんのこと、スペインやベルギーなど海外でも個展を開き、日本でも何度か展示を行っている。 
 
  パリの東部にある20区。門をくぐってアトリエを訪ねると、ブシャールさんが出迎えた。自然体の人だ。アトリエには彫刻作品がいくつも置いてある。多くはブロンズ(青銅)だ。 
 
  「このところ、アトリエの整理をしていました。10年前に比べると、随分いろんなものが占拠しています」 
 
  現在、湖で知られるフランス東部、アヌシーの展示会にも出品中だそうだ。それらのいくつかが帰ってくるともっと増えるのだろう。このアトリエで制作するようになって13年になる。 
 
  ブシャールさんの彫刻は鳥でありながら、顔が人間的な顔になっている。しかもその顔が不釣合なほど大きい。女性の立像もあるが、手足はか細い。しかし、顔は大きく、柔和である。エジプトのファラオのような彫刻もあった。頭部から肩、胸にかけて大きな袋状の覆い(もとは装飾だろう)があり、上体を覆っている。しかし、ミイラではなく、きちんと足で立っている。蓑虫のような人間だ。 
 
  「パリのボザール(国立芸術学校)で学んでいた20歳の時に、エジプトを旅行しました。ピラミッドやそのほか様々なものに強い印象を受けました。でも、この彫像はそれを再現しようとしたのではないのです。心の中に残っている私の中のイメージが自由な形になって現れたのです。」 
 
  鳥のような人間のような彫刻も、鳥を再現しようと思って作ったのではない。普遍的な人間性を表現しようと自分なりに追求した果てにこうした形になるという。彼女自身も自問自答しながら何が出てくるのかわからないのだろう。しかし、手足が細く、頭は不釣合なほど大きいのはなぜなのだろう。 
 
  「人間は立っていますが、その姿はとても不思議です。上体と比べたら、地面と触れているのはほんのわずかです。不思議に思いませんか。奇跡だと思うんです」 
 
  確かに人間の体、その姿を改めて考えると、足先は細く、上に行くほど太くなっている。「木々も動物もそうです」とブシャールさんは言う。地面との接点は驚く程小さい。僕はそんなことを考えたことがなかった。ブシャールさんはこの存在と大地をつなぐ接点に関心を持っているようだ。 
 
  人間や動物や野菜の体の構造にとても関心があると彼女は言う。パリの自然史博物館にもよく出かけるのだそうだ。自然史博物館には様々な動物の骨格標本が陳列されている。 
 
  古代エジプト人は死に強い関心を持ち、その芸術にも誕生、生、死が刻印されている。それを象徴するのが古代エジプトの彫刻だ。エジプト彫刻にはとても力強い構造があると言う。現代彫刻の巨匠ジャコメッティが吸収したのも古代エジプトの彫刻だったという。ブシャールさんにとってジャコメッティは尊敬する現代彫刻家だそうだ。 
 
  アトリエの奥には十字架のキリスト像が置かれていた。しかも、教会やルーブル美術館で目にする宗教画とどこか違う。手足が細くて長く、人間とは思えないほど伸びている。どこか山芋のような、木の枝のような、植物的な磔刑の像である。放っておくともっと伸びていきそうな気配だ。 
 
  「素材は紙と木の枝です。何年か前にバスク地方の教会で友人が展示会を開いた時に、展示したものです。展示会が終わってアトリエに戻ってきているのです」 
 
  カトリックが信仰で活用しているのがこの磔刑のシンボリックな形だが、キリスト教という一宗教を超えて、もっと普遍的な形になっているとブシャールさんは言う。垂直の線と水平の線が交わる。ブシャールさん自身は信仰にほとんど関心がないという。しかし、この形は強い形だという。 
 
  エジプトを旅した20歳の時すでに彼女は自分の彫刻人生を先取りしていたのかもしれない。その時の直感を少しずつ、このアトリエで植物のように静かに発展させてきたのだろうか。思索的な人である。青い目で対象をじっと見つめている。こうして話をしていても何を考えているのかわからないところがある。そもそも彫刻は言葉で語ることはできないと彼女は言う。彫刻が言葉で説明できるなら、私はむしろ詩人を目指したでしょう、と。存在の不思議さ、それを立体的な形にするあくなき作業である。 
 
  彼女は宮崎駿のアニメのファンで、またトカゲや蛇やカエルなどの小動物が好きだったそうだ。彫刻を始めるはるか以前の子供の頃に粘土細工をよくやっていたという。 
  10年ほど前に写真家集団マグナムの女性写真家がこのアトリエにやってきて彼女の創作風景を撮影している。その頃は今よりも彫像もマテリアルも少なく、写真には白壁と広い空間が目立つ。当時まだ娘の印象が残っていたブシャールさんだが、今は落ち着いた巨匠の印象がある。 
 
  「未来を考えると楽観できません。環境をあまりにも汚して多くのものを壊してしまったからです。若者たちの状況はずっと厳しいものになっていると思います」 
 
  16歳の一人娘、ロマーヌさんと二人で長年暮らしている。自宅からアトリエにはバイクでやってくる。街中で犬や猫や鳥をよく観察しているそうだ。アトリエの整理も一段落し、これから新作に取り掛かる。さやのようなものにくるまれた人間の作りかけの像があった。それはこれから変わろうとする変身前夜の人間存在なのかもしれない。 
 
■ギャラリーFELLI での展示から 
http://galeriefelli.com/jeanne-bouchart/ 


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