2013年10月15日00時12分掲載
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文化
【核を詠う】(127)「朝日歌壇2013年」から原爆・原発詠を読む(1) 「原発の再稼働否(いな)蟻のごととにかく集ふ穴あけたくて」 山﨑芳彦
今回から『朝日歌壇2013』(朝日新聞出版刊、2013年4月)から、原発・原爆などにかかわって詠われた作品(筆者の読みによる)を読み、抄出していきたい。本連載では、以前に、同2012版を同様にして読んでいるが、今回の作品は2012年1月~12月の朝日新聞歌壇欄に発表された投稿入選歌を一巻にまとめられた作品からの抄出になる。
朝日新聞の歌壇欄は、周知の通り毎週月曜日に掲載され、長い歴史と伝統を持つことから多くの短歌愛好者が、入選をめざして多数の作品を投稿しており、掲載される作品は投稿歌から選者によって選ばれるという難関門を通った、全体からすればごく限られた少数の作品である。
筆者は朝日歌壇を毎回読むことにしているが、そのつどいろいろな感想を持ち、選外となった膨大であろう作品について思いを馳せることしばしばであり、読むことができなかった作品に選者とはちがった視点から強い関心を持つ作品が少なくないと思っている。しかし、選者の決まっている「歌壇」に投稿するのであるから、掲載された作品を鑑賞するしかないのは当然のことであろう。
筆者は朝日歌壇というとき、「東海正史」、「佐藤祐禎」の名を想う。両氏ともすでに故人となられてしまったが、ともに原発・核放射能について、福島原発立地地域に住み、生活しながら短歌作品をもって早くからその危険性、危うさについて、具体的な体験を踏まえて警告を発し続けた歌人であり、しばしば朝日歌壇に投稿し、選者に選ばれ紙面に掲載された経験を持つことが、作者自身あるいは知る人によって語られた。知る人ぞ知る「原発歌人」であり、また東海さんは『原発稼働の陰に』、佐藤さんは『青白き光』それぞれを代表とする幾冊かの歌集を、福島原発の壊滅事故の五年以上も前に刊行していた。筆者は、福島の事故直後に二人の歌人と歌集について知り、歌集を探し求めたが絶版になっていて、古書店などで探しても見いだすことが出来なかったが、たとえば南相馬市在住の詩人若松丈太郎さんに教えられ、あるいは国会図書館の蔵書を調べ、上記の二歌集に出会うことが出来た。地元図書館経由で借りることが出来て、両歌集を図書館に通ってノートに転記しながら、作品に感動し、あるいはわが身を打たれるような感覚を持ったのだった。当時、東海さんはすでに故人となられており、佐藤さんは御存命ではあったが、事故後の混乱期で避難先が分からず、連絡をとることができなかった。(その後、『月刊うた新聞』の玉城入野氏によって避難先を知ることは出来たが、直接お会いすることは出来ずじまいであった。玉城氏によってその後『青白き光』が、いりの舎から文庫版として刊行されたことはうれしい。)
上記の二歌集については、原発詠の抄出という形ではあったが、この連載の中で作品の記録をすることが出来た。「核を詠う」をテーマにしてのこの連載の中で原発詠を取り上げることができ(三十回以降)、さらに若狭の歌人・奥本守さんのご好意で原発建設作業員としてかかわり、さまざまな圧力を受けながら体験も含め短歌作品を詠い続けた奥本さんの三冊の歌集の作品を記録できたことにつながったのは、ありがたいことであった。筆者は歌歴に乏しく、歌壇にも通じず、自らの歌も拙いのだが、この連載を続けることは、そのような人々との縁を温かく、また厳しく感じることもあって、嬉しいことである。その後、福島各地の短歌会の作品集など、ご好意を頂いて読むことができた。あるいは大口玲子さんの歌集『ひたかみ』との出会いも忘れられない。
ところで、東海さん、佐藤さん、奥本さんたちのことを考え、原発を思い、新聞歌壇も含め広く短歌界について考えるとき、短歌界の「有力」な位置にある歌人は原発、原子力についてどのように向かい合ってきたかについて、これからどうして行くかについて、いま、このとき積極的に議論し、短歌文学としての一つの課題、重要なテーマとして考えるべきときではないかと思う。
振り返ってみれば、かつてあの侵略戦争にこの国が盲進していたとき、日本の歌壇、歌人たちはどう詠ったか。いまだに重い課題を抱えているし、抱え続けなければならないだろう。原子力の問題は人間の過去・現在・未来にかかわって、大きなテーマであり、短歌界もその埒外にあることはできないだろう。東海さん、佐藤さん、奥本さん、多くの原発を詠ってきた歌人たち、いまも詠い続けている人々がいる。何かが生れることを期待している。3・11以後、何が変っただろうか、注目し続けたい。
筆者は、あえていうのだが、東海さん、佐藤さんが朝日歌壇の「常連」と評され、原発について短歌表現し、その危険な本質を告発し続け、歌集も刊行したのだが、そのことに触れた歌人もいたのではあるはずだが、筆者の不勉強もあろうが、短歌界として大きな話題になることはなかったと思えてならない。何も、単純に原子力を詠う作品を求め、特別に評価するというのではないが、詠われた原発短歌や原爆短歌、原子力社会の矛盾をテーマとする作品に、意識的に関心を持ち、目を向け、短歌文学としての発展に取り組む動きが強まることを、詠うものの一人として、短歌作品を読むものの一人として、切実に思う。
『朝日歌壇2013』の作品はどうであろうか。しっかりと読みながら記録したい。
○年間秀歌(抄)○
馬場あき子選2首
▼六万の人ら去りたる福島の山河さみしき春の陽炎 (美原凍子)
▼前向きに生きると人に言いつつも前がわからぬと避難者の言う
(半杭螢子)
佐佐木幸綱選1首
▼原発の再稼働否(いな)蟻のごととにかく集ふ穴あけたくて
(井上孝行)
高野公彦選2首
▼いつもよりやさしくゆっくり年賀状の宛先を書く「福、島、県」と
(石田佳子)
▼フキノトウツクシタラノメウドヨモギワラビゼンマイ摘めぬ春は来
(金沢美香)
永田和宏選1首
▼あれしきの被曝で何を騒ぐかと言ってはならぬ我は被爆者
(大竹幾久子)
○平成24年1月○
<第1回>
高野選
▼いつもよりやさしくゆっくり年賀状の宛先を書く「福、島、県」と
(石田佳子)
▼核弾頭、原発潜(ひそ)ます星の影は月覆いゆく朱(あけ)にそめつつ (小林 昇)
馬場選
▼ほだげんちょ、ふくしまの米、桃、りんご、梨、柿、野菜、人も生ぎでる (美原凍子)
<第2回>
高野選
▼還りくる白鳥あれど帰り来ぬ人ら数字に記されて冬 (大友道子)
▼庭の柿今年の実放置されたまま理由も知らず重みに耐える
(畠山理恵子)
永田選
▼ここでまだ生きてゐますと柿吊るす家のありけり福島の里
(津田洋行)
▼夫呼べば夫の声する娘を呼べば娘の声する閖上の海 (須郷 柏)
馬場選
▼小名浜の大き工場の中見えて構内をだれもあるいてゐない
(小野長辰)
佐佐木選
▼峠越え君待つ職場へ急ぎ行く犬猫人が見えぬ村過ぎ (澤 正宏)
▼この気持ち誰に話せば落ち着くの被災者の中で温度差がある
(泉田ミチ子)
<第3回>
佐佐木選
▼草の実のびっしり刺さりし防護服に玄関開くる一時帰宅は
(渡辺良子)
高野選
▼あの日から初めて入る家の中曲がりし時計の二時四十六分
(渡辺良子)
▼モロビトノコゾリテクルシミテイマスフクシマ二フルユキハハイイロ
(美原凍子)
<第4回>
佐佐木選
▼九円の福島産のもやしあり買う日買わぬ日買わぬ日買う日
(山内弓子)
高野選
▼風評のいまだ絶えぬに甘藍は霜巻きながら滋味増すらしも
(篠原克彦)
永田選
▼大方は去年の惨禍に関わりのなくて明るい閑な賀状 (三船武子)
○平成24年2月○
<第1回>
高野選
▼寒かろう、冷たかろう、辛かろう、帰らぬ人も帰れぬ人も
(美原凍子)
永田選
▼友からの年始の林檎に放射線無しのちらしあり被曝地の我に
(廣川秋男)
<第2回>
永田選
▼さよならへさよならとふる細雪去るも残るもつらきふるさと
(美原凍子)
馬場選
▼「雪漕いで新聞買い行きました」豪雪の地より友の声来る
(美原凍子)
佐佐木選
▼人住まぬ浪江(なみえ)の地にも晴れマーク晴れ間戻れよ避難の人に
(畠山理恵子)
<第3回>
馬場選
▼追い払えど追い払いどまた戻る鬼よにんげんが好きなんだろう
(美原凍子)
佐佐木選
▼気がつけば歌壇に「福島」探しいる自分の場所あるが嬉しき
(武藤恒雄)
高野選
▼福島の水はきれいと思いしがフクシマとなり水を買う日々
(昆キミ子)
〈第4回〉
佐佐木選
▼冬晴れのひと日あがきて作成す原発賠償金の請求書を (半杭螢子)
▼子のバスを見送る親の目に残る吹雪の中の原発三基 (阿部信一)
○平成24年3月○
(第1回)
佐佐木選
▼目に見えぬ「セシウム」思い皮を剥(む)く今までそのまま食べていた大根 (牛尾小夜子)
▼校庭はブルーシートに公園もブルーシートで地球は青い (伊藤 緑)
▼錆びついた鉄棒、ブランコ引き抜かれ除染始まる十一箇月後
(澤 正宏)
高野選
▼原子力半島凍る下北に寒立馬立つ見れば孕みぬ (遠藤知夫)
(第2回)
高野選
▼家族は皆避難させたが、この馬がお産するまではどごさも行がね
(斎藤一郎)
▼削られし後の行き処(ど)もあらざれば汚染の土は地球の迷い子
(美原凍子)
馬場選
▼鮎の稚魚二十万匹群馬よりフクシマへ発つ二人が添ひて (萩原葉月)
▼近海魚の煮凝り常に卓にある浜の暮らしの恋しフクシマ (若島安子)
▼海峡もガレキも汚染を越え来る鵯(ひよどり)の群れ房総に舞う
(藤原佑樹)
永田選
▼掃除の後猫を叱って淋しかり「汚染の足で歩き回らないで」
(昆キミ子)
▼蛤漁解禁になりし富津沖漁師に鷗 鷗に漁師 (関 龍夫)
馬場選
▼六万の人ら去りたる福島の山河さみしき春の陽炎 (美原凍子)
▼フクシマまで反原発のデモ行くと決めたる妻にわれ逡巡す
(山根繁義)
佐佐木選
▼フクシマの地に刻まれた諦めと怯えと怒りは除染で消せぬ
(澤 正安)
高野選
▼全力で飼い主の車追ひし犬あきらめ戻る警戒区域に (渡辺良子)
〈第4回〉
馬場選
▼若きらが戻らぬ町へ戻り来る老いらは行く先ここしか無くて
(廣川秋男)
▼寒さには耐へられるけど浜で見た青空恋しい避難者の言う
(武藤恒雄)
高野選
▼浜に生まれ海に育ちし小名浜の漁師が市(いち)に他県(よそ)の魚売る (四宮 修)
永田選
▼きのうきょうあしたあさってやなさってそして一年、そして一生
(美原凍子)
▼ぬいぐるみの首におもちゃの線量計下げて「私と同じ」と七歳
(渡辺良子)
遅れたが、選者は佐佐木幸綱、馬場あき子、永田和宏、高野公彦の4氏であり、現在の歌壇における著名な歌人として知られている。また、作者について、住所を記入しなかったが、被災地、被災者、「非被災地」、「非被災者」を分けるものは何か、原発ということでは原発列島のなかに住み、さまざま被害が大きな事故がなくても日常的に起きている可能性が大きい、東北から離れて一時的、あるいはこれからも生きて行く人々もいる。地名を記した方が読みやすい、分かりやすいということがあることは承知の上で、あえて住所(居住地)を記入しなかった。
さらに、原発事故と震災・洪水被害は画然と分けられるものではないとも思う。事故当時も、原発事故がなければ救出可能だったのにそれが出来なかったということがあったというし、いまだに福島原発事故は継続中であり放射能汚染水問題にとどまらず、何が起きているか、これから何があるかも見通せない現況であるので、容易に「原発詠」と読むのは難しいともいえる。したがって、筆者の読みに不正確な点が多々あるかも知れず、作者の意図に反したとすればお詫びしたい。
次回も『朝日歌壇2013』の作品を読んでいく。 (つづく)
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