2013年11月14日21時59分掲載  無料記事
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文化

島倉千代子を偲んで再録【演歌シリーズ】(14)吉岡治 歌手再生の手練 � ―大川栄策、島倉千代子、瀬川瑛子の甦り―  佐藤禀一 

 歌手、島倉千代子が死んだ。絶妙のペンで、まがまがしさと妖しさ漂う歌謡芸能の世界を記した威友佐藤稟一がベリタに連載した先品の中から島倉に触れた文章を採録する。佐藤稟一も早やこの世にいない。(大野和興) 
 
【演歌シリーズ】(14)吉岡治 歌手再生の手練 � ―大川栄策、島倉千代子、瀬川瑛子の甦り―  佐藤禀一 
 
◆大川栄策『さざんかの宿』 
 
  大川栄策は、古賀政男の最後の内弟子である。デビュー曲は、師の『目ん無い千鳥』戦前、霧島昇と松原操が歌ってヒットしたカバー曲である。大川は、師の信頼も厚くまた、歌唱力も高く評価されていた。デビュー後、古賀政男ヒット・メロディーのLPも出している。また、『練鑑ブルース』など放送禁止歌がほとんどの服役者の愛唱歌を集めた『孤独の唄』というアルバムも出している。しかし、なかなか良いオリジナル曲に巡り合わなかった。では、何故、古賀政男は、大川栄策のデビューに、新曲ではなく『目ん無い千鳥』を歌わせたのか。 
 
 「雨の夜更けに弾く琴が/白い小指にしみてゆく/花がちるちる春が逝く/胸の扉がまた濡れる」 
 
  盲目の花嫁の「紅はさしても晴れぬ胸」の暗く哀しい曲である。大川栄策の声の特徴は、これ以上濡れようのない、しかも、暗さを宿した高音である。『目ん無い千鳥』の哀しさ、切なさ、暗さを表現出来る歌い手は、大川栄策しかいない、古賀政男は、そう思ったと私は睨んでいる。 
 
  この歌の作詩は、サトウハチローである。『もずが枯木で』(曲・徳富繁)、『ちいさい秋みつけた』(曲・中田喜直)などで知られた童謡詩人である。同時に、敗戦で打ちひしがれていた日本人の心にさわやかな風をおくった『リンゴの唄』(歌・並木路子・霧島昇 曲・万城目正)の作詩家でもある。また、静かに原爆への怒りを詩った『長崎の鐘』(歌・藤山一郎 曲・古関裕而)そして同じトリオによる戦後の平和のよみがえり、解放感を表わした『夢淡き東京』がある。 
 
  詩人吉岡治は、サトウハチローの門下生である。大川栄策は、吉岡治の詩『さざんかの宿』で女と男を演じ、オリジナル曲の事実上のデビューを果たすのである。 
 
「くもりガラスを 手で拭いて/あなた明日が 見えますか」「ぬいた指輪の 罪のあと/かんでください 思いきり」「せめて朝まで 腕の中/夢を見させて くれますか」 
 
  女の切ない吐息である。一時(ひととき)のしかし、激しい逢瀬(おうせ)である。 
 
「愛しても 愛しても/あゝ 他人(ひと)の妻」「燃えたって 燃えたって/あゝ 他人の妻」「つくしても つくしても/あゝ 他人の妻」 
 
  男の切ない吐息である。一時のしかし、激しい逢瀬である。 
  男の腕の中で女は、儚い夢を見る。胸の中のくもりガラスを拭いても明日は、見えないし、ぬいた指輪の傷痕は、かんでも消えないであろう。 
  女を抱きながら男の思いは、沈む。どんなにつくしても、燃えてもそして、愛しても、他人の妻。 
 
  詩人の吉岡治も作曲家の市川昭介も声に出さない女と男の想いをデュエット曲にしなかった。大川栄策のこれ以上濡れない暗い声で女と男の想いを演じさせた。「ぬいた指輪の 罪のあと/かんでください 思いきり/燃えたって 燃えたって/あゝ 他人の妻」は、詩も、旋律も、歌声も官能的でエロスが揺蕩(たゆた)い、しかし、暗く背後に死の影が潜んでいる。二人が抱き合う宿の一室の小さな床の間の小さな油壺に、赤いさざんかが咲いている。「赤く咲いても 冬の花/咲いてさびしい さざんかの宿」大川栄策の歌声からも市川昭介の旋律からもそして、吉岡治の詩からもさざんかが咲く生垣にかこまれた宿は、目に浮かばない。隠れ宿の小さな床の間でひっそりと悶える赤いさざんかの一輪ざしが似合っている。 
 
  大川栄策には、『目ん無い千鳥』と『さざんかの宿』というふたつのデビュー曲があったのだ。 
 
◆島倉千代子『鳳仙花』 
 
  「抱き抱かれ」エロスを語るには、あまりにも陳腐な言葉だ。このフレーズが、その前後の吉岡詩音に、それこそ“抱きすくめられると”濃厚で情(なさけ)たっぷりの女と男の物語が立ち上がる。例えば、前々回でも紹介したが、「抱いて下さい もう一度 あゝ/外は 細雪……」(『細雪』歌・五木ひろし 曲・市川昭介)、「抱かれるたびに 乳房は溶けて/夜のせいよ あなたのせいよ」(『水なし川』歌・伍代夏子 曲・市川) 
しかし、男の胸に抱かれても『鳳仙花』のエロスは、ひっそりしている。島倉千代子の声の質にもよるのだろう。「わたしも咲きたい あなたと二人」ほんとうにひっそりしている。 
 
  島倉千代子は、1955年17歳『この世の花』(詩・西條八十 曲・万城目正)でデビューして以降、『りんどう峠』(詩・西條 曲・古賀政男)、『逢いたいなァあの人に』(詩・石本美由起 曲・上原げんと)、『東京だョおっ母さん』(詩・野村俊夫 曲・船村徹)、『からたち日記』(詩・西沢爽 曲・遠藤実)と毎年のようにヒット曲を連打した。やや低迷していたとき淡い恋心を歌った『恋してるんだもん』(詩・西沢)で、これまでの叙情的な感性を脱皮する。曲は、市川昭介で、市川のデビュー曲でもあった。それから『愛のさざなみ』(詩・なかにし礼 曲・浜口庫之助)に出会うまで、ヒット曲にめぐまれなかった。それから13年、離婚や信頼していた人にだまされ、手形の保証人になり巨額の負債を負うなど実生活は、さんざんであった。そんな失意のどん底に、あえいでいた島倉千代子の人生に重なる詩に出会う。 
 
「やっぱり器用に 生きられないね/似たような二人と 笑ってた/鳳仙花 鳳仙花/はじけてとんだ 花だけど/咲かせてほしいの あなたの胸で」 
 
  傷をなめ合うような男は、実際には、いなかったかも知れない。抱きしめられ、男の胸の中で思いきり泣きたい、そんな男に、「日陰が似合う 花だけど/つくしてみたいの あなたのそばで」「わたしも咲きたい あなたと二人」 
 
  吉岡治は、歌手の声、生き方、人生経験にまで心を偲ばせ物語を紡ぎ、詩にする。多くは、濃厚にエロスを揺らめかす。吉岡は、島倉をそっと慰める詩を書いた。エロスも優しい。女の子が花弁で爪を染めて遊んだところから爪紅(つめくれない)の別名がある鳳仙花、茎の葉わきにそっと花を開く。実(み)は、熟すと種をはじき出す。この歌は、市川昭介の旋律とともに吉岡治の詩が、島倉千代子の新たな歌人生の種をはじけさせた。 
 
◆瀬川瑛子の『命くれない』 
 
  吉岡治は、瀬川瑛子も慰めた。なんと夫と別居中、心のかよい合う夫婦の詩を供したのである。『命くれない』(曲・北原じゅん)くれない(紅)は、生まれる前からの絆、赤い糸。「人目をしのんで 隠れて泣いた/そんな日もある 傷もある」がくれないで結ばれていた。「だから死ぬまで ふたりは一緒/「あなた」「おまえ」夫婦みち/命くれない 命くれない ふたりづれ」瀬川瑛子の「あなた」「おまえ」の声の表情には、凄味さえ感じられる。想いが濃く深い。別れを決意していたからこそ、しっとりした夫婦愛への感情移入が優しくなった。 
 
  初プレスは、少なかったが歌の表情が柔らかく豊かであり、全国キャンペーンの効果も手伝って大ヒットとなる。デビュー20年後、38歳、この曲で翌1987年夢のNHK紅白歌合戦出場を果たすのである。 
 
  吉岡治は、都はるみ、石川さゆり、大川栄策、島倉千代子、瀬川瑛子らの歌手生命に新たな息吹を吹き込んだのである。 


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