2014年09月06日12時55分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(4) 「声涼しくアリランの唄歌ひたる朝鮮乙女間もなく死にたり」 山崎芳彦

 「およそ戦争という国の存亡をかけての非常事態のもとにおいては、国民がその生命・身体・財産等について、その戦争によって何らかの犠牲を余儀なくされたとしても、それは、国をあげての戦争による『一般の犠牲』として、すべての国民がひとしく受忍しなければならないところであって、政治論として、国の戦争責任等を云々するのはともかく、法律論として、戦闘、講和というような、いわゆる政治行為(統治行為)について、国の不法行為責任など法律上の責任を追及し、その法律的救済を求める途は開かれていないというほかはない。」(「原爆被爆者対策の基本理念及び基本的在り方について」、原爆被爆者対策基本問題懇談会意見報告、昭和55年12月11日)―この「原爆犠牲受忍」論は、広島・長崎の原爆被害者対策だけではなく、この国の戦争犠牲者対策に一貫している政策の論理である。 
 
 このような「受忍」思想は、国家が行う戦争によるあらゆる犠牲を国民は受忍し、戦争をあらゆる国家権力を動員して行った「統治者」、権力者の責任を追及し、あるいは犠牲に対する「国家補償」を求めることは出来ないとする許しがたい論理だが、まことに不条理なことに現憲法下においても、政治権力のこの「受忍」思想は否定されていないどころか、現在の政権による集団的自衛権、集団的安全保障、戦争能力の強化のための施策推進、「国民の協力」を強制する法制度の整備推進などの中で、「受忍」思想はさまざまな手法で広められていく。原発事故に関わる政府と大企業、その同調勢力(学、報道などにある)はいま、経済成長・エネルギー政策などのもと犠牲者の「受忍」を強いているではないか。 
 
 今、歌集『廣島』の作品を読みながら、前記した原爆被爆者対策基本問題懇談会(茅誠司座長、以下「基本懇」)の報告書において、原爆被爆の被害の悲惨について「広範な地域にわたり多数の尊い人間の生命を奪い、健康上の障害をもたらし、人間の想像を絶した地獄を現出した」「原爆放射線による健康上の障害には被爆直後の急性原爆症に加えて、白血病、甲状腺がんなどの晩発障害があり・・・」などと述べ、「他の一般の戦争損害とは一線を画すべき特殊性を有する『特別の犠牲』であることを考えれば・・・広い意味における国家補償の見地に立って被害の実態に即応する妥当な措置対策を講ずべきものと考える。」としつつも、その内容を読んでいけば、原爆犠牲受忍論の大前提の枠を超えず、否定せず、何故に原爆被害が起きたのか、その責任はどこにあるのか、被爆者の苦難の実態と本質は何かなどを問うことなく、原爆被爆者対策の「基本的在り方」についての意見書をまとめて、国の政策への提言をしていることの無責任と、問題の本質を避けて通る官製の審議・懇談会などの犯罪的役割を痛感した。 
 
 このような基本懇の「意見書」やそれに基づく法制度、被爆者対策行政がどのようなものになるか、それは原爆犠牲者(被曝死を免れ、その後の原爆症による苦難とたたかいながら生き抜いた)が、「受忍論」を認めず「国家補償」を要求しつづけ、戦争被害者の様々な運動との連帯を強めている具体的な活動によって明らかだ。今、原発事故被害者との協力・共同も生まれ、強まっている。 
 
 「戦争犠牲受忍」論が、現憲法のもとで有効である筈はないのに、戦争を否定しない政府、戦争をする国への道を進もうとしている政府は「受忍」を強いる国、社会づくりを進めている。歌集『廣島』の作品を読むとき、「受忍」論について、今生活している社会の実情、身の回りで何が進められているかを思わずにはいられない。 
 
 
 ◇大沢張夫 会社員◇ 
焼けただれ盲となりし幼子が母の名呼びてさ迷ひをれり 
全身の火傷に母はこと切れしも抱かれし子は泣きてゐにけり 
 
 ◇尾形静子 無職◇ 
町ゆけば我が顔を見てあざ笑ふ心なき子らに涙わきいづ 
日日を生きる望みなくすごす我れ子等と遊びて心まぎらす 
あの時を忘れんとすれど忘れ得ずあの日の苦しみ訴ふすべなし 
 
 ◇岡田逸樹 警察官◇ 
焼け尽きし駅のホームに降り佇てばここにも火傷にうめく人群 
焼け切れしシャツ持ちて恥部を覆ひたる女が水乞ひて吾に寄り来る 
灯のともる家ひとつなく昏れゆけば吾がさびしさのきはまらんとす 
赤錆しトタンのバラック一つみゆ果てもなく続く瓦礫のなかに 
消息の未だなければ妹も水を乞ひつつ死にしと思ふ 
饒津神社の椋の木の実がただに青く果てもなく広島の街焼けてをり 
果てもなき瓦礫の街にそびえたるドーム近近と車窓にみゆる 
轟きて炎えつぎたりし岸の土手夕べを静かに咲く月見草 
戦争の惨禍は知らず幼等は廃墟の街のロケ見にゆけり 
生きをれば妹も顔のケロイドを気にして婚期をすごせしならむ 
ひきつりし顔のケロイドに化粧してかなしや少女は嫁ぎてゆきぬ 
装ひて街ゆく乙女の片頬に紅(べに)はなじまずケロイドありて 
惨劇は忘れられゆきマグロ禍の笑話となりて世に伝ひ来ぬ 
 
 ◇岡田 眞 元軍人・農業◇ 
命令なくば任務去り得ず燃え盛る衛門に立ちて遂に死にしとふ 
水晶の判を証拠にМ大尉の遺骨残らず空箱に納む 
その跡に立て札をして避難先報じ合ひけり焼炭をもて 
持ち帰りたる青きトマトを差出せど取る気力なし眼つり上げて 
我が子の死信じられずとうつろなる眼を空に強く言ひかへす 
よくも命とりとめたりと言ふ彼の顔の両手のケロイド痛痛(いたいた)し 
軍服の彼女がかぶる風呂敷を解けば頭髪は一本もなく 
 
 ◇岡本信子 無職◇ 
虫なける焦土の中にかなしくも白粉の花むらがり咲けり 
原爆ゆ五歳経れども帰り来ぬ人の屋敷跡に寒椿紅し 
辻堂にまつられし無縁の仏達ひしがれ焼けただれて死にゆきし人 
 
 ◇沖田吉惠 無職◇ 
似の島に今日一日の母として戦災孤児の学園を訪へり 
孤児達の見送り受けて船に乗るまた来よといひまた来むといふ 
岬山の岩に登りて別れ告ぐ手をふれる孤児の少女の服のあをさよ 
停滞する脈はかりつつ暗闇にかたく抱きぬ子は死なさじと 
 
 ◇奥原保男◇ 
復員の列車暁闇の街に入れば死臭吹きつけ燐火渡りをり 
 
 ◇奥本キヨ子 無職◇ 
人なくば声かけても見ん行きずりの人とも思へじ吾子に似し顔 
そだち来し家にてあれどいでし身には血肉の人にもうとまれてかなし 
あざやかに父と子の名のしるされし原爆死者記帳にいのりささげる 
 
 ◇故・折田邦男◇ 
原子弾の放射に滅びゆきし街汝の臨終を知りし人なし 
原爆災害者の供養法要を営めり街の空地の小さき天幕に 
興りゆく街に切なくまた恋ふる甦えるなき汝を思ふに 
 
 ◇加藤輝子 無職◇ 
住みなれし八年前の家あとに朝夕踏みししき石の残りぬ 
原爆ドームのくづれ落ちたるすき間から生生しく育つ若草の一もと 
 
 ◇加納節尋 元写真師・守衛◇ 
山陰のこの救護所にかすかなる息を保てる姪を運び来 
焼跡の日にさらさるる焼死体みな断末魔の形相を見す 
憲兵は声を涸せどうから探すひたむきの群橋おし通る 
いまはなる人を見めぐり水与ふ仏のごとき兵を忘れず 
畑中に四本柱をうち立てて今宵の野宿蚊帳の内なり 
警報は鳴り響けども野宿の身最早ここより行くところなし 
ここかしこ糞をぬぐひし紙見えてよるの畑に人溢れたり 
むくろ守る人も棒もて追はれ居り旬の(しゅん)の葡萄を食ひ荒すとて 
火の街ゆ赤子助けて来し少女炒り米噛みて含ましめ居り 
救ひたる赤子抱へて居る少女われの野宿す蚊帳に入れたり 
毀れたる我が家の便所へかへりゆく倅は野糞を恥しがりて 
焼跡のむくろ集めて葬る火が夜な夜な青く燃え続けたり 
焼跡のよるのしじまに子と居りて北を動かぬ星教はりぬ 
傷に凝る血汐を洗ひ落しけりむくろの見ゆる川に浸りて 
むくろ浮く川に浸れば肉の味知りしか鮴(ごり)奴等陰嚢をつつく 
敗残の暁部隊が遺したる壕内の椅子三つ拾へり 
あめつゆを凌ぐ小屋をば建てむとし兵舎の釘をバールにて抜く 
戦災者蟻のごとくも集まりて山の兵舎をわれ勝ちに解く 
降る雨に濡れながらあさる兵舎跡ボロ靴下の小山に遭へり 
京橋町の保田へ焼き味噌盗りにゆく生きむ希ひに面子を捨てて 
焼跡に萌え出だしたる草のうち食へるとふ草我のとりて食む 
飢ゑくれば事のよしあしおのづから悪に傾き茄子ちぎり食ふ 
爆死せる甥のむくろをわれ焼きて下半身の生焼けを捨つ 
屍臭沁む手に戴けり高粱のぼろつくむすびのこぼれ惜みて 
御院主は爆死されたり奥様が代りて葬りの経あげ呉るる 
秋に入れど郵便局は開かれず横倒れのポスト狭き道塞ぐ 
爆(は)ぜられて草原に崩れし遺骨壺冷たき雨に濡るるを拝む 
忠魂碑の文字ありし故石ながら罪を問はれて打ち砕かるる 
焼けし鐘の音色侘しく響くなり原爆あとの仮校舎より 
復興のアトム広島鶴嘴のとどく浅土骨出でやまず 
帽子とりて白髪見すれば闇の女相済まぬやうに我を放てり 
手摺なき万代橋より原爆のロケ隊一人の児を飛び込ます 
A・B・C・Cかたへの崖の防空壕悪夢覆ふがにみな蓋をせり 
 
 ◇香川ヒサエ 無職◇ 
異様なる光と見たる瞬間に家は崩れて腕に吾子あり 
つつつつと爆風に上りし娘(こ)の姿かいまみしかどそのあとは暗 
くづれたる家の下にて腕の子はあけに染りて眼と歯のみ白し 
娘の名を呼べば大怪我と答へしのみあとは声なしのがれゆきしか 
はひ出れば日蝕の如く空くもり火の壁すでに四方をかこむ 
火の中に我が子求めて飛び入らんとする父を娘しかととどめて離さず 
両岸を火にはさまれし川べりにふるへうづくまれば無気味な爆音 
「早くお願ひします子供を待たしてゐます」と言ひつつからうじて失心支ふ 
うつつ眼にはつきりと見し地獄絵図川一面の裸形のすがた 
空襲の危険未だ去らず星空を仰ぎて海近き砂上に眠る 
一歩一歩傷つける足をひきずりてきずに臥すてふ子をたづねゆく 
せめてせめて末期の水をふくません心はげまし子をたづねゆく 
 
 ◇片岡貞雄 受刑者◇ 
たちまちに街は翳りてのべつなき死体をたたく黒き夕立 
厳しくも聳え残れり血の如く夕焼くる中の原爆ドーム 
あらくさの生命のかぎりはびこれば原爆の地に家建ちならぶ 
原爆の傷痕がある獄塀に小鳥が巣喰ひぬ年経るままに 
ケロイドの乙女が通ふ学園は川の辺に沿ふ青葉のある丘 
 
 ◇桂 清 童話家◇ 
終戦後とりこはされて跡もなき高射陣地に藤の花咲く 
 
 ◇金井時子 主婦◇ 
原爆を五分の差にて逃れ来し二葉あき子は今も歌へり 
原爆にただれしはただ皮膚ならず心砕けし絶望の空洞(あな) 
原爆を思へば明日を想はずと笑へり盗みて恥じぬ少女の 
怒り得ぬ思ひの満ちしこの国に若人よせめて憤怒忘るな 
原爆を受けまた水爆の惨を知る女の怒りああ女の怒り 
 
 ◇兜山年子 公務員◇ 
その傷はと云はれて初めて気がつきぬだくだくと流るる血に心なゆ 
新兵器知る由もなき人人が集ひて語りぬただ恐ろしい恐ろしいと云ひ乍ら 
ホームに這ひ上がる気力も失せにしか線路に兵の崩れゐぬ 
お前よりまだひどい人は居るのだと冷たく云ひし軍医は忘られず 
低空飛行で舞ひゐる敵機に眼をあぐる人もなく傷つける人人のうづくまり居ぬ 
広島の人間はカンヅメカンで御飯たべてると笑ひたる農家の人に反抗おぼゆ 
手にいだきし子はふき上げられて行先もわらぬと友は語り居し 
背中に火傷負ひし人四つんばひのままになりて貨車に入れられたり 
ケロイドをかくせる君の動作がともすればひがみの如くに鋭き眼差みする 
首しめて殺して呉れとさけびつつ息引き取りし中学生汝の忘られず 
 
 ◇亀田富子 事務員◇ 
爆風か死の風となる魔の風か並木を吹ける風の黒かり 
顔の火傷びりり痛みてうらなりの胡瓜をもぎてなすりつけたり 
喉頭(のどくび)と両手は大きく水脹れて鏡にうつす我のみにくさ 
髪は脱け斑点は出でて黒血吐きやがて死にゆく恐ろしき毒 
三篠より宇品の方を見渡せば目路さへぎらぬ焼野なりけり 
 
 ◇亀田鳳年 農業◇ 
腰の辺に焦げ肌剥げて垂れ下がり郊外へ逃れ来る人ら次ぐ 
路上に水槽に河中に草むらにあはれ無数の焦げ肌の死屍 
焼跡に瓦礫掻き分け父の骨叔父叔母の骨拾ひて泣きぬ 
なかなかに焦土は人の住まざるに今宵燈火の一つ見え初む 
 
 ◇川手亮二 学生◇ 
帰り来ぬ弟の生死気遣ひつつ防空壕に夜の明けを待つ 
あはれあはれゲートルの名前は弟なり腐りし鼻に蛆のわきをり 
やかれし身を陽に曝れしまま弟は吾を呼びつつ死に行きしと聞く 
二日間やけただれたるはだか身を炎陽に曝れて逝きし弟 
ゲートルの間より腐汁流れ落つ弟の死体を舟に積み込む 
死体浮くプールの水を貪り飲む女子学生のやき腫れし唇 
ずたずたに皮膚引き裂かれて襤褸衣を纏へる如き裸身続き来 
ケロイドの乙女を前にぬけぬけと原爆は正しとル夫人は述ぶ 
アメリカの良心といはるるル夫人もシュトラウス夫人も原爆を否定せず 
 
 ◇河内 格 獣医師◇ 
服焼けて裸身となりたる女学生ただれた両手で恥部をかくせり 
この子等に何の罪あり死んでゆく眼鼻もわかず黒くただれて 
爆心より三〇〇〇米離れしが我が家の瓦は飛びて夏の星見ゆ 
蛆のみは放射能の中に生きて居り黒き屍体に白くうごめく 
爆心地に死したる人の白き骨瓦礫と共に雨に打たるる 
死に絶えし中島町の跡ならむ白き人骨拾ふものなし 
犬猫も鼠も見えず鳥鳴かず原爆廣島ただ瓦礫のみ 
血膿噴く火傷の背中は広くして合せ鏡に母は気絶す 
我が父は出勤せしまま不明にて墓に埋むる何物もなし 
一弾で幾十万の民殺すアメリカの非道この眼で見たり 
倒れたる家屋の下で叫びゐし救ひの声が耳底にあり 
広島の乙女の顔のケロイドはアメリカのなせし烙印にして 
癒えたれどケロイド残りひけつけて冬が来ればまたうづくなり 
 
 ◇壇痛寿 無職◇ 
六百の原爆患者容れたれば校庭までも腐臭ただよふ 
うじわきて腐臭放てる人人をみとる日続きわが飯食まず 
声涼しくアリランの唄歌ひたる朝鮮乙女間もなく死にたり 
空襲下待避もならず広島に送ると四石の飯を炊きつぐ 
                            (つづく) 


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