2014年10月24日15時44分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(166) 小島恒久歌集『晩禱』の原子力詠を読む(3) 「若く被爆し原爆症病むわが終のつとめと叫ぶ『脱原発』を」 山崎芳彦

 小島恒久歌集『晩祷(ばんとう)』から原子力詠を読んできたが、今回が最後になる。向坂逸郎氏の志を継いで、経済学者・大学教授として、さらに社会運動、労働運動、平和運動などへの積極的な貢献を一貫して続けている作者の短歌作品は、多岐にわたる題材をとらえつつ、しかも深く勁い「志」につらぬかれた剛直にして素純なひびきを持っていると、筆者は読んでいる。作り物ではない確かな歌意とひびきは、「歌は人である」と考えている筆者にとって強い魅力をもつ短歌である。いわゆる、狭い意味での「歌壇」と呼ばれる世界の枠にとどまらない作品が、「アララギ」に拠って短歌の道を深めた作者によって詠いつづけられていることに、改めて多くのことを考えさせられてもいる。 
 
 ところで、『晩祷』は小島さんの第二歌集であるが、2005年に出版された第一歌集『原子野』(短歌新聞社刊)を次回から読ませていただくことが出来ることになった。同歌集も探しあぐねて、小島さんにお願いしたところ、快くご恵送いただいた。ご厚意、まことにありがたいことである。 
 
 『晩祷』の中に、作者の生き方、人としてのあり方を見せている作品がある。原子力詠ではないが、心に残った数首を記しておきたい。 
 
○母あらばさぞ喜ばむにと妹言へど叙勲は辞せむわが素志なれば 
 
○受けよとの勧めはあれど師を思ひ同志ら思へば受勲辞すべし 
 
○時流に乗る器用さなければ一つ思想愚かに守り来ぬ悔やまず今は 
 
○師は正座われらは胡坐(あぐら)し『資本論』読みし書斎にみ骨置かれぬ 
○『資本論』は聖書にあらず疑ひ得る心もて読めとつねに諭されき 
                    (二首は「向坂逸郎先生」) 
 
○総評も炭労も若きにはすでに死語三池闘争語りて空し 
 
○争議の日母に背負はれデモの列にありし君の子ももはや五十歳か 
 
○位牌持ち土葬の父の棺に従(つ)きこの坂行きしは小三の秋 
 
○夜半に起され教科書を手に母とのがれ震へつつ見き燃ゆるわが家を 
 
○命終に間に合はざりし悔い深く母の柩に二夜添ひ寝し 
 
○子の焼きし骨壺を前に後先を妻と言ひ合ひやがて黙しぬ 
 
○「学者馬鹿」の吾に添ひ来し五十年心から笑ふ日はなかりしと言ふああ 
 
○人生を引き算に生きる歳となりいよいよ速し時の流れの 
 
○権力に与(くみ)せずつねに弱者の側にありしがわが世のささやかな自負 
 
○顧みてあそこが歴史の岐路なりしと言はるる日々を生きゐるわれらか 
 
 もっと多く心に残る歌があるが、以上にとどめる。 
 今回の作品には、福島原発事故にかかわっての作品群(「3・11と福島原発事故」)がある。長崎の原爆に被爆し、その被害、病苦を身にかかえて今日を生きている作者の原発詠には、原発現場作業員を案ずる作品も多い。 
 
 
 ◇広島生変図(抄)◇ 
寺多く信厚き島に穏しき瀬戸の海を友とし育ちし画伯か (平山郁夫画伯) 
 
被爆の惨描けず秘めもち三十四年後やうやく仕上げし「広島生変(しやうへん)図」 
 
ヒロシマ灼く紅蓮の炎(ほ)なかに画伯は描く忿怒の相の不動明王 
 
 ◇悼 宮地伸一先生(抄)◇ 
わが被爆せし日南方に暗号兵としその電解きゐし宮地先生 
 
 ◇三・一一と福島原発事故◇ 
   機
二百六十の津波碑の立つ三陸にまたも増ゆるか悲しみの碑が 
 
かくも多き欠陥を秘し原発の安全をわれらに説きしか企業は 
 
コストを惜しみ想定低く見積もりゐて「想定外」と責任回避す 
 
想定すべきこと想定せずに「想定外」と弁解するは資本の常套 
 
安全より効率優先国策として原発増やしし果てのこの惨 
 
地震多きニュージーランドは原発否みわが日本にはああ五十四基 
 
政財官にてすすめし国策原発にも利に付く御用学者らありき 
 
原発との共存うたふ横断幕が架かるもむなし人絶えし街に 
 
帰り来ぬ主を待ちて犬が立つ昨日も今日も瓦礫の跡地に 
 
人の入れぬ原子炉建屋をロボット行き崩えし内部の無惨を写す 
 
起りし事故の制御も出来ぬ知識もてかくも原発を築(つ)きしか企業は 
 
大震災の実相とどむと一途にて赤彦は編めり『灰燼集』を 
                       (関東大震災歌集) 
 
   供
断れば職失ふゆゑ派遣社員は現場に働く被曝ををかして 
 
被曝限度超す作業員が増えつづく事故収束の目処(めど)も立たぬに 
 
放射能浴びて働く作業員の後々を案ず被爆者われは 
 
「ただちには害なし」といふ姑息さよ被曝の害は年経て出づるを 
 
五十年経て出でしわが癌思ふにも被曝作業員の行く末憂ふ 
 
平和利用と言へど核なり原発の存続許せず被爆者われは 
 
原発を的としミサイル攻撃あらば数発にして日本滅ぶか 
 
人住めぬ廃墟となりしチェルノブイリの轍踏みゆくかわがフクシマも 
 
チェルノブイリの廃村四百五十八たぐへて憂ふわがフクシマを 
 
フクシマの小二が七夕の竹に吊す「しょう来がんになりませんように」と 
 
放射能がうつると避難の子が忌まる被爆児のうけし差別を今に 
 
音声変へ下肢のみ映る作業員が原子炉建屋の惨状語る 
 
被曝量限度を超せば職失ふと線量計を秘して働く 
 
己が事故の収束も出来ぬ原発の輸出にはやる資本あざとし 
 
明日の危険より今日の利を欲り原発の再稼働のぞむ過疎の地元が 
 
交付金が麻薬のごと浸み原発より抜け得ぬ町となりぬいつしか 
 
人の住めぬ国土をつくりし反省もなく再稼働急(せ)く資本と政府が 
 
かくも多くの核廃棄物残せし世代と後の代は問はむわれらの咎を 
 
若く被爆し原爆症病むわが終のつとめと叫ぶ「脱原発」を 
 
 次回からは小島恒久歌集『原子野』の作品を読む。   (つづく) 


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