2014年12月12日09時44分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(10) 「列島にひそかに降りつぐ原子灰にをののきつつ生くる日日をみじめに」 山崎芳彦

 歌集『廣島』を読み始めて10回目になるが、『廣島』の短歌作品は、原爆投下による悲惨の中で生き延びることを得た作者たちが、自らの過去の悲惨を語っているだけではなく、あのような惨禍がどのような政治の道筋の中で引き起こされたかをしっかりと認識することを、そのような歴史を再び繰り返すことのないよう訴えているのだと、筆者は読んでいる。そして、詠い、言い残す暇もなく一瞬のうちに殺された十数万の死者の無念をも読まなければならない歌集だと思っている。いま12月14日投票の総選挙戦の最終盤にさしかかっているが、メディアの調査によると、あろうことか現政権与党が議席の三分の二を超すことが予測されるという。現行選挙制度のもとでの議席数が、有権者の総意を反映しないことは明らかだが、この二年間の安倍政権の「政治」を承認し、さらに今後の政権運営、恐らくは許しがたい悪政のための「数の力」を与える結果を考えることは耐え難い。戦争する国への道だからだ。核武装をも危惧する。 
 
 「世界の真ん中で輝く」(と安倍晋三が言う)大国として振る舞い、戦争をする国への道筋をさらに進むことを承認できるはずがないではないか。この二年間の「安倍政治」を思えば、その継続を許せばこの国は明らかに人々に苦難を際限もなく強いる国に成り果てるだろう。 
 歌集『廣島』の短歌作品は、あの原爆の投下による言い尽くせない悲惨な被害を語っているが、それを読む者は、原爆の投下に至る戦争の歴史、なによりも、世界の大国をめざし、戦争と侵略、この国の人々を虐げ、他国の人々をも悲惨な犠牲にした血の歴史、非人道の極みを重ねた果ての日本の軍国主義と、必要ではないことを知りながらも自国の世界支配を目指した原爆投下国の暴虐がもたらした悲惨の実態を知らなければならないし、そのような歴史をどのような形であれ繰返してはならないということを思わなければならないだろう。 
 そうであれば、現実にこの国で行われている安倍政権の、多くの人びとをさらなる苦難に導くに違いないアベノミクス経済政策とともに進められて来ている「戦争のできる国」への政治の継続を、総選挙の結果がどうあろうと、阻止していく道を構想し構築していかなければならないと思う。 
 
 歌集『廣島』をそのような思いで読み続けている。 
 
 ◇西田郁人 鉄道員◇ 
ドーム中に乞食(かたゐ)住みゐし夕されば丈高き枯草の風の鳴り継ぐ 
村人の畑に集ふその中に原爆症の父の顔見ゆ 
腐敗しゆく背傷口に蛆わきしを火傷の女とりてやりをり 
しかばねの山に分け入り油そそぎ火を点(つ)けてさつと走り去る兵士らのあり 
 
 ◇西田 剛◇ 
爆風に倒れし家の下敷になり助けを求む人を見て逃ぐ 
わが家とおぼしき跡を掘り返しうかららの骨を壷に拾ひぬ 
原爆の廃墟に茂りし鉄道草を摘みて食ひしも幾年を経ぬ 
 
 ◇西原 忠 教員◇ 
頭半分禿げてゐる児あり脚の脛ただれたる児あり物かず言はず 
醜悪な肉の隆起を気にするか見せまじとして物かげに入る 
眼帯をしてゐる少女あり被爆の際硝子の破片眼にささりしと 
凄惨の極みに念ひ至るときまぼろしの如く死臭漂ふ 
焼けただれたる瓦礫の街に生ひ繁る荒地野菊を食ひては生く 
 
 西原三重子 教員◇ 
これやこの火焔地獄か燃えさかるひろしまの街のほのほのひびき 
炎炎と燃えさかるほのほ呆然と見守りいたり悲しみわかず 
陽をさけてやぶれトタンに身をかくす焼けただれたる死に近き群集(むれ) 
燃えさかるほのほの街を叫び泣き身寄りもとめる声はすがれて 
夥しきむくろを集め焼いてゐる呆け果てたる人人のむれ 
ふくれたるむくろにつどふ蠅のむれ近づけどなほ人をおそれず 
真夏陽の照りつける路にぶよぶよのむくろが放つ臭ひ耐へ難し 
へし折れてぐにやぐにやになりし鉄骨に尋ね人のびら風にはためき 
路路に幾百の裸体むくろとなり悪臭放つに息とめて歩く 
下敷きとなりて焼死せし妹のま白き骨をかき寄せて哭く 
十三歳の生命(いのち)を此処にとどめたる妹の骨握れば灰となり 
 
 ◇西本昭人 公務員◇ 
八年目に原爆症の再発し輸血施す身とはなりたり 
「ひろしま」の映画の中で八年前別れし友の無事なるを観る 
原爆で子を失ひし母親は映画「ひろしま」を観ずに帰りぬ 
電車にて吾と同じケロイドの残る娘が隣に坐せり 
原爆のケロイド残りしこの吾を罵る子等を叱りもならず 
大衆の面前に立ち吾が顔のケロイド気にしつつ講演始む 
をじちやんの顔何(ど)うしたのと聞く子等に直ぐに答へる言の葉出でず 
ピカちやんのニックネームで人呼べり吾が顔一面ケロイドありて 
吾が顔のケロイド消えぬ今日の日をMSAに結ばれにけり 
過ちは繰返しませんと云ふ裏に再軍備は早(はや)着着進みぬ 
 
 ◇西元千展 会社員◇ 
閃光のその一ときに眩(めく)るめき落ちる瓦を防ぎもあへず 
火焔の上に黒雲あがりやがて又圧(お)しくだりつつ世はただれたり 
焼けくるふ火音まぢかく仰ぎみれば広島城の天守閣すでになし 
バカヤロー。どなつてもなほらないいきどほり。火の中を今夜どこへ寝ようか。 
閃光の消えた瞬間、毛孔より血のほとばしり出る 真暗な感覚。 
ケロイドの裸形の群に我れもゐて火を映じつつたじろがずゐる 
水をくれ水をくれとの絶叫が一夜どよもす炎の街に 
母を呼び子を尋(と)める声地にみちて原爆のまちに夜が圧しくだる 
朽木のごとく死体は橋桁につとかかり顧(み)る人もなければ流れゆきたり 
悶絶のすがたのままに広島駅時計台は八時十五分を指して立ちたり 
煉瓦塀に圧され潰れし死体いくつ蠅がたかりて今日も動かず 
月の暈(かさ)赤らみにつつ水に浮くその水に白く死体は流る 
洲がありて潮さし来(きた)るこの宵を火かげに浮きて動かぬ死体 
雑草と南瓜を食ひて三日生きいまひろしまを離れんとする 
幼らを連れし身なれば飢をおそれ罹災証明書を貰ひに立ちぬ 
失ひしものの嘆きを語りつぎ罹災三日目の夜は更けんとす 
水欲しと訴へ続けたるがはたと止み幽かにふるへて息は絶えたり 
投げ捨てたごとくに死体がある中を焦燥にかられ母を尋ね行く 
コンクリートに圧されて焼けし母の体になほ血のにじむ硝子傷あり 
父が受けし恩賜の銀時計まもるがに母は死にたり時計と共に 
胸より上は瓦礫の上よりのりいでて母の死体は黒く焦げをり 
腐臭たへがたき街を行きつつ火葬する薪を探しつ母焼く薪を 
火葬する木のはしもなければ血のにじむ母の服地を抱き帰り来 
母の訃をいかに告げんか言もなく夜汽車の床に坐りてありき 
兄われが焼野に得たる南瓜なり妹も幼き弟も来て食べよ 
 
 ◇新田隆義 電鉄車掌◇ 
頭髪はぼろぼろと抜けうめきつつ此の世に一人の父は死にたり 
灰燼と化したる街に降り佇ちぬ雑なう一つ我はになひて 
熱線に焼けちぢまりし軍靴などころがりて居き我が家の辺りに 
原子もて焼き殺されし人間の屍が馬車で運ばれてゆく 
原爆にてプラツトホームより飛ばされし弟は少し馬鹿になりたり 
罵りて我が車降りゆく酔どれの頬のケロイド月に光りぬ 
原爆にて半身焼かれし妹が友の嫁ぎゆく今宵早く寝る 
原爆傷の耳をパーマで掩ひ妹は買物籠を振りて出でゆく 
唄ひつつ電燈つけし妹の頬のケロイド忽ち光る 
原爆に耳を焼かれし我が妹はイヤリングなど欲しがらぬなり 
近づけば鏡の前をつと立ちし妹よ何を思ひて居しか 
原爆のドームの見ゆる会場に働く我等の決議轟く 
父を返せ母を返せと壇上に叫ぶ乙女のケロイド光る 
並びゆく日雇労務者の背負へる子プラカード振るたびに笑へる 
原爆のドームを背景に撮しつつ異国の兵が微笑みて居る 
ひろしまの市民の悲願こめられし燈籠川面を染めて流るる 
爆心地ドームの影をゆらしつつ泡漂ひし潮満ちて来る 
ひたすらに平和を願ふ人間の列陸続とドームにつづく 
 
 ◇新田みどり 主婦◇ 
たえだえに母を呼び臥す学徒群(むれ)の中狂へる如く恵美索(もと)め行く 
余燼たえし瓦礫の街の夕堤恵美のなきがら求め彷徨(さまよ)ふ 
焼死せるむくろ重ねて焼く臭気恵美はかくなむ焼かれてゐむか 
夕近く急ぎ帰りし厨辺(くりやべ)に待つ吾子はなし夕焼くる窓 
ここあたり恵美が最後の土地と聞く立ち去りかねて佇みゐたり 
逝きし子を語りつかれて寡婦二人暮れ早き部屋に薄茶をすする 
原爆慰霊祭の遺族席のかたすみに我も小さく面伏せて居り 
女あるじとなりて生くればいささかの酒をたしなむこともおぼへつ 
忘却は神の与へし慈悲ならむ今宵は泣かず夕餉食みたり 
周辺の小さき窓より見上げたる空は無限に拡がりもてり 
檜の香高く匂へばこの風呂にはしやぎし恵美の笑ひ憶ふも 
倶会一処(ぐゑいつしよ)と書きし墓標にぬかづきぬ余命いくばくの吾かと思(も)ひて 
歎異鈔よみつぐ今宵を顕(た)ち来たる亡き娘の姿はセーラー服なり 
夏の夕べ一人にながし巢を張りて身をかくし待つ蜘蛛をにくみぬ 
ふるさとの峡の細道夫と子の遺骨抱きて通ふ幾度 
吾子憶ひ寝ねつき難きよもすがら吾子が好みし柿を食(た)ふぶる 
遺されし小箱あくれば少女さぶ汝がゆかしさに憎む原子爆弾 
亡き恵美に似し姿あり学徒の群華(はなや)ぎゆくを呆然と見る 
あれちのぎくしげり生ふ日の魂まつり吾子の名よびてうづくまり居る 
広島の街を見さくる丘に来て狂へるが如く吾子呼びてみぬ 
汝れに似しゆきずりの娘の臨終(いまは)にし水あたへしがいたく鮮(あたら)し 
恩愛の絆(きづな)は切れて廃屋に日日さらばへる母あはれむな 
 
 ◇新見隆司 会社員◇ 
坐り或は転び処置を待つ列に交れりわれも祖母を背負ひて 
子を抱き臥したるままの姿勢にて黒焦げとなる婦もありき 
電車路に襖やムシロで日除けして被爆の人人寝かされてあり 
舟艇に兵等は乗りて流れくる屍体をカギ竿で引揚げてゆく 
石柱の下敷となり腐爛せる屍に蠅の黒くむらがる 
ムツとする死臭とともにたかりくる蠅払ひつつ足速(はや)にゆく 
痛がるをすかしつつ背の火傷に涌きし蛆虫を箸でとりやる 
屍体収容所と書かれてありしその文字がいまだに吾の脳裡を去らず 
 
 ◇野村洋吉 銀行員◇ 
白骨の散りぼふ瓦礫の中をゆく生あるものはむるる蠅のみ 
原爆のあといたましき花のもと狂へるごとく人ら酔ひ居り 
 
 ◇農宗和子 銀行員◇ 
原爆症の友をたすける会といふ歌手のブローチよく光るなり 
横顔の美しき人なり片頬は原爆症に赤くただれて 
ああ今も吾が耳にあり吾にのみ逃げよと云ひし吾娘の叫びが 
 
 ◇長谷川精作 会社役員◇ 
風呂敷を引き裂きひきさき括れども吾子の血汐は噴きやまなくに 
ゆか下の乾ける土にたまりたる血糊は黒くはや凝(こご)りたり 
蒼ざめて子が片敷ける川べりの木かげの草に血が滴(したた)れり 
町内はすでに残れる人影なし燃えせまりくる炎の唸り 
持ちし物途(みち)に落せど拾ひあへずひたむき馳るいのち生きむと 
骨折の苦痛うつたふるをさな顔の兵が激しく叱られて居り 
逆剝ぎに半身の膚はがれたる兵のあまたが路傍に死せり 
やけ爛れ半裸の兵が限りなく倒れし路上ただに見て過ぐ 
水水と声もかすれて訴ふるわが水筒もすでに空しき 
引潮の川の渚に這ひ下りて水に口づけ死にゆくもあり 
吹き散りし青葉をたたく俄雨大粒の雨に濡るるにまかす 
西空に日影まはりてこの朝より何もくはぬに心づきたり 
麦の飯手づかみにしてうつつなしむさぼり喰ふ農家の夕庭 
人渦にいつか紛れし妻子らを喚びつつ下る暗き川べを 
はろかなる木立のあたり応ふるはまさしく吾子とさらに喚び返す 
もえさかる火を望みつつ川岸に水浴みをればわが肌さむし 
夜もすがら呻きし声が暁ちかく静かになりて死にゆけるらし 
焼けおちし瓦の下に火気ありて踏み入りがたし昨日(きそ)のわが家に 
みる限り焼野の原に青葉をよろめきさがす軍馬のひとむれ 
川中の洲にあかあかと人焼けりあはれ人焼けり生きのこりゐて 
生れたる家をたのみて帰りゆく夜の道くらしおそき螢火 
傷つかずよろこびあひて遁れたる人死にたりとけふもつたふる 
あきらめて山の住居になれそめぬ青き胡瓜に味噌ぬりて食(は)む 
たまゆらの熱度に熔けし花崗岩の肌はつめたく掌にしむ 
                           (つづく) 


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