2015年03月28日15時39分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(176) 本田一弘歌集『磐梯』の原子力詠を読む(1) 「ふくしまの雲を縫ひなば放射性物質ふふむ空をとぢむや」 山崎芳彦

 福島県会津若松市在住の歌人である本田一弘さんの歌集『磐梯』(青磁社、2014年11月刊)から原子力詠(筆者の読み)を読み、記録させていただきたい。本田さんは福島市に生まれ、高校教師の職にあり会津若松市に住まわれているが、短歌結社「心の花」に所属して活躍している。この歌集は氏の第三歌集であるが、「後記」に「磐梯は、磐の梯なり。天空に架かる岩のはしごなり。夫れ神は天上より磐梯を伝って地に降りたまひけむ。会津なる磐梯山は、福島の空とわれらの地とを繋ぐかけはしなり。/日々仰ぎ愛してやまぬ山の名をわが第三歌集の題とせり。平成二十二年から二十六年夏までの作三百十一首を収めつ。年齢でいへば四十一歳から四十五歳までの歌を略制作順に編みたり。」と記している。あの3・11東日本大震災・福島第一原発事故以前の歌は序章部の四十余首で、あとは震災・原発事故後の作品ということになる。磐梯山を架橋として繋がれている福島の空と地の現在を作者は歌って、この一巻を成したわけである。犠牲者への思いと、作者が生きる福島の現実を歌った作品の集積から、「原子力詠」として筆者が抄出することにおそれを持ちつつ記録させていただく。 
 
 この歌集の帯文として、作者が師事する佐佐木幸綱氏は、集中の2首、「ふくしまのゆふべのそらがかき抱(むだ)くかなかなのこゑ死者たちのこゑ」、「みなづきは水の月なり濃みどりの雨を着たまふ磐梯の山」を掲げたうえで「青く脈打つ阿武隈川、雨を着る磐梯山、福島の大自然をふかく愛し、福島の先人を心から敬愛し、福島の言葉を根底的に信頼する作者が3・11以後の『ふくしま』が直面する自然と現実をとことん見つめ、考え、うたっている。やわらかい心、そして、剛直な志が読める一冊である。」と記している。 
 
 本田さんはかつて、大熊町から会津若松市に避難している歌人・吉田信雄さんの歌集『故郷喪失』について取り上げた文章(「故郷としての家族」、『心の花』2014年8月号所載「時評」)で次のように書いている。 
 「震災から三年三ヶ月、東京中心のマスメディアからすれば、震災は既にもう終わったことなのかもしれない。被災した地域の人々が『復興』のために頑張っている姿がテレビなどで採り上げられることが多いから、一見問題は解決にむかっているように思われる。しかし、除染の実施、汚染土の処理、仮置き場、最終処分施設、汚染水漏れ、風評被害、震災関連死等々、どれ一つとってもままならない状況にある。原発事故のために避難を余儀なくされた方々にとって『故郷』はもう帰ることのできない場所の謂いになりつつある。時間が経てば経つほど、問題は複雑化している。」として、吉田信雄歌集『故郷喪失』について論じている。(吉田信雄歌集『故郷喪失』については、この連載の中でも読ませていただいた。) 
 本田さんが住む会津若松市には、原発事故被災者が大熊町をはじめ各地から避難して来て、高校教師でもある本田さんは子どもたちはもとより多くの被災避難者とかかわってもいるだろう。その中で、原発事故が人々の生活と心にどれほどの苦難、苦悩をもたらしているかを深く、具体的にとらえているに違いない。 
 
 本田さんが言うように、福島原発事故について考えれば問題は何一つ解決していないし、時間が経つほどに深刻化し、複雑化しているというべきだろう。政府や電力企業は、原発事故によって引き起こされ、現在も続いている被災について、人間、故郷、心、生活のありようについて、過去・現在・未来にわたる真実をとらえる立場から見ようとしない。何が起き、今も進行しているのか、これから起こるのかを人びとの立場から見ようとはしない。除染やインフラの整備が被災の当事者の立場からではなく「加害者の設定した基準」で整えれば復興がすすんだとして、避難者の帰還促進政策を押しつけようとしている。しかし、長期に亘り、広範囲な地域に避難せざるを得なかった人びとにとって、さまざまに破壊された故郷、先行き不透明な廃炉作業が行われている地域、「最終がない中間」貯蔵施設、加害者が決める賠償や補償のベース設定・・・どうして復興などと言えようか。加害者は法的に裁かれることなく、原発の再稼働路線をまい進している。被災者や被害者の現状と思いから離れた復興、問題解決などありえない。 
 
 本田さんの歌は、決して叫ばないし怒りの言葉をつづらないが、その心からの思いの表出は、読むほどに力をもって伝わってくる。事実を踏まえ、把握し、本田さんのもつ表現のひびきが届けられたと、筆者は感動した。 
 作品を読んでいく。 
 
 
  ◇平成二十三年◇ 
 ▼しろたへ(抄) 
学校が避難所となる体育館に敷き詰めらるる段ボール、段ボール、段ボール 
 
避難所のおほいなる闇 百三十の寝息のひくくひくくみちたる 
 
祖母(おほはは)のせなかに似たり小高(をだか)より何もかも捨て逃げて来し人 
 
集団を鼓舞する言語 みつめつつひとりひとりにかたることのは 
 
ふるさとの家(うぢ)さかへれぬかなしみはをみなのちさき膕(ひかがみ)にある 
 
震災以前震災以後とみちのくの時間まつぷたつに裂かれき 
 
 ▼逆旅(抄) 
人はみな誰かの逆旅 夕されば死者ひとり来てひとり逆(むか)ふる 
 
何事もなかつた様にさるすべり咲き、咲き終り時は逝かむか 
 
命ありてわれはたつぷり息をするこの世の息を吸へぬ人びと 
 
福島に原発はもう要りません避難所に聞くくわくこうのこゑ 
 
たはやすく復興といふ遠つ沖に数へられざる死者な忘れそ 
 
 ▼あゆひ(抄) 
南(みんなみ)へ逃げてゆく人 東北に生まれ育ちて死んでゆくわれ 
 
午後五時の放射線量告げてゐる「はまなかあいづ」のアナウンサーは 
 
双葉より来し少女小(をとめご)のひかがみに会津の秋のゆふやみみつる 
 
母の無き冬の来むかふ目にみえぬものにおびゆる福島(ふぐしま)のそら 
 
「お墓にひなんします」と書きてみまかりしをうなのいのち、たゆたふいのち 
 
訛れるをわらふ東京(とうけい) 近代はわがみちのくのことば殺しつ 
 
 ◇平成二十四年◇ 
 ▼さくらよ(抄) 
線量の高い双葉に帰れない子が学校に二十人ゐる 
 
「頑張ろう福島」とある立看板(たてかん)のとなりでさくらががんばらず咲く 
 
桜さき桜ちる春 ランドセル背負つて仰ぎたかりしさくらよ 
 
 ▼さみだれ(抄) 
三月の記憶抱く雲浮かべつつ何にも言はぬふくしまの空 
 
ふくしまの雲を縫ひなば放射性物質ふふむ空をとぢむや 
 
さなぶりに田の面と語る 進まないわがふるさとの除染計画 
 
官軍に原子力発電所にふるさとを追はれ続けるふくしま人(びと)は 
 
「じいちゃん家(ち)のスイカ食べてもいいですか」答へられないさみだれわれは 
 
さみだれに登校をする少女ゐて一学期期末試験を受けず 
 
さみだれの降るふるさとに帰れない水溜まりをり傘の袋に 
 
ふくしまのゆふべのそらがかき抱(むだ)くかなかなのこゑ死者たちのこゑ 
 
 ▼秋千(抄) 
四十年後の月光を思ひをり四十年後の廃炉決まらず 
 
避難区域屋内退避区域計画的避難区域緊急時避難準備区域 
 
帰還困難区域居住制限区域避難指示解除準備区域に帰れぬ人 
 
青ぞらに柘榴わらへり県民健康管理調査問診票届く 
 
「3月11日の震災以降あなたがいつ、どこにいたかを記載してください。」 
 
見えぬもの測る科学は 白秋のまなこ聴きけむ月かげのこゑ 
 
福島を切り分くる線 幾十度いくそたび変へられてゆかむか 
 
これ以上分けられないといふ意味のindividualを個性と訳す 
 
福島はフクシマでねぇ放射性物質ふふむ空の青さよ 
 
   * 
近代のみなぞこにゐて動かざる独逸式最新原子力潜水艦は 
 
ゆく秋のしうせんは垂る大熊に帰れない子のゆふぐれを乗せ 
 
いづになつたら帰つて来(く)んだ ぶらんこのなくこゑがする秋の月の夜 
 
引き受くるところあらなく福島のつち福島を移りゆくのみ 
 
せしうむを含みたるなる柿あまた見つめてゐたる冬の庭なり 
 
 ▼真土 
大熊に生れし言葉とたましひのかたちをしたる落葉をひろふ 
 
見つからぬまま老いてゆくみちのくのひとりひとりの死者の息(い)の内(うち) 
 
死者の息貼り付く空の青白し時間が解決するといふ嘘 
 
見えぬものにて大熊は切り裂かる真土の寒きこゑのきこゆる 
 
大熊の土をひたすら耕しし祐禎さんの厚きてのひら 
 
祐禎さんのふるさとである大熊をセイタカアワダチサウがおほへり 
 
ふたたびの冬来たりけり大熊町仮設住宅の屋根を葺く雪 
 
 次回も本田一弘歌集『磐梯』を読ませていただく。 
                            (つづく) 


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