2015年05月07日23時00分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(182) 澤正宏さんの原子力詠を読む(2) 「原発のこと言わないのと問う友よ味噌汁にもそれ入っているよ」 山崎芳彦

 前回に続いて澤正宏さん(福島市在住、福島大学名誉教授)が原発にかかわって詠った短歌作品を読んでいく。福島第一原発の事故にかかわって様々な体験をし、そのなかで1974年から始まった福島第二原発訴訟の裁判資料を集成した『福島原発設置反対運動裁判資料 全7巻』を作成するさきがけとなり、完成させる原動力の一人である澤さんは、短歌作品により福島の現状を発信してもいる。前回に記した経過により、この連載の中で澤さんの短歌作品を読み、記録することができたのだが、「このたびの大震災、原発事故で、記録して置くこと、記録していくことの大切さを痛切に知らされました。記録(言葉、事実)とは歴史を遺し、歴史を作り、歴史の証人になることなのですね。」とのメールをいただいて、『福島原発設置反対運動裁判資料 全7巻』さらに『伊方原発設置反対運動裁判資料 全7巻』の編集に深くかかわってその刊行に大きな役割を果たした人の言葉として、深く共感する。この拙い連載もできる限りは、との思いを強くした。 
 
 去る4月22日、鹿児島地裁は、住民が申し立てた川内原発1、2号機の稼働差し止め仮処分決定申し立てを却下するという不当な決定を下したが、筆者はその決定文を読みながら、さきの福井地裁による大飯原発3、4号機の運転差し止め判決、さらに高浜原発3、4号機の運転差し止め仮処分決定との真反対の決定の最大の問題点は、福島第一原発事故の本質と、事故がもたらした人びとの人権・人格権に対する許しがたい侵害の現実にまともに向き合おうとしない裁判官の姿勢と国の原子力規制機関や電力企業の主張への盲目的な屈従にあると思うとともに、まさに歴史的な真実への謀反の典型と読んだ。 
 
 詳細について触れることはできないが、決定の結論で鹿児島地裁は「本仮処分決定においては、原子力規制委員会が定めた安全目標が達成される場合には、健康被害につながる程度の放射性物質の放出を伴うような重大事故発生の危険性を社会通念上無視し得る程度に小さなものに保つことができ、そのレベルの安全性が達成された場合には、絶対的安全性が確保されたといえない場合であっても、周辺住民の生命、身体等の人格的利益の侵害叉はそのおそれがあるとは認められないことを前提とした判断によるものである。」と述べていることで明らかなように、原子力規制委員会が策定した新規制基準を至上の安全指標として、それに適合するか否かが原発の重大事故発生の可能性の判断基準になるというのである。そして、新規制基準の合理性、新規制基準への適合性判断の合理性について、九州電力の主張を全面的に認めて、稼働差し止め仮処分申し立てを却下した。 
 
 福島第一原発事故によって引き起こされ、現在に至っても多くの人々が生活の基盤を破壊され、健康、生きることへの不安に脅かされており、さらに事故原発の廃炉や、使用済み核燃料、放射性汚染物質の処分についての見通しがまったく立たないままである現状について、まったく単純に規制基準が新しくなったことをもって考慮に入れない司法の判断とは何であろうか。「絶対的安全性」は不可能であることを受容して、国や原子力関係企業、経済界が推進する原発回帰への進行を認めろというのが鹿児島地裁の決定である。同地裁の決定文の中では、原子力規制委員会の田中委員長の「安全だということは、私は申し上げません。」「これで人知を尽くしたとは言い切れない。」などの発言について、この「『安全』の意味は『絶対的安全性』という意味でとらえるべきである。」などと言及しているが、福島の事故から学んだ人々は「絶対的安全性」を求めているのであり、それが担保されないなら原発の稼働はしてはならないと主張しているのだ。 
 それに対して原子力マフィアシンジケートは、それでは国力の低下を招き、経済発展を阻害する、さらには「原発を持つことによる核抑止力の放棄にもつながる」として、原発再稼働推進、さらにはその先の策謀をめぐらしている。今回の鹿児島地裁の決定は、それに手を貸すものだ。 
 
 前回、『今 原発を考える―フクシマからの発言』(クロスカルチャー出版)に所載の澤さんの「東京電力福島第一原子力発電所事故後の福島の現在」の内容について触れたが、その中で澤さんが「日本や世界に向かって原発の放棄を訴えるために、電力会社に原発立地が植民地と呼ばれてき、安全だと太鼓判を押されて事故が起きた福島原発の、終わりのない悲惨な状況、状態が続いている事故後の現在を確認してみたい。」として挙げている問題点の項目と要旨だけを記したい。筆者の要約の不行き届きを恐れるが。 
 
 1. 何の見通しも対策も立っていない1号機から3号機までの「溶融燃料の取り出しの問題」―「廃炉」への緊急で深刻な最大の第一歩としての課題である溶融燃料の取り出し作業について何の見通しも対策も立っていない。どこが全責任をもって当たるのかがまったく見えない現状である。 
 2. 一刻も早く解決が求められている深刻度、緊急度が1、2、3号機の燃料溶融事故以後最大といってもよい「汚染水の問題」は、今日明日の危機的状況が持続していることを認識しておきたい。(海洋への拡散、汚染の深刻さ、決まらない最終処分法と汚染の除去能力の低下、事態の隠蔽など) 
 3. 汚染された土地にかかわる「除染の問題」。除染は一向に捗らないため、国直轄の除染でさえ2016年度まで延長された。大手ゼネコンによる作業の手抜き、作業員の不足、環境省の指導の形骸化している除染賃金の「中抜き」、除染労働者への不正支払いによる低賃金などがあり、国、自治体がはかどらない原因の根本的な是正に取り組まないことが、やっても元の線量に戻ってしまうケースが続出。山林の除染は事故後三年が経っても本格的に手が付けられず、、住人が多い里山や平地に山林からの放射性物質は流れてきている。居住地も農地も除染は大幅に遅れている。 
 4. 除染に絡んで国が目論んでいる「原発事故に因る避難者の帰還の問題」。政府は避難指示を出した区域を新たに三区分(「避難指示解除準備区域―年間積算放射線量20Sv以下、対象3万2925人」、「居住制限区域―同2mmSv超50mmSv以下、同2万3324人」、「帰還困難区域―同50mmSv超、同2万4693人」)に編成し、帰還した住民には「早期帰還者賠償」として一人約九十万円の支給を打ち出した。(2013年12月) 政府が決めた解除や制限の年間積算放射線量の数値は平常時の被曝線量基準(1mmSv/年)を大きく超える被曝の強要であり、原発事故の揉み消し、金額に根拠のない当座の支払いと言う謀略である。 
 5. 食品の安全の問題。(略) 
 6. 子供の甲状腺癌の問題。福島県では原発事故後、27万人の子供のうち33人に甲状腺癌が出て、すでにリンパ節の一部切除などの手術を全員が終えている。それにもかかわらず2014年2月に開催の国際研究会(環境省、福島県立医大などが主催)では33人の子供の癌について「放射線の影響は考えにくい」との結論をまとめている。子供の生命を真摯に考えるなら、国も県も医療関係者もこの結論を「影響はまだ分からない」と保留にし続けるか放射性ヨウ素の影響を疑いつづけるかにすべきだ。このような国や地方行政が原発を動かし、原発を支えてきたのかと考えるとその非人間性に戦慄するばかりだ。 
 7. 原発事故で避難を強いられ生活を破壊されたことで生じた「原発関連死の問題」(長期避難によるストレスなどが主因の落命、その他原発事故に因る生活破壊・絶望による自死など) 
 8. 原発事故の総合的な検証を果たすべき「裁判の問題」。現在、損害賠償を主にさまざまな訴訟が起こされているが、原発事故の核心を刑事責任として問う裁判に対して、検察当局は「誰にも問えない」として不起訴の判断をしている(2013年9月)。国会事故調査委員会の報告書は「福島第一原発の敷地の高さを超える津波が来れば全電源喪失に至り、(中略)炉心溶融に至る危険性は、二〇〇六年には保安院と東電とで認識が共有されていた」というのだから東京地検や最高検の検事は、事故前の東電の地震と津波に対する見解と対策とは検討すべきであった。予め決めている不起訴の判断の理由づけに苦慮するだけで、原発設置の原点に還って検討しようとする誠意が微塵もない。かつて福島原発設置反対運動の訴訟で原告住民らは東電が最大だと想定したマグニチュード七・七は過小評価すぎると訴え、東電は自ら津波対策として行うと証言した工事を行わなかった。原発事故前の裁判における東電の地震、津波に対する対策は、炉心溶融を想定しない、それは絶対に起こらないという非科学的な過信に満ちた、その場しのぎの安易な姿勢に貫かれている。検察当局は・・・原発事故が起きたという厳然たる事実と向き合い、その根本的理由を突き止めて欲しい。 
 
 以上、筆者の不手際で、重要な事項についての澤さんの検証や問題提起について省略せざるを得ずお詫びしなければならない。(要約の文責は筆者にある。) 
 澤さんはこの論考の最後に「原発労働者の被曝の問題、使用済み核燃料やプルトニウムの問題には言及できなかった。原発の問題は言及すべき問題があまりにも多く、その根は人間がつくり出した欲望の闇に向かって深く、またそれらは錯綜している。」と記している。 
 
 澤さんの短歌作品を読む前に、筆者の整わない文章を連ねてしまった。澤さんの短歌作品は、自らが住む原発被災地の福島の現状を、生活感を踏まえた確かな表現による発信力を持つと思う。写すべきを写し、訴え、告げるべきことを詠う作品は、やはり記録され、伝えられていくべきだろう。容易ではない原発裁判資料の記録を世に残し伝えながら、さらに短歌作品をもって発信を続ける澤さんに深い敬意を表しながら、今回は一区切りにしたい。 
 
 
  ◇フクシマは、今も・・・◇ 
 
○この冬はヤマガラばかり庭に来る山の除染で壊れた縄張り 
 
○種が継ぎスミレ苧環(おだまき)花ざかり放置のままの除染待つ庭 
 
○ヒヨドリがお椀の形に啄んだ林檎の花咲く除染待つ庭 
 
○地にはシート今年産まれた小雀の雑木もなくて麦、粟を撒く 
 
○梅干しの梅は熟して梅は落ち梅は轢かれて梅の家は留守 
 
○帰れない住めない播けない仕事ないふるさと赤宇木地の苦の叫び 
 
○ペイチカの煙突ならぶ丘は荒れ「無主物」降れば狐狸住む廃墟 
 
○電気なき送電線は尾根に重く威容は異様へ錆も出た鉄塔 
 
○大海にインク数滴と教わった放水悔やむ原発労務者 
 
○堤防を簡易トイレも走り出し除染飯場のトラック賑わう 
 
○除染なく福岡、川越、札幌の車両が行き交う盛夏三度目 
 
○除染後の路肩に二本のホタルブクロ花色は剥がれど刈らぬ人を思う 
 
○仕事だから浜の百棟を壊したと語る男の声弱々し 
 
○原発の「アンゼン」と打てばパソコンは「暗然」と出す汚染水漏れの日 
 
○汚染水漏れはメルトダウンに次ぐ危機だと告げるニュースは五番目 
 
○隠されて謝られても汚染水は止まず国は延命 民は短命 
 
○余震来て棚ごと落下の書簡束 鬼籍に入る友もう一度焼く 
 
○レクイエムの演奏終わり楽屋にて触れば指より飛び散る数珠玉 
 
○原発のこと言わないのと問う友よ味噌汁にもそれ入っているよ 
 
○軒下に今年こそはと渋柿を剥いて結べば甘き香のする 
 
○カーネギーで歌って復興示した君が「居場所がない」と言う夜は零下 
 
○除染終え球根埋めれば靄を裂き西に満月東に日の出 
 
○除染後の新しき土にレタス出て虫喰う穴まで観葉の日々 
 
○福島の危険を言い来た人智にも「重さ」与えよヒッグス粒子 
 
○避難解け主人と帰宅の番犬は出勤の朝に激しく吠える 
 
○田は雑草、トラック、船が錆び朽ちて形消えゆく寒露に立ち会う 
 
○手銛にて年に一匹の鯉捕らず汚染の川を見つめる老爺 
 
○十月のジュウガツザクラ阿武隈に開いて悼むか無風に揺れる 
 
○漁師だから止まらぬ汚染の海に出て砂這う鱚子の眼に遭う痛さ 
 
○靴底に拾う人なき椎の実を踏み拉(しだ)き行く被曝検査日 
 
○彼岸後に防護服での墓参り秋は静かに夜長へ向かう 
 
○基準値を三倍も越える庭土は行き場がなくて花壇に埋めらる 
 
○雷光が仮設屋の夜雨を何枚も青い陰画で撮れば眠れず 
 
○放射能まみれの防草シート換え庭の除染に賠償はなし 
 
○東京に汚染はないとピーアール五輪は無理だと福島アピール 
 
○山木屋を避難解除とは酷いことそれを決める人住んでください 
 
○屋根測り0・八(れいはち)告げられ驚きぬ高圧除染も瓦に届かず 
 
○核危機をかつて詩にした心平の「天山文庫」も除染なき真冬 
 (二〇一三年の暮れ、川内村の峠で六・〇μSvを示すモニタリングポスト 
 を見ながら。) 
 
○長寿国日本のなかの福島でまた一人逝く仮設の老人 
 
○ようやくに大寒の空に大根の切り身を晒す核災三年 
 
○除染しても基準を超えゆく庭に知る一度降ったものの恐さを 
 
○転居ばかり飼えないのでと福島の犬が福島出てゆく別れ 
 
○地底から轟音沸き立ち地表割れ亀裂は伸縮あれから四年目 
 
○春空に津波てんでんこ知りながら救助で呑まれた人の碑が光る 
 
 (表題の「フクシマは今も・・・」は筆者が記載した。) 
 
 次回も原子力詠を読んでいく。          (つづく) 


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