2015年07月20日12時54分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(190) 『福島県短歌選集』(平成25・26年度)の原子力詠を読む(3) 「決められぬ政治を拒否せる選択が決めすぎる政府となりたり 無念」 山崎芳彦

 「戦争ができる・戦争をする国」にするための「戦争法案」成立を急ぐ安倍政権・与党は7月15日に衆議院安保法制特別委員会で強行採決し、翌日に本会議でも可決した。「戦争法へ見ざる聞かざる嘘言ひ募る 強行採決の安倍政治は悪だ」。国会前に身を運ぶことができなかった筆者は、無念の思いでテレビの映像を見ながら歌ともいえないが、一首を口にした。今回の見出しの「決めすぎる政府となりたり 無念」と詠った福島歌人の、安倍政権の原発推進政策の非道に怒る一首とも重なる。戦争法を急ぐ安倍政権は、原発再稼働を急ぎ強行する政権でもある。九州電力川内原発に核燃料が搬入され、原子炉に装着する作業が始まり8月中旬の再稼働に向けて、最終段階にある。この15日には四国電力伊方原発3号機に対する原子力規制委員会の規制基準適合の審査書決定が行われた。川内原発再稼働を皮切りに原発列島への回帰のための流れ作業がすすむ。 
 
 福島原発事故の被害、人びとの苦難とさらなる不安、無惨としか言いようのない被災者の現実をなかったこと、終わったことにしようとする企みが進みつつある。これは、再びの原発事故を引き起こす道である。戦争法もかつてあったことを無かったことにし、再び戦争を繰り返す道を作るものと同じであり、安倍政権の政治は許せない。 
 
 福島県南相馬市在住の詩人・若松丈太郎さんの「逃げる 戻る」という詩がある。「東京新聞」2012年4月28日付夕刊の「詩歌への招待」欄に発表のこの詩は『脱原発・自然エネルギー218人詩集』(コールサック社、2012年8月刊)に収められているが、いまこの作品を読むとき、原発再稼働路線を走り、福島原発被災者切り捨てともいうべきさまざまな施策、「3・11以来続いている現実を無かったことにする」安倍政治・原子力マフィア集団の「復興」、「被災避難者の帰還」政策が、人びとの生きている現実と如何に相反し、非人道、反倫理の本質を持っているかを思い知らされる。若松さんのこの詩を記させていただく。 
 
「わたし、わたしたちは逃げだした/逃げなかった人、人たちがいた 
 逃げだしたかったのに逃げることができなかった人、人たち 
 逃げたくはなかったのに逃げざるをえなかった人、人たち 
 逃げた人、人たち/逃げなかった人、人たち/それぞれに事情があって/それぞれの判断があった 
 それぞれの判断を許されない人、人たちがいた 
 
 わたし、わたしたちは戻ってきた/戻ってこなかった人、人たちがいる 
 戻ってきたかったのに戻ることができない人、人たち 
 戻りたくはなかったのに戻らざるをえなかった人、人たち 
 戻った人、人たち/戻らない人、人たち/それぞれに事情があって/そ 
 れぞれの判断があった/それぞれの判断を許されない人、人たちがいる 
 
 メルトダウンした<核発電>施設から二五キロ/わたし、わたしたちは求 
 められるのだろうか/それぞれの判断をふたたび/あるいは判断を許さ 
 れずに/わたし、わたしたちはふたたび」 
 
 (この詩に添えられている若松さんの文章は省略させていただいた。お許しください。) 
 
 原子力市民委員会は『年次報告2015 原子力発電復活政策の現状と今後の展望』(2015年6月8日発行)を発表して、「1 続く被災者の困難―切り捨て政策の変更を求めて」、「2 再稼働政策への評価」、「3 原子力政策への評価」について、政府が進めている「原子力発電復活政策」に対して、原発ゼロ社会を実現していく立場からの詳しい批判的分析を行い、それを踏まえて原発復活政策の推進にブレーキをかけ、政策を変えていくための争点を示している。 
 「1続く被災者の困難―切り捨て政策の変更を求めて」において、「福島原発事故による放射能被害は、福島県を中心に東北や関東の広い地域に及んでいる。しかし、被害は多くの場合まだ見えない放射線による健康への確率的影響・晩発的影響、放射線に対処するための移住・避難・別居・行動パターンその他さまざまな生活変化、外部線量や食物への配慮などの放射線を気にかけることや不安、こうした変化に伴って強いられる選択に由来する人間関係の変化や軋轢など多岐にわたっている。こうした被害は、被災後4年を経たからといって大幅に減少したとはとても言えない状況である。だが、政府は『復興』を錦の御旗に掲げ、放射線による被害がきわめて小さく、ほとんどなかったことのように見なし、被災者の救済を打ち切り、放射線対策を縮減し、避難者の帰還を進める施策を強引に進めてきている。」と指摘する。そして、「南相馬市在住の詩人、若松丈太郎氏の作品『なかったことにできるのか』は、こうした現状を次のように描き出している。」として、次のように若松さんの詩を引用している。 
 「小児甲状腺がん発症者および疑いある者三百倍/核災関連死者千七百三十人超/避難者はいまも十万人超/このあと二年後も帰還できない人五万人超/燃料デブリ取り出しの願望的開始目標二〇二〇年 
無惨としか言いようがない現実がある/あったことを終ったことにするつもりか/あったことをなかったことにするつもりか/同じことをくりかえすために/いまあることをなかったことにできるのか」(平井有太編2015『福島―未来を切り拓く』SEEDS出版、所収) 
 
 いま、国は避難準備区域、特定避難勧奨地点などの解除を進め、被災避難民の帰還を進めようとしている。たとえば、南相馬市の「特定避難勧奨地点」を昨年12月に、地域住民の危惧意向、要求を無視して指定解除を強行したが、その理由として「積算線量20ミリシーベルトを下回っており、健康への影響は考えられない」と述べているという。政府は指定の解除にあたっては、空間線量が年間20ミリシーベルトを下回っていることを判断基準にしていて、一般の被曝限度基準が年間1ミリシーベルトとされているものを、原発事故があったことを理由に20ミリシーベルトに高止まりさせるという、まことに許しがたい悪辣な方法をとっている。年間20ミリシーベルトという値は、原発など放射線管理区域で働く作業員の制限基準と同じではないか。それを避難指定の解除基準の上限にすることは許されない。指定解除になれば一定期間を経て賠償の打ち切りなど被災者に対する補償措置の縮減、停止につながる。 
 いま、南相馬市の住民808人が、特定避難勧奨地点の指定を打ち切った国を相手取って解除取り消しなどを求める集団訴訟をたたかっている。一方的に引き上げた線量基準をもって「安全だ」という国・原子力マフィアとのたたかいである。 
 
 また福島県は、今、原発事故による避難者に無償提供されている応急仮設住宅を2016年度末で、自主避難者と避難指示が解除された地域からの避難者の分については打ち切ることを表明している。このような県や自治体の措置の背景には政府・原子力マフィアシンジケートの動向と意思が働いているに違いない。これが、避難者の生活に何をもたらすか、思ってみるだけでも戦慄する。原発避難の強制終了、避難者は、帰還か自力での住居探しを迫られる。放射能安全神話によるリスクコミュニケーションの推進、被曝基準の引き上げなどによる健康被害の危険性の隠蔽、原発作業員の被曝限度の引き上げ・・・などが同時進行するのだ。 
 そして、再稼働原発が増え、老朽化原発の運転期限延長が安易に承認され、運転されることにもなりかねない。 
 
 いま、福島原発事故にかかわる基本的な問題、放射線の健康に対する影響など、何ひとつ明らかになっていないなかで、このような被災者切り捨てともいうべき措置をとろうとしている政府、原子力マフィア集団が全国的に原発回帰促進を行っていることを許しては、戦争する国に向かうことを許してしまうことと同じことではないだろうか。 
 
 『福島県歌人選集』の作品を読む前に、多くのことを、未整理のままに書いてしまった。作品を読んでいこう。 
 
 
  ◇片野悦子◇ 
廃校とあかねとんぼに出合いいて教師の父のオルガンを恋う 
原発の事故処理出来ぬ人間は最も愚かな生物となる 
                    平成25年度 2首 
 
  ◇加藤和子◇ 
限りなく汚染の進むこの星に日本水仙清々と咲く 
雪積みし除染盛土に月さして輝くほどに無気味さつのる 
                    平成26年度 2首 
 
  ◇加藤道子◇ 
福島に友戻りこよ安達太良山の雪も消え去り山吹の咲く 
三度目の夏を迎うる仮住いに向日葵の茎の日日太りゆく 
                    平成25年度 2首 
わが心の記念でありし梔子の木も倒されて除染の進む 
除染除染とフクシマの土削りゆき丸坊主にして冬に入りゆく 
                    平成26年度 2首 
 
  ◇金田美代子◇ 
放射能除染通知のありたるに芽出しの万両鉢に移せり 
草花をなべて刈られて金蛇は除染の庭に逃げ惑ひをり 
旨さうな柿は採られず腐すのみ蔦這ふ小屋に映ゆる夕焼け 
                    平成25年度 3首 
 
   ◇鎌田清衛◇ 
借り上げの部屋のせまさを言ひながら求めし本になほ狭くせり 
遁れ来て荒るるにまかすわが家の彼岸桜は今年も咲かむ 
貧しくもこころ豊かな里なりき原発の話題もなきころおもふ 
戻らんははるか彼方と諦めてふるさとの今を書きて残さむ 
                    平成25年度 4首 
避難せる妻がまつ先に買ひ来たるブーゲンビリアいまも咲きつぐ 
半世紀わが生業の梨畑線量たかく荒るるにまかす 
避難の身もことなくゐるとゆく雲に誰も居ない里への落し文托す 
                    平成26年度 3首 
 
  ◇鎌田佳子◇ 
被災農家の経営再建望みしも見え隠れするTPPの不安 
                    平成25年度 1首 
3・11の鎮魂の鐘鳴らすがに馬酔木の花は被災地に咲く 
                    平成26年度 1首 
 
  ◇蒲生君江◇ 
しんしんと降り積もり来るこの雪に放射能含むかと孫ひと言 
                    平成25年度 1首 
 
  ◇菅野節子◇ 
喜寿の会故里フクシマで開くという在京の友の情け身にしむ 
においなく目にも見えないセシウムはわが故里に魔物のごと住む 
吾妻嶺にゆたかに広がるうつくしまけがすは許さじ本当の空 
七夕にかなう願いを書くならば原発廃止としるしておきぬ 
                    平成25年度 4首 
吾妻嶺の山びこにむけさけびいる原発いらぬ戦争いらぬと 
                    平成26年度 1首 
 
  ◇菅野福江◇ 
寒ざむと夜明けて震災三年忌西窓の下罅(ひび)深まりぬ 
人住まぬ原発汚染の町の果て光る海見ゆかつて泳ぎし 
                    平成26年度 2首 
 
  ◇菅野八重子◇ 
防護服マスク姿で三年振り墓詣りする原発の町 
ばらばらの家族友どち集ひみる仮設広場のイルミネーション 
                    平成25年度 2首 
 
  ◇菅野祐輔◇ 
田も畑も泡立草の黄が占めて汚染の村は人なく昏るる 
                    平成25年度 1首 
さびしくてさびしさ言へぬ寂しさに妻と見てをり能登の夕焼け 
汚染土を剝ぎたるところ曼珠沙華ふつふつと咲くひたぶる紅し 
                    平成26年度 2首 
 
  ◇菊地ヤス子◇ 
ヒトエグサの存続願い網を張る汚染の浦に青のり伸びる 
原発の地下水を海に流すとう松川浦の未来を憂う 
潮引きて汚染の浦底あらわなり人影の無き松川浦は 
セシウムの汚染広がる浦の面に極寒の月煌煌と照る 
                    平成25年度 4首 
 
  ◇北郷光子◇ 
汚染水かオリンピックか問われれば何はともあれ汚染水無くして 
「状況はコントロールされている」五輪招致に首相は言い切る 
原発をトイレなきマンションと言うそうな汚染水処理の目処立たずして 
累累と並び連なる汚染水の缶缶見やれば身力抜ける 
「環境白書」に原発リスクの記述なしこの内閣が取り仕切る国 
人間(ひと)の手に負えぬ代もの原発は新規も旧きも「ならぬものです」 
大熊町を諦めいわきに居を移せる会長さんの訃報に絶句 
避難解除区域となりても子供らの行く末案じ帰らざる友人 
                     平成25年度 8首 
原発は「ベースロード電源」という国の施策は福島を無視 
決められぬ政治を拒否せる選択が決めすぎる政府となりたり 無念 
                     平成26年度 2首 
 
  ◇木村セツ子◇ 
福島の天気予報に線量値加へられたり原発事故後 
                     平成26年度 1首 
 
  ◇草野 紀◇ 
避難せし仮設住宅訪いて歌や踊りに励まさんとす 
仮設での生活侘しきと語る媼にしばしの安らぎあらんと祈る 
故郷に帰れぬ翁のうたいたる相馬流山は心に響く 
セシウムを吸い上げ伸びし藤の木の異様に見ゆるふるさとの山 
                     平成25年度 4首 
 
  ◇草野六津子◇ 
花咲けど稔れど唇(くち)に触れぬまま放射能禍の風評悲し 
                     平成25年度 1首 
原爆忌敗戦忌の八月忘れない黙祷の地に蝉の声降る 
                     平成26年度 1首 
 
  ◇久住秀司◇ 
極寒の福島の地が豊饒の大地とならん種を今播け 
地図を広げ原発マークを塗りつぶす斯くあらまほし子孫の安寧と 
辛きかな服着て寝就くが習いとなる原発事故は収束を見ず 
政治家の本音知らるる原発の被災地に三年近く経ち居て 
国も県も原発賠償進めねば民は怒りて訴訟起せり 
                    平成25年度 5首 
福島に戻りて家の後継げよと子に言えざりて煩悶するのみ 
福島に唯唯諾諾(いいだくだく)と生きるかな好日の日々奪われてなお 
飯舘の道端に測れば7・55高き線量にわれら絶句す 
福島まで原発訴訟の打ち合わせ一本杉越えて道は遠かり 
わが首長らは避難者側と対座する国の職員の横に並びて 
原発事故に三年有余黙しいる代議士のポスター笑顔の空し 
                    平成26年度 6首 
 
  ◇黒沢聖子◇ 
山椒の線量高きを知らざらん野鳩寄り来て赤き実を食ふ 
未除染の庭の見えざるβ線γ線のなかに草引く 
                    平成26年度 2首 
 
  ◇桑島久子◇ 
報道に吉田昌郎氏の訃を聞きて原発忌とふこころに迫る 
                    平成25年度 1首 
子ら集ひ過ぎたる日々の共有をひと夜語りて帰り行きたり 
汚染水漏るる報道聞きおもふ危機の意識の薄らぎきしか 
線量の安危おもはず露時雨かがやく土手を濡れつつ歩む 
                    平成26年度 3首 
 
 次回も『福島県短歌選集』の原子力詠を読む。     (つづく) 


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