2015年12月22日16時04分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201512221604192

文化

【核を詠う】(200)『朝日歌壇2014』から原子力詠を読む(1) 「原発の輸出を約し握手する総理テレビに笑みを浮かべて」 山崎芳彦

 今回から『朝日歌壇2014』(朝日新聞出版、2015年4月30日刊)から原子力詠を読む。同書は、朝日新聞が毎週月曜日に掲載している「朝日歌壇」の入選作品を収録しており、今回読むのは2014年1月〜12月の作品であり、筆者の読みによる原子力詠を抄出させていただく。馬場あき子、佐佐木幸綱、高野公彦、永田和宏各氏が選者であり、各回4氏がそれぞれ10首を選んでいるが、共選の作品もある。投稿作品は膨大な数に上る中からの入選作品であり、したがって入選作以外に様々な優れた、貴重な作品群があるに違いないと思いながら、特に筆者は原子力詠として読んだ作品のみを抄出させていただくので、選ばれなかった作品についていろいろなことを想像することもある。また、入選作品をすべて読みながら、心に深く残り、感動させられる作品に出会いながら、別途、ノートに記録してもいる。やはり、新聞歌壇ならではの社会詠、とりわけ戦争と平和、人権、格差社会の中での生活などを短歌表現している作品に注目する。 
 
 今回の見出しに引用させていただいた「原発の輸出を約し・・・」を読みながら、憲法を壊す「戦争法」を、違憲・違法な国会運営で強行「成立」させた「違憲首相」、安倍晋三がインドを訪問してモディ・インド首相との首脳会談を行い、共同声明に署名し、握手をしている「笑みを浮かべ」た姿を思い起した。外務省のホームページに写真入りでこの首脳会談、共同声明の内容がまとめられているが、「戦争法」の宣伝者、武器輸出セールスマン、原発輸出・核拡散の推進者、米国との「戦争同盟」強化推進者、大企業・財界の代理人としての安倍首相の「面目躍如」ぶりが活写されている。このような「地球儀を俯瞰した安倍外交」が、憲法で定められている「国会の開催」義務に反して行われていることの理不尽を続けさせてはならないと強く思う。これをやめさせる力は主権者にしかないのだろう。 
 
 国会が閉じられた中で、原発再稼働、プルサーマル核発電の推進、「核燃料サイクル事業継続」、「核燃料再処理工場の完成方針」が決められ、進められている。福島原発事故被災者を無視した「復興」の名による避難民の「強制」につながる帰還促進策、生活破壊を深刻化する補償の切り捨て策、福島に対してとれない「国の責任」を、どうして高浜や川内や伊方で「政府が責任をもって」果たせるのか。「人間の生命より金」、「人々の生活の実態より経済成長・大企業の業績」、沖縄県民に対する辺野古基地建設をはじめとする基地問題についての強圧政治が続いている。格差をますます拡大し、社会のあり方を劣化させ、増税をはじめ国民負担の増加によって生きていくことが苦しみであるような政治の現状は、異常である。 
 
 しかし、嘆いているばかりの人々ではない。抵抗と変革の力を模索し、蓄え、そして実際に変える力として動き出してもいる。 
 本当に危うい時代である。その時代を短歌はどのように詠っているか、詠っていくか、新聞歌壇の作品に注目していきたい。 
 
 『朝日歌壇2014』の冒頭には、選者各氏が「年間秀歌」各10首を選んで掲載している。当然、これから読んでゆく原子力詠に含まれる作品もあるが。年間秀歌に挙げられたそれぞれの冒頭の2首を記しておく。 
 ▼馬場あき子選 
○ながき獄父の青春奪ひにし治安維持法ゆめに現はる (松浦のぶこ) 
○鮮やかな緑色なす封筒で内部被曝検査通知来ぬ   (美原凍子) 
 馬場氏は、「朝日歌壇の一年を読み返して思うことは、日々報道されるニュース的事象を受け止めながら、孜孜(しし)として励み、憂い、悲しみ、そして愛の絆を保とうとする人々の現実的な生の底力の強さである。/私が年間秀歌として選んだものをみても、たとえば松浦のぶこさんの人生には戦前の治安維持法によって投獄された父の無念が脈々と生きており、今日の情況を不安とともに見つめる眼を失っていない。何事につけてもした方は忘れやすく、された方は忘れないということだろう。今日に眼を移せば福島の美原凍子さんが被曝検査通知を受け取る心胸にも通うことだ。」と記している。(「現実的な生の底力」より) 
 
 ▼佐佐木幸綱選 
○驚きぬこの人からの賀状にも秘密保護法憂えることば (篠原三郎) 
○メダリストに「自分は無力」と言わしむる三年経っても仮設住宅の国 
                          (宮尾桂子) 
 佐佐木氏は、「社会詠の増加」と題する文のなかで「朝日歌壇」の選者となって二十七年の投稿歌の中の社会詠の数の推移を振り返りながら、「・・・大きな流れとしては、個人の日々の生活に取材した投稿歌が圧倒的に多い、そんな時代がつづきました。/それが一昨年後半から昨年にかけて、流れが変わってきたような気がします。憲法改正、集団的自衛権、原発再稼働、特定秘密保護法・・・とたてつづけに日本の国のかたちを変える重大問題が相次いで政府によって出されてきたからです。」と述べ、「むろん個人の日常をうたう歌がいけないと言っているわけではありません。それはそれでいいのですが、一方で、新聞歌壇という場ならではの社会詠にも、ぜひ力を入れてほしい。そんな感想を持ちながら年間秀歌十首を選ばせてもらいました。」と記している。 
 
 ▼高野公彦選 
○山宣(やません)の墓にさざんか咲き盛る秘密保護法通す勿れと 
                          (梅原美枝子) 
○かなしみは動かずしあわせは揺らぐ降りては消ゆる淡きゆきひら 
                          (美原凍子) 
 高野氏は「女性歌人の活躍」に注目した文を書いているが、「梅原美枝子さんの作は、治安維持法の改悪に反対して殺された山本宣治を通して特定秘密保護法の危険性を暗示している。」と記している。また「戦争を知らない人の大望で開かれてゆくパンドラの箱」(田口二千陸)を年間秀歌に選んでいて「安倍首相の行動がパンドラの箱をあけようとしていることを危惧している」歌だとも書いている。 
 
 ▼永田和宏選 
○解っても解らなくても読まねばと全文切り抜く秘密保護法 
                         (大田原イツ子) 
○なにゆえに旗日に旗を出さぬかとそのうち誰かが言ってくるだろう 
                         (佐佐木 眞) 
 永田氏は、「危機感を共有できる場」と題して、「二〇一四年の一年間に私が選んだ歌を振り返ってみて、秘密保護法をはじめとする社会状況を詠った歌が多かったのに改めて思いをいたしている。」と述べながら、「私は何がなんでも社会的な歌をと主張するつもりはまったくない。・・・むしろ社会的な事件や風潮を、鵜の目鷹の目で探して器用に詠ってみせるような作歌姿勢には違和感を覚えるものである。/しかし歌にすることと、関心を持つことはおのずから別物である。歌にせずとも、これだけは決して見逃しにはできないといった出来事には肚をくくって敏感なアンテナを張っておいてほしい。私の場合は、特定秘密保護法だけは黙って見過ごすことのできない怖ろしい問題だと思わざるを得なかった。選歌を通じて、少しでもそのような危機感を共有できる場になればと願いつつ選歌をしたことになる。そのような問題意識の尖鋭な多くの歌を得たことを心強いことだと思っている。」と記している。 
 
 ここでは、原子力詠を抄出し記録していくが、遺すべきと思った貴重な作品が多く、その背後に入選とはならなかったが、原発、原爆をテーマにしての多くの作品があったに相違ないと思っている。 
 
 ◇2014年1月6日◇ 
フクシマに生きて千日ふと思ふムカシハモノヲオモハザリケリ 
                    (馬場選 福島市・美原凍子) 
 
わが町を国有化する調査終へ最終処分場となるやも知れず 
               (馬場・佐佐木共選 福島県・開発廣和) 
 
一原発で古里追われ千余日汚染止まらず帰還当てなし 
                   (佐佐木選 田村市・荒井正一) 
 
 ◇1月13日◇ 
帰りたいでも古里は売られそうやりきれなくて旅にでかける 
                   (馬場選 いわき市・鈴木一功) 
 
わが町に避難して来し人ありて原発事故は他人事(ひとごと)ならず 
                   (佐佐木選 高知県・藤田兆大) 
 
ほとぼりがさめたと見てか原発はじわりじわりと息吹き返す 
                   (佐佐木選 中央市・前田良一) 
 
 ◇1月20日◇ 
原発で夢稼がんか誘いくる男の背中のるまあるらし 
                 (佐佐木選 ホームレス・坪内政夫) 
 
 ◇1月27日◇ 
鯖街道今や原発街道と呼ばれる 孫も暮らしているのに 
                    (高野選 摂津市・内山豊子) 
 
脱原発も再稼働もすべて闇のなか特定秘密保護法の下 
                    (高野選 東京都・半杭螢子) 
 
「福島の野菜は食べぬ」と故郷の新年会で泣きそうになる 
                 (佐佐木選 那須塩原市・田村 文) 
 
原発の輸出を約し握手する総理テレビに笑みを浮かべて 
                    (永田選 前橋市・荻原葉月) 
 
廃鉱の街に住みにし歳月を廃炉の地にて思えば小雪 
                    (馬場選 福島市・美原凍子) 
 
 ◇2月3日◇ 
白鳥の鳴き交わしゆく空残し原発被災地枯野となりぬ 
              (馬場・佐佐木共選 南相馬市・深町一夫) 
 
フクシマの傷ざっくりとあくごとし人住まぬ家の窓窓の闇 
                   (馬場選 三鷹市・増田テルヨ) 
 
生きにくき未来とならん子や孫にセシウム禍はた秘密保護法 
                    (馬場選 前橋市・荻原葉月) 
 
仮設でも今朝は賑やか餅まきが新成人の門出祝って 
                   (佐佐木選 田村市・荒井正一) 
 
汚染水タンク1000基の建ち並ぶ画像が今は〈秘密〉ではない 
                    (佐佐木選 堺市・丸野幸子) 
 
 ◇2月10日◇ 
振り向けば見えぬ汚染の町があり青き空あり山河煌めく 
                   (馬場選 横浜市・田口二千陸) 
 
少しだけ月謝のおまけする子ありピアノ教室福島支援 
                   (佐佐木選 横浜市・中西紀子) 
 
東京に原発一基作ったら地方人口増えると思う 
                   (佐佐木選 新潟県・涌井武徳) 
 
 ◇2月17日◇ 
鮮やかな緑色なす封筒で内部被曝検査通知来ぬ 
               (佐佐木・馬場共選 福島市・美原凍子) 
 
 ◇3月10日◇ 
大衆をいじめいじめて政治家は福島を捨て東電を取る 
                   (馬場選 長岡京市・寺嶋三郎) 
 
メダリストに「自分は無力」と言わしむる三年経っても仮設住宅の国 
                   (佐佐木選 川崎市・宮尾桂子) 
 
 ◇3月17日◇ 
我が県のすべてが除染できるのかバケツと箒と熊手とスコップで 
                  (佐佐木選 いわき市・馬目弘平) 
 
原発の大事故見たか鱩(はたはた)の貌もムンクの叫びに似たり 
                   (高野選 青梅市・津田洋行) 
 
 ◇3月24日◇ 
被爆して戦争放棄せし国が武器携へてインド洋ゆく 
                  (高野選 島田市・水辺あお) 
 
ユメカサゴ漁(と)られて海に返されてもうこの国に近づくなかれ 
                   (馬場選 福島市・美原凍子) 
 
胴体に押されしぶしぶ穴を蛇放射能満つ荒野へ出づる 
                  (馬場選 いわき市・馬目弘平) 
 
 ◇3月31日◇ 
啓蟄だね今年も村は無人かね駄目かね出たくはないね 
              (永田・馬場共選 いわき市・馬目弘平) 
 
除染後に敷かれた土は硬過ぎて今年もごめん種まきうさぎ 
                  (馬場選 福島市・米倉みなと) 
 
「想定外」の言葉の日々が遠くなる三年過ぎて他人事(ひとごと)の空 
                  (佐佐木選 函館市・武田 悟) 
 
録(と)り置きしドラマの間に東電の地球に優しとふコマーシャルあり 
                (佐佐木選 さいたま市・吉田俊治) 
 
美味しくておかわり食べた味わった復興バザーの浪江焼きそば 
                   (高野選 鎌倉市・小島陽子) 
 
 ◇4月7日◇ 
いつの日か「あれから三十年」となるそのころ風はきれいだろうか 
                   (高野選 福島市・美原凍子) 
 
生きているそれだけで罪 ただ知らず知らずに汚しながら生きてる 
                   (高野選 筑後市・近藤史紀) 
 
想定外だったと今度も言うだろう原発再開事故起きたらば 
                   (高野選 福山市・武 暁) 
 
 ◇4月13日◇ 
春彼岸会いたき人は会えぬ人此岸の雨はみぞれとなりて 
                   (永田選 福島市・美原凍子) 
 
ALPS(アルプス)ははるかなる山脈にあらず放射性物質除去装置なり 
                   (馬場選 福島市・美原凍子) 
 
 ◇4月21日◇ 
フクシマは地下水バイパス受け入れて東京はきょう桜が咲いた 
                  (馬場選 木更津市・渡部直人) 
 
萌え出でし若葉の道のその先に復興遅き荒野ひろがる 
                   (馬場選 東京都・大村森美) 
 
檄(げき)にいま「脱原発」を飛ばしたし全共闘は老いたるもなほ 
                  (佐佐木選 三郷市・岡崎正宏) 
 
 ◇4月28日◇ 
道の辺にスミレ、タンポポ咲き初めて四年目に入る仮設住宅 
                  (馬場選 いわき市・佐藤美二) 
 
 次回も『朝日歌壇2014』から原子力詠を読んでいく。   (つづく) 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。