2016年04月04日14時46分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(番外篇・憲法詠) 「九条歌人の会」の「歌集 憲法を詠む・第八集」を読む(1) 「九条破壊・軍国を企む政治なり花も声あげよ日本の四月」 山崎芳彦

 前回から期間が空いてしまったが、今回から番外篇として憲法にかかわって詠われた短歌作品を読んでいきたい。「憲法九条を守る歌人の会」(略称「九条歌人の会」事務局電話03−6902−0802)編の『歌集 憲法を詠む・第八集』(2015年11月5日発行)は、同会の呼びかけ人の作品(27人の各1首)、2014年応募作品(158人の各1首)、さらに「抄出作品」(歌人10氏が故人10氏の作品を抄出し掲載、川柳10句を含め100作品)で構成された合同歌集である。「『平和な未来を守るために、日本国憲法を守るという一点』で、戦前の轍を踏むことなく思想、信条、創作方法の違いを超えて手をつなぐことが、いまある創造の自由を守ることにも繋がることであると考えます。/短歌にたずさわる者にふさわしく『憲法九条』を守る心を創意をこらした幅広い工夫で表現し、平和を願う国民の、大きな流れになるよう力を尽くしましょう」(2005年に発表の「九条歌人の会」アピールより)とする明確な意思をもって多くの短歌人が詠む作品によって編まれた歌集は貴重であろう。同歌集の作品を読んでいきたい。 
 
 『昭和萬葉集 巻七』(講談社 昭和54年4月刊)は、『昭和萬葉集』の第一回配本で、昭和20年〜22年の短歌作品が収録されており、この連載の中でも広島、長崎の原爆短歌を抄出したことがあるが、同集に、「新憲法成る」の項があり、現行憲法の成立について詠われた作品が15首まとめられている。昭和天皇の1首も含まれるが、その15首を記録しておきたい。 
 
 ▼土岐善麿(5首) 
青雲のかがよふ秋や国はらは一輪の菊を象徴とする 
われらとはに戦はざらむかく誓ひ干戈(かんくわ)はすてつ人類のため 
まつりごとわが手にありとこぞり起(た)つ民のちからはつよくさやけし 
明治にうまれ昭和に生きてわれもみつまさにわれらのこの現実を 
たたかひにやぶれて得たる自由をもてとはにたたかはぬ国をおこさむ 
 
 ▼昭和天皇(1首) 
うれしくも国の掟(おきて)のさだまりてあけゆく空のごとくもあるかな 
 
 ▼田辺杜詩花(1首) 
ひかりある時世(ときよ)来んとぞ新憲法(にびのり)の戦争抛棄をまさに記しぬ 
 
 ▼入江俊郎(1首) 
新憲法成りたるときの国会の一瞬のしじま忘れて思(も)へや 
 
 ▼市川勢い子(1首) 
聞こえ来る国改まる日の君が代をききつつをれば涙いでむとす 
 
 ▼葭森和子(1首) 
忘れゐしあつき思ひす新憲法公布の日きく君が代のうた 
 
 ▼渡会 芳(1首) 
新しき国生(あ)るる今日(けふ)萌出(もえい)づる若葉叩きて寒き雨降る 
 
 ▼若林牧春(1首) 
今朝(けさ)ひらく新聞の面新しき憲法を刷(す)りてインキ匂はす 
 
 ▼井出一太郎(2首) 
敗れたる国のまほらに新しきおきてをつくる責(せめ)のゆゆしさ 
かたはらに政治の無為(むゐ)と貧困をののしれるありききて肯(うべな)ふ 
 
 ▼金田一京助(1首) 
やけあとのつちもめぶきてあをみたりほこなき国をはるふかみつつ 
 
 以上が『昭和万葉集 巻七』の「新憲法成る」の項の短歌作品15首である。これらの作品、作者についてどう読み、どう考えるか、戦前戦中の短歌人の生きよう、その作品について、筆者の思いを記すことはしないが、改めて考え、筆者の詠う者の一人としてのあり方を問い直そうとは思う。 
 いま、この国ではまことに不条理で、あってはならないことが起きている。3月29日に「平和安全保障関連法」という名の戦争法が施行された。明らかに日本国憲法に反したやり方で「成立」した、違憲法制度が現行憲法下で存在し、機能するという異常な事態になっている。安倍政権は、これまでの政治のなかで憲法を壊すさまざまな作業を続けながら、戦争法にまでたどりつき、そして「自民党改憲草案」の中身を体現する国家体制を目指し、憲法改悪へと策謀を重ねている。自民党改憲草案を読めば、現行の日本国憲法を守り、その精神と内容を生かす社会がどれほど重要なことであるのかを痛切に思わないではいられない。戦争法は廃止されなければならない。憲法改悪を許してはならない。いまを生き、詠う歌人が、戦前戦中の轍を踏んではならないとすれば、為しうることを自らの、また短歌界の課題として踏まえなければならない時であると思う。 
 
 歌人の吉川宏志は、昨年11月に、『短歌時評集二〇〇九―二〇一四年 読みと他者』(いりの舎刊)を出版して、注目を集めているが、短歌総合紙の「うた新聞」(月刊、いりの舎発行)の2月号に掲載された特別インタビューのなかで、同書の出版の意図や内容について語っていて興味深く刺激的な提起をしている。その一部を引用し記録しておきたい。 
 「(時評を一冊に纏めようと思った理由)大きな変動が起きた時期ですので、当時、歌人はどのようなことを考えて歌っていたのかを、記録として残す責任があると思いました。大震災に関する座談会を収録しているのもそのためです。私の主観が強く入っている記録ですが、十年後、二十年後にこの時代を振り返るときに役立ってほしいと願っています。」 
 「やはり原発事故の衝撃が大きかった。短歌の根底には<自然>がありますから、放射能汚染は自分の言葉を侵蝕するような問題だと思いました。ただ、私は科学者ではないので、分からないことは多いわけです。・・・そこで沈黙しないために、どのように自分の言葉を生み出せばいいのか。それはすごく必死に考えました。/それから、状況が見えないために、発言には非常に大きな抑圧がかかるわけです。初めのうちは原発事故の被害は大したことはないんだ、というような報道がされていたことも忘れてはならない。言いにくい空気の中で、どのように書くのか。書く方法を常に考え、工夫していく必要があるんだ、ということを、この時期に書くことで学んだ気がします。」 
 「(脱原発や安保法制反対等のデモに参加するという『行為』と『歌を詠む』ことの關係、接点について)短歌の言葉はとても身体的ですから、何らかの行動をすることで、言葉に厚みや深さが出てくるように思います。身体に響くようなリアルな表現を、私は重視するので、可能なかぎり、現場との接点は作りたいと思う。/また参加することで<他者>に出会うことになるわけです。<他者>に触れることで、自分が変化するところから、新しい表現も生まれてくると信じています。」 
 「(昨年、京都と東京で『時代の危機』に関する緊急シンポジウムを開催したことについて)憲法がここまでないがしろにされるのは、本当に異常なことなので、表現者として自分が何もしないのは許されない、という思いはあります。もちろん、他人に強制することはできないので、自分の言葉が少しの人にでもいいから、届いていけばいいと考えています。自分ができることを、可能なかぎりでやればいい、というスタンスです。/社会問題と文学について対話する場を作っていくことは大切だと思っています。原発や安保の問題では、いろいろな考え方をする人がいるので、自由に語り合ったり、批判し合ったりできる言語空間を生み出していく。それが、表現者として最も大きなことではないでしょうか。今回のシンポジウムを見て、次は自分で開催してみよう、という人が現われると嬉しいですね。『短歌と政治とは別だ』という人がときどきいるんですけれど、歴史的に考えても、山上憶良の例などが挙げられ、単純に切り離せるものではない。平安時代の和歌も、じつは政治とすごく結びついているわけですね。割り切った結論に、安易に飛びつかないことが大事だと思います。」 
 
 吉川宏志氏の「うた新聞」でのインタビューに応えての発言の一部を切り取っての引用の失礼をお詫びしなければならない。筆者は氏の『読みと他者』を読み、また氏も参加しての『WEB時評から発展した論争・シンポジウムの全記録 いま、社会詠は』(2007年9月、青磁社刊)を読み返しながら、多くの示唆を受け、考えさせられている。 
 
 『歌集 憲法を詠む 第八集』の作品を読む前に、筆者にとっては記しておきたいいくつかのことを、まとまりなく書いてしまったことを申し訳なく思いながら『憲法を詠む』の作品を読んでいきたい。 
 
 ◇「呼びかけ人」の歌◇ 
この地球(ほし)に戦の絶えることこと無くて宙(そら)高く訴える平和憲法 
                           (梓 志乃) 
 
九条破壊・軍国を企む政治なり花も声あげよ日本の四月 
                         (碓田のぼる) 
 
遠からずくるものならば目をとじてだれも殺されない朝のため 
                          (加藤英彦) 
 
岸内閣の打倒叫びて三十万人集ひし雨のメーデー思ひ出づべし 
                          (雁部貞夫) 
 
七十年前は斯くも短し戦争にかたむく時代といつかなりたり 
                         (菊池東太郎) 
 
戦争はひそかに進行してゆくかニュースは報ぜず国会審議 
                          (木村雅子) 
 
どのような時代が来てもわたくしは兵士の母と呼ばれたくない 
                         (久々湊盈子) 
 
飢えて死ぬ人がいまだにゐる国ぞ先づは素直に憲法生かせ 
                         (久保田 登) 
 
六〇年安保を経たる半世紀 いま挫折せぬ国民主権の怒涛(うねり) 
                          (小石雅夫) 
 
若者へバトンを渡す思いにて「憲法守れ」共にコールす 
                         (下村すみよ) 
 
米軍のあの日上陸せし村に九条の碑建つ福木のいだき 
                          (謝花秀子) 
 
九条の感動温める「日本国憲法」の映画十年を経て 
                          (玉城洋子) 
 
運搬だけでない日本製核兵器敵地へ海越える近々の日に 
                          (田村広志) 
 
戦後七十年の今こそは聞け潮鳴りとなりてとよもすわだつみの声を 
                         (杜澤光一郎) 
 
アメリカに隷属する国の永続敗戦レジーム問ひ続けむよ 
                        (名嘉真恵美子) 
 
「我が軍は敵を殲滅しつつあり」妄想はすでに元帥の地位 
                          (奈良達雄) 
 
死にたまふことなかれと小声ありき戦(いくさ)あらずばあり得ざる声 
                          (橋本喜典) 
 
「戦争の放棄」一行にちからあり七十年を培い来たり 
                          (日野きく) 
 
政策との混同許してはならじ「悪法も法」と先哲殉じき 
                          (平山公一) 
 
憲法九条を守るとわれら集いたり非戦の意志のことば激して 
                          (久泉迪雄) 
 
幼なかりしわれら敗戦後に憲法九条獲たれば健やかに七十年生きぬ 
                          (水落 博) 
 
幾百万の戦争犠牲の魂よ怒りよみがえれ戦争法案 
                          (水野昌雄) 
 
狂信の軍狂信の民としてふり注がれし彼(か)の爆弾ら 
                          (森山晴美) 
 
経て来たる七〇年の平和とぞ戦争(いくさ)を望めるやからと闘い 
                          (山本 司) 
 
いま君の心に届け九条は戦(いくさ)に果てし人らの悲願 
                         (結城千賀子) 
 
国民の生命財産を守ると言ひその逆のことを為さむとしをり 
                          (吉村睦人) 
 
憲法を巧みに殺しファシズムの闇が日本を覆ひゆく見ゆ 
                          (渡辺幸一) 
 
 次回も『歌集 憲法を詠む 第八集』の作品を読む    (つづく) 


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