2016年04月11日21時21分掲載  無料記事
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文化

Cinema à la maison シネマ アラメゾン 「ロード トゥ パーディション」 原田理

  マフィア映画は数あれど、私が繰り返し見て愛してやまない映画のひとつが「ロード トゥ パーディション」。ジャンルとしては物珍しくも無いが、アクションが中心だったり、友情が中心だったりしたものが多い中で親子関係にのみ焦点を絞った映画は数少ない。アクションや殺戮シーンに焦点を持ってこず、人間ドラマのみで構成されるマフィア映画はとても魅力的だと思う 
 
  マイケル・サリヴァンはアイルランド系マフィアの幹部。子供の頃からマフィアのボス、ジョン・ルーニーに面倒を見られてきた。が、このボスの息子コナーに家族を殺され、残った息子を連れ、逃避行の末、復讐を成し遂げるが、マイケルもまた因果を受けて息子の前で息を引き取る。 
 
  暗黒街を扱ったジャンルの映画は興行収入の手堅さと一定の重要があるため、題材となりやいと言える。マフィアのようにいかにも冷血無比とも思えるアンダーグラウンドな職業についている人はまず無いだろうが、裏家業の人物が等身大の人間味あふれる父だったと言うのは映画にしやすい題材ではある。 
 
  古来よりアウトローものは数多ある映画のジャンルのひとつとして数えられてきた。「マフィア」というくくりの本来の意味はイタリア系のアウトサイダーにのみ使われる言葉なのだが、今日では日本で言うところの「やくざ」と同義になっており、世間の認識もそれに準じている。「チャイニーズマフィア」「アイルランド系マフィア」といった具合だ。そして正確には「ロード トゥ パーディション」は「アイルランド系マフィア」の物語である。世間で言うところのマフィア映画つまりアウトロー映画は古今東西名作が多いが、そのひとつに「ゴッドファーザー」があることは諸氏が認める事実だと思う。あれは純粋なイタリアンマフィア映画の洋服を着た家族映画だった。子を育てたことのある親ならば子供に対する愛情は変わることはないし、マフィアだって一緒だ。そこのところはフランシス・F・コッポラが何もかも奇跡的だったあの映画で見せてくれていた。代目を譲った父がその死の瞬間まで息子の行く末を気にしている様子はテラスでワインを飲むシーンでよく伝わってきたものだった。そして、そういう視点で「ゴッドファーザー」を見た層は、この「ロード トゥ パーディション」にも同じものを見ることが出来るのではないだろうか。 
 
  「子連れ狼」は劇画史上にも日本のドラマ史上にも燦然と輝く傑作なのは周知の事実だが、トム・ハンクス主演のこの映画のルーツがそれであることはイメージしづらいかも知れない。日本ではしとしとぴっちゃんの歌のフレーズとともに愛されているこの物語は柳生一族に妻を殺され、遺された息子の大五郎と共に旅に出た、剣術の達人で愛刀の胴太貫を携えた元公儀介錯人拝一刀の物語。それにインスピレーションを受け、時代をマフィアの黄金期に、日本刀をマシンガンに変えて翻案したアメリカのコミックだったのだが、アカデミー賞受賞後の作品としてこの監督は興味を持った。映画の前にそのアメリカ版漫画「子連れ狼」があるのだが、入手は難しいかもしれない。注意してみれば確かに「子連れ狼」のエッセンスがそこここにあるのだが、それを知らずに見ても、もちろん優れたエンターテインメントとして楽しめる。笑顔の素敵なトム・ハンクスがマフィアの幹部を演じることに違和感を覚える向きもあろうが、拝一刀と同様に最終的に子を思う父親を演じさせるならば、やはり彼だろう。冷酷なマフィアのボスのポール・ニューマンがダニエル・クレイグの演じるアホ息子に呆れながら、めろめろなのも家族映画たる所以である。ハンクスの息子役タイラー・ホークリンの反抗的かつ素直な演技もいい味を出している。おっと、あのイケ面なジュード ロウが殺し屋役で変態演技を披露していることも見逃せない 
 
  いつの時代もそうだが、親は子に見せて恥ずかしくない立派なことばかりやっているわけではない。何を隠そう私もそうだ。子供の前では父親らしく振舞っているつもりでも、子供というのは親の裏の顔や行動までよく見ているものだ。むしろそっちのほうが気になるのではないか。親も人間、苦悩もあるし、迷いもある。人に言えない過去もある。そこにいたるまでの様々なルーツを抱え、親となってから成長することの方がむしろ多いのではないかと思う。現実世界でもそうなのだから、ましてやマフィアで殺し屋なら尚のことドラマになる。父はお天道様の真下は歩けないのだ。これはそんな親子が絆を確認する物語。単なるマフィアの殺し屋の話ならばこれまでにたくさん作られてきたし、珍しいわけでもない。シンプルな家族の愛情ならばゴッドファーザーを超えにくい選択である。だが子連れの殺し屋は特許ものだ。足手まといになる子供を連れた殺し屋はこれまでのマフィア映画には無かった。しかもチームワークと言うか愛情の方向も確認できていないデコボコ親子だ。 
 
  愛されている実感の無い長男が追いつ追われつ、逃避行の最中に父親の心の奥にある深い愛情を覗き、その父が妻子の復讐を成し遂げる物語は秀逸だ。ロードムービーの要素を交えてこの親子と観客は明るくない未来へ旅行をする。親子とは何だ、血なのか?繋がりか?過ごした時間なのか?絆なのか?その答えは人間の数だけあり、決まったものは無い。が、その中でも誰しも共感できる不変のつながりと言うのは人の心を打つ。親は子に命をかけることが出来るのだ。派手でもなく、怒りでもなく静かに親は子のために命を削る。かつてこんなに美しく暗殺シーンを撮った監督がいただろうか。血も沸かず、肉も踊らない。ただ淡々と死と水が描かれている。その根底にあるのは親子の絆。だからきっとこの映画はアクションを期待してみる層にすこぶる評判が悪いのだ。なにせこれは「家族の映画」なのだから。 
 
  美しく、とても寂しいトーマス・ニューマンの心に響く切ない旋律と、黒くて冷たいが、コンラッド・ホールの綺麗な映像が全編を通して落ち着いて緩やかに流れる本編は、3組の親子の絆を淡々と語ってゆく。マフィアのボスと幹部の血より濃く見える絆。ボスと息子のどうしようもない血の絆。殺し屋とその息子の真の親子の絆。の三つである。 
 
  マフィア映画に暗殺や殺しのシーンは付きものだが、この映画の場合、死の近くには演出上の監督のシンボルとして必ず水の存在がある。冒頭の通夜のシーンの氷水。倉庫での暗殺シーンの雨。街中の土砂降りの中で乱れ飛ぶ銃弾。ボスの息子が最後を迎えるバスルーム。父の死に場所は湖のそばの家。だから見ていくうちに水が出てくると不安な気持ちにさせられる。決してハッピーエンドの予感がしなかったのも実は、この映画の水の描き方が不吉なシンボルとして効果を発揮していたからなのかも知れない。 
 
  現代においても親子の問題と言うのは、最も身近で悩ましいテーマなのではないだろうか。特にこの映画の長男のように、反抗期真っ盛りならなおさらだ。そんな時息子の肩をつかんでこの映画を一緒にみることが出来れば、親子の絆も確認できること請け合いである。 
 
 
■ロード トゥ パーディション 
2002年 アメリカ映画 
出演 トム・ハンクス、ポール・ニューマン、ジュード・ロウ、ダニエル・クレイグ、タイラー・ホークリン他 
 
  時は1930年代。悪法として世にも名高い禁酒法の全盛期。この時代の話は古今東西定期的に映画化され、安定した人気のあるジャンルでもある。いわゆるマフィアものの映画は伝説的な傑作から、見たそばから忘れてしまうような陳腐な作品まで玉石混合だ。時代の世相から行って定番と言うかお約束が随所にある。庶民には暗黒に時代。マフィアたちには黄金時代。今ではトラッドと名づけられるファッションの全盛期でもある。舞台はシカゴ。腰上まであるトラウザーにボルサリーノのフェドゥーラとロングコート、車はビュイック、機関銃はトンプソン。トラムマガジンの付いたマフィア映画のあれである。シカゴタイプライターの名前を知らない人でも一目瞭然、「ああ、これか」となるはず。マフィア映画のお約束がてんこ盛りである。 
  妻子を殺されたアイルランド系マフィアの幹部が生き残った子を連れ、逃避行の過程に親子の絆を確認する。コンラッド・L・ホールが素晴らしい映像を撮り、これが遺作となった。キャストも豪華。今では007シリーズ主演のダニエル・クレイグがどうしようもなく気持ち悪い息子を見事に演じている。長男役のタイラー・ホークリンも反抗期真っ盛りの芝居が非常に映像とマッチして見事。トーマス・ニューマンの奏でる音楽もでしゃばり過ぎず、映画音楽の見本のようなスコアを聴かせてくれる。監督はアメリカンビューテーでアカデミー賞受賞のサム・メンデス。 
 
寄稿  原田理 
 
 
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