2016年04月15日13時16分掲載  無料記事
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ハンセン病への差別や偏見をなくすために 根本行雄

 ハンセン病療養所の入所者、退所者を対象にした毎日新聞のアンケートで、この病気に対する差別や偏見がなかなか解消されない現状が浮かんだ。「らい予防法」廃止後の周囲の状況については、入所者、退所者とも過半数が「ほとんど変わらない」と回答した。治る病気であるにもかかわらず全体の77%が「病気への差別や偏見がいまだにある」としている。国のハンセン病患者隔離政策で深刻な差別被害を受けたとして、元患者の家族59人が2月15日、国を相手取り損害賠償と謝罪の新聞広告を求める訴訟を熊本地裁に起こした。また、国のハンセン病隔離政策で、療養所に入所していなかった母親(1994年に死亡)とともに差別を受けたとして、鳥取県北栄町の男性(70)が国と鳥取県に国家賠償を求めた訴訟の控訴審第1回口頭弁論が3月23日、広島高裁松江支部(塚本伊平裁判長)であった。差別や偏見をなくすための闘いは続く。 
 
 まず最初に、毎日新聞社が行なった、ハンセン病患者の療養所の入所者と退所者を対象にアンケートを紹介したい。まとめは、坂本高志、江刺正嘉両記者によるものである。(2016年3月27日) 
 
 ハンセン病患者の強制隔離を定めた「らい予防法」の廃止(1996年4月)から20年になるのを前に、毎日新聞は療養所の入所者と退所者を対象にアンケートを実施した。法廃止後の周囲の状況については、入所者、退所者とも過半数が「ほとんど変わらない」と回答した。治る病気であるにもかかわらず全体の77%が「病気への差別や偏見がいまだにある」としており、社会の理解が十分に得られていないことがうかがえる結果となった。 
 
 厚生労働省によると、13ある国立療養所の入所者は1644人(2015年11月末現在)。大半は病気が完治している元患者で、平均年齢は83・9歳(同年5月現在)と高齢化している。全国ハンセン病療養所入所者協議会によると、入所者の4人に1人が認知症だという。また、国が生活支援で支給する「給与金」を受け取っている退所者は1115人(15年末現在)。 
 
 毎日新聞は療養所のうち入所者100人以上の多磨全生園(東京都)▽長島愛生園(岡山県)▽邑久光明園(同)▽菊池恵楓園(熊本県)▽星塚敬愛園(鹿児島県)▽沖縄愛楽園(沖縄県)の入所者に自治会などを通じてアンケートを行い計570人から回答を得た。社会復帰した退所者の全国組織を通じた調査でも119人から回答を得た。 
 
 入所者の75%、退所者の89%が今も差別や偏見があると回答した。法廃止後も周囲の変化が「ない」とした入所者は52%、退所者は57%だった。入所者の17%、退所者の21%が法廃止後、自身や家族・親族が地域で不快な思いをしたり、結婚に反対されたりするなどの差別を受けたとした。 
 
 療養所の入所者のうち、63%は介護を必要とする「不自由者棟」で暮らし、「一般軽症者棟」にいる人は31%だった。「今、不安に感じていること」(複数回答)は「療養所内に友人、知人が少なくなり孤独を感じる」(45%)▽「医療や介護の内容に満足できない」(40%)▽「死亡後の配偶者の将来」(21%)??の順に多く、高齢化に伴う問題が目立った。将来的に療養所を保存すべきかどうかについては、43%が必要、28%が不要と答えた。 
 
 一方、退所者に対するアンケートでは、60%が自身の病歴を「家族に知らせている」としたが、「家族にも知らせていない」と答えた人も9%いた。「不安に感じていること」(複数回答)では「自分や家族が介護が必要になった時の対処」が53%と最多で、「死亡後の配偶者の将来」(39%)、「病歴を知られること」(34%)と続いた。 
 
 「かなえてみたいこと」(複数回答)については「病歴を隠さずに生きたい」と答えた人が44%に上った。将来的に療養所に再入所する可能性については11%が「考えている」と回答した。50%は条件付きで検討しているとし、自分の住む地域で充実した医療や介護が望めないと感じている人が多いことがうかがえた。 
 
3月23日、広島高裁松江支部(塚本伊平裁判長)において、国のハンセン病隔離政策で、療養所に入所していなかった母親(1994年に死亡)とともに差別を受けたとして、鳥取県北栄町の男性(70)が国と鳥取県に国家賠償を求めた訴訟である控訴審の第1回口頭弁論が開かれた。 
 
 1審・鳥取地裁判決(2015年9月)は「患者の子に対する差別も多数確認できる。国は子への偏見・差別を除去する措置を取るべきだったのに放置した」として初めて国の賠償責任を認めた。しかし、その一方、男性は母親の死後に患者であると認識したとして請求自体は退けた。 
 
 男性は「1審判決は偏見・差別に対する決定的な認識不足がある」と控訴した。男性の代理人は意見陳述で「母親は明らかにハンセン病患者と周囲から認識されていた。(国や県は)偏見や差別に向き合い、解消に努めようとする姿勢を感じ取ることができない」と批判し、「男性の事案は家族被害が凝縮されている。人としての尊厳を回復するために、多くの家族の先頭となる訴訟だ」と述べ、元患者家族が熊本地裁に起こした集団国家賠償訴訟との連携を強調した。 
 
この男性の一審判決をきっかけに元患者家族による集団提訴の機運が高まり、それが2月15日につながっている。この日、元患者の家族59人が、国のハンセン病患者隔離政策で深刻な差別被害を受けたとして、国を相手取り損害賠償と謝罪の新聞広告を求める訴訟を熊本地裁に起こした。 
 
 以下に、毎日新聞(2016年2月15日)の柿崎誠記者の記事を引用する。 
 
 国のハンセン病患者隔離政策で深刻な差別被害を受けたとして、元患者の家族59人が15日、国を相手取り1人当たり500万円の賠償など計約3億5000万円の損害賠償と謝罪の新聞広告を求める訴訟を熊本地裁に起こした。元患者家族の集団国家賠償訴訟は初めて。元患者については隔離政策を違憲とし国に賠償を命じた熊本地裁判決(2001年確定)後、補償法が制定されたが、元患者家族の差別被害への補償はなかった。原告側は訴訟を全ての家族の支援制度につなげたいとしている。 
 
 弁護団によると、原告は東北から沖縄までの37-92歳の男女59人。3月29日にも第2陣の提訴を予定しており、原告は合わせて100人以上になる見通し。 
 
 訴状によると、国は隔離政策によってハンセン病患者への差別や偏見を助長。それによって元患者家族は親が患者であることを隠して生きることを余儀なくされ、知られた場合は離婚、転職に追い込まれるなど、社会生活全般で差別的扱いを受けた。また、患者である親を憎み親子関係が根底から壊されるなどした。 
 
 熊本地裁確定判決は、世界保健機関(WHO)が差別法撤廃を勧告した1960年以降も隔離を続けた国の違憲性を認めており、患者家族に対しても遅くとも同年以降、国は偏見・差別を除去する措置を取るべきだったのに放置したとしている。 
 
 毎日新聞(2016年3月26日)は、「ハンセン病患者の刑事裁判が伝染の恐れを理由に裁判所外の「特別法廷」で開かれていた問題で、最高裁事務総局に在籍していた元裁判官が毎日新聞の取材に「特別法廷の設置は事務レベルで決めていた」と証言した」と伝えている。「本来は最高裁長官ら裁判官15人が参加して司法行政上の方針を決める「裁判官会議」で事件ごとに当否を決定するのが原則とされているが、実際にはハンセン病患者の裁判の審査は形骸化し、一律に裁判所外で開く事務処理がなされていた可能性が出てきた。」と伝えている。 
 
 特別法廷とは、裁判所法の規定で、災害などで庁舎が損壊するなどした場合に最高裁が必要と判断すれば、例外的に裁判所外に法廷を設置することができるものである。ハンセン病の特別法廷は患者らが入所する療養所や勾留先だった刑務所、拘置所などで開かれていた。 
 
 現在、最高裁は、隔離施設などで開かれた特別法廷がハンセン病患者に対する不当な差別に基づくものだったかどうかについて検証を進めている。2015年7月に設置された有識者委員会の意見を踏まえ、今年4月にも検証結果を発表する予定になっている。最高裁は、毎日新聞の取材に答えている元裁判官からも当時の経緯を確認しているとみられている。 
 
 
 毎日新聞(2016年2月16日)より、井川加菜美記者の記事を引用する。 
 
 「被告は国だが、問われるべきは誰なのかを皆さんと一緒に考えたい」。提訴後の原告・弁護団の記者会見で弁護団の徳田靖之共同代表は、そう切り出した。「01年の熊本地裁判決で国は断罪されたが、裁かれていないのは私たちの社会。それは法律家、医学界、マスコミ、教育界、そして地域の人たち。この裁判で裁かれるべきは私たち一人一人ではないか」と問いかけた。 
 
「産んでくれた親を憎んだりするほど深刻な被害はない。そういう被害を明らかにすることで家族が被害から解放されるように多くの方に裁判へ参加してほしい」と呼びかけた。 
 
 熊本地裁に集団提訴した元患者家族の弁護団の徳田さんが述べているように、「この裁判の被告は国だが、地域の患者を根こそぎ療養所に収容するために国や自治体が押し進めた「無らい県運動」に協力したのは私たち国民である。」ことを忘れてはならない。毎日新聞社のアンケートが明らかにしているように、現在もなお、差別や偏見に苦しんでいるのだ。 
 
「この裁判で裁かれるべきは私たち一人一人ではないか」。 
 
 差別と偏見は、ほんとうに深く深く根を張っているのだ。患者さんたちとその家族と共に、私たち一人ひとりが差別と偏見から目をそらさずに、差別と偏見をなくしていく努力をしていかなければならない。差別や偏見をなくすための闘いは続く。 


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