2016年05月08日22時04分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(207) 今野金哉歌集『セシウムの雨』の原子力詠を読む(1) 「悪夢かと思へる炉心熔融(メルトダウン)なり悪夢の呪縛解くる日は何時(いつ)」 山崎芳彦

 「この歌集は、すべての政治家、すべての反原発運動家そして全ての東京電力社員に読んでほしいと考えて出版したものである。」と巻頭に記された今野金哉歌集『セシウムの雨』(平成28年3月11日、現代短歌社刊)を今回から読ませていただく。福島市在住の歌人である今野金哉氏は、福島県歌人会の会長の要職に就いて活躍しているが、この歌集について「本歌集に収めた作品は、あの忌まわしい大震災発生の日から経た約五年間における、いわゆる『東日本大震災』に伴っての、途方もない悲劇の現実を真摯に詠み溜めた記録でもある。」(「あとがき」)と記している。まさに東京電力福島原発の過酷事故がもたらした災厄、受難の日々の中での歌人の魂の発露である短歌作品は、福島原発事故が無かったかのように、原発再稼働・原子力社会への回帰が進められつつある今、多くの人びとによって読まれ、今日の力、未来の力として原子力依存社会からの脱却の礎のひとつになるものだと筆者は、今野氏の「詠い残したい、書き残したい」真情に敬意を深くしつつ、原子力詠作品を記録させていただく。 
 
 歌集『セシウムの雨』(歌集名は、集中の一首「セシウムの雨降る街に並びつつ水求めむと幾時間待つ」によるものと、著者は述べている。)の「あとがき」に、作者の思いがつづられている。大切な、貴重な文章だと思い、その一部を抄出したい。 
 
 「平成二十三年(2011)三月十一日に東日本を襲った大地震は大津波を発生させ、東京電力福島第一原発の全電源を奪ってしまった。かくして原発はその冷却機能の全てを失い、水素爆発事故に至ったのである。/この未曽有の複合災害は、日本の歴史に深く刻まれるものと思っている。原発事故による放射能拡散の被害は筆舌に尽くしがたいものがあり、国難・非常事態とも言い得ると考えている。」 
 
 「あの日から五年が経過し、一部の方々は公営住宅に入居できたが、未だに九万人を超す福島県民が県内外に避難中である。また、不自由きわまる暮らしが長引き、心身の健康を崩して命を落とす震災(原発事故)関連死は二千人を超し、地震や津波で亡くなった直接死の数を上回っている。/原発事故という、容赦なく降りかかってくる暴力に、私たち一人ひとりの人間の力は、全くと言っていいほど無力であった。震災から五年を経て、なお食い止められない『死』が問いかける意義には重いものがあり、あらためて犠牲者のご冥福を祈るとともに、遺族と被災者に衷心からお悔やみを申し上げたい。」 
 
 「廃炉作業はきわめて難航している。事故原発から日々排出される汚染水は年々増加する一方であり、凍土壁による防水措置や浄化処理も計画通りには進んでいない。原子炉内に解け落ちた核燃料(デブリ)の取り出しについても、五年が経った今以て見通すことができていない。農林水産業や観光産業における風評被害が現在も継続していることも言を俟たない。/事故が発生した原子炉の廃炉作業は、今後四十年くらいは要するとも言われ、将来に対する県民の不安は、今なお払拭されているとは言い難い。政府要人の『福島の再生なくして、日本の再生はない』という言葉が虚しく耳に響き(略)、県民のいら立ちは最高潮に達し、東電への憎しみ、不信感も日ごとにつのっている。」 
 
 「こうした、辛く、苦しく、やり場のない思いを詠んだ作品を収録した本歌集が詩歌文芸と言えるかどうかを自問するに、忸怩たる思いもないわけではない。また、短歌によって東日本大震災(東電福島第一原発事故災害)の持続的な悲嘆や目を覆いたくなるような惨状の一端を伝えるということが、決して容易でないことは自覚している。(略)しかし、震災から満五年間の『詠い残したい、書き残したい』という真情と、そこに去来したときどきの気持を詠んだ一首一首には私の魂が籠っているものと自負している。また、自らを鼓舞し、希望につなごうとした『一人の人間の震災記録』としての価値や、国と東電には誠意を尽くして対応してほしいという思い(略)を抱いて出版に踏み切った次第である。」 
 
 「さらには、『あの日』以降、無念のうちに亡くなってしまった方々も数え切れないが、本歌集の出版は、それらの方々に対する追悼の念を籠めたと言っても過言ではない。当然のことながら、双葉郡大熊町に住み、原発に対する根強い不信感を真情として歌い続け、それを歌集『青白き光』に発表した故佐藤祐禎氏(元福島県歌人会長、被災からの避難中に死去)もその一人である。彼にとっての短歌とは『怒りの器』であったが、『青白き光』はそれを告発する貴重な書でもあった。明日、三月十二日は三度目の命日であるが、彼の無念さを思う真情が脳裏から離れない日がまだ続いていることも否めない事実である。」 
 
 歌集『セシウムの雨』の著者、今野金哉氏の、おそらくはまだまだ言い足りないであろう思いを「あとがき」からの引用を連ねて記してきたが、その思いが短歌作品としてどのように実り、読む者の思いとなっていくか、筆者も改めて姿勢を正して作品群を抄録させていただく。 
 
 
 ◇炉心溶融(メルトダウン)◇ 
吾が生に初めて見たるキノコ雲原発事故の空に浮きたり 
 
信じゐし原発なれど爆発のありしと聞けば避難地探す 
 
文明の快楽(けらく)を享受して来しに原発事故は住む地奪へり 
 
老いも死もいつか来るとは思へども原発破損の被曝思はず 
 
原発の炉心溶融(メルトダウン)の情報も聞きつつ麺麭(パン)を買はむと並ぶ 
 
悪夢かと思へる炉心溶融(メルトダウン)なり悪夢の呪縛解くる日は何時(いつ) 
 
放射能含める雨と思へども麺麭(パン)求めむと濡れつつ待てり 
 
日々(にちにち)に原発事故の拡がれば孫らを遠く避難せしむる 
 
被災地を出でて帰らぬ人多し刻々増ゆる放射線量 
 
被曝せし身体と思ふに除染せる水も無きまま幾日か経つ 
 
燃料の補給叶はぬ幾日か列に加はりエンジンを止む 
 
大臣に失言あれば英俚諺(りげん)「put one's foot in one's  mouth(足を自分の口に踏み入れる)」思ふ 
 
入浴も洗濯はたまた洗顔も被災後一週ままならずゐる 
 
被災して一週間かただ早き過ぎ行き託(かこ)つ身も疲れたり 
 
原発にかかる警備を幾日か警官なりし吾の勤めき 
 
原発の事故の避難の計画書に従ふは止めむと思ひ定めき 
 
幾たびも通ひて見たる原発に安全神話を聞きて信じき 
 
 ◇放射能漏れ◇ 
発表は常に「想定外」と言ふ被曝責任を誰がとるのか 
 
破れたる圧力抑制プールより放射性物質けふも出でをり 
 
放射能漏れ事故あれど老い吾に安定ヨウ素剤配布なし 
 
目に見えぬ放射能なりベント後の汚染情報伝はりて来ず 
 
最悪の「レベル7」とふ事故評価けふの余震にまた四人逝く 
 
放射能漏れたる事故の責任を誰もとらずに五ヶ月が過ぐ 
 
園児らがガラスバッジを首に下げマスクを掛けて歩くフクシマ 
 
「怖いです 放射能が」と呟きて雨降る中を老夫婦ゆく 
 
放射線の安全基準を十人の学者の十色(といろ)に語るも虚し 
 
原発の事故収束の作業員死亡と小さく新聞の記事 
 
想定外事故と言ひつつ原発の自己責任を取る者はなし 
 
 ◇放射能汚染の畑 (平成二十四年〈二〇一二〉)◇ 
「父祖の地に戻れず」と書く君のふみ原発近き家も棄つると 
 
あきらめてただ諦めてあきらめて線量高きフクシマに住む 
 
誰よりも未(いま)だ謝罪の言葉無しセシウム汚染の畑をただ見る 
 
放射能汚染の畑に春の日のあまねく差すを見ては悲しむ 
 
放射能汚染に出荷拒否されしカキ菜の高く伸びて花咲く 
 
基準値を超せる放射能出でしかば葉物野菜の出荷止めたり 
 
しばらくは農を休めと言ふごとし濃きセシウムの畑に降りつぐ 
 
今日またの農夫の自死に同業吾も放射線値を憂ひてゐたり 
 
セシウム値高きと出荷停止の菜一年経つに補償はあらず 
 
放射線量の下がらぬこの畑を耕すことは無理と眺むる 
 
吾が生きて再び耕(おこ)すことなけむ放射能汚染の畑の終焉 
 
長引ける原発事故を苦にせしとふ百二歳(ひやくに)の農夫自死の記事読む 
 
風評の被害に売れざる南瓜なり腐れし幾箱を今日は捨てたり 
 
収入のゼロなる畑に課せられし固定資産税を納めて帰る 
 
生も死も一つの文字に表すに現(うつつ)のわれにいづれも重し 
 
我が町の除染進まざる日々は憂(う)し政府は事故を些事と思ふか 
 
セシウムの風評被害続けるに今日は梨の木を幾本か伐る 
 
 ◇生存権◇ 
フクシマに「生存権」はあらざるかセシウム除染いまだ進まず 
 
口笛の音色も乱るる思ひあり放射線量高きわが町 
 
あらがひて抗ひ得ざる放射能これも定めとフクシマに住む 
 
「あの日」とは大震災の代名詞心奪へるセシウムの雨 
 
幾ばくの効果あらむと思ひつつ畑の除染に白菜を植う 
 
セシウムをわづかに含むと思へども作りし野菜幾ばくか食ふ 
 
人気(ひとけ)無き飯舘村に咲くサクラ沢の水のみ音立て流る 
 
放射能汚染に捨てし父祖よりの広き山林を見つつ歩める 
 
風評に売れざる野菜の種物も春の来たれば吾が求むべし 
 
こころさへ襤褸(らんる)となるか真夜中に二度の緊急地震情報 
 
野の猿の普段に歩めるが邑(むら)に赤児の生れたる話聞かざり 
 
 次回も歌集『セシウムの雨』の作品を読む。     (つづく) 


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