2016年07月19日01時17分掲載  無料記事
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文化

どうして事実に縛られるの? インゲボルク・バッハマン著「マリーナ」について  セブリーヌ・ダンフルー(著述家) Severine Danflous 

  実話に基づいた作品というのが、映画でも、文学でも流行していてまるで「実話」がすべてを覆いつくしているみたいですね。そこで今回、私が取り上げたいのはオーストリアの女性作家・詩人であるインゲボルク・バッハマンの小説「マリーナ」です。バッハマンは「マリーナ」の中でこんな風に綴っているんですよ。 
 
  「いつか女性が真紅の黄金の目を持つ日が来るでしょう。髪も真紅の黄金となるのです。また、女性という性も詩として再創造されるのです」 
 
  私たちはいったいなぜ「真紅の黄金の目」から逃げなくてはならないの。どうして、想像力の力を怖がる必要があるのかしら? 虚構や詩人のアラゴンが示した「本当の嘘」を怖がる必要があるのでしょうか? 
 
  どうしていつも日常のこまごました出来事にとらわれる必要があるの?事実は素材として必要だとしても、そこから距離を置くことが大切じゃないかしら? 
 
 
セブリーヌ・ダンフルー(Severine Danflous) 
著述家・高校教師 
 
 フランスの中西部に位置するシャラント県アングレーム在住で、高校の国語の教師をしながら本を書いている。著書に「飢餓を書く〜フランツ・カフカ、ポール・オースター、プリモ・レヴィ〜」(Severine Danflous ''Ecrire la faim 〜Franz Kafka, Primo Levi, Paul Auster〜''). 
 
 
※インゲボルク・バッハマン作「マリーナ」(1971) 
  ウィーンに住む「私」、「私」の彼氏のイヴァン、そして夜登場する「私」の分身であるマリーナの3人の物語。マリーナは男性なのだが、「私」の分身でもある。3部作となるはずだったが、バッハマンが事故で亡くなったため1作のみとなってしまった。 
 
 
(元のテキスト) 
 
D'apres une histoire vraie, au cinema, en litterature, l'histoire "vraie" envahit tout. 
 
Ingeborg Bachmann dans''Malin'' ecrivait ''Un jour viendra ou les femmes auront des yeux d'or rouge, des cheveux d'or rouge, et la poesie de leur sexe se verra reinventee.'' 
 
Pourquoi fuir''les yeux d'or rouge''? Pourquoi avoir peur du pouvoir de l'imaginaire, de la fiction ou du''mentir-vrai'' facon Aragon ? Pourquoi cette reference permanente au petit fait vrai? En tant que materiau, il est indispensable mais dans l'ecart. Non? 
 
 
■作家ピーエル・パシェの「眠る力」について  セブリーヌ・ダンフルー(著述家) Severine Danflous 
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