2016年08月13日13時56分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201608131356556

TPP/脱グローバリゼーション

【行き詰まる新自由主義】イギリスのEU離脱が意味するもの  大野和興

 イギリスのEU離脱については、いろんな見方がある。懐かしの大英帝国への郷愁説からイギリスナショナリズムの発現説、移民問題の飛び火警戒説などなどさまざまだ。国民投票の結果、離脱が決まったとたんに、それを批判する言説がメディアを踊った。 
 
 しかし、離脱賛成の投票行動からは、いま世界を席巻しているグローバリゼーションへの批判を読み取ることができる。「批判」というよりももっと直截的な感情である「嫌悪感」とか「うんざり感」といったほうが適当かもしれない。投票結果に流れるこの、いわば庶民感情ともいえる側面に、わたしたちはもっと注目しなければならないのではないか。 
 
 1980年代初頭、イギリスのサッチャー首相、アメリカのレーガン大統領、日本の中曽根首相が先頭にたって推進した新自由主義のイデオロギーは、すべてを市場にゆだね、市場の決定を最優先するというものであった。こうして動き出した新自由主義的グローバリゼーションが全面開花するのは、1989年、ベルリンの壁が壊され東西冷戦が終結、世界が一つの市場になってからである。東側市場に穴があき、世界市場が登場した。競争に勝利した資本主義陣営は、どんなに経済的搾取を強め、社会不安が高まろうと共産主義の浸透をおそれる必要がなくなった。難航していたGATT(貿易と関税に関する一般協定)の最後の多角的貿易交渉ウルグアイ・ランドは、東西冷戦終結とともに動き出し、1993年末妥結に至る。 
 
 その後の動きは周知のとおりである。1995年、GATTに代わる、より強力な自由貿易推進機関WTO(世界貿易機関)が発足、ドーハ・ラウンドが始まるが、グローバリゼーションがつくり出した世界の分断と不均衡発展によって交渉は行き詰まり、いまではWTOそのものが機能不全に陥っている。代わって主役に躍り出たのが二国間、地域内のFTA(自由貿易協定)である。 
 
 いま世界は多層多重なFTA網が張りめぐらされ、WTO発足時に想定されたグローバルな自由貿易秩序形成とは異質の政治的経済的空間が出現している。TPPはその重要な一角を占めている。異質性とは経済民主主義の欠如のことだ。WTOは実質はともかく形式的には大国も小国も平等に1票をもつ。しかしFTAはTPPに典型的にみられるように、大国主導の経済的政治的秩序形成がめざされている。ある種の理想主義を掲げて積み上げられてきたEUもまた、グローバリゼーションの一角を形成するセンターの一つに変質していった。 
 
 新自由主義的グローバリゼーションには二つの特質がある。一つは貧困と格差に拡大に伴って現れる分断である。国家も、コミュニティーも、家族も分断され、ついには個の心まで切り刻まれて社会と人間の破壊が進む。もう一つはグローバリズムとは一見相矛盾する国家主義との親和性である。新自由主義三人衆のサッチャー。レーガン、中曽根はいずれも強い国家を掲げる国家主義者だった。「TPPいのち」の安倍首相は国際スタンダードでは極右に分類できる。その一方でグローバリゼーションに反発する層の中にも国家主義に傾斜する勢力が存在する。TPP反対運動では国益論をかざして日の丸を掲げたネトウヨ排外主義者が登場した。国家主義の潮流は親・新自由主義派と反・新自由主義派にまたがり、両者は排外主義ということで共通性を持つ。 
 
 イギリスのEU離脱という住民投票結果は、こうした状況の下で生まれた。その根底には分断と貧困化のもとで何層にも積み上がった矛盾がある。それはここ30年余り、世界の動かしてきた新自由主義の行き詰まりを示している。イギリスだけでなくヨーロッパ世界そのものが移民問題をめぐって二つの世界に分断されている。アメリカにはトランプが出現、人種問題が深刻な事態を迎えている。その根底にあるのはグローバル化のなかで増殖するプアーホワイトの存在だ。日本では、広範なリベラル層を抱え込んでいた自民党が壊れ、国家主義単色の異質な政党が国民の一定の支持を集めて政権の座を固めている。世界で頻発する「テロリズム」もその流れの上にある。 
 
 新自由主義的グローバリゼーション、新自由主義的国家主義、そこから生まれた排外主義的国家主義に代わる選択を左翼・リベラルはどのように提示できるのか、イギリスのEU離脱が私たちに突き付けている課題は大きい。(大野和興) 
 
 
【ある断面】イギリス市民のEU離脱に至る判断をどう理解するかは、一筋縄ではいかない。Yahooニュース(個人)の書き手であるロンドン在住の小野昌弘さん(免疫学者・医師)が寄稿した「英国のEU離脱から学ぶこと」は、市民の感情の機微に触れておもしろい。小野さんは投票結果をどう見るかについて次のようにくぎを刺す。 
 
「どうやら日本における認識では、離脱派は「エリートには無視された民衆・労働者階級の反乱」とされているようだが、こういった言い方に潜む60年代的なセンチメンタリズムは、あまりに一面的にすぎて認識を誤らせると思う。」 
 
 そして、投票結果の微妙さを次のように分析している。 
 
「「右派ポピュリストの宣伝による反移民感情を煽った大衆扇動の結果」という説明もまた舌足らずだろう。まず移民数が少ないほど離脱派の数が増えるという逆相関とそぐわないし、旧来の労働党支持地域で離脱派が軒並み勝利した事実や、スコットランドで残留派が圧倒的に勝利したこと、これだけ国際化したロンドンで離脱派が40%も獲得したことをいずれも説明できていない。」 
 
では何が起こったのか。小野さんは離脱派が左派を取り込んだことをまず指摘する。 
 
「本格的なキャンペーンにおいて離脱派は、ほとんど見境なく左派的な主張をハイジャックしていく。まず、EUを離脱すればEUに払っていた週あたり3億5000万ポンドの予算が浮くので、英国の公的医療健康保険システムであるNational Health System (NHS)に回すことができると説いた。さらに、離脱派はEUから離脱すれば欧州市民がイギリスから撤退するため、住宅価格が下落するという宣伝をしはじめた。」 
 
離脱決定の結果、何が起こったか。小野さんは「投票結果は人種差別にお墨付きを与えた」と分析する。そして「離脱結果判明後に人種差別にもとづく憎悪犯罪(ヘイト・クライム)の報告数は5倍に増加した」という警察の発表を引用し、次のように述べている。 
 
「投票結果は直接に、これまで人種差別的行動全般を抑制してきたものを壊してしまったようである」 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。