2016年09月07日14時46分掲載  無料記事
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文化

[核を詠う](216)『福島県短歌選集 平成27年度版』から原子力詠を読む(4) 「大熊に子を探すとう父ありてはるばる通う年(ねん)に十五回」 山崎芳彦

 『福島県短歌選集 平成27年度版』を読んできて、今回が最後になるが、この歌集の作品、とりわけ原子力詠を読みながら安倍政府が進めている「原発回帰政策」の理不尽、非人間的な本質に怒りを深める。政府はいま、核発電復活を推進しているが、福島第一原発の事故によって多くの人びとが塗炭の苦しみを満五年を越えて強いられているにもかかわらず、その福島を原発復活政策の梃子にしようとしている。「福島復興」を謳いあげ様々な絵図面と幻想的な計画書、核放射線の危険性基準の恣意的な引き下げ、汚染地域の外見的なクリーンアップなどにより原発の事故があっても、それを克服し「復興から発展」ができるのだと見せかける政策を次々と打ち出している。 
 
 見通しのつかない核燃料デブリの除去と事故を起こした原子炉の解体と撤去が可能であるかのごとく見せかけ、「廃炉の先端技術を集積し、地域再生を目指すイノベーション・コースト構想を実現する」と新たな「原発事故被害克服・復興神話」を広めようとしている。そこに被災者の現実を見る視点はない。そして、原発再稼働路線が推進されている。 
 
 「ああ我ら何にも悪きことせぬを『原発石棺』終身刑とぞ」(波汐國芳)「原発爆ぜ人らも脱(ぬ)けてすかすかのこの福島ゆ見ゆるは何ぞ」(同)・・・福島歌人の作品は、安倍政府の欺瞞と原発事故によってもたらされた生活の実相を短歌表現してやまない。融け落ちたデブリは何処にどのようにしてあるのかわからない。放射線量が高すぎて、近づけば人が死ぬ、ロボットによる捜索も不成功が続く。そして、もしどこにあるかが分かってもどうすることができるのか、取り出す方法は見当がつかない。もしデブリが何らかの原因で再臨界状態になったら何が起こるのか。チェルノブイリではデブリの所在が分かっていて冷温停止状態だが、「石棺」に閉じ込めているのが実態だ。メルトダウンした三つの原子炉が福島にある。核燃料デブリと接触した地下水の外部流出を封じ込めることに成功していない。これまでに広範囲に飛散した放射能を回収することは不可能であり、山や川、海の汚染の実態も詳細には明らかではない。 
 
 福島の原発事故により現在も進行中である核汚染の実態、これからどのようにして人びとが安心して生きていくことができるようにするのか、いま日本だけでなく世界の英知を結集して、アベノミクス経済至上主義、企業の利益優先ではなく、人間のための真の復興にこそ全力を注がなければならないのに、原発政策・事業を福島原発事故以前の状態にする、出来るだけ多くの原発を稼働させることを目指す政府は、電力企業、その関連企業をはじめとする「原子力維持促進」勢力とともに、ひたすら核放射能の安全基準の緩和や原発稼働条件の容易化のために、地震学、火山学の知見を無視し、万が一の場合の避難体制の不備の容認(川内原発、伊方原発など)など、あたかも福島の事故は無かったかのごとくにするクリーンアップ、人間なき復興政策を進めている。 
 
 政府の「福島復興」政策の重点事項の一つに、原発事故による避難住民を元の場所に帰還させる(補償金の打ち切りなどとセット)ことがある。これまでに、政府は帰還困難区域以外の区域について相次いで避難指示を解除し、補償金、住宅支援の打ち切り、縮小などと併せて、場合によっては「強制帰還」ともいえる政策を進め、2017年3月を目途に加速させてきているが、さらに去る8月31日には帰還困難区域に指定されている原発周辺及び北西部の7市町村(大熊町、双葉町、富岡町、浪江町、葛尾村、南相馬市、飯舘村、約2万4千人)の一部について2022年をめどに避難指示を解除する方針を発表した。 
 それは、この区域の中で「比較的放射線量が低いエリア」を「復興拠点」として「除染とインフラ整備を一体的かつ効率的に行う。」、「復興拠点等の整備に当たっては、除染やインフラ整備が確実に行われるよう、国が責任をもって前に進める」、「帰還困難区域の取り扱いは、福島の復興の先行きに関わる重要な課題である。たとえ長い年月を要するとしても、将来的に帰還困難区域の全てを避難指示解除し、復興・再生に責任を持って取り組むとの決意の下・・・一日も早い復興を目指して取り組んでいくこととする。」(「帰還困難区域の取り扱いに関する考え方」平成28年8月31日、原子力災害対策本部復興推進会議発表より)・・・などとしているが、この方針は「復興」を言っているだけで、福島原発事故の収束への取り組みが難航を極め、事故原発の廃炉もできず、使用済み核燃料の処理・処分の方策も立たない現状と、何よりも政府と東電によってふるさとを奪われ、家族が離散したり、生業を失い、いまを苦しんでいるこの地域の人々にとって、とうてい受容できない作文であろう。加害者の言う「決意」で被害者が償われることはない。すでに避難指示が解除された地域に人々が望んで戻っているか、戻って安心して生活できる状況になっているか、そうではないことを知らないはずはないが、この加害者たちは、原発の再稼働によってまた新たな被害者を生み出そうとしているのだ。 
 
 広島・長崎に原子爆弾を投下した国、アメリカのオバマ大統領が広島に来て、原爆を世界で初めて使用した国の大統領として、オバマはそのことを謝罪する表現はせず、「空から死神が舞い降り、世界は一変しました。」などと語ったが、この挨拶をテレビで聴きながら筆者は、映し出される安倍首相の顔を見て「広島・長崎そして福島」を思っていた。安倍首相に連なる自民党政権が非核三原則を国是と言いながら、核発電を続け潜在的な核武装能力を備えてきたのを引き継ぐだけでなく、さらに一歩を踏み出すかもしれない安倍首相の原子力発電復活・強化政策の根を思っていた。 
 
 今回が最後になるが『福島県短歌選集 平成27年度版』から原子力詠を抄出、記録したい。 
 
 放射性物質ふふむ雪ならむ白き時間がふくしまをふる 
復興はなにをもていふふくしまのからだは雪の声を抱けり 
てのひらの雪消ゆるがに忘れられてゆく福島の人のこゑごゑ 
ふくしまを我は食ふなりいか人参こづゆ凍み餅三五八漬けよ 
                         (4首 本田一弘) 
 
放射線量この目に見えぬは幸せか宙に向かいて眼しばたたく 
除染後の庭のタンポポ怖いほどわたしを見つめてじっと動かぬ 
災害のそのままの家の軒下にほたる草咲くゆるく小さく 
古傷の痛みを起こすこの寒さ銀杏大樹にひとつの葉もなし 
                         (4首 本田昌子) 
 
震災と原発事故と知らぬ父母わが町見下ろす墓に眠れる 
震災と原発事故のありし年に看護師となりし孫五年目となる 
                         (2首 三浦弘子) 
 
学校ごと避難してゐる児童らに今日は絵本の読み聞かせをす 
ふる里の元の校舎に戻り得る碑のありや今日も放射能降る 
住む人なき隣の家に冬の陽のひかりあふれて目白来てゐる 
                         (3首 水竹圭一) 
 
三・一一が攫ひし春が還りしや今朝咲き初めし枝垂れ紅梅 
唐突に海より湧きし霧消えて浮かび上り来被災の思ひ 
                        (2首 御代テル子) 
 
四年過ぎやうやく始まる除染作業セシウム失せしか効きめは如何に 
我庭の除染終りて空は晴れセシウムはと如何にあるやら 
                         (2首 村越ちよ) 
 
かの日より四度目の秋積み上げし除染土を覆い風媒花のはな 
今日こそは放射線検査をと決心すブルーベリーにも四年目の秋 
                         (2首 森合節子) 
 
プランターの初生りのトウモロコシ妻と食む避難生活四度目の夏 
線量の高きわが家に戦くも移住決めかね四年四ヶ月に 
二本松に間借りの浪江の十日市も原発に追われ五度目となりぬ 
今の世に良寛あらばいかに詠まんモニタリングポスト近く遊ぶ児らを 
古里に一時帰宅のたびごとに外つ国のごと検問つづく 
仲睦まじき五人家族がばらばらに原発災禍の五度の正月 
原発の避難生活で風習の違う異土に泣く五度目の正月 
                         (7首 守岡和之) 
 
給はりし蒲鉾放射性安全と四年すぎるに説明書あり 
雨降らぬ日々のつづきて夏野菜植ゑたる苗も土に馴染まず 
除染終へし車つづきてそれぞれの宿舎に帰る夕映えの中 
                         (3首 柳沼喜代子) 
 
除染終へ石あらはなる山肌に送電塔は光りつつ遠し 
阿武隈の山なみ遠く鉄塔の連なるあたりわがふる里か 
四年経て田のよみがへるこの春は足どり軽く畦道歩む 
米作りをやめれば田が田でなくなると風評受けつつ苗をさしゆく 
いささかの感動にさへ涙もろくして郷土芸能を避難所に見る 
                         (5首 山崎ミツ子) 
 
布引山(ぬのびき)の風力発電のはね光る会津の風うけ大きくまはれ 
三十三の風車がまはる布引山(ぬのびき)に化学の風音耳すまし聞く 
                         (2首 山本圭子) 
 
パンジーを植ゑずに待ちしプランターの土調ぶれど汚染まぬかる 
除染にて削りとられし庭なかに秋明菊の花散りてをり 
非常用リュックの中味点検す先づ懐中電燈の電池を換へむ 
                         (3首 矢森妙子) 
 
生けるもの生きねばならぬ雪原に小さきけものの足跡(ああと)つづけり 
汚染物の貯蔵地となる運命(さだめ)もち泡立草のなかなるわが家(や) 
中間貯蔵施設の説明会ありわが家(いへ)を踏みゆく重機まぼろしに見つ 
新築の終の棲家に嬉しとも悲しとも思ふ避難者われは 
                         (4首 吉田信雄) 
 
避難する会津田島より孫たちがおせち買ひきて食卓にぎはふ 
避難にて五年となりし秋の夜に師の歌集読む青白き光 
                         (2首 渡部愛子) 
 
想ひ出の詰まりし故郷(さと)の庭中に空き家見守る向日葵の咲く 
幼子を抱き仮設に甥夫婦寂しき空気を笑顔に変へ行く 
古里の氏神様の掃除終え仮設へもどる冷える師走日(び) 
乳牛(うし)写るテレビを見つつ原発に逝きし吾が牛見てる気のする 
水の音(ね)を聞きつつ公園散歩する言葉を交はし和む友はなき 
                         (5首 渡辺豊子) 
 
震災後福島沖のたら水揚げの映像見つつ活気伝はる 
震災後四年の月日流るれば魚戻り来て浜勢ひ立つ 
四度目の春巡れども聞こえくる「仮設」住まひの人らの嘆き 
                         (3首 渡邊浩子) 
 
手を打てば寄り来る牛ら鳴きもせず被曝を秘めし目の静かなり 
その命果てる迄みるが牛飼いとう被曝の牛に寄りそい生きる 
                     (2首 浪江の酪農家) 
腰を落しうち振る鈴の確かなり村上の踊り伝えんとして 
                 (南相馬村上地区は集落解散の話も) 
大熊に子を探すとう父ありてはるばる通う年(ねん)に十五回 
                     (避難した首都圏から通う) 
子が着けしカケラもあらぬ五時間の限られし時は只に過ぎゆく 
子を探す手作業の父に願わくは下がれ40マイクロシーベルト 
                     (二十七年五月の数値) 
朝まだき頃より人ら並びいて浪江に一つの店は始まる 
                     (二十七年十月) 
鳥の五官優れし証セシウムに〈臭いはあり〉とう報道を聞く 
                     (二十七年五月) 
行き場なきフレコンバッグに溢れたり十一都道府二百三十個所 
                     (二十七年十一月現在) 
黒色のフレコンバッグ増しゆきて限りある地を埋めんとする 
                       (10首 渡邊美輪子) 
 
 『福島県短歌選集 平成27年度版』には、福島県歌人会会員による出詠作品のほか、平成27年10月11日に実施された第63回福島県短歌祭(主催 福島県歌人会・福島県教育委員会・福島県芸術文化団体連合会)の入賞作品が収録されている。その中から原子力詠を抄出、記録させていただく。 
 
○中間貯蔵のために失せゆく校門や校歌をフロッタージュしゐる愚かさ 
       (福島県芸術文化団体連合会会長賞 須賀川市・鎌田清衛) 
○藪も庭も表土五センチ入れ替えてみんみん蝉の鳴かぬ夏去る 
                 (郡山市長賞 南相馬市・原 芳広) 
○土にかへることなき土が保管場へ運ばれゆくをわれら見るのみ 
             (郡山市議会議長賞 会津若松市・本田一弘) 
○ともかくも庭に埋めたる除染土の自己管理下や目印赤し 
              (福島県歌人会長賞 喜多方市・伊藤寿恵) 
 
 『福島県短歌選集 平成27年度版』から、筆者の読みで原子力詠を抄出させていただいたが、今回で終る。次回からも原子力詠を読み続ける。 
                            (つづく) 


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