2017年01月11日15時41分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(220)『平和万葉集 巻四』から原子力詠を読む(1)「核の火を見つけてしまひしそのゆゑの悔しきことを繰返すかな」     山崎芳彦

 今回から『平和万葉集 巻四』(『平和万葉集』刊行委員会編集・発行、2016年5月刊)に収載された短歌作品の中から、原子力にかかわって詠われた作品(筆者の読みによる)を読ませていただく。同集は、短歌界にとどまらず、文学・芸術・学者・文化人、各分野から多くの賛同者を得て刊行に至ったもので、「戦後七十年の中で、もっとも重要で、あらたな展望を生みだしている、現在の歴史的情況の中、短歌の表現の力で結集した人びと1232人の2463首の志」(帯文)と謳われているように「いま戦争と平和の時代の岐路に立って」編まれた短歌アンソロジーである。その作品群の中から原子力詠に限って抄出させていただくのだが、この連載の中で、かつて『平和万葉集 巻三』(2000年発行)を読んだことを思い起し、「戦争と平和の時代の岐路」のことばに、改めて感慨を深くしている。 
 
 刊行発起人(碓田のぼる、来嶋靖生、木村雅子、橋本喜典、水野昌雄)による序文では、 
 「思えば『平和万葉集』とは誇らしい名前です。日本の民族的文化遺産としての『万葉集』と、人類的、今日的課題である『平和』とが、ピッタリと息を合わせたようなネーミングとなっているからです。」 
 「また、平和とは、今日の私たちにとって、抽象的な概念ではなく、人間として生きてゆく上で、不可欠な条件として、一人ひとりが自覚的、主体的に行動することによって、保障されるものとしての姿を、鮮明にして来ています。平和とは、これなくしては人間が存在できない根本的なものであることは、今日の社会情勢が切実に明らかにしているところです。」 
 「戦後七十年の中で、もっとも重要で、新たな展望を生みだしている現在の歴史的情況の中で、この『平和万葉集』巻四が、世に出ることについては、格別な思いがあります。/それは、すでに本集の編集内容が示すように、戦前の記憶を掘り起こし、そこに平和の意義を再確認しなければならないとする情況認識とともに、収録作品が、戦後の七十年をあらたに被(おお)うものとなっていることです。つまり、作品における過去の扱いが、厳しく現在の情況によって照らし出されている、ということです。/もう一つは、表現者としての一人ひとりが、作品の優劣にかかわらず、いま、ここに、意識して立っていることを鮮明にしていることです。」 
 「これまでも、私たちの『平和万葉集』は、巻一(一九八六年)、巻二(一九八九年)、巻三(二〇〇〇年)と、それぞれに重要な歴史の目盛を刻んで来ました。/そうした歴史の延長上にあるいま現在、草の根から、国民の生活の土台からする、自覚的な民主主義が、未来に向けての一つの力を形成しながら登場して来ています。」 
 「私たち歌人の表現は、短歌の形式を本領とするものです。その表現の力で、『平和万葉集』巻四に結集したすべての人びとの志は、今日の政治権力の、反動的で威嚇的、『戦争法』の具体化と憲法じゅうりんの姿勢を決してゆるすものではありません。彼らに未来があるとは思えません。」 
 と述べ、「私たちは『平和万葉集』巻四の歌声に励まされて、情況の中での立ち位置を定めながら、それぞれの言葉を、強く、深く、切実なものにしてゆきたいと願うものです。」としている。 
 
 同集は、第1章(戦争体験・戦後体験―語り継ぐ戦争、記憶)、第2章(平和・民主主義・憲法―平和への希求と礎)、第3章(吉・原発・震災―いのち脅かすもの)、第4章(戦争法・国会・国民―忍び寄る足音と目覚め)、第5章(暮らし・高齢介護・家族―日常の中に生きる)、第6章(自然・未来―希望へつないで)の構成となっているが、それぞれの章の中に原子力詠が含まれている。 
 
 「いま戦争と平和の時代の岐路に立って」歌われた作品を、いまを生きている、拙くも詠う者の一人として、ここに記録するのは原子力詠に限られるが、全作品を筆者は読んで、さまざまなことに思いを重ねている。 
 
▼広島の被爆王族祀りたる英字を印すムスリムの墓誌 
                        (高槻市・岩本廣志) 
 
▼墓碑の文字「原爆戦死」に眼を凝らすああこの邑にもと秋思の独り 
被曝牛(ぎゆう)の生あるうちは飼いぬくと「希望の牧場」の主の声清む 
                        (千葉市・武田文治) 
 
▼鎮魂の祈りにも似て長崎の鐘は響かう未来の国へ 
                        (船橋市・中原 弘) 
 
▼宰相よな取りそ干戈原爆のほなかに立ちし影な忘れそ 
                       (横浜市・西村美智子) 
              以上「第1章 語り継ぐ戦争、記憶」より 
 
▼黙祷の意味を尋ねし一年生蝉の鳴きつぐ原爆記念日 
                      (豊後高田市・大林幸枝) 
 
▼ビニールに包み込まれし除染土の果てなく続くここがフクシマ 
                        (枚方市・長 勝昭) 
 
▼核の火を見つけてしまひしそのゆゑの悔しきことを繰返すかな 
ロシアの原子力潜水艦(げんせん)解体日本のなしし支援のその名「希望の星」 
                        (朝霞市・恩田英明) 
 
▼広島へと歩いてきた県境で「青い空は」を歌い旗をひきつぐ 
                        (弘前市・川越誠子) 
 
▼水欲りつつ絶えし御霊(みたま)にたてまつる水は「平和の泉」より汲む 
                        (東京都・木下孝一) 
 
▼十二歳の禎子の像はしなやかに折鶴あげる頭上高くに 
                       (大阪市・桑山眞珠子) 
 
▼昭和へと戻る気配す放射能・計画停電・集団疎開 
                        (長野県・小林邦子) 
 
▼邦人と同じ顔もつカザフの人と思いは一つ核兵器廃絶 
                        (水戸市・近藤純子) 
 
▼乳母車に赤子をのせて若き母原爆ドームの脇を過ぎにき 
                        (東京都・沢口芙美) 
 
▼核の傘クッカクワバラケッケッケ長々と啼く嗤い翡翠(カワセミ) 
                        (熊本市・寺内 實) 
 
▼七千人の反原発の集会に触るることなしNHKニュース 
                       (山口市・古川千恵子) 
 
▼霏霏と降る雪の長崎核廃絶祈り給ひきヨハネパウロ二世 
                       (各務原市・御園一子) 
 
▼この暮れに発つ船便へ核廃絶署名幾筆手渡す夕べ 
                       (奈良市・宮森よし子) 
 
▼平和願い仲間と折りし千羽鶴サダコの像にと友に託しぬ 
                       (三重県・諸岡久美子) 
 
▼核兵器なくせとよびて今日もまたマイクをもって駅前に立つ 
                        (小平市・吉田博徳) 
               以上「第2章 平和への希求と礎」より 
 
▼「寺子屋」で被爆体験を夫語る薬師寺八月蓮の花咲く 
今もなお胎内被曝や子への遺伝 怖れを裡に人の暮らしいる 
                       (奈良市・秋山千恵子) 
 
▼フクシマに起こっている事よくみよう安全神話のゆきつく先を 
誘導の若い職員姿なく「代わればよかった」となげくひとあり 
                        (茨木市・浅井隆夫) 
 
▼年経るも前向き生きよと繰り返すガレキの山はそのままありて 
福島に帰る希望も遠くなり伴侶亡くして自死する人も 
                        (宇治市・芦田幸江) 
 
▼「まがつひよふたたびここにくるなかれ」湯川秀樹の碑の歌詞を読む(広島市平和公園湯川秀樹の碑) 
世界平和を祈る人らの来て立てり焦土と化せし広島の地に 
                        (広島市・有澤充代) 
 
▼列車の軋みはまぼろし放射能に晒されし駅とり壊されて 
                        (平塚市・飯坂幸子) 
 
▼完全にコントロールとよくも言う汚染水今も海に流れる 
                        (川崎市・池田資子) 
 
▼海も山も里山もある故郷に原発いらんの声高くして 
                       (新居浜市・石井和美) 
 
▼原発は恐ろしきもの放射能撒きつつ地球は何処(いずこ)行くらん 
                       (四条畷市・石井正枝) 
 
▼美しき佇まいあり浜通り目に見えぬ毒放射能の中に 
広島はたださえ暑き八月の灼熱の惨を忘るるはならじ 
                        (青梅市・井上セツ) 
 
▼矍鑠(かくしやく)たる被爆者なり声凛々(りり)し「平和への誓い」に胸熱くする(長崎平和式典) 
                        (東京都・今井雄二) 
 
▼杖をつき原爆症の裁判の闘い続く八十余歳(十二月十日結審を前にして) 
新しき年の始めに核兵器廃絶を求め署名集めし(毎年・熱田神宮門前にて) 
                       (名古屋市・遠藤幸子) 
 
▼セシウムの不安未だに消えぬまま柔きみどりの春菊を摘む 
                        (日立市・大内典子) 
 
▼原発のフォールアウトを収め得ずに再稼働ねらう虎視眈々として 
                       (鳥取県・大久保禮吉) 
 
▼夏空に夾竹桃は紅くもえ原爆忌近づく原発禍のなか 
                        (東京都・大越美恵) 
 
▼平和会館の模型の前に固唾のむ爆心地ここ広島に来て 
展示室に目を背けたり爆風に人間も家も飛ばされたるを 
                        (日立市・太田初枝) 
 
▼炎天に猛る木槿の赤き花川内原発鬼火が燃ゆる 
                        (熊本市・大畑靖夫) 
 
▼原発の作業員の白血病国が認めて愁眉開かる 
                     (さいたま市・尾崎真琴子) 
 
▼燕さえ帰る家ありと歌に詠む双葉町の人の想いは 
                       (京都市・小田切孝子) 
 
▼ふくしまの尽きぬ苦悩に寄りそえる国であれかし投票に行く 
                      (あきる野市・小野かほる) 
 
             「第3章 いのち脅かすもの」より(つづく) 
 
 次回も『平和万葉集 巻四』から原子力詠を読み続ける。 


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