2017年05月25日22時58分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(233)『角川短歌年鑑・平成29年版』から原子力詠を読む 「なにごともなかつたやうに列島に原発ともる ひとおつ、ふたつ」 山崎芳彦

 今回は、月刊短歌総合誌『短歌』を発行している角川文化振興財団の刊行になる角川『短歌年鑑』の平成29年版(平成28年12月刊)に収載の、全国の歌人600余名の「自選5首作品」、さらに「角川歌壇」特選作品、「題詠秀歌作品」から、筆者が原子力詠として読んだ作品を抄出・記録させていただく。本連載ではこれまでも、毎年、角川『短歌年鑑』の原子力詠を読み続けてきたが、「平成29年版」についても、読ませていただく。掲載されている短歌作品は膨大で、そのなかから筆者の読みにより「原子力詠」を抄出したので、誤読、作者の意に添わない抄出になってしまっていることがあれば、お許しを乞うしかない。原子力詠として読んだ多くの作品には、2011年3月11日の福島第一原発事故にかかわって詠われた歌が多くを占め、短歌界にも同事故が大きな衝撃を与え、6年が過ぎても様々な表現により原発問題が詠いつづけられ、さらに広島・長崎の原爆にかかわる作品、核問題を取り上げた作品も少なくない。 
 
 原発事故が人間に及ぼした、二度とあってはならない災厄、しかしそれをなお終りにできない政治や経済の反人間的な原子力維持・推進の現実を鋭く抉り出そうと挑む短歌作品に感銘を受けているのだが、しかし福島原発事故により人々に押しつけられた深刻な被害が今も続き、また明らかにされていない原発事故の真の原因、核発電災害の実態と将来にわたる底知れない危険性、いまも見通せない事故原発の廃炉や放射能汚染物質の処理問題に直面しているにもかかわらず、安倍政府・原子力推進勢力は原発復活政策、さらに海外への原発輸出に向けての動きをすすめていることに、強い憤りを持たないではいられない。原発復活政策とは、原子力発電に関する政策と事業体制を福島原発事故以前に近づけるだけでなく、アベノミクス経済政策に原子力発電事業の海外への輸出・拡大にまで及ぶものであろう。 
 
 その原発復活政策の第一の要素は「原発再稼働の促進」だが、5月17日には関西電力の高浜原発4号機が再稼働し、間もなく営業運転に入る。同3号機も続く予定だが、さらに24日には原子力規制委員会が大飯原発3・4号機について規制基準を満たすとする審査書を正式決定した。高浜原発は、昨年3月の大津地裁による運転差し止め仮処分があったにもかかわらず、関西電力の抗告を大阪高裁が認めて大津地裁の仮処分を取り消す決定をしたことによる再稼働である。また、大飯原発については、2014年5月の福井地裁による画期的な「運転差止め」判決を無視しての「規制基準適合」決定である。今後、九州電力の玄海3・4号機(佐賀県)の規制委員会審査もあり、原発再稼働がさらに続くことが予想される。 
 このような、司法判断の上級審による逆転での再稼働は、政府、行政、電力企業を軸にする原子力維持・推進勢力への司法の追随によるものだといえよう。その背景には、安倍政権の「人事権」の恣意的な発動が見える。NHK会長、日銀総裁、内閣法制局長官、最高裁判所長をはじめ、安倍首相の「お友達」や首相の意向を「忖度」する体制などが各方面に構築されていることは知られる通りだが、原発に関わる司法判断にも及んでいるのだ。 
 
 原発復活政策は、福島原発事故を無かったかのごとく、あるいは容易に解決できることであるかのごとく過去・現実・未来を欺くたくらみとともに進められ、それは国連の「核兵器禁止条約」の成立協議に反対する安倍政権の下で促進されていることから目を逸らすことはできない。多くの歌人の原子力詠は、そうして詠われている。角川『短歌年鑑平成29年版』から原子力にかかわって詠われた作品を読む。 
 
 ◇「自選作品集」の原子力詠抄◇ 
ふるさとを追はれさまよふ友あれば原発・津波過ぎしともなし 
                          (桜井登世子) 
 
汚染水を封じ込むる凍土壁その一割は氷らずとぞ 
                          (實藤恒子) 
 
蔵はれし未使用の核あるところ地球儀ゆるく回して思ふ 
                          (志垣澄幸) 
 
大震災の原発事故に避難せし人らは五年経ちてもいまだ帰れず 
人間を人と思はず利益のみ追求はかる政府と東電 
                          (柳井喜一郎) 
 
ヒロシマは心しずかに迎うべし謝罪もとめぬことを重しに 
米文書に出来事(インシデント)と記述あり原爆投下は正義であれば 
                          (相原由美) 
 
広島を大統領が訪ふころかパニックの羽田に戸惑ひゐたり 
                          (秋葉四郎) 
 
七十年草木も生えぬと言はれたり七十一年目に投下の跡継ぎ現はる 
                          (伊藤宏見) 
 
曝書とは言はず風を通すといふ被爆者名簿かかへ出だされ 
                          (伊藤玲子) 
 
サッカーの声のひびかふ原子核研究所址「いこいの森」は 
                          (石井照子) 
 
解決は遠のく時空に〈絆〉などありようがなく五年が過ぎる 
                          (内野光子) 
 
核弾頭一万五〇〇〇発この星にちりばめたりぬわが詩篇(うた)の一篇 
                          (太田代志朗) 
 
安倍ノミステイクなりけれ国民に応へず核を売り物にして 
                          (久保美洋子) 
 
寸劇のような法案審議の場面がつづき黒い汚染物の袋も破れ 
                          (近藤和中) 
 
被爆の地・広島でのオバマ氏のスピーチは心に沁みて力強きなり 
                          (佐藤洋子) 
 
危険物いっぱい抱えしこの地球吾も一粒の銃弾(たま)となりて消えん 
                          (塩川治子) 
 
核の世の標的に絶えてなるなかれランドマークタワー夏空に輝る 
「晴天の朝、空から死が降って来て、」詩のやうに聴く大統領所感 
被爆死の米兵捕虜らの慰霊碑を被爆者は建てり一つ祈念(いのり)に 
さらさらと笹の葉祀らむ人類が人類をほろぼす核もつ星に 
                          (高尾文子) 
 
なにごともなかつたやうに列島に原発ともる ひとおつ、ふたつ 
                          (丹波真人) 
 
原発もしかり地球上の核のごみの無害となるまでの歳月おそろし 
                          (福沢敦子) 
 
デモに湧く長月の過ぎ原発も備わる列島いたく静けし 
                          (市川秀樹) 
 
永遠にくりかへさるる朝夕にごはごはと除染服の着脱 
                          (江畑 實) 
 
軍事産業原発輸出変りゆく国の姿は恣意さながらに 
                          (香川哲三) 
 
ふくらかな耳のかたちにその母は被爆写真の息子を見分く 
燃えないといふ意志として固まれる遺髪ありたり被爆乙女の 
帰りこむその父のため遺されし少女の皮膚といちまいの爪 
硝子片の位置を記せる人体図 やはらかき線するどき線に 
                          (小林幸子) 
 
フクシマの花はつもりぬぬかるみの泥をかくして明るくつもる 
傷つきしもの 寂しきひとを抱きしめる胸処(むなど)の若葉ぬらし雨ふる 
汚染土にみどりの種子をまきゆけば明るさ増してかなしみ灯る 
高々と草しげりたる家に住むけものの糞はひとを拒めり 
                          (立花正人) 
 
日向なる大口玲子歌ひたる憲法九条九十九条 
                          (寺尾登志子) 
 
やまと絵はやまとの国の忘れものまろき余白に原発はなく 
                          (松平盟子) 
 
「あやまれ」の声はあれども「ありがとう」オバマ氏来たりヒロシマの地に 
                          (道浦母都子) 
 
「ヒロシマ」の「ヒ」が聞こえない響きよいオバマの声を巻き戻しつつ 
                          (飯沼鮎子) 
 
折り鶴にこめる祈りに嘘はなし大統領の鶴も置かれぬ 
                          (大崎瀬都) 
 
樹々の間にオオムラサキの去りしのち原発稼働マップを開く 
                          (河野小百合) 
 
蘇る廃炉一基の傍らで赤き蕃茄が撓わに実る 
                          (竹下洋一) 
 
ヒロシマに黒き鞄を抱へきてスピーチをする男の涙 
                          (棗  隆) 
 
原発の余熱にひらく温室のカトレアとしてぼくらはうたふ 
                          (黒瀬珂瀾) 
 
放射能よりも身体にこたえたる一次避難と整理されおり 
                          (田中 濯) 
 
 ◇「角川歌壇特選作品集」の原子力詠抄◇ 
わが家の住宅除染をする人ら関西訛りのひ孫請けらし 
                      (福島県・児玉正敏) 
 
校庭に貼り付き建ちいる"仮設"なり老い等に児童(こ)らにまた冬が来る 
                      (埼玉県・村上式子) 
 
ふるさとを逐はれ他郷にわが家は新築中なり心逸らず 
                      (福島県・吉田信雄) 
 
信号が点滅している避難して誰も住まない住めない街に 
                      (茨城県・志賀和彦) 
 
熊栗鼠もきっとこの日を待ちをりし五年を過ぎて里山の除染 
                      (福島県・伊藤敏江) 
 
「この国は」と言いたてる時従弟から福島訛のぬくもりが消ゆ 
                      (千葉県・藤井京子) 
 
三年前作業の人らで賑わいし吾庭の除染土今日も雨吸う 
                      (福島県・伊藤敏江) 
 
四歳児除染終へたる前庭に除染ごつことふ砂遊びする 
                      (福島県・児玉正敏) 
 
核戦争している星を月面で語ろう君とつたない手話で 
                      (三重県・神田圭祐) 
 
われつくる自慢の桃をいらぬとや息子夫婦に風評の棲む 
                      (福島県・児玉正敏) 
 
英雄のポーズをとりて静止して心鎮めしあの三月は 
                      (福島県・伊藤敏江) 
 
おそらくは摘まれはしない福島の亡母(はは)の自慢の梅の木盛ん 
                      (神奈川県・小木曽幸子) 
 
 ◇「題詠秀歌」の原子力詠抄◇ 
原発の企図に人影絶えにけり角海(かくみ)浜村祖生れし里 
                      (新潟県・若月昭宏) 
 
人住めぬ浪江の町の雪の野に主(あるじ)さがして牛らさまよふ 
                      (福島県・大槻 弘) 
 
引き出しに現役時代の手帖あり核ゴミみたいに余熱を放ち 
                      (愛媛県・園部 淳) 
 
もうそこに君はいないね福島のアパート鍵心にかける 
                      (静岡県・高田光恵) 
 
タテ・ヨコのかぎ解きゆけば盤面にエノラ・ゲイとふ過去顕るる 
                      (北海道・松野育子) 
 
今の世が嘘であらんと思ひたし核・テロ・紛争・貧しい世界 
                      (広島県・河原隆治) 
 
「原爆におうたけん子は産まなんだ」叔母は語りぬ何度もわれに 
                      (兵庫県・原田洋子) 
 
山に入る畑に田に入るかかること恋ほしき五年避難地に住む 
                      (福島県・吉田信雄) 
 
曼珠沙華あかあかと野に燃えており福島原発見ゆる斜りに 
                      (福島県・大槻 弘) 
 
 次回も原子力詠を読む。              (つづく) 


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