2017年06月04日14時27分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(234)『朝日歌壇2016』から原子力詠を読む(1)「高浜原発止めし裁判長は飛ばされて生命守らぬ国は哀しも」 山崎芳彦

 朝日新聞の「朝日歌壇」に入選した作品を毎年一巻にまとめた『朝日歌壇』が刊行されているが、その2016年版(『朝日歌壇2016』、2017年4月30日発行、2016年1〜12月の入選作品を収録)から、筆者の読みによる原発詠を抄出、記録する。本連載で、これまでも2011年以後の『朝日歌壇』の作品を毎年読み続け、記録してきたが、今回も読ませていただく。朝日歌壇の選者は、馬場あき子、佐佐木幸綱、高野公彦、永田和宏の4氏で、毎回10首ずつを入選作品として選んでいるが、複数の選者の共選になる作品もある。同書の巻頭に選者4氏による「年間秀歌」10首(『朝日歌壇賞』受賞作品1首を含む)が掲載されているが、馬場あき子氏は「敷島のフクシマに国勢調査あり人口ゼロとされし町はも」(熊本市・垣野俊一郎)を朝日歌壇賞受賞の作品として選び、「国勢調査で『人口ゼロ』とされたフクシマの町への深い哀悼の心がこもったものだ」と評している。 
 
 馬場氏はこの作品について、「浪江・双葉・大熊・高岡の四町の荒廃を国勢調査という国規模の調査の中から『人口ゼロ』を浮かび上がらせる客観的視点があるゆえに深い悲しみを誘い出している。」と評し、社会的なテーマをとらえて成功した1首だとも述べている。 
 朝日歌壇の入選作品の中には、原子力発電、福島原発事故にかかわって詠われた多くの作品があるが、それらの作品を読みながら、現実には高浜原発の再稼働、安倍政府が着々と原発復活・福島原発事故以前の状態への回帰から、さらに原発事故被害者の多難で先の見えない生活の実態、人が生きることのできない地域の実情、危険と不安をぬぐえない事故原発の廃炉の道筋…現在進行中の原発事故を飛び越しての原発輸出など原子力事業による「金儲け」皮算用の政策が、憲法改悪をはじめこの国に生きる人々を踏みにじる政治の中で進んでいることについて思わないではいられない。 
 
 2014年5月に福井地裁は大飯原発3・4号機運転差し止め判決(樋口英明裁判長、当時)のなかで「ひとたび深刻な事故が起これば多くの人の生命、身体やその生活基盤に重大な被害を及ぼす事業に関わる組織には、その被害の大きさ、程度に応じた安全性と高度の信頼性が求められて然るべきである。このことは当然の社会的要請であるとともに、生存を基礎とする人格権が公法、私法を問わず、すべての法分野において、最高の価値を持つとされている」、「人格権は憲法上の権利であり(13条、25条)、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。」としたうえで、福島原発事故がもたらした災害についてその人格権を蹂躙、侵害している実態を指摘し、それを繰返す結果になることを否定できない大飯原発の運転差止めを命じたこと、さらに樋口裁判長は2015年4月に高浜原発再稼働の差し止めを命じる決定をしたことを想起し、しかし同裁判長はその後左遷され、その判決を覆すべく裁判官人事が行われた結果の、原発再稼働路線が司法の場を支配している安倍政権下の政治、国家権力の独裁的・恣意的行使の実態が覆っている社会の現状に思いを広げないではいられない。 
 
 朝日歌壇の入選作品は、投稿された作品の中のごく一部であり、原子力詠についても入選作品以外にも多くの貴重な作品があったに違いないと筆者は思うのだが、接することが出来ない。選者各氏が選んでくれた作品を読みながら、その背後にある多くの作品があることを思いたい。 
 
 
除染地に自動車(くるま)・猫車(ねこ)など赤錆(あかさび)て光なくして現場に終る 
            (1月4日 佐佐木幸綱選 須賀川市・布川澄夫) 
 
焚火することを禁じて原発を再稼働するあわれニッポン 
            (1月11日 高野公彦選 東京都・東金吉一) 
 
仮設に住む孤独死思えば我は傘寿人肌五勺しみじみと酌む 
            (同 馬場あき子選 三沢市・遠藤知夫) 
 
ひと日ずつ生きてゆくのみ命運をだれも知らざる冬銀河かな 
            (1月18日 永田和宏選 福島市・美原凍子) 
 
敷島のフクシマに国勢調査あり人口ゼロとされし町はも 
            (同 馬場選・熊本市・垣野俊一郎) 
 
忘却はまた過ちを繰り返すと魯迅の言葉は予言の如し 
            (同 佐佐木選 石川県・瀧上裕幸) 
 
放射能を含みし草をあまた食(は)む浪江の牛に降る雨冷たし 
            (1月25日 馬場選・福島市・櫻井隆繁) 
 
梨畑(なしはた)の小枝剪(き)る人五年目にようやく笑みが片頬(かたほ)に戻る 
            (同 高野選 福島市・青木崇郎) 
 
ふる里の川の微かなセシウムの香を記憶して稚魚旅立つか 
            (2月1日 高野選 郡山市・柴崎 茂) 
 
福島を離れて四年福島のナンバー付けて子ら帰りくる 
            (2月8日 永田選・田辺市・岡田敏朗) 
 
七千人の除染作業員に賑はふと南相馬市の友の賀状に 
            (同 佐佐木選 国立市・半杭螢子) 
 
高浜原発止めし裁判長は飛ばされて生命守らぬ国は哀しも 
            (同 佐佐木選 福井県・下向良子) 
 
五歳(いつとせ)を弱音吐かざる妹の仮設の屋根に雪は降り積む 
            (2月14日 馬場・高野選 下野市・若島安子) 
 
黒々とフレコンバッグ積み上げて置き去りの被曝地に今日は雪降る 
            (同 馬場選 熱海市・宮島郁子) 
 
十年間皿をくるんだ新聞紙の3・11(さんいちいち)を知らぬ無邪気さ 
            (同 佐佐木選 浜松市・石田佳子) 
 
原発の再稼働また一基増ゆさして大きく騒がれもせず 
            (2月22日 馬場選 前橋市・荻原葉月) 
 
老いの日を土に生きむと言ひし夫避難して後は読書にこもる 
            (同 馬場選 国立市、半杭螢子) 
 
きさらぎの夜空を照らす満月は住民0(ゼロ)町の富岡照らすや 
            (3月7日 高野選 国立市・半杭螢子) 
 
二十年住み慣れし家荒れ果てて原発避難五年の哀し 
            (同 佐佐木選 国立市・半杭螢子) 
 
想定外は想像力の乏しさを認める言葉 蘆(あし)が角(つの)ぐむ 
            (3月21日 永田選 福山市・武 暁) 
 
五年目の節目といわれるその日にも防護服着た人七千人がイチエフに居る 
            (3月28日 佐佐木・高野選 福島市・加藤哲章) 
 
とりどりの花の種袋手に老兄(あに)は除染の後の土に蒔くとふ 
            (同 佐佐木選 福島市・美原凍子) 
 
四十年以上は自信持てないと自分で止まる高浜原発 
            (同 高野選 三鷹市・大谷トミ子) 
 
ふたたびを異火(ことび)焚くとやみちのくの大災(おほわざは)ひをゆめ忘れまじ 
            (同 高野選 山陽小野田市・蘇 怜耶) 
 
菜を買えばキャベツ七五〇〇個を捨てた農夫の自死よみがえる 
            (同 馬場選 福島市・澤 正宏) 
 
東京のくにたちに香る沈丁花(じんちょうげ)福島のわが庭に濃からむ 
            (4月4日 永田選 国立市・半杭螢子) 
 
帰れねぇいまさら解除といわれても口惜しいけれどもう帰れねぇ 
            (同 永田選 会津若松市・赤城昭子) 
 
ただ一言「あの日も寒かった」とう妹に流れし五年の月日を思う 
            (同 永田選 下野市・若島安子) 
 
沖縄に米軍基地をつくらせて傍観してをるフクシマの我 
            (同 永田選 いわき市・馬目弘平) 
 
帰りたいでも帰れない原発禍帰らぬと決め涙溢るる 
            (同 佐佐木選 前橋市・荻原大空) 
 
味噌汁の湯気のとなりに汚染水タンクだらけの朝刊の写真 
            (同 佐佐木選 香川県・薮内眞由美) 
 
原発は妖怪なれば石棺をシェルターで覆ふ百年黙るか 
            (同 佐佐木選 浜松市・松井惠) 
 
漆黒の墓石のごとく立ち並びどこへも行けぬフレコンバッグ 
            (同 佐佐木選 前橋市・荻原葉月) 
 
ポストには赤いポストとモニタリングポストの白のありてふくしま 
            (4月10日 高野選 福島市・美原凍子) 
 
被曝地にいのち生(あ)れては住み続くいのちの行方知らされぬまま 
            (4月18日 馬場選 鴻巣市・佐久間正城) 
 
有権者住む辻求め、よその町よその市走る富岡町議選 
            (同 高野選 福島市・青木崇郎) 
 
原爆の碑に献花して丁寧に手直しをするケリー長官 
            (5月2日 高野選 北九州市・四宮 修) 
 
全国の活断層のその上に人は暮して原発は建つ 
            (5月9日 永田選 川崎市・小島 敦) 
 
原発の再稼働阻止の新聞が忘れたように括られている 
            (同 永田選 三郷市・木村義煕) 
 
花霞む山里ゆけばおちこちに隠しようなきフレコンバッグ 
            (同 高野選 福島市・美原凍子) 
 
福島の美しき里茫々と無人の家にいのしし住みつく 
            (同 高野選 国立市・半杭螢子) 
 
原発は今の世の城崩れたる熊本城の声ぞ聞こゆる 
            (5月16日 馬場選 藤沢市・中村 喬) 
 
「ガレキ」とう言葉で括る淋しさよわたしの記憶わたしの思い出 
            (同 永田選 さいたま市・伊達裕子) 
 
原発をとめる根拠がないと言ひ人の不安は根拠に入(い)れず 
            (5月23日 佐佐木選 川越市・小野長辰) 
 
山裾の構造線は西に延び伊方を抱きて阿蘇熊本に 
            (5月30日 永田選 松山市・宇和上 正) 
 
芭蕉来し五月をしのぶふくしま路除染作業車縦横に踏む 
            (6月12日 馬場選 福島市・青木崇郎) 
 
黒黒とフレコンバッグ、メガソーラー、青葉茂れる無人の山木屋 
            (同 佐佐木選 福島市・米倉みなと) 
 
オバマ氏のとにもかくにも来たれるを恩讐を越え被爆者は謝す 
            (6月12日 高野選 三原市・岡田独甫) 
 
阿武隈にぽつりぽつりと家のたつセシウムのこる山ひだの村は 
            (6月20日 佐佐木選 東京都・松崎哲夫) 
 
被爆者を抱きよせ背中をさする指オバマ氏の指にんげんのゆび 
            (同 高野・永田選 安中市・鬼形輝雄) 
 
思ったままを口にできないオバマ氏と被爆者抱き合う万感こめて 
            (同 永田選 春日井市・伊東紀美子) 
 
罪のなき人たちの死を忘れずと陛下は比島へオバマは広島へ 
            (同 馬場選 長野県・小林正人) 
 
ヒバクシャを大統領はハグしたり核のボタンをたずさえきたりて 
            (6月27日 高野選 須坂市・常長虎徹) 
 
 次回も『朝日歌壇2016』から原子力詠を読む。      (つづく) 


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