2017年08月29日22時46分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(242)『昭和萬葉集』から原子力詠を読む(7)「原子炉の温排水はテトラポット囲む日本海の岸に渦巻く」  山崎芳彦

 『昭和萬葉集』から原子力にかかわって詠われた短歌作品を読んできたが、巻九(昭和25年〜26年、1950年から1951年)に始まった連載も今回の巻十九(昭和49年、1974年)、巻二十(昭和50年、1975年)で終る。この「核を詠う」連載では以前に巻七(昭和20年8月15日〜22年、1945年〜1947年)、巻八(昭和23年〜24年、1948年〜1949年)の原子力詠を読んでいるので、合わせると1945年〜1975年、戦後30年にわたって『昭和萬葉集』に収録された原子力詠を読んできたことになる。この連載では原子力詠に限って記録してきたのだが、筆者は全作品を読んできたので、戦後30年の歴史、筆者にとっては5歳〜35歳に重なる時期に全国の多くの歌を詠む人びとの作品をかなり集中的に読んだことになる。読みながら、自らの前半生期といってもよいだろう時代と、その時代を生きた我が生きざまを重ね、見つめなおし、見えてはいなかったこと、見ようともしなかったことの大きさを思い知らされ、感慨は単純ではないのだが、『昭和萬葉集』があってよかったと改めて先達に感謝したいと考えている。 
 
 原子力にかかわる短歌作品のみを記録をしてきたので、『昭和萬葉集』がどのような作品群で構成されているのかについて記して来なかったが、今回が最後になるので最後の巻二十の目次の概略を紹介しておきたい。各巻ごとにその年代に合わせて構成に変化があるが、参考になればと思う。 
 
 [] 「日本さまざま」(列島改造、汚染列島、薬害と闘う、原子力船「むつ」、過激派に思う、差別との闘い、田中金脈問題、不況、物価高騰、国鉄スト、北方領土、エリザべス女王来日、天皇・皇后御訪米、沖縄海洋博) 「世界と日本」(ベトナム戦争終結、ベトナム難民、朝鮮を思う、金芝河を思う、世界さまざま) 「戦後三〇年」(戦後三〇年、戦地にて、銃後にて、空襲の記憶、俘虜として、引揚者の歌、廃墟の中から、還らぬ人、戦跡を訪う、原爆の傷跡、被爆三〇年、原爆の図、戦争の傷跡、ある感慨) 
 [] 「生活の周辺」(朝の歌、夕べの歌、夜の歌、街、車中にて、生活の周辺、わが家、厨にて、食べものの歌、酒の歌、ある時、ある光景) 「老のうた」(老に至る、老の思い、老の日常、老の嘆き、老をみとる) 
 [] 「農に生きる」(離農・過疎、出稼ぎ・兼業、米作り、農作業、家畜、果樹園、農に生きる、農村の日々、農村風景) 「仕事の歌」(海ではたらく、山の仕事、鉱山・炭坑、職人、商人、鉄道員、教師、医師たち、さまざまな職業、はたらく日々、職場にて、工場にて、帰休・解雇・求職、定年・退職) 
 [] 「愛の歌」(愛の歌) 「愛と死」(父、父の死、父を偲ぶ、母、母の死、母を偲ぶ、父母を偲ぶ、夫、病む夫、夫の死、夫を偲ぶ、妻、妻を偲ぶ、みどりご・幼な子、わが子、受験の子、結婚、はるかなる子、病む子、亡き子、嫁と姑、祖父母、孫、兄弟・姉妹、師友、死を思う、挽歌、村上一郎の死、福田栄一の死) 「病者の歌」(病者の歌、癌、ハンセン氏病、療養の日々、不自由な体) 
 [] 「四季の歌」(省略) 「天地自然」(省略) 
 [] 「現代の歌」(青春、若き情念、幻想、女歌、浪漫遙曵、心の風景、わが思い) 「くさぐさの歌」(祭・民俗、旅、旅情、孤児・名刹・神仏、海外の旅、外地にて、ふるさと、学芸、スポーツ、口語の試み、日々の感慨、若き日を、省りみて、折々の歌、昭和五十年) 
 
 以上が『昭和萬葉集巻二十』の目次のほぼ全容である。各巻ともにその時代を特徴づける国内外の動向をテーマにして詠われた作品群を巻頭に据える構成は共通していて、時代史を短歌作品で綴っている。作品に取り上げられている事柄についての「脚注」もの充実している。 
 
 講談社の編集者として『昭和萬葉集』の編纂にあたった菅野匡夫氏(詩人)に『短歌で読む昭和感情史』(平凡社新書、2011年12月刊)があるが、その「まえがき」で「(『昭和萬葉集は』)昭和元年から五十年までにつくられた短歌四万五〇〇〇首をあつめ、年代順・テーマ別にならべることで、昭和史をつづろうとした全集である。(歌の作者は、無名歌人をふくめて一万五〇〇〇人を超えた)。」と記している。 
 菅野氏はまた同書において、『昭和萬葉集』の完成を記念して編集協力者・報道関係者を招いて開かれた「完成感謝の会」(1980年11月)において「昭和萬葉歌人の一人である社会学者の鶴見和子氏が挨拶に立って、こんなスピーチをした。」として、鶴見氏が語った内容を挨拶録音テープによって紹介している。 
 「歴史は人間世界をトータルに理解するために、社会史・経済史・思想史など、いろいろな分野別の研究が試みられてきました。しかし、いまだ感情史、人間の心の歴史というのは聞いたことがありません。/社会学者である私にとって『昭和萬葉集』がありがたいのは、この本によって感情史(の可能性)が誕生したことです。感情史が加わることによって、初めて人間をトータルに捉えることができるようになるとも言えます。/しかも、社会を、一握りの偉い人によって動かされている社会だけでなく、名もなき多くの人びとの生き様(ざま)を、そのままの叫びの姿であらわす、そういう歴史を構築することが可能になります。」 
 
 自ら長い短歌実作の経験を持ち、優れた歌集を刊行した、今は亡き鶴見和子氏の『昭和萬葉集』についての評価は、まことに深く的確なものであった思う。 
 
 歌人の来嶋靖生氏は、月刊歌誌「短歌研究」の2015年8月号の「特集 戦後七十年をふりかえる」に、「文化的創造力いま何処―『昭和萬葉集』の思い出」と題した文章を書いているが、その冒頭で次のように記している。 
 「『昭和萬葉集』の第一回配本(第六巻)が出たのは昭和五十四年二月である。私的な思い出になるが、その編集作業の一端に私が参加したのはその二年くらい前だから、都合四十年近い歳月が流れたことになる。『昭和』が『平成』に替り、もう二十七年になるが、ひそかに思うことは『昭和萬葉集』(全二十巻)のような企画はもう当分できないであろうということ。いろいろな類似の後続アンソロジーは散見するが、とても『昭和萬葉集』ほどの質量規模の整った全集は見られない。…/これは単に発行元や歌壇の問題ではない。また出版界の問題でもない。日本国全体の問題である。右にあげたような強い生命力を持つ企画を生み出す機運を国全体が失っている。言い換えれば国の文化的創造力が著しく衰弱している、ということではないだろうか。」 
 諦めや絶望のことばではない。近年のこの国のありようにかかわってきびしい現状認識、時代認識を語っていると、筆者は来嶋氏の文章を読んだ。 
 
 筆者は『昭和萬葉集』から原子力詠のみを記録してきたので、「巻七〜巻二十」(巻七、巻八は「核を詠う」5〜8 2011年9月)の作品を、誤読、読み落としがあったかと恐れるが、この連載の中で抄出してきて、今回が最後になる。1940年(昭和15年)生れの筆者にとっては、『昭和萬葉集』の短歌作品を読むことができたのは、拙く詠う者の一人であることからも、また自分が生きてきた時代を、自分だけでは到底とらえきれなかった広く深い視座から考える機会をいただいたということからも、ありがたいことであったと思っている。 
 
 巻十九、巻二十から原子力詠を読んでいく。 
 ◇汚染列島・日本◇(昭和萬葉集巻十九』より) 
 ▼核問題 
出航を阻(はば)むと「むつ」を取り囲むあまたの漁船いたく小さし 
                        (久保民次郎) 
 
原子力船出すなと叫ぶ漁民らのデモは空しく波に呑まれし 
                        (大味加一) 
 
さまよえる「むつ」船上も月影は隈(くま)なくあらん今宵中秋 
                        (坂本きぬ子) 
 
核問題論議されているその朝にノーベル平和賞日本に来る 
                        (神崎道江) 
 
持ち込まぬ約束なれば核なしと信ずると言う政治よ哀し 
                        (向原允至) 
 
はばまれて動かぬ「むつ」の上を飛ぶ風船いくつ高空に舞ふ 
                        (佐々木敏子) 
 
官僚の傲(おご)りラロック証言を「例の暴露さ」とこともなげに言う 
                        (安井 郁) 
 
 (脚注で原子力船「むつ」について、「昭和49年6月28日、『むつ』は臨界実験に成功、米、ソ、西独に次いで4番目の平和利用船舶用原子炉が生まれた。ところがその直後に放射能漏れが発見され、5日母港の青森県陸奥湾沿岸の漁民4000人が集まって『むつ』母港反対の総決起大会を開き、帰港阻止を決議したため、『むつ』は50日にわたって漂流、2年半後に母港撤去、地元対策費12億円支出の条件で、10月7日帰港、原子炉に封印した。」ことが記されている。筆者要約。また「ラロック証言」についても脚注として、「1974年9月10日、米国議会の委員会で退役海軍少将ジーン・R・ラロックが、米海軍の核兵器は空母だけでなくフリゲート艦や駆逐艦などにも搭載され、日本に寄港する際にも核兵器は搭載したままであると証言した。またこの年8月には、マイク・ハモンド一等水兵が横須賀基地の軍法会議で、日本への核兵器持ち込みを証言した。日本政府は米国政府の公式見解を求めたが、核兵器持ち込みの疑念を晴らす証拠はなにも提示されなかった。」と記している。筆者要約) 
 
 ▼世界の中の日本(抄) 
民飢うる印度も原爆持ちしとふ終末の思ひひしひしと湧く 
                        (佐野四郎) 
 
多産多死飢餓にさまよい声のなき民救わるや核成れる国に 
                        (佐藤喜久代) 
 
 ◇戦争の傷跡◇(同) 
 ▼被爆者として 
原水禁の祭の如きデモ隊を被爆者吾は窓に見てをり 
ケロイドを背にもつ義弟が原水禁運動にかかはらぬ悲しみも知る 
                        (2首 佐々木澄夫) 
 
吾が裡(うち)になほ潜(ひそ)む放射能の翳(かげ)り思ひて熱き街行く 
焼け爛(ただ)れし母の果てしは今渡る水反射するこの川ならむ 
                        (2首 加藤節子) 
 
吾が心常に引き戻す原点に広島被爆ありそこに亡夫(つま)がゐる 
                        (伊藤ふたゑ) 
 
被爆せしわれを求めてさまよいし二次被爆の父も病みて働く 
一・六キロ屋内被爆と答えつつ教授回診にわが胸を曝(さら)す 
頭髪がこんなに抜けると恥じらいし白血病と知らず逝きたり 
箸持つさえ痛みに耐えかぬるをやる気が無いのかと兄の眼鏡光る 
                        (4首 宇都宮美智子) 
 
三十年生きて眉間(みけん)のケロイドの傷むらさきに母は老いたり 
                        (角谷美代子) 
 
被爆して動けぬ夫と窓に見し十五夜の月忘るることなし 
                        (横山英子) 
 
右翼ゆき機動隊ゆき左翼ゆき八月六日わが街ならず 
                        (松田和子) 
 
 ▼原爆の爪痕 
戦争の悲惨は今も続きいて被爆女性の今日いのち断つ 
                        (津村寿美子) 
 
一歳にて被爆せる孤児三十にて生命断ちにき原爆記念日 
                        (井上雄二) 
 
足の指の指話くり返し被爆せる傷とえど秘め今日もふれざり 
                        (高野栄子) 
 
閃光の瞬間までを咲きてゐし凌霄花(のうぜんかづら)の顕ちて被曝忌 
                        (加藤節子) 
 
被爆して無傷なりしも髪の毛の脱けそめしを言ひやがてみまかりぬ 
                        (山本治子) 
 
街ゆけばロックバンドの楽ひびき二十九回目の原爆忌暮る 
                        (宮田雅子) 
 
原爆に果てし人らの影よぎる真夏の太陽須臾(しゆゆ)黒く見ゆ 
                        (宮坂和子) 
 
血は凍りやがて総身に逆流す「ハッピーヒロシマデー」と言われる時に 
                        (西村美代子) 
 
ねにつくとき原爆記事のスクラップを枕辺におくならいかなしむ 
殉教の浦上におり被爆者のいきがたきいのちと今日もむかいぬ 
                        (2首 秋月辰一郎) 
 
 ▼敗戦の後(抄) 
戦に出(い)でて死なざりし従兄弟(いとこ)らのつどえば原爆死せる従妹(いとこ)思へり 
                        (小花かつ子) 
 
 ◇日本さまざま◇(『昭和萬葉集巻二十』より) 
 ▼汚染列島(抄) 
原子炉の温排水はテトラポット囲む日本海の岸に渦巻く 
                        (金津文枝) 
 
 ▼原子力船「むつ」 
帆立貝養殖に生くるわが友は漂流つづくる「むつ」を憎めり 
                        (川口敏蔵) 
 
貧しきはまた利用され原子力船阻(はば)むと仕事を休みて坐れり 
                        (添田博彬) 
 
政治家も知事市長らも票ほしと衆愚(しゅうぐ)にこびて「むつ」漂流す 
                        (原田国造) 
 
母港に還れず漂ふ「むつ」なれば人間に似し哀れもよほす 
                        (小川茂子) 
 
北の海くろぐろとあるただなかになほ漂ふか寂しき「むつ」は 
                        (安立スハル) 
 
 ◇戦後三十年◇(同) 
 ▼原爆の傷跡 
吾が兄の被爆も知らず広島の空にわき上るきのこ雲を見き 
                        (前田米子) 
 
原爆に死すときくのみまつぶさに兄の臨終(いまは)を知るひとのなし 
                        (木村志津子) 
 
被爆死の弟の体に刺(ささ)りける硝子(ガラス)を抜きし記憶なまなまし 
                        (佐藤素彦) 
 
怖ろしき広島の火に須臾(しゆゆ)に消えし弟をぞおもふ立つ石のまへ 
                        (得能賀衛) 
 
水水ともんぺの裾(すそ)にすがる手を幾度声なく払(はら)ひしか我 
                        (池田きみえ) 
 
せがまれて脱がさむとすれば藍染(あゐぞ)めの浴衣は表皮と共に剥(は)がれぬ 
死せる子を抱きて離さぬ母親の裂かるる声の今に残れる 
                        (加計輝子) 
 
管制の暗き列車に呆然と被爆の夫の骨いだきゐし 
                        (熊井あい) 
 
 ▼被爆三〇年 
放射能を吾が身に受けて三十年時に四千に減る白血球 
分け合ひて飲みしわづかな水にさへ含みゐたるか彼(か)の日の放射能 
                        (赤川昭子) 
 
まざまざと浮ぶ記憶に語り合ふ被爆者検診日の今日を来りて 
                        (益田節子) 
 
ヒロシマに焼け爛(ただ)れし妻子(つまこ)つね悲しその臨終(いまは)のことさまざまのこと 
被爆者われ定期検診受けながらかにかくに三十年生きて八十 
                        (白木 裕) 
 
被爆者と知らるるまじと三十年吾ら持たざり被爆者手帖 
心もとなき老に入りつつ申請せし被爆者手帖漸(やうや)くおりぬ 
                        (塩浜ちゑの) 
 
遅れゆく婚期を無精(ぶしょう)というのみの君が秘め持つ被爆者手帖 
                        (泉田タミ子) 
 
三十年病みきて今年被爆者医療手当下る余生いくばくの夫に 
                        (内海清子) 
 
広島ゆ移りて髪の抜けつぐとつまむをかくみともにおそれき 
二十万の殺傷を単位とためされていまだいかりを一つになさず 
                        (熊谷武至) 
 
隣国に核の脅威の迫る夏も分裂つづく原水禁運動は 
                        (安井 郁) 
 
原水禁運動の統一またもならずヒロシマの夏暑さきわまる 
                        (安井田鶴子) 
 
向日葵の(ひまはり)の花更(くわかう)のごとき蜂の巣に蜂らい群るるけふ原爆忌 
核批判はなやぐものに原爆忌すぎたり銀河黒くしづめる 
                        (太田青丘) 
 
慰霊碑に新霊(あらみたま)二千まつらるる原爆の日よ三十年経て 
                        (橋本春嶽) 
 
慰霊碑に真昼を燻(くゆ)る香(こう)の束をりをり焔(ほのほ)あげて乱るる 
                        (川崎千公) 
 
三十年たちて被爆者過去帳にはじめて載(の)りしわが父母のみ名 
                        (豊田 都) 
 
死なばやがて我が名も納められむ原爆慰霊碑の前にしばしたたずむ 
                        (松室一雄) 
 
焼けのこるドーム露(あら)はなる上にして雲に停(とど)まるはつか紅(くれなゐ) 
                        (松尾富雄) 
 
ひろしまに死にしちちははふぶく雪の窓枠の中に手をさしのぶる 
                        (深川宗俊) 
 
三十万度の熱持つ光線さえぎりてくれし塀(へい)なり生きて見に来つ 
                        (山本康夫) 
 
幾度(いくたび)か涙拭(ぬぐ)ひつつ原爆に拘(こだは)る図書の点訳し終へぬ 
                        (山中昌子) 
 
心昏(く)れて闇をぞねがふ中国もアメリカもなき夜を寝(い)ねむため 
核実験にうちつぐ抗議電報の何を得たりとつひに知るなし 
                        (竹山 広) 
 
 ▼原爆の図 
アゴをはがれ舌ぶらさげた半裸の女人、死児抱いて歩くゆくえ知らずに 
誰もいない家の壁にはりついて、泣く子の姿、そのまま死んでいる 
水桶の中すきまなく立つ男女、水 水とさけび、息たえたのか 
                        (原田春乃) 
 
三十万の熱線浴ぶれば立ちしまま死せる少年も描かれてゐる 
                        (重岡敏明) 
 
焼け爛(ただ)れ水を求めて彷徨(さまよ)へる幽鬼(いうき)の群を見よと掲ぐる 
原爆図見終へて重き疲れあり薔薇の青葉に雨しきり降る 
                        (下島ふみ世) 
 
 ◇くさぐさの歌◇(同) 
 ▼ふるさと(抄) 
原子力発電基地となりてよりいくたびもテレビに写(うつ)る故郷 
                        (冨永茂穂) 
 
 次回も原子力詠を読む。              (つづく) 


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