2017年09月21日14時17分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(244)山崎啓子歌集『原発を詠む』を読む(2)「忘れ得ず 去年(こぞ)六月の嫗の死『私はお墓に避難します』」山崎芳彦

 前回に続いて山崎啓子歌集の原子力詠を読むが、「福島を思う」、「福島とともに『事故から六年』」としてまとめられた、作者の原発事故被災に苦しむ人々、地域に寄せる深い思いを短歌表現した作品からあふれる原子力発電に対する怒り、原発ゼロ実現への願いと作者自身の意志に心を打たれる。その根底に「核と人間は共存できない」という確信があるのだと思う。ところが、この国は原子力発電を「欠かせないエネルギー源」として「福島原発事故以前」に戻ろうとするだけでなく、「非核三原則の見直し―米国の核兵器の日本への配備」論が、「北朝鮮のミサイル・核開発の脅威」を理由に大手を振って語られ始めている。自前の核兵器開発保持への布石であるに違いない。核発電の維持存続と核兵器配備―核兵器開発への企みはコインの裏表であろう。 
 
 福島第一原発事故を起こした東京電力に、福島の事故の原因究明も、事故を起こした責任の明確化も、被害者・被災地域が苦難に喘いでいる現実への誠実な対応もないままに、ふたたび原発運転の適格性を認めようとする原子力規制委員会―安倍政府の暴挙は、明らかに原発の一層の推進のための、この国の政治・経済支配勢力にとってのアクセル踏み込みと言わなければならない。原発を続けることによって、この国の現在と未来に何がもたらされるのか、あれほどの重大な事故を起こし、人々を今も、これからも苦しませる東京電力にさえ原発運転の適格性があるとすれば、柏崎刈羽原発の再稼働を許すのであれば、この国が「福島以前」の原発列島に回帰するばかりでなく、「非核三原則」のなし崩し解消とこの国の核兵器開発に連結した原子力政策にまでつながっていくに違いない。国連の「核兵器禁止条約」に安倍政権が反対するはずである。 
 
 安倍晋三首相は、9月28日召集の臨時国会での衆議院の冒頭解散、10月下旬の総選挙の暴挙に打って出る可能性が確定的だという。政権維持のみを狙った不意打ち解散は、国会無視、国民不在の独裁的権力行使である。この「安倍による安倍のための解散・総選挙」が、安倍独裁政権の大失敗であったと言わせるような、主権者の意思表明の機会にしなければならないと思う。 
 
 「後世の誰かに伝へむ原発を恨む末期がん患者の歌を」と詠った山崎啓子さんの志を受け止めたいと思いながら、作品を読み続ける。 
 
 ◇福島を思う◇(抄) 
原発の町のニュースに犬映り野武士のごとく身構えており 
 
放射能の風評ついに人にまで「うつる」などとう心無き声 
 
田畑を離れ避難所に暮らす人 土の香消えし遣り場なし 
 
避難所の人らの夢にあらわれむ田打ちの時を待つ耕運機 
 
『うつくしま福島』というポスターを名画のごとく思ひ出すなり 
 
下北の地への離郷を強ひられし前史にもありぬ福島県には 
 
ふる里を追わるる歴史繰り返す長き車列に放射能降る 
 
無人の町の彼岸の供花も無き墓に原発からの風吹き付けむ 
 
人の無き村と苗なき田を見れば阿武隈山は笑うことなし 
 
風評に県の全域さらされて米売り場になき会津コシヒカリ 
 
畠の野菜すべて破棄せしその夜に老農ひとり自死を選びぬ 
 
修学旅行先の汚染を質す首都圏の母らは羨(とも)しと福島の母 
 
警報装置なき線量計福島の子どもの胸に空めき揺るる 
 
私もお嫁さんになれますか 福島の少女は問わむ雛人形に 
 
晴れ晴れと雪遊びする子らの声いつ戻るらむ福島の地に 
 
父母に週末だけしか会へぬ子ら眠れぬままの日曜の夜か 
 
この子らに帰れというは鬼なるや低線量のふる里の地に 
 
除染後も子らの戻らぬ公園の遊具労るや緑陰のあり 
 
この子らをいかに守らん他(ほか)の市の四倍もある放射線から 
 
声低く男ら話す原発を水揚げのなき港に寄りて 
 
福島の廃業決めし果樹園に神の遊びか桃咲き揃ふ 
 
気軽には頁(ページ)めくれぬこの絵本『福島の子どもたちからの手紙』 
 
一万人の離郷の子らの心根に刻まれてゐむ福島訛り 
 
忘れ得ず 去年(こぞ)六月の嫗の死「私はお墓に避難します」 
 
 ◇福島とともに「事故から六年」◇(抄) 
3・11秒針進むこの国に人の戻れぬ里いまもあり 
 
甲状腺持たぬ雛(ひいな)の細首よ 福島にがんの児またも増えゆく 
 
常磐線復旧作業にもあると聞く下請け孫請けの人らの被ばく 
 
寒気団やうやく退くとき来れど春になりても居座るセシウム 
 
セシウムは見えぬから見ず「復興」の形ばかりが映像となる 
 
落つる汗掌で拭ひつつ「再稼働反対」叫ぶ 無縁にあらず 
 
「生業訴訟」判決近し風化待つ国・東電の責任問ふて 
 
「原発はもういいんじゃない」と言ふ人は福島浜通りに行ってみてごらん 
 
次々とモニタリングポストいわき市に四百七十九基あるを知らさる 
 
小学校の校庭を区切りプレハブの仮設商店街賑わひており 
 
辛からむ いわきの漁師六百人海の男が陸に働くは 
 
一向に停まらぬ汚染福島の漁業再開いつの日ならむこ 
 
この一帯たしかに駅と呼ばれけむ垂るる架線と草間の線路 
 
傍らのモニタリングポストは〇・三マイクロシーベルト もう驚かぬ 
 
来し時よりも暗澹として去る町に紅葉美しき低山が見ゆ 
 
墓前に立ち原発事故を伝へけり空爆をわれに語りし母に 
 
会場は暖房強く渇きたり浪江町長話す五年前を聞く 
 
全町避難は津波の翌朝 泥の中に生者を措きしと町長は悔ゆ 
 
三・一一の風化はあらず浪江の浜 月命日には不明者捜索 
 
町民は放射能に沿ひ走りけり唯一の国道114を 
 
今もなほ帰還困難の大熊町破れし看板の「またどうぞ」の文字 
 
富岡町の桜の名所「夜(よ)の森」に花見の宴開けぬ五年 
 
原子の火また燃え始めこの国の反省の日々僅か三年 
 
再稼働を報ずる画面の片隅に五年前の事故も映せよテレビ 
 
原爆も空爆も無き世に生きてひねもす気にする空間線量 
 
愚かにも縁なきものと思ひけりチェルノブイリ後の子らの病を 
 
「直ちには影響なし」から五年 「放射能の所為(せい)とは限らず」に 
 
成人し恋する頃か 避難所で「子を産めますか」と問ひし少女は 
 
モダンなる校舎はただに朽ちてゆく浪江町立請戸(うけど)小学校 
 
桜さへ無情に散りぬ「川内(せんだい)」の停止処分かなわざる日に 
 
顔見知り多き集会に孤独なり原発から安保に変はるプラカード 
 
知人らが見捨てたるともわが内に地鳴りのごとき福島のこゑ 
 
宣(むべ)なるか原発告訴 曖昧のままの「責任の所在」問ひて 
 
着々と「良い」原発は再稼働「良い」と言わるるもの気味悪し 
 
福島の母らの不安消え去らず昔話にするのは待って 
 
青空に人ら祈らむ原爆も原発事故も過去にこそあれ 
 
早々と原発開始「福島」の後片付けは遅々と進まず 
 
原発ゼロの願ひ空しく再稼働三・一一の月命日に 
 
危なげな避難計画は含まれず「世界最高の安全」基準に 
 
たんぽぽの花を置きたし原発の再稼働ボタン押さんとする手に 
 
 ◇新聞掲載作品より◇(抄) 
一人一人廃炉の費用負担負ふ国に原発事故の風化は進む 
 
後世の史書に記されむその昔核という名の兵器ありきと 
 
樹は残り語り部として根を張りぬゲルニカの樹も被爆の柿も 
 
十五分後を知るはずもなく朝八時広島の街に「おはよう」の声 
 
 ◇埼玉県歌人会115回春季短歌大会作品◇ 
この国は持ち続くるやいち早く付喪神(つくもがみ)にとなりし原発を 
 
平成の万葉集に載るやも廃炉作業の防人の歌 
 
 ◇ありと人間◇(抄) 
二十ミリシーベルトある地面にもアリの這ふ列 ネット画像に 
 
地上飛ぶ蝶の被ばくは伝はれど地面這ふアリの異変は聞かず 
 
見えぬなら見なくても良きか放射能も虫の被ばくも 新緑むなし 
 
人に陥穽 アリに蟻地獄 安らかに生きらるる地を持つものは無し 
 
 次回も山崎啓子歌集の原子力詠を読む。        (つづく) 


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