2017年10月17日14時01分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(246)山崎啓子歌集『白南風』の原子力詠を読む「核持ち込みの密約隠され五十年被爆柿の木二世を増やす」  山崎芳彦

 今回は前回までの山崎啓子歌集『原発を詠む』に続いて刊行された第二歌集『白南風』(2017年7月24日、デザインエッグ社刊)から原子力詠を読む。作者は7月2日に逝去されたので遺歌集となるが、『原発を詠む』の発行が6月26日であったことを考えると、ご遺族、関係者の方々の作者への思い、愛惜のほどが偲ばれる歌集である。この歌集の「あとがき」は作者自身が6月21日の日付を入れて記したものであり、病床にあった作者が最後の力でこの歌集の刊行に直接かかわられたのかと推察もする。前歌集には作者の「後世の誰かに伝へむ原発を恨む末期がん患者の歌を」の一首が象徴するように2011年の福島第一原発事故をテーマとする作品が、埼玉県に住む歌人によって深い思いと原発に対する怒り、原発廃絶への願いが真摯に詠われたことの意味・意義の大きさを思ったが、今回の歌集『白南風』によって作者の核に対する危機感が、福島原発事故以前から深くあったことを示す作品があり、『原発を詠む』に至る基盤が蓄積されていたことを知らされた。筆者が知らないところで多くの人々が原子力詠を紡ぎ、訴えていることをあらためて感じさせられた。 
 
 いま、総選挙において「原発」が大きな争点となっているが、その最中にも安倍政府が原発推進のための施策を、主権者には知らせずに進めていること、原発再稼働容認への企みのための補助金交付策などが行われていることが10月13日付朝日新聞で報道されている。それによると、「原発に関する補助金の交付対象が2017年度から、広く周知されないまま、原発から半径30キロ圏の周辺自治体まで広がっていた。」とされ、これまで原発立地自治体に限って支払われてきた国の補助金の対象地域を30キロ圏内に広げることで、原発再稼働に慎重な姿勢を取る30キロ圏内の自治体に再稼働容認の流れを広げる意図があるとの指摘がある、としている。この補助事業は2016年度から始まった経済産業省の「エネルギー構造高度化・転換理解促進事業」の応募資格が2016年度は原発がある道県と市町村だけだったのを、要領を変更し、17年度から新たに「原子力発電施設から概ね半径30キロの区域を含む市町村、及び当該市町村が属する都道府県」を追加することで、対象を150以上の自治体に広げたものだが、この要領変更について経産省資源エネルギー庁は報道発表をせず(ホームページでの閲覧はできる)、新たな対象地域自治体向けの説明会などで知らせたという。 
 
 明らかに、税金を原資とする事業であり、国民が大きな関心を寄せ、総選挙の争点になっている原発に関する補助金事業について、国民に知らせることなく、原発再稼働容認を補助金交付を餌にして推進しようとする意図を持った行政が、安倍政権のもと、原発ゼロか推進かを争っている総選挙の最中にも進められていることは許し難い。来年度の予算概算要求額は50億円というが、金額もさることながら多くの国民の原発再稼働反対の意思を無視して、再稼働への流れを国民の税金を使い、国民に知らせず進める安倍政治の、いつものやり口である。 
 
 安倍政権の「原発復権」政治に対して、また国連の「核兵器禁止条約」に反対する政治に、今は亡き山崎啓子さんの遺した短歌作品は厳しい批判の意志を突きつけ、対峙し、生きている。 
 
 山崎啓子短歌・第二集『白南風』から原子力詠を抄出し記録する。 
 
 ◇二〇〇五年◇(抄) 
地獄絵にをののきやがて黙禱す丸木美術館「原爆の図」前 
 
水を乞ふ女のおらび聞ゆがき「原爆の図」のあくなき写実 
 
 ◇二〇〇七年◇(抄) 
あをによし奈良・京よりも広島と長崎の名の世界に知れる 
 
被曝詠み原発の地には異端なる東海正史噫逝きましぬ 
 
 ◇これより社会詠はじめる◇(抄) 
地獄王プラトーン転じプルトニウム長崎の地を焦土と成せり 
 
第五福竜丸無線長「被曝死は俺を最後に」と四十才で 
 
ウランの眠る山に入るを禁忌とす豪州の地の先住民族 
 
日本にもウラン鉱ありき放射能の残土抱ふる人形峠 
 
原発の地に住居移して反核に身を投じたる若者眩し 
 
 ◇二〇〇八年◇(抄) 
赤き実をここだく生らし長崎の被爆柿二世十七歳に 
 
核汚染に海辺の寒村怯えるを余所事として都市は眠らず 
 
熱湯に漬けし赤茄子皮垂れて丸木夫妻の遺作のごとし 
 
人低くもの言ひ交しアブラゼミ囂囂と鳴くけふ原爆忌 
 
蟬よ待てこの時だけは鳴き止めよ多くの民が祈る一分 
 
 ◇二〇〇九年◇(抄) 
この地にも被爆柿二世根を下ろし命をつなぐ赤き実成らす 
 
核実験のニュース流れて眼裏に丸木夫妻の「原爆の図」浮かぶ 
 
核持ち込みの密約隠され五十年被爆柿の木二世を増やす 
 
被爆詩人原民喜自死想ふとき呪文めきたる『水ヲ下サイ』 
 
後世の史書に記されむ昔昔核といふ名の兵器ありきと 
 
 ◇二〇一〇年◇(抄) 
原爆に黒焦げとなりし柿の木の二世育ちぬわが住む街に 
 
謂れ記す立て札無くば被爆柿二世も秋の味覚のひとつ 
 
 (2011年の福島第一原発事故事故、原発を詠んだ歌は歌集『原発を詠む』に掲載され、この連載前回まで3回にわたり抄出した。 筆者) 
 
◇二〇一二年◇(抄) 
心まだ三・一一のままなるに不意打ちのごと木犀匂ふ 
 
被曝の地に取り残されし樹木にも秋の日差して百果実るらん 
 
黎明のいまだに見えぬ年の瀬に日本水仙ひつそりと咲く 
 
「直ちには」閉じ込められぬ汚染水海への漏洩今もニュースに 
 
 ◇二〇一三年◇(抄) 
「東京の人か」と聞かれ口ごもるここ福島に負い目感じて 
 
過去形で言われ始めし「福島」か いまだ避難の十五万人 
 
豊かなる川と湖沼の恵みから会津は目指す電力自給を 
 
 ◇二〇一四年◇(抄) 
三年前新聞に連日犠牲者名 いま人知れず関連死増ゆ 
 
ひっそりと仮設住宅に逝きし人御霊は向かはむふる里の家 
 
神話またつくられてゆく「避難指示」解除地域の安心神話 
 
 ◇二〇一五年◇(抄) 
原発の久しく動かぬ列島に仰ぐ満月いにしへの色 
 
見えぬとふ放射能まざまざ見てしまふ福島浜通りの町行けば 
 
着々と原発再稼働進みゆく楡安の国に未来はなくて 
 
コンテナのごとく連なりて静かなり五年目を迎ふる仮設住宅は 
 
 ◇二〇一六年◇(抄) 
十二神像寅神像口固く閉ぢ天睨む みちのくは人も仏も不屈 
 
復興の長路繰(ながてく)り畳(たた)ねみちのくに安らぎもたらす天の手もがも 
 
陽は海をさびしむように光らせて五年目となる不明者捜索 
 
 ◇二〇一七年◇(抄) 
火星へと移住遂げたる人間の眼に映るのは青き地球か 
 
誕生後四十六億年の地球には人の住めざる核汚染地あり 
 
恐らくは今も宇宙をただよはむ七十年前の核の残骸 
 
地震時にテレビに原発映りたり「異常はなし」の言葉とともに 
 
この国は持ち続くるやいち早く付喪神にとなりし原発を 
 
寒気団やうやう退く時来れど春も居座るセシウム一三七 
 
脱原発は夢にあらずと言ひし友その日を見ずに逝きてしまへり 
 
読点を打ちても句点はいつ打てる三・一一からの福島復興 
 
放射線を世紀を越えて出すというマダムキュリーの研究ノート 
 
 ▼筆者付記 山崎啓子さんの原子力詠を、歌集『原発を詠む』(前回まで3回)と今回の歌集『南白風』から抄出、記録してきたが「末期がん患者の最後の闘い」として遺された作品群を、この7月2日に逝去されたことを惜しみ、哀悼の心をもちながら読ませていただいた。感謝したい。 
 山崎啓子さんが作歌を始められた2004年(56歳)のはるか前の20代に出会って感動したと『白南風』の「あとがき」に記された歌人・持田勝穂氏(1905〜1995年福岡市生まれ、歌人、詩人、ジャーナリストなど多方面で活躍、晩年に歌人・大西民子氏とともに短歌結社「波濤短歌会」を創設。山崎啓子さんは同会に所属した。)の歌集『近代の靄』(昭和31年、新典書房刊)を、筆者も古書店で探し求めて読むことができたので、山崎啓子さんが「あとがき」に記された作品も含め、多くはないが原子力詠を同書から抄出させていただく。また、山崎啓子さんが持田氏の歌集『博多川』から紹介している昭和56年の長崎原爆忌に関わった作品も記させていただく。山崎啓子さんの歌集に教えられて読んだ原子力詠である。これもありがたいことである。 
 
 ◇持田勝穂歌集『近代の靄』の原子力詠◇ 
 「いのち消えず」(久保山愛吉氏を悼む) 
國をあげて平和の祈りつらぬかむ切實にしてけふの君が死 
 
世の隅に生きつつけふの悲しみにわたくしならぬ怒こみあぐ 
 
原水爆を世に抗議せむけふ君のひとつのいのち大きく點(とも)る 
 
水爆の実験をまた繰返すビキニとの距離感ずる皮膚に 
 
原水爆管理さけべるが乞ふに似ておよそ貧しき小さき国々 
 
 「放射能雨」 
降りつづく雨よガイガーの計量をラジオ告げをり眠りの前に 
 
降りしぶく雨は黒々と流れたり昼を灼けゐし舗装路の上 
 
 山崎啓子さんの『白南風』の「あとがき」には持田勝穂歌集『博多川』に収められているとして次の3首が記されている。 
 
路面電車止まる街上にわれも立ちつ黙禱ささぐ午前十一時二分 
静かなる町のくらし見む長崎の八月九日悲しみの朝 
稲佐山はみどりに映ゆれ今日といふ原爆の日を忘れざるべし 
 
 山崎啓子さんの歌集からの原子力詠の抄出は今回で終る。 
 次回も原子力詠を読む。              (つづく) 


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