2018年03月05日21時33分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(259)朝日歌壇(2017年1〜12月)から原子力詠を読む(3)「搬入車待ちて立つ人杙(くい)のごとし中間貯蔵の巨穴(おおあな)の底」 山崎芳彦

 いささか間を空けてしまったが、朝日歌壇(2017年1〜12月)の原子力詠を読むのは今回が最後になる。先日、筆者が加入している短歌同好会の歌会があり、筆者も拙い歌を出詠した。「喜寿過ぎて八十路に近くなりたるも『核の傘』には寿(ことぶき)あらじ」、「訃報ありまたも癌死とぞ核の時代(よ)のいやますますに増ゆる病魔の」の2首だったが、歌のつたなさは別にして共感の言葉をいただいた。身のめぐりに癌に罹患する親族や知友の多さを語る歌友が少なくなかった。筆者は、「核の時代」というべきほぼ八十年に蓄積され、追加され続けている核による地球規模の環境汚染がもたらしていることの一つに癌の増加があると思っている。そのほか、生命を脅かすさまざまな事態が進行し拡大しているに違いない。核をめぐる情勢はいま、米国、ロシアの核兵器の新たな増強、展開による緊張の激化、さらに安倍政権による核発電の再稼働促進、海外への輸出推進など容易ならざる局面にある。「核の時代」の終焉への道のりはなお厳しいが、何が出来るか、詠う人々もその厳しさに立ち向かおうとしている。 
 
 昨年11月14日から3日間、スイスのバーゼル大学で国際的なシンポジウム「人権と将来世代、そして核時代の犯罪」が開かれたことを松村昭雄氏(元国連職員で外交官)のブログを通じて知り、「パラケルススと核の時代と将来世代」と題するエミリー・ゲイラード(カーン・ノルマンディ大学の法学准教授)、アンドレアス・二デッカー(バーゼル大学名誉教授で放射線を専門とする医学博士、シンポジウムの準備委員)による報告(翻訳・神学博士の川上直哉氏)を読むことができた。筆者はこの報告の内容に強い関心と共感を持った。このシンポジウムにおいては、福島第一原発の過酷事故についても大きな問題として取り上げられたのだが、国際的に同事故にかかわる日本の動向がどのように捉えられているか、改めて多くのことを考えさせられもした。このシンポジウムの報告から、部分的にだが転載させていただく。 
 
 「核兵器に関する政策決定が、どのような影響を健康と環境に与えるのか。これが私たちのシンポジウムで検討されたテーマでした。この観点から私たちは、核実験が行われ原子力災害が引き起こされたとき、その被災者・被害者の人権はどうなってしまうのか、熟考したのです。ここで、122か国の努力による最近の成果として、国連は『核兵器禁止条約』を2017年7月7日に承認しましたが、その第6条にも『核兵器を使用しあるいは核実験をした国は、その環境汚染の回復と被害者のための支援の措置を講じなければならない』と定められていることを、ここで想起してもよいでしょう。」 
 
 「シンポジウムでの実際の議論のほとんどにおいて…核兵器と原子力(核エネルギー)の利用が次の世代にどのような影響をもたらすのかを巡って、議論は白熱したのでした。核戦争のリスクを背負わされ、また地球規模で進行する核の汚染の先に待つ潜在的健康被害に向き合わされるのは誰でしょうか。それは私たちの子どもたち・私たちの孫たちであり、そしてそのまた子孫たちなのです。1945年7月に『トリニティ研究所』において最初の核実験が大気圏内で行われました。その後2000回を超える核爆発が起こりました。それは9つの国によって引き起こされ…生態系は汚染されてしまいました。そしてチェルノブイリ原子力発電所の原子炉が爆発した結果、欧州地域に限定的ではあっても広範囲な汚染がもたらされました。更に今、福島の原子炉が損傷し放射能汚染水が大量に太平洋に流れ出続けています。原子力(核エネルギー)の民生利用については、その廃棄物を安全に保管するための施設を作ることまで考え合わせなければなりません。そうしてみるとすぐに、財政上の多くの問題を私たちの子どもたちや孫たちに押し付けることなのだと気づくでしょう。私たちはその過ちに手を染めているということになるのだと思います。」 
 
 「意図的であれ偶発的であれ、核兵器が使用された場合には結局、地球規模の悪影響を生じさせることになるでしょう。それはあるいは、人類の絶滅をもたらすかもしれないのです。『この議論の果てにおいて、政府の責任者たりうる人々、つまり、核保有国の意思決定者たちが、追及されなければならない』という結論に、シンポジウムはたどり着いたのでした。『将来世代に対する犯罪』ということが、新たな現実味を帯びて浮かび上ってきたのです。来たるべき日々の地平を永遠に閉ざすものとして、あらゆる核戦争は国際法への重大な違反とされるべきものなのです。」 
 
 「核の時代に入った今、私たちは確かに、地球とあらゆる生命体にとっての『あたらしい時代』に入りつつあるのでしょう。(略)私たちは今、この新しい現実に対応する基本的な原則を示す新たな法的枠組みを共有しなければなりません。…世界人権宣言(訳注・1948年に採択)は、法的拘束力を持つものではないのですが、三十条にわたる個別の権利を提示しています。」 
 
 「その内のいくつかは核(原子力)事故の被害者と密接に関係しているものです。例えば福島県の住居を追われた人々は、自分たちの意見を表明する権利や情報を取得する権利を持つのと同様に、適切な住環境を確保する権利を持っている、と世界人権宣言は明言しているのです。実は、日本国憲法がその権利を確定しています。そして同じその日本国憲法の11条と97条は、将来世代の人権を守ることを規定しているのです。しかし現状、これらの権利は尊重されていません。事実、日本においてマスメディアは福島で今何が起こっているかを報道することを禁じられており、また原子炉熔融の影響が医学的にどうであるかを報道することを制限されています。日本における科学者のほとんどは、一部の例外を除くと、放射能のリスクを過小評価しているのです。それで『少々の被ばくは蓄積しても害はない』という考え方が公式なものとして広く流布しています。もちろんその考え方は科学的に支持されるものではありません。さらに、それだけではないのです。日本政府は一般人の放射線被ばく許容量を年間1ミリSvから20ミリSvに引き上げようとしています。この『年間20ミリSv』というのは、原子力関係の一般労働者にのみ認められている基準なのに、です。日本政府に関係している科学者たちは、国際放射線防護機関(ICRP)に対して、この水増しした基準を受け入れるようにと働きかけようとしています。そして大方の見方は、このことを単に非科学的であるというだけでなく恥知らずで法外であるとしているのです。こうしてフクシマは今、『原子力の破局の事後処理において何が起こり得るか』を示すものとなりました。つまり原子力の破局に瀕するとき、『人権への破壊行為と、さらには将来世代への犯罪が原子力事故の後に立ち現れ得るのだ』ということを、フクシマは世界に示しているのです。」 
 
 「将来世代の人権について言及し、声を上げなければなりません。…将来世代の人権を確実に保護するための立法措置が新たに取られなければなりません。この数年のうちに核兵器の全廃に向けた具体的な工程表を策定することが、今新たに、そして喫緊の事として、必要とされているのです。さらに言えば、原子炉の廃炉の膨大な費用と、そして核廃棄物の安全な保管のための莫大な投資について、私たちの世代は責任を負わなければなりません。少なくともそのコストは我々が負担すべきです。それを私たちの子どもたちだけに背負わすことは、してはならないことだと思います。」 
 
 以上、松村昭雄氏のブログを通じて国際的なシンポジウムの報告からの引用をさせていただいた。(引用についての責任は筆者にある。) 
 
 
 朝日歌壇(2017年1〜12月)の入選作品から、筆者が原子力詠として読んだ作品を3回にわたって抄出、記録してきたが、今回で終わりとなる。貴重な作品を読ませていただいたことに感謝したい。 
 
 *2017年9月(前回から続く) 
八月の死者の魂語らねど沼一面に咲く蓮の花 
        (仙台市・矢口つとむ 高野公彦選) 
 
くちびるを噛みて「焼き場に立つ少年」直立不動に七十年余 
        (宮崎市・木許祐夫 永田和宏選) 
 
三年ぶりの一時帰宅のわが家は緑のなかに埋もれ朽ちゆく 
        (国立市・半杭螢子 永田選) 
 
わが里への一時帰宅はイノシシの出没恐れつつ敷地に入る 
        (国立市・半杭螢子 佐佐木幸綱選) 
 
申請書審査しながら手が止まる住所会えない彼の住む町 
        (福島市・安斎真貴子 佐佐木選) 
 
高線量建屋の上に鳶師(とびし)立ちクレーン指示して大屋根を載す 
        (福島市・青木崇郎 佐佐木選) 
 
果物を水菓子と言いし母なりき手向けて悲し福島の桃 
        (下野市・若島安子 佐佐木選) 
 
子を宿すと孫よりの知らせなほさらに脱原発のデモへ出でゆく 
        (八王子市・原田なつ子 佐佐木選) 
 
森育ち食は自足の生活が仮設に移れば買うだけの日々 
        (福島市・澤 正宏 永田和宏選) 
 
偽薬(プラセボ)と知っていて服(の)めというようなミサイル避難説明の人 
        (水戸市・中原千絵子 永田選) 
 
ミサイル通過のJアラート高く響きし後ホッホッホーと山鳩鳴けり 
        (牛久市・伊藤夏江 馬場あき子選) 
 
稲のはな咲く山里の朝六時「地化へ避難」とJアラートは 
       (安中市・鬼形輝雄 高野公彦・永田共選) 
 
Jアラートのメール来たりて十二分ミサイル技術の確かさを祈る 
        (名古屋市・植田和子 永田選) 
 
ミサイルが飛んでくるのに備えよう防空壕と防空頭巾 
        (所沢市・増田 博 永田選) 
 
人類が滅亡をする引き換えに恒久平和のやって来るかも 
        (岡山県・丸山敏幸 永田選) 
 
  *2017年10月 
基地あれば「ミサイル落ちるの早がべ」と床屋の主人語る秋の日 
        (三沢市・遠藤知夫 高野選) 
 
宙(そら)をゆくICBM地下ゆする核爆発よ秋の種子蒔く 
        (蓮田市・斎藤哲哉 馬場選) 
 
世界終末時計は二分三十秒残るのみだがまた進むだろう 
        (東京都・野上 卓 永田選) 
 
さしば舞う一万倍余の上空をミサイル飛ぶと緊急放送 
        (栃木県・荷見泰一 馬場選) 
 
ふくしまの妹つくりし梨を食む「もうやめようか」といふ梨をはむ 
       (三鷹市・増田テルヨ 永田・高野共選) 
 
頑丈な建物も無い地下も無いJアラートも寝てやり過ごす 
        (西海市・前田一揆 馬場選) 
 
立川市のスーパー訪えば福島の紫紺の茄子は客を恋う顔 
        (福島県・余所野晶子 高野選) 
 
ミサイルの飛ぶ世なるとも信じよと生徒に語る「言葉の力」 
        (千葉市・愛川弘文 佐佐木選) 
 
他の国を脅かさない朝鮮が僕の学んだ朝鮮だった 
        (神戸市・康哲虎 永田選) 
 
原子の火讃へし県民の歌のあり手帳に載りて歌強ひられき 
        (小美玉市・津嶋 修 高野選) 
 
飯舘の唯一(ゆいつ)未帰還長泥地区風の萩むら見る人無しと 
       (福島市・青木崇郎 高野・馬場共選) 
 
ICANは日本政府を非難せず「核廃絶のリーダーに」と乞う 
        (近江八幡市・寺下吉則 永田選) 
 
三年ぶりの家は朽ちゆくと言うフクシマのかなしみ黙過する再稼働 
        (帯広市・小矢みゆき 馬場選) 
 
銃さえも規制できずに苦しめる地上に唯一核使用国 
        (水戸市・中原千絵子 馬場選) 
 
  *2017年11月 
「核の傘」の下にあっても条約に参加することICAN(わたしはできる) 
        (神栖市・寺崎 尚 永田選) 
 
在りし日に父が書きたる表札を最後に外し更地となりぬ 
        (郡山市・菊地亮子 馬場選) 
 
責任は電力会社と国と出る福島原発二〇〇〇の死者よ 
        (福島市・澤 正宏 佐佐木選) 
 
総選挙に沖縄の辺野古や福島の被災地のことは棄民のごとくに 
        (東京都・松崎哲夫 佐佐木選) 
 
北限の石蕗(つわぶき)は忘れはしないこの地に原発禍のあったこと 
         (福島市・美原凍子 高野選) 
 
東電や国は有罪判決に償ひをする国つてだあれ 
       (岐阜市・後藤 進 佐佐木・永田共選) 
 
今日も又ニュースの後に線量値福島県民だれもが聞かず 
        (仙台市・木村次郎 佐佐木選) 
 
天敵を近づけぬよう冬立つ日「ラジオ深夜便」鶏舎に流す 
        (福島県・余所野晶子 馬場選) 
 
  *2017年12月 
即死せる人を羨む被爆者の地獄を伝ふ林京子は 
        (久留米市・塚本恭子 永田選) 
 
ミサイルを打ち落とすとう兵器らしセールスマンも大物らしき 
        (名古屋市・諏訪兼位 永田選) 
 
搬入車待ちて立つ人杙(くい)のごとし中間貯蔵の巨穴(おおあな)の底 
        (福島市・青木崇郎 馬場選) 
 
貝殻を耳に当てれば聞こえ来る遠き潮騒水爆の音 
        (長野市・原田浩正 馬場選) 
 
六年前飢牛が齧(かじ)りて細りたる柱に息呑む高校生らは 
        (福島市・青木崇郎 佐佐木選) 
 
最終の貯蔵地もなく列をなし大熊町に集まるダンプ 
        (茂原市・植田辰年 佐佐木選) 
 
昼夜なく地表を覆ふヒトもまた絶滅危惧種ボタン一つで 
        (島田市・水辺あお 高野選) 
 
もう一度ゆっくり言ってくれないか核持つ国が持たせぬ理由 
        (守口市・小杉なんぎん 永田選) 
 
線量は遺骨にまでも沁み込んで持ち出せぬという条理が悲し 
        (さくら市・大場公史 佐佐木選) 
 
 次回も原子力詠を読んでいく。   (つづく) 


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