2018年06月20日23時07分掲載  無料記事
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文化

[核を詠う](266)『福島県短歌選集平成29年度版』の原子力詠を読む(1)「『急復興』為政者言ふも緑なか累累黒き汚染土袋」 山崎芳彦

 福島県歌人会(今野金哉会長)が毎年刊行している『福島県短歌選集』の平成29年度版(平成30年3月20日発行)から、原子力詠を読みたい。この連載では、これまで平成23年度版から、つまり東日本大震災・福島第一原発の重大事故があった時から、多くの福島歌人が原発事故による深刻な被災のなかでどのように短歌を読んできたかを『福島県短歌選集』によって読み続け、筆者の行き届かない読みによってだが記録し続けてきた。今回読む同選集平成29年度版の発刊について、今野会長は巻頭の「発刊に当たって」のなかで、創刊以来64年間、一回の休刊もなく刊行してきたことの意義を述べながら、しかし高齢化による会員数の減少とともに「原発事故に伴う避難生活が長引いていることにより作歌意欲が湧かないという方も多数おられます」という現状、原発事故による被災の辛く厳しい現況が続いていることについて言及している。原発事故から7年を経て、「私たち歌人は、こうした困難な条件の渦中において生きている一人の人間としての『真実の声』を三十一文字に込めて訴え」ていくことを呼びかけている。筆者も福島歌人の思いをしっかりと受け止めたい。 
 
 政府や原発事故の加害者である原発維持推進勢力は、「福島の復興」を事あるごとに唱えつつ、しかしそのやっていることは、被災の地の実態を覆い隠し多くの被災者が避難先で困窮し置きざりにされ、福島の地で生きる人々の生活や仕事の再建を人びとが求め、望む方向を無視した「復興の偽造」ともいうべき施策の推進である。そして、原発回帰のための原発再稼働に依拠するエネルギー政策を、さまざまな虚飾の言葉でかざりながらすすめているのが実態であろう。そこには、原発事故を二度と起こさないための最大の保証である「原発ゼロ」への人々の願いと要求を踏みにじって、原発の再稼働、必要とあれば新設・リプレースへの道を開く企みをも抱え込んでいる。そして、さらには核拡散にもつながりかねない原発の装置・技術の輸出を政府の後押しによって原子力関連大企業が現実化しようとしている。そこには、「福島の教訓」に真剣に目を向ける真率さはない。 
 
 いまこそ、福島の地で生活し生き続けている人びとの環境を、「被曝を避ける権利」を何よりも尊び、放射性物質の拡散、定着、影響の実態の把握、被ばく線量の正確で人々の生活に合致した把握、そのための有効な対策を住民本位で確立しなければならないだろう。そして避難を強いられ、あるいは自らの判断によって避難していた、いる人々への支援、補償の継続と被災者の必要に対応できる強化を行わなければならないはずである。 
 
 ところがいま進んでいるのは、原発事故の被害、被ばくによる被害をなかったことにしてしまおうとする「被ばくのタブー化」、「核放射線被ばくによる健康被害を口にすることのタブー化」、「放射線被ばく許容基準の緩和と安全と安心を保証できない地域への帰還の強制」、「実際の放射能汚染状況の過小評価」などであり、「風評被害」の名のもとに根拠のない「安心安全」のバラマキ容認の意図的な操作が「科学」や「医学」分野の原子力推進勢力に属する「学者」を動員して行われている。 
 
 このような悪辣な「人間なき復興」路線のなかでも、まことに許し難いのは、将来を生きる子どもたちの健康にかかわる問題である。放射線被曝による健康被害の可能性について、原子力市民委員会の『原発ゼロ社会への道2017』に「概況―子どもたちの甲状腺がんを中心に」が論じられている。その一部を抜萃させていただく。 
 
 「被ばくによる健康被害の可能性については『タブー』視され、復興の妨げになるという空気がまん延しており、実態の把握が進んでいない。その中で、唯一、体系的な検査が行われているのが、福島県内の事故当時18歳以下であった約38万人の子どもたちを対象にして実施されている福島県県民健康調査である。/2017年10月23日までに福島県が公表した資料によれば、事故当時福島県に在住した18歳以下の子どもたちで、県民健康調査で甲状腺がん悪性またはその疑いと診断された子どもたちの数は194人、手術後確定(甲状腺摘出手術を受け、甲状腺がんであったと術後の病理検査で確定した数)は155人になる。…しかしこのデータから漏れている患者も相当数いる。/この結果に対し、現在まで、福島県『県民健康調査』検討委員会(以下、検討委員会)は『事故の影響は考えづらい』としている。理由には(チェルノブイリ原発事故時と比べて)被ばく量が少ないこと、事故当時5歳以下の小さな子どもにほとんど甲状腺がんが見られないことなどを挙げている。」 
 
 「国立がんセンターの試算によれば、2010年時点の福島県の18歳以下の甲状腺がん有病者数は、20人である。同センターがん予防・検診研究センター長の津金昌一郎博士は、福島の子どもたちの甲状腺がんの数は、この『約60倍』だと指摘している(2014年11月時点)。/2015年5月18日の検討委員会において、甲状腺検査評価部会は1巡目の甲状腺検査の結果(甲状腺がんまたは疑い116人、手術後確定102人)について、『わが国の地域がん登録で把握されている甲状腺がんの罹患統計などから推定される有病数に比べて数十倍のオーダーで多い』とする中間とりまとめを発表した。一方で、『放射線の影響は考えにくい』としている。」 
 
 「甲状腺評価部会長で、日本甲状腺外科学会前理事長の清水一雄は、・・・『放射線の影響とは考えにくいとは言い切れない』としている。検討委員会は、その後も、徐々にトーンダウンしながらではあるが『放射線の影響とは考えにくい』との立場を崩していない。想定外の『多発』が疑われた際には、被ばく線量自体の見積もりを再検討するか、あるいは線量あたりの影響評価を再検討するかの対応を行うのが通常のあり方と考えられるが、委員会はそのどちらもしていない。」 
 
 さらに、原子力市民委員会の記述には、「隠される甲状腺がんの患者数」の項目もあり、その中で、福島県県民健康調査委員会の検討委員会の情報開示の不透明さ、実態との重要な点での違いについても言及されていて「甲状腺がんと診断された子どもたちのうち、その一部が発表されている数字に含まれていないことが明らかになった」として、その具体例も挙げている。 
 
 原子力市民委員会は、今年4月20日に「福島第一原発事故による被災者に対する健康調査の拡充を求める意見書」を、国と福島県に提出し要請している。(原子力市民委員会のホームページ) 
 
 福島の詩人・若松丈太郎さんの「子どもたちのまなざし」という詩がある。日本ペンクラブ編の『今こそ私は原発に反対します』(2012年3月1日、平凡社刊)の第3章「うたう、読む、訴える」の中の若松丈太郎「3・11以後の詩作品(抄)」のうちの一篇をいま読み返すと、詩人のまことにすぐれた、自らの体験と現実を踏まえて将来を透視する眼差しの確かさに感嘆するとともに、核発電の破綻事故がもたらす災厄の底知れぬ罪深さについて思いを深めないではいられない。「福島復興」をはやし言葉のように言いたてる加害者の政府や原子力マフィアグループの「原発事故・核放射能の犯罪隠し」を被災者だけでなく、生きている人間みんなが許すわけにはいかないことを思わないではいられない。若松さんの詩「子どもたちのまなざし」を転載させていただく。なおこの詩は『二〇一二年福島県現代詩集』所収であるとのことである。 
 
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  子どもたちのまなざし           若松丈太郎 
一般人の平常時年間被曝限度量は1m㏜とされている 
一時間あたりに換算すると0・114μ㏜/h 
二〇一一年九月三〇日の環境放射線量測定結果によれば 
0・114μ㏜/h以下だったのは 
中通り地方では県南の三町 
他はすべて西会津と南会津の一市六町二村だけ 
この日 国は原発から二〇〜三〇キロ圏の緊急時避難準備区域の指定を解いた 
 
チェルノブイリ事故後八年 
キエフ小児科・産婦人科研究所病院 
甲状腺癌治療のために入院している子どもたち 
彼女たちのまなざしを忘れることができない 
すがりつくような 
訴えるような 
病気からの救出を期待しての 
 
フクシマ事故後八年 
すがりつくような 
訴えるような 
病気からの救出を期待しての 
あのまなざしを向けるのだろうか 
二〇一九年フクシマの子どもたちも 
わたしたちに対して 
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 『平成29年度版福島県短歌選集』の作品を読みながら、原発事故後7年を福島歌人の短歌作品を通して、筆者なりに思いを巡らし、深めたい。 
 
 
原発の事故後避難をせしままに隣家の人ら戻り来らず 
                        (青木新一) 
 
放射線のいまだ潜むる柚の実の収穫されず黄に輝ける 
 
原発に家族の絆ずたずたに絶たれ老いゆく人のいたましく 
                    (2首 阿部まさ子) 
 
放射能の研究棟の高高と新設さるるフクシマの町 
                       (安倍美智子) 
 
苦と楽の千里の道と明日の道語りは尽きず酌むふたり酒 
 
海見えぬ高き防波堤の被災地は嵩上げ進み見知らぬ異郷 
 
「急復興」為政者言ふも緑なか累累黒き汚染土袋 
                     (3首 阿部良全) 
 
妻は臥し吾は歩行器、原因は原発避難とストレスに在る 
 
不思議なるは加害者の国がなぜ謝罪のあいさつせぬのかの点にあり 
 
原発事故は自殺を誘ひ避難者の心身を害し罪は消えざり 
                     (3首 荒川楽陽) 
 
原爆の黒い記憶を封じこめ夫の脳(なづき)に腫瘍ふきだす 
                       (板谷喜和子) 
 
ふくしまの惨知らぬまま白鳥は飛来し続くる六度目の冬も 
 
人間の思いを知らぬ白鳥は眩しき真白を零しつつ来ぬ 
 
ふくしまの空を自由に飛びながら逸れずにあれ何処へ往くとも 
                     (3首 伊藤早苗) 
 
子のもとへ移住の姉はいさぎ良し御祖の位牌を抱きて発ちぬ 
                        (伊藤寿恵) 
 
いつしかに励ますことに疲れたる吾の非情に思ひは到る 
 
さくらさくら溢るる四月の町にゐて黒き鞄に憂ひを仕舞ふ 
                     (2首 伊藤雅水) 
 
六年目ガラスバッジの対象者中学生の孫のみとなる 
 
線量の測定終了われらから原発事故を忘れかけてる 
 
桑の実を鵯(ひよ)と分け合う土手先に復興道路の騒がしさが来る 
 
成績の奮わない人原発へ左遷されたとうわさの届く 
 
気がつけば子らの未来に核戦争近づきており映画のように 
                    (5首 伊藤美知子) 
 
核の無き世界恒久の平和願う被爆者の声記念式典に 
                       (遠藤ヨシイ) 
 
作りたる米は飼料米にとぞなりしと云ふ風評被害はいつまで続く 
                        (大方澄子) 
 
飯舘の天井高き道の駅吊るせる花は我等を迎へり 
 
川俣のざる菊並ぶ山畑は彩どり多く香りただよふ 
                     (2首 太田恵子) 
 
復興はまだ先なりて代行のバス待つ会津川口駅に 
                        (大谷湖水) 
 
日日に見る窓の向かうの空き家には何か棲むものをりはしまひか 
                        (大谷道子) 
 
原発が爆ぜて六年セシウムを測りて漬ける二百キロの梅 
 
フクシマが福島に還る日は遥か吾の持つ時のなんと短き 
                    (2首 大和田和子) 
 
原発の事故後悩みし柿産業も六年余経てわづかづつ為る 
                       (岡崎タキ子) 
 
汚染土の黒き袋のほころびを蓬抜けきて若葉ひろげる 
 
ふたたびの地震酔いとは五年経し余震いまだに侮れぬもの 
                     (2首 金澤憲仁) 
 
どこまでもフレコンバッグの続く道に野菊の咲くをホットし見つむ 
 
何を目指して生きるのか母より五年長生きして思うこのごろ 
                     (2首 菅野節子) 
 
常磐線復旧の朝歓迎の人でにぎはふ小さき駅舎 
 
消極に落ちゆく我と思ふ日かミニバラひと鉢求めて帰る 
 
ミサイルの発射行使を聞く朝も伸びやかに鳴く夏のうぐひす 
                    (3首 菅野トシ子) 
 
相馬沖のナメタ鰈の厚き身を汚染なければ五年ぶりに買ふ 
 
フレコンバッグ黒く積まるる田のめぐり曼珠沙華赤く連なりて燃ゆ 
                     (2首 菅野福江) 
 
漁師等の笑顔も乗せて戻り来る試験操業のあさりの船は 
                       (菊池ヤス子) 
 
六年過ぎ復興の進む地未だの知補助金不正の報に苛立つ 
 
廃炉ロボの成功する日はいつならん頑張れ難敵デブリに勝つまで 
                      (2首 北郷光子) 
 
この歳月足踏みしつるかの如く出口なきトンネル今日も歩める 
 
県も市も国の出先機関と気付きたり物事すべて得心のゆく 
 
東風吹きて梅は馥郁と香れども避難地寂し主なければ 
 
軒下に妻は干し柿吊るしたり線量気にせぬ日々の来よかし 
 
郷愁を野末に残し避難せる福島の勁草きっと花咲け 
 
バイオマス発電否認の陳情書議会の採択に眼潤めり 
                     (6首 久住秀司) 
 次回も『福島県短歌選集』の原子力詠を読む       (つづく) 


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