2018年11月20日14時56分掲載  無料記事
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【核を詠う】(編外)広岩近広著『医師が診た核の傷―現場から告発する原爆と原発』を読む   山崎芳彦

 訃報あり また癌死なり 核の時代(よ)のつづきて人は生きがたくして 
                           (山崎芳彦) 
 身の周りだけでも癌死の人が増えている。そのことと「核の時代」、この80年に満たない核兵器の使用・実験、核発電により地球規模で核による環境汚染、生命の存在を脅かす深刻な事態が進行していることを実証的に関連付けることは筆者の手に余るのだが、この「日刊ベリタ」に「核を詠う」連載を続け、原爆、原発に関わる多くの短歌作品を読み、関連する文献をそれなりに読んできた筆者にとっては、「日本人の二人に一人は癌にかかる」、したがって癌による死者は増えているなどと言われる現状が、核兵器の開発、実験、使用、そして原発の稼働・事故などで蓄積され、いまもやまない核の時代における核放射能の悪魔的な影響が生命あるものを危険にさらしているに違いないと思わないではいられない。癌をはじめ様々な病気の原因に、核放射線が影響していることが、多くの専門的な医師や科学者・研究者の臨床、調査、医学研究活動によって明らかにされていることは、さまざまな文献・資料によって、筆者なりに理解しているのだが、最近読んでいる広岩近広著『医師が診た核の傷―現場から告発する原爆と原発』(藤原書店、2018年9月10日発行)は、筆者にとって貴重な一巻である。 
 
 著者の広岩近広氏は、2007年から毎日新聞専門編集委員として原爆や戦争の取材・執筆に取り組み、現在は同新聞客員編集委員。広岩氏は『医師が診た核の傷』の「あとがき」に次のように記している。 
 
 「さて、本書である。原爆はいかにして人間を壊したのか、壊し続けているの――このテーマは新藤監督からいただいたと思っている。(注・広岩氏は新藤映画監督の生前にインタビューしたこと、その中で同監督がドキュメンタリー映画『さくら隊散る』について語った言葉を紹介している。)そこで私は、被爆者を診てきた医師のカルテ(視点)から改めて追究していくことに決めた。毎日新聞大阪本社発行の朝刊連載『平和を訪ねて』のシリーズで『核の傷跡 医師の診た記録』の連載に取り組んだ。原爆放射線によって傷つけられた染色体が多重がんをひき起こしている事実に、新藤監督が指摘された通りだとあらためて認識させられた。『核の傷』の怖ろしさである。」 
 「ところが『核の傷』は、原爆にかぎらなかった。/東京電力福島第一原発事故後に福島で小児甲状腺がんの増加がみられた。原発労働者のなか 
には、事故後に甲状腺がんや白血病の労災認定を受けた人もいる。今後さらに増えるであろう事故処理や廃炉作業を担う原発労働者の累積被ばく線量も心配される。そうした観点から『続・医師の診た記録』の連載を続けた。」 
 「原爆だけでなく、原発のシビアアクシデント(過酷事故)でも『核の傷』は深刻であった。チェルノブイリや福島で、原発事故によるのではないかと推量される疾患を診てきた医師たちは、低線量被曝による人体への影響に警告を発している。だが日本政府は、小児甲状腺がんをはじめ被災者の疾病と原発事故との因果関係を認めていない。」 
 「振り返れば、米軍により原爆を落とされたときの軍部は『原子爆弾』を『新型爆弾』と言い換え、また福島の原発事故で政府と東京電力は当初『炉心熔融』(メルトダウン)を『炉心損傷』と発表している。そうして深刻な問題を先送りにしたため、取り返しのつかない被害を生み出してきた。」 
 
 この「あとがき」で、さらに多くの重要な問題が指摘されているのだが、すべてをここでお借りすることはできないのだが、次の文章を記させていただきたい。 
 「広島原爆で被爆した哲学者、森瀧市郎さん(1901〜94年)は『核と人類は共存できない』と言唱した。だが私たちは、今なお『核の世界』におかれている。/東京電力福島第一原発の事故から七年が過ぎても、約五万人の避難者がいるうえ、小児甲状腺がんをはじめとする健康問題の心配は消えない。被爆の国の政府は、核兵器禁止条約に署名せず、原発の再稼働と売込みに余念がない。原爆と原発は地球の上に根を下ろしてしまった…私たちは『医師が診た核の傷』の重い問いかけを、これまでにもまして受けとめなければならない。私たち一人ひとりの問題にちがいないが、核兵器禁止条約に反対している国々の為政者はもとより、原発の稼働を推し進める国々の為政者も然りである。なぜなら医師たちのカルテは、『核と人類は共存できない』と明確に示している。」 
 
 筆者はこの「日刊ベリタ」で『核を詠う』の連載を2011年夏から現在も続けて、まことに多くの原爆・原発、核に関わってさまざまに詠われた短歌作品を読み、記録してきた。貴重な、歴史に残すべき作品を、それにふさわしく記録するには、筆者の力は到底及ばないのだが、広岩近広著『医師が診た核の傷』を読みながら、たとえば被爆歌人・正田篠枝さんの生涯を思い、その作品群を読み返して、思うことが多かった。さらに『歌集広島』、『歌集長崎』を夢に魘されながら全作品を読み、記録した日々も思い出された。原発に警鐘を鳴らす多くの作品が多くの歌人によって詠われていることの大切さ、歴史的な意義を思いもする。 
 
 『医師が診た核の傷』の序章のなかに次の記述がある。 
 「広島型であれ長崎型であれ、いづれの原爆も大量の放射能、強烈な熱線、激しい爆風が一度に炸裂して、未曽有の犠牲者と被害を出した。米軍により原爆を落とされた広島と長崎では、その年の暮れまでに約二十一万人が死亡している。/被爆から五年を経て白血病患者が増え始めた。…被爆者の悪性腫瘍は白血病に続いて二十年後に乳がんと肺がん、三十年後に胃がんと結腸がん、四十年たって皮膚がんの発症が目立つようになった。いづれも放射線に染色体が傷つけられたからにほかならない。がんの発症時期に差異があるのは、臓器によって感受性が異なるからである。/被爆者は『遅れた死』を背負わされ、そして今、多重がんに見舞われるようになった。放射線に傷つけられた染色体が、被爆者の高齢化に伴い、体内のいろいろな臓器をがん化させたのである。…三十八年間にわたって一万七千六百五十五例の被爆者の染色体解剖を行い、このような多重がんを突き止めた広島大学医学部名誉教授の鎌田七男さんは、四つのがんと闘った被爆女性の主治医でもあった。鎌田さんはこう述懐する。『核兵器はその放射線によって、遺伝子の異常を引き起こします。だから非人道兵器なのです』」 
 
 また、福島第一原発事故の深刻さについて、広岩氏は多くの点から述べているが、「なによりも懸念されるのは、健康への影響である。チェルノブイリ原発事故で小児甲状腺がんの多発をみたことから、福島県は事故当時に十八歳未満の県民を対象に甲状腺検査を続けている。二〇一八年六月の発表では百九十八人が甲状腺がんと診断された。手術を終えた百六十三人のうち良性結節は一人のみだった。このことは『悪性ないし悪性の疑い』と診断された県民のうち九十九パーセントが、小児甲状腺がんであることを示している。/福島県の県民健康調査の検討委員会は[原発事故による放射線の影響は考えにくい』との評価を出した。チェルノブイリ原発事故では、IAEA(国際原子力機関)は当初、放射線の影響を否定しているが、その後に認めた経緯がある。/チェルノブイリで診察した広島の甲状腺外科医、武市宜雄さんは広島大学医学部講師の時に『小児甲状腺がんは放射性ヨウ素が原因』とみられると、ウクライナの少女の病理組織の解析から突き止めた。しかし、発表時は受け入れられなかった。WHO(世界保健機関)が『チェルノブイリの小児甲状腺がんは原発事故が原因』と公表したのは、なんと事故から七年後のことだった。真実は遅れてやってきたのである。」と記している 
 
 「原爆と原発事故による『核の傷』を診てきた医師たちのカルテは、核被害者をこれ以上出すな―と切実に訴えている。」と広岩氏は訴える。血液や甲状腺の専門医をはじめ臨床経験豊富な内科医や精神科医などが実名で「核の傷」について報告している同書の内容は「核の時代」がどれほど反人間的であるか、それをどう克服しのり越えていくかを考えさせて深く豊かである。 
 
 全容を紹介することは、筆者にできることではないので、同書の目次を記しておきたい。 
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 ◇序章 隠された惨劇(被爆者の治療を阻んだ占領政策 原発による低線量被曝の影響) 
 
 ▼原爆編 
 ◇第一章 息をのんだ人間の末期―外傷がないのに吐血、脱毛、そして悶死(赤痢とは断定できない 医師の診断に決め手はなかった 医薬品の不足を嘆く あらゆる臓器から出血 血液が凝固しない 永井博士の問いかけ 「死の同心円、魔の同心円」 被爆から三年後に精神的違和 死亡診断書から、被爆者にがんを多発 ブラブラ病と暗黒の六年) 
 
 ◇第二章 染色体異常が生む多重がん―すべての臓器に起こるがん―(研究テーマは「ヒバクシャの染色体」 染色体の異常率は被爆放射線量に比例 若年の被爆は乳がんリスクを高める 入市被爆者は残留放射線の影響を受けた 被爆者の血清にDNAを傷つける因子 高齢の被爆者を苦しめる多重がん 被爆の影響が遺伝子レベルで残っている 核兵器の非人道性を示す証拠カルテ) 
 
 ◇第三章 不安に苛まれ続ける生涯―被爆者への無理解・誤解・差別―(被爆から六十年後に脱力感や無力感 体内から放射線を出していたガラス片 放射線を出し続ける臓器標本 法廷で被爆国の姿勢を問う 真実は、被爆者の体験談と身体にある 医師や科学者の倫理的あり方を問う 裁判所が内部被曝の重大性を指摘 水爆実験場のマーシャル諸島で診察 劣化ウラン弾の被害を法廷で陳述 人類史上で最大のトラウマ) 
 
 ▼原発編 
 第四章 多発する子どもたちの甲状腺がん―チェルノブイリからフクシマへ―(委縮していたチェルノブイリ小児の甲状腺 真実は遅れてやってきた 覆した小児甲状腺がんの「常識」 ウクライナの医師たちに医療技術を伝授 ウクライナから広島にやって来た医師と児童 小児甲状腺がんの遺伝子を解析 核実験場の周辺住民に染色体異常 福島県の原発事故 甲状腺がんの多発を論文に 事故当時、四歳の男児に甲状腺がん 放射線被曝と閾値 過少診断・萎縮診察の検証) 
 
 第五章 福島が学ぶチェルノブイリ―子どもたちを守るために―(母親たちの直感 「被曝も不安も少ない方が良い」 甲状腺がんの「家族の会」と「子ども基金」が発足 「日本政府の人権感覚を疑う」 『11311疫学調査団」を結成 食による内部被曝の拡散を懸念 母乳から放射性ヨウ素を検出 乳幼児の内部被曝を実証 すでに白血病死が起きている 放射性物質は除染でなく移染 子どもを守る検診センター兼診療所を開設 「福島に生きる」ということ) 
 
 第六章 老朽原発が生み出す労働者被曝(ベータ線熱傷の典型的な症状 わが国初の原発被曝裁判「岩佐訴訟」 原発下請け労働者の深刻な健康被害 累積被曝線量から多発性骨髄腫と診断 被爆者の自覚症状と酷似する被曝労働者 老朽化原発に欠かせない技能労働者 被害者・患者の目線に立つのが医師の中立) 
 
 あとがき 
 
 主な引用・参考文献 
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