2018年12月02日22時19分掲載  無料記事
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文化

[核を詠う](273)福島の歌人グループの歌誌『翔』から原子力詠を読む(1)「被曝より七年を経てわが庭の汚染土の山やうやく消えぬ」    山崎芳彦

 今回からは、福島県の歌人グループ「翔の会」の季刊歌誌『翔』(編集・発行人 波汐國芳)の第62号〜第64号から原子力詠を読みたい。この連載の中で、『翔』の原子力詠については平成23年4月に発行された第35号に始まって今回読む第64号まで、ということは東日本大震災・福島第一原発の過酷事故が起きた直後から7年余にわたって、「翔の会」に拠る福島歌人の短歌作品から原子力詠を抄出・記録させていただくことなるということである。歌を詠む者の一人、また読む者として力不足の筆者にこのような機会を与えていただいていることに深い感謝の思いを申し上げなければならない。 
 
 編集・発行人の波汐國芳さんは『翔』第62号の巻頭言に「警鐘止まず―原発推進の危機感から」を記している。これは、昨年8月15日に東京・日比谷図書分科会で開催された「8・15を語る歌人のつどい」での講演で、「原発に警鐘を鳴らし続けて」の演題で行なった波汐さんのスピーチの要旨を踏まえての文章であるが、そこには、「原発推進の先にあるのは核融合の問題である」との重要な指摘がある。その巻頭言を記しておきたい。 
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 (略) (1)私は電力会社につとめていたことから、電力企業共通の体質を体感的に知っていたし、退職後は何年も前から企業内部からの眼で、しかも危機感をもって、原発問題に作歌活動を通じて訴えて来たのである。つまり、「原発に警鐘を鳴らし続けて」は作歌における私の日常行動そのものである。先ず、福島第一原発は旧陸軍の飛行場跡に造られたので、結果的には低い位置に造られた。平常時においては問題無いとしても、非常事態、たとえば津波などの場合に対処できるかという点で、不安があった。私は折に触れて危機感を持って受け止めていたのだが、それが現実のものとなった。以前から私などに危機感を抱かせていたことは原発の本質問題であるが、わが国のような地震国において、断層の上に造られていることにも問題があるし、襲ってくるかも知れない津波対策も不十分であったといえる。顧みて、それは3・11大震災に遭遇したにもかかわらず、高所にあっ 
て、非常用電源を失わなかった女川原発にくらべてみても明らかである。又、非常用電源として他電力からの補完的供給体制も導入しておくべきだったのであるが、、福島という他電力の供給区域に立地しながら、それが行われていなかったのは、同種企業間における相互協力体制の欠如やメンツの問題などによるのではあるまいか。 
 
 (2)次に、原発推進の先にあるのは核融合の問題である。それはわが国をはじめ世界の科学者を挙げて取り組んでおり、今世紀中にその実用化が叶うと言われている。…だが、それは太陽のほかに太陽をつくることで、神の領域を侵すことになる。その意味では、創世の昔、神の怒りに触れてエデンを追われたアダムとイブの罪過につらなることを思わないではいられない。今日の文明の進化の速度は人類の破滅への速度であり、今こそ、人類の残りの時間を護るため、破滅につながる行為に歯止めを掛けなければならない。早急に人類の叡智に目覚めるべきなのである。以上は文明の進み方についての批判であるが、戦争を前提とした核開発の競争などは論外と言わなければならない。(略) 
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 筆者は波汐さんの核融合についての鋭い問題意識に強い示唆を受けた。核融合について、政府をはじめその推進勢力は、「核融合反応は、太陽が光り輝きエネルギーを放射している原理であり、世界の科学技術を結集して取り組んでいる核融合研究は『地上に太陽をつくる』研究とも例えられ…少量の燃料から膨大なエネルギーを得る事ができる」、「燃料となる重水素と三重水素(トリチウム)を生成するリチウムは海中に豊富に存在するため資源の枯渇の恐れがない。核融合反応は暴走せず核分裂と比べて安全対策が比較的容易。発電の過程において二酸化炭素を発生しないし、高レベル放射性廃棄物が発生しない。」(文部科学省「核融合について」)などと広報し、「核融合エネルギーは、長期的・安定的供給、環境、安全性等の観点で優れた特性を有し、その実現は人類共通の課題である。」(文部科学省研究開発局「わが国の核融合研究開発の現状について」、平成24年4月作成 第13回原子力委員会資料)…などと核融合研究開発の推進に前のめりの姿勢を明らかにしている。しかし、いまどこで、何をしているのかについて具体的に広く知らせようとはしない。 
 
 この核融合について、ノーベル化学賞受賞者である小柴昌俊氏は2001年1月16日付朝日新聞の「論壇」に、「核融合炉の誘致は危険で無駄」と題する投稿をしている。小柴氏はその中で、 
 「新年度予算案に国際熱核融合実験炉(ITER=イーター)の立地予備調査比1億円が盛り込まれた。実際に造るとなれば、建設費だけて五千億円はかかるという巨大計画である。あまりにお金がかかるので、国際協力で造ろうとレーガン、ゴルバチョフ米ソ首脳が合意したのが1985年だった。以後、米ソに日欧も加わった四極が分担して工学実験と設計を進めてきたが、米国は98年にこの計画から撤退した。/それでも残る三極で設計を進め、一応の図面は引けたらしい。原子力委員会に設けられたイーター計画懇談会(吉川弘之座長)は、日本誘致の方針を打ち出したとも聞く。/核融合には『二十一世紀の夢のエネルギー源』といった形容詞がつくことが多い。」 
 
 「しかし、物理学を学んできた筆者から見ると、核融合発電には致命的ともいえる欠陥がある。この欠陥が十分に知らされないまま、誘致の方向が決まろうとしていることに強い憤りを感じる。/重水素と三重水素を融合させようというのがイーター計画だが、そのとき高速中性子が大量に出る。これら高速中性子は減速されないまま真空容器のカベを直撃する。この際起こる壁の放射線損傷は、われわれの経験したことのない強烈なものになることは疑いない。」 
 
 「かつて、イーター計画関係者に、壁の放射線損傷をどうするのか尋ねたことがある。すると6カ月で取り換えられるように壁も設計されているという返事が返ってきた。それなら、これによる稼働率の大幅な低下、コスト上昇はどうするのか、それより何よりそんなに大量に出る放射性廃棄物をどう処理するのかを問いただしたが、ついに納得のいく返事を得られなかった。/この計画の最初の主唱者であった米国が、この十年近くの経済の好況にもかかわらず、いち早く撤退してしまった理由はこの辺にあったのではなかろうか。」 
 
 「新しいエネルギー源を核融合に求めようというなら、壁を損傷する高速中性子が出ない別の反応を取り上げるべきだろう。…イーターをいま造ることは単なる税金の無駄遣いにしかならないのではないか。国民のお金を使うのに、消費型と投資型とがある。投資型がすべて無駄遣いであるというつもりはない。将来に向けて必要な投資は、しなければならない。ただ巨額になることが多いのだから、その計画の弱点も含めて国民に知らしめてから判断を仰ぐべきだと思う。」 
 
 以上のような、小柴氏の貴重な提言を、核融合を推進する政府や関係機関・団体、研究者が受け止めてきたとは思えない。核融合については、多くの研究者、科学者がその危険性について、たとえばトリチウム被曝の問題、中性子の外部への漏れだしによる被害…その他さまざまに指摘している。 
 
 原発の導入、稼働当初からその危険性を強く提起した学者、研究者がいたのに、それを無視・排除したのと同様に、いま核融合発電に向けて「実験炉→原型炉→実証炉」の建設を進め、「商用炉」へと進もうとしている。そこには福島原発事故を引き起こし、多くの人々に苦難の生活を強制したことへの反省の欠片もない政府・原子力推進勢力の姿勢が明らかだ。 
 
 波汐さんが巻頭言で、「原発推進の先にあるのは核融合の問題である。」との指摘をしたのは、福島の地で早くから原発の危険に警鐘を鳴らし、原発事故による被災を体験し、その中で「今何ができるか、今何を歌うか」(『翔』第35号、平成23年4月発行の巻頭言)を追求し続けたことによるものであると受け止めた。 
 
 『翔』には、歌人それぞれの多彩な作品が収録されているのだが、ここではいつものことだが、原子力詠として筆者が読んだ作品のみを収録させていただくことをお許しいただきたい。(今回は、伊藤正幸さんの「共謀罪」10首を抄出させていただいた。) 
 
 ▼『翔』第82号(平成30年2月発行)より 
風吹けば風に運ばれきしきしと地球の軋む音聞こえずや 
                       (桑原三代松) 
 
震災の年にいわきに嫁ぎしを娘は二ヶ月で避難となりぬ 
 
歌身内と言って下さる先生に励まされ詠むふくしまの短歌(永平先生) 
 
避難地の新潟に見し大花火想ひて見上ぐ今宵の花火 
 
夢花火阿武隈川の堤防に今年も家族と花咲かせたり 
                       (古山信子) 
 
水仙の喇叭に呼ばむ除染はや終りしからに戻るふくしま 
 
啓蟄の虫らも揺りてこの荒野福島にこそ吹けファンファーレ 
 
うつく島うつくしまとて東海の小さき浮島そそのかされし 
 
風生れてこの被災地の大橋のハープにそよと何奏でむか 
 
頑張るぞ九十二歳うたをもて福島おこしにわれもつらなる 
 
文明も休んでゆけと言ひしかや日光黄菅の花に振り向く 
 
雪深野今年も分けて交歓す磐梯のマグマ 私のマグマ 
 
被曝せし柚子を食ふ友 ふくしまのセシウムを呑むその咽喉暗し 
 
負けないぞセシウムなんかに負けないぞ民話の座敷わらしが言ふを 
                       (波汐國芳) 
 
 〈共謀罪〉 
笹舟の小さき詩形に危ぶまむ共謀罪の傾きゆくを 
 
戦後なる平和の果てに巣立ちたる共謀罪の羽ばたき恐る 
 
強暴なるシェパードのごときが息ひそめ次代に待つか共謀罪よ 
 
「安倍一強」驕りのままのまつりごと問答無用の官憲が見ゆ 
 
歌詠みに安全地帯はなかりけり治安維持法野放図の刑 
 
開戦の翌日なりき哲久らプロレタリアート逮捕されしは 
 
官憲の鋭き眼に見つめられ怯え倅まむ歌詠むこころ 
 
巨大なる耳のなかにて目を醒まし口噤めつつ一日過ぎむや 
 
平成の黒き貨車かも自衛権、秘密保護法、共謀の罪 
 
社会詠不遇の時代と言はるるも今を詠まねば見送り三振 
                       (伊藤正幸) 
 
住む人の絶えて久しき空地には泡立ち草が静かに揺るる 
 
福島の米の全量全袋検査いつまで強ふるつもりや 
 
福島の米は今年も業務用家庭仕向けの座席追はれて 
                       (児玉正敏) 
 
師の歌集『警鐘』読めばふつふつと原発零の想ひ沸くなり 
 
飯舘の田の畔沿ひにのたうつやフレコンバッグ毒蛇の如し 
 
やうやくに田んぼの除染終へたれば田起こしの春農らの待つや 
                       (紺野 敬) 
 
向日葵の黄に染まりゐる花畑来世信ずる思ひ揺らぎぬ 
 
三回は転覆せしと真顔にて語る漁師の笑みを探りぬ 
 
津波にて逝きし仲間の三人を声詰まらせて宿主は言ふ 
 
潮流の発電装置浮かびたる湾に鷗の鳴き声高し 
                       (岡田 稔) 
 
庭草を毟る日日なり黙黙と被曝福島に蔓延るものも 
                       (三好幸治) 
 
被曝より七年を経てわが庭の汚染土の山やうやく消えぬ 
 
汚染土の山消えたるもわが庭に小鳥の囀り未だ聞かれず 
 
年に一度の庭師に告ぐる柿の木と柚子の木いづれも残し置けとぞ 
 
今年また柿の実柚子の実検査をば通らず捨つるこの空しさよ 
                       (波汐朝子) 
 
 次回も歌誌『翔』の原発詠を読む。         (つづく) 


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