2018年12月04日23時29分掲載  無料記事
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文化

【コミュニティによる風景】(上) 江南ハウジングの共用空間における住民の自主的な利用を観察して  文・写真/村井海渡

 訪れたのは、日本の建築家、山本理顕が韓国ソウル市江南に設計した公共住宅である。ソウル駅からバスで1時間ほど郊外へ向かう。いくつか山を越え、起伏のある道を南へ進むと、徐々に自然が増え、山が切り崩されて開発された村が現れる。そこが目的地のバス停 hoening villageだ。幹線道路沿いのバス停から村の方へ歩くと、高層住宅群が見えてくる。3ブロックある内の1ブロックが目的の江南ハウジングだ。そこで見たのは、コミュニティによって管理された空間における、生き生きとした暮らしの風景である。 
 
 
◆コミュニティが暮らしを豊かにしていく 
 
 そもそもコミュニティに関心を持って調べはじめたのは、大学生の頃である。建築学を専攻して、設計課題に取り組む日々だった。建物を設計しようと思うと、いつも同じことで悩んでいた。それは、使う人のための設計とは何か、どういう設計が地域の人のための設計だろうかということである。 
 
 次第に、建物が使い方や暮らし方を制限してしまうのではなく、使う人が主体的に想像し活動できることが、使う人のためではないかと思うようになった。つまり、そこでの暮らしを、どうしたら豊かにできるか、設計者と使う人が会話をし、設計していける仕組みが必要だった。 
 もう一つ悩みがあった。小学生の頃、校庭でよく遊んだが、それと同じくらい近所の畑や竹林や雑木林で遊んだ。そうした場所が次々とコンクリートで覆われ住宅に変わっていく様子を見て、子どもながらに耐え難い感情を抱いていた。それは、自分にとって大切な場所が、自分の意志とは無関係に壊されてしまう疎外感と、そのことに抗えない虚しさを感じていた。つまり、僕たちは、自分たちの町のことを自分たちで決める仕組みを持っていないのである。 
 
 設計者として、市民・住人として抱えていた2つの悩みは、そこで暮らす人々の意思を反映する仕組みとしてのコミュニティが地域社会欠如していることが原因であることを、コミュニティをつくるための住宅を設計し続けてきた建築家、山本理顕の著書『権力の空間/空間の権力 個人と国家の〈あいだ〉を設計せよ』を読み知った。 
 設計者は市民や住人の暮らし方を決める権利を尊重し、市民や住人は自分たちの暮らし方を誰かに任せないで自分たちで決める仕組としてのコミュニティをもつことが、人々の暮らしを、地域社会を豊かにしていくことになると知った。 
 そこで実際にコミュニティがどういった風景をつくるのか、自分の目で見てみたいと思ったのが、江南ハウジングを訪れたきっかけである。 
 
◆コミュニティをつくらない住宅形式 
 
 山積する現代の社会問題の原因として、コミュニティをつくらない住宅形式にあると山本理顕は次のように指摘する。 
 
 現代の住宅は1つの住戸に1つの家族が住む形式であるが、これは特殊な住宅形式であり、もとをたどると産業革命時に資本家が質の良い労働力を再生産するために労働者を効率よく管理する目的で設計された住宅形式であり、集合して住まう住宅タイプが生まれ、不公平による不満がでないように住戸の広さや日当たりの条件を平等にし、次世代の労働力となる子孫を残すのに隣の部屋の音を気にせず愛しあえるように遮音性の高い壁と鉄の扉で住戸の内側を厳重に守り、反体制の勢力を恐れて労働組合や住民間のコミュニティをつくらせいように住戸の外側で住人が集える場所は徹底して排除した。 
 実は、現代住宅もその形式が見直されることなくつくり続けられている。まるで住人の権利を守るようなプライバシーという言葉は、住人がコミュニティすなわち地域社会に参加する権利を奪われた状態を意味するものである。幸福が住宅の内側に閉じ込められた国家による管理空間である。そうした空間は、住まう人の意思とは関係なく供給側の都合で決められてしまう。そこでどうやって暮らすかという住人の権利は全く考えられないのである。 
 
 人々が分断され、コミュニティがつくれない住宅形式が多くの社会問題を生んできた。近年増え続ける孤独死や子どもの虐待は、住戸が完全に密室となることが大きな原因と考えられる。住戸の内側は自己責任の空間であり、社会とは切り離されている。隣の住人でさえ何が起こっているのか分からない異常な空間である。コミュニティをつくらない住宅形式では、社会的弱者ほど孤立する状況を生んでいる。 
(つづく) 


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