2018年12月09日13時33分掲載  無料記事
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文化

【コミュニティによる風景】(下) 江南ハウジングの共用空間における住民の自主的な利用を観察して  文・写真/村井海渡

◆江南ハウジングの概要 
(『脱住宅「小さな経済圏」を設計する』より要約) 
 
 江南ハウジングは、低所得者層向けの住宅政策をすすめるソウル市が、都心での開発が難しいため、都心から離れた大規模住宅地において供給している集合住宅の一つだ。供給にあたって、1〜2人住まいの増加による世帯構造の変化、集合住宅で発生する様々な社会問題に対応するため、新しい住まい方や住宅供給方法の見直しが求められていた。国際コンペで設計者が選ばれ、3ブロックあるうちの1ブロック(1065戸)を山本理顕の設計事務所が勝ち取り設計した。 
 
 このブロックはその中でも低所得者層をかなり意識した構成になっている。1つ1つの住戸はとても小さい。最も小さなユニットはわずか 21平方メートルしかないのである。狭い東京のワンルームマンションですら近頃は最低でも 25平方メートル程度はあり、 21平方メートルというのは異常に小さい。さらにその上のタイプでも 29平方メートル、この 2種類のユニットが主に単身者を想定したユニットである。「永久賃貸」と呼ばれる。いつまでも住人の望むがままに永久に賃貸住宅として住むことができるという意味である。 36平方メートルと 46平方メートルの住戸は「国民賃貸」と呼ばれる。賃貸で一定期間住むと、その後、その賃貸ですでに支払った金額を頭金にして住宅を購入することができるというシステムである。 
 
 
写真[3]住棟配置によって生まれた Common Fieldと Public Path 
同 [4]断面図左下 
同 [5]Common Field 
同 [6]Public Path 
 
 
◆配置計画の工夫によって生まれたCommon Field 
 
 一見、僕たちがよく知る団地と似ているようだが、住棟配置を見てみると全く違うことに気づく。2つの住棟が1セットとなって配置され、住戸にアクセスする玄関の方向が向かい合っている [3]。玄関に挟まれた住棟間の地上空間は Common Fieldと名付けられ共有の中庭になっている [5]。一方その反対側ではリビングルームが向かい合い [4]、リビングルームに挟まれた地上空間は車路と駐車場のアクセスになっていて Public Path[6]と名付けられた。しかし、リビングルームが向かい合っては生活できないとプライバシーの問題が懸念されたが、寝室を向かいの人に覗かれるわけではなく、プライバシーよりも大きなメリットがこの配置計画にはあるというディベロッパーの判断で実現した。 
 
  Common Fieldは住人が、花を植えたり [7]、野菜を育てたり [8]、収穫したものを干したり [9]、味噌を仕込んだり [10]苗作りをしたり [11]と、誰かに管理されることはなく住人同士で自主的に管理される空間である。 
 
 訪問した 9月中旬は、唐辛子の収穫期のすぐあとだった。天気のいい日にはビニールシートや、かごいっぱいに収穫した唐辛子を広げ、よく乾燥させるようだ。この時期にしっかり乾燥させないと 12月に仕込むキムチがうまく仕上がらないという。 
 このように住棟の間の地上空間が、それぞれの住人に使い方が委ねられている。この風景がとてもよい。 
 
  Common Fieldを散策していると、玄関先に椅子を出して話している住人がいる [9]。よく住人とすれ違う。上の階を歩く住人の顔が見える。夏の暑さが落ち着いた中間期はエアコンを使わずに玄関扉を開け放している [7]。洗濯物を中庭に向けて干している[12]。そこは人々の暮らしの気配で包まれている。 
 
写真[7]階共用廊下に置かれた花、開け放たれた玄関ドア。 
同 [8]Common Fieldに植えられたカボチャ。 
同 [9]階共用廊下でお話していたおばあちゃんと干された唐辛子。 
 
◆住戸から生活があふれるだす廊下 
 
 2階より上の階は Common Fieldに向かって廊下が設けられている。しかし、その幅は、日本の集合住宅の標準的な寸法よりすこし広く取られている。また、廊下には適度に幅が広いところが設けられている[13]。広くなったところに椅子、物干し、自転車、植物、漬物のカメなど、生活の一部があふれだす [1]。廊下に収まりきらず、しばしば階段の踊り場にまで物を置く住人も見られた [14]。通常、この廊下は住人以外使わないのだが、それにしてもかなりオープンに使われている。 
 
 日本では見られない風景だ。なぜなら、住戸の一歩外は住宅を供給する側の管理しやすいように管理されるためである。避難時に障害になる、他の住人に迷惑になるため、と言ったもっともらしい言葉を使い、共用廊下には住人の物を置かせないことが多い。廊下にそれ以上の機能を期待していないからである。ただ人が2人すれ違うのに必要と定められた幅で設計される。設計者が廊下という空間の使い方を勝手に決めて、住人の暮らし方を制限してしまうのである。 
 
写真[10]Common Fieldに置かれた味噌のカメ 
同 [11]Common Feildで育てられた苗 
同 [12]Common Fieldに向けて干された洗濯物 
 
 
◆屋上菜園 
 
 住棟には低層部と高層部があり、低層部の屋上は住人が自由につかえる菜園となっている。この時期にはさつまいも、かぼちゃが葉やつるを茂らせ、白菜、大根のたねが発芽し、本葉が展開してきた頃だった [15]。空いている場所はなく、作物で覆われていた。 この屋上には住人に案内してもらったのだが、セキュリティゲートはなく、誰でもエレベーターで最上階にあがりアクセスできるのだ。 
 
 
◆コミュニティと菜園・農業 
 
 実は、Common Fieldの菜園化は想定外だったと山本理顕は言う。住人は土があれば種をまき、作物をつくる。土がなくとも発泡スチロール製の箱を鉢植えにして野菜を育てる。住棟の間のわずかな空間や、屋上の小さなスペースが緑で覆われ、家庭菜園が行われていた。わずかな空間を隅々まで利用している風景が、人々の暮らしに農業は切っても切り離せないこと、農業の本質的な価値を教えてくれているように感じた。 
 
 
◆コミュニティによる風景 
 
 住戸の外側に設計されたコミュニティのための空間 CommonField(共同の中庭)、幅の広い共用廊下、屋上菜園は、建物が2014年に竣工してから約 5年が経った今、見事に使いこなされている。このような風景はどうやって維持されているのだろうか。住民間のコミュニティによって管理されるのだろうが、その際に、どのような会話があるのか、もう一歩踏み込んで調査したいところである。 
 
 江南ハウジングで見た、コミュニティによる風景は、誰かに管理されることのない空間を、住民が自分たちの意思で使い方を決め、自分たちの暮らしを豊かにしようとする、生き生きとした生活の風景である。互いに信頼しあい、委ね合う関係が生まれていることをはっきりと示している。コミュニティによるメリットを住民もディベロッパーも設計者もよく理解しているからこそ成立する風景である。 
 
写真[13]共用廊下にあふれる暮らしの風景 
写真[14]階段の踊り場に置かれた荷物 
写真[15]屋上菜園 
 
*引用 
[3],[4]の図は、『脱住宅 「小さな経済圏」を設計する』より引用。 


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