2019年03月17日14時16分掲載  無料記事
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文化

[核を詠う](281)本田一弘歌集『あらがね』から原子力詠を読む(1)「福島の土うたふべし生きてわれは死んでもわれは土をとぶらふ」  山崎芳彦

 今回から本田一弘歌集『あらがね』(ながらみ書房、2018年5月28日刊)から原子力詠を読む。著者は福島市生れ、福島県会津若松市に在住する歌人で、高校教師の職にあり、福島の地にあって精力的に「ふくしま」を詠い続けている。2011年3月11日の東日本大震災・東京電力福島原子力発電所の過酷事故による厄災と向かい合って「ふくしま」を生きる歌人が、いま直面する現実を踏まえて短歌表現する鋭くも骨太にして繊細な作品群を読みながら、筆者は本連載でかつて-本田さんの歌集『磐梯』(青磁社刊、2014年11月)を読ませていただいた(「核を詠う」176〜177号)作品を想起し、読み返しながら、『あらがね』の作品につなげて、著者の「ふくしま」の現実を詠む視座の人間の根源に迫る深さ、ひろがりに、その重厚ともいえる対象との向き合いに、改めて強い感銘を受けた。筆者の読みによる「原子力詠」の狭さをおそれつつ、歌集『あらがね』を読ませていただく。 
 
 本田さんは同歌集に「後記」で、次のように述べている。 
 「わが第四歌集を『あらがね』と名づく。あらがねの土は、われらの体を産み、われらの言葉を産み、そしてわれらの心を産みたまふ。あらがねの土なくんば、われらの歌は産まれざりけり。言葉とは自らが生まれ育ちし土地や風土に根ざすものにして、短歌とは死せる者と生ける者とが互ひに静かに祈りを重ねていく詩形なり。 
 二〇一一年三月十一日の震災によって亡くなりたる方々そして故郷の土を奪はれたる方々の心中を思へばやるせなく、いはむかたなし。此の集には二〇一四年夏から二〇一八年一月までの間に作りし歌より自選したる四二一首及び長歌一首を収めつ。年齢でいへば四十五歳から四十八歳までの歌をほぼ製作順に編みたり。(以下略)」 
 
 歌集名の「あらがね」は、「土」、「大地」にかかる枕詞「あらかねの」によるものと筆者は読んでいるが、この歌集にふさわしいと思う。手にずっしりと重く、本田さんの短歌作品にふさわしい装幀も好ましい一巻である。 
 
 今年も「3・11」をめぐって、福島原発事故によって人々に取り返しのつかない苦難・被害を与えた政府・東電をはじめ「原子力産業」にかかわる大企業、それにつながる各種団体や「学者」らの「原子力マフィア」は、自らの責任を放棄し、実を持たない「復興」の言葉を操り、原発再稼働を推進し、極めて危険な原子力政策のもとにさまざまな「悪業」を重ねつつある。福島の復興を望まない人はいないが、欺瞞に満ち、人々をさらなる苦難に導く人間なき「復興」政策の数々、被災に苦しむ人びとに対し虚言と恫喝により「これが復興だ、安全だ」と言い、福島の苦しみ、不安を語ることを抑圧する者たちは、集中にある「ふるゆきは誰のてのひら 瓦礫より骨の見つかる七歳の子の」という歌を読むこともないだろうし、もし知ったとしてもわが事として受けとめることはないに違いない。まことに許し難い政・経支配グループの原子力にかかわる策動を許すことは、広島・長崎・福島の悲惨に過ぎる原子力の「体験と教訓」に背くことであろう。 
 
 歌人の福島泰樹氏は、角川『短歌』の2019年2月号の歌壇時評の中で歌集『あらがね』について「放射能に汚染された郷土の『土』の悲しみを歌った歌集に、本田一弘『あらがね』がある。」として、『あらがね』のなかから7首をひいているが、そのうちの「「白川以北一山百文 東北を蔑みて来し犬の舌見ゆ」を抽いたあとに次のように書いている。 
 
 「思えば、律令制以来、中央から東国は、東夷蝦夷(あずまえびすえみし)と蔑まれ追いやられてきた。福島原発事故は、まさに戊辰会津戦争の延長線上にある。その根底にあるのは、武力から札束にかたちを変えた侵略思想に他ならない。農村、漁村の生活の貧しさに付け込み、村落共同体を根刮ぎ破壊し、札束で人々の顔を叩き続ける者たち。/東北大震災から七年九ヶ月、放射能で汚染された郷土、太古のむかしから育んできた歴史伝承文化の数々を破壊し尽くされ、故郷を追われた人々は、異境の地にあって苦しい生活を余儀なくされている。」 
 
 福島泰樹氏の時評に書かれていることは、原発事故被災地の福島の「現実」にとどまらず、この国の歴史と現在、未来、何よりも今日について言い得て鋭いと思う。本田一弘歌集『あらがね』を読んでの、的を射た評言として筆者も感ずることが多い。『あらがね』はこのようにして、多くの歌人たちに、2018年の優れた短歌界の果実として味読されている。筆者は歌壇人ではないのだが、著者の本田さんから頂いて感銘深く『あらがね』を読ませていただいている。ありがたいことである。 
 
 その作品群から「原子力詠」として筆者が読んだ歌を抄出、記録させていただく。 
 
 ▼2014年〜2015年 
  ◇少年少女◇(抄) 
水無月の雨に濡れつつ学校の中庭に立つモニタリングポスト 
 
山鳩はかなしみを啼く此世(これのよ)に生れ出でたるたれのなしみ 
 
  ◇雪の声◇(抄) 
 (「モニタリングポストの機器の不具合でデータが反映されない場合が 
 あります」) 
雪ふれば数値の下がるモニタリングポストの赤き眼がわらふ 
 
四年目の雪つめてえべ楢葉町応急仮設住宅の屋根 
 
放射性物質ふふむ雪ならむ白き時間がふくしまをふる 
 
復興は何をもていふふくしまのからだは雪の声を抱けり 
 
楢葉より来たる生徒の言の葉の雪のま白く降り積もりたり 
 
福島の子供の肥満増えてゐると文部科学省が発表したり 
 
福島の子供の肥満増えてゐると文部科学省が発表したり 
 
豆をもて誰を打つべし責任をなすりつけあひ四ねんが経ちぬ 
 
てのひらの雪消ゆるがに忘られてゆく福島の人のこゑごゑ 
 
中間貯蔵施設受け入れざるをえぬ双葉の真土 不聴跡雖云 
 
どうせ金もらつてんだべ心なき言葉が君のこころに刺さる 
 
たましひを信ぜずといふそのひとに福島に降る雪を見せばや 
 
てのひらに雪の一片のせてみるあはれ此世(このよ)はさぶしからむか 
 
一冊の歌集に無数のわれを読む月のひかりに重なるひかり 
 
はくれんは命のかたちひとりづつ死者の命のしろくふくらむ 
 
  ◇しのぶもぢづり◇ 
ふくしまの空気を吸って熟(みの)りたるあかつきといふ桃のゐさらひ 
 
ふくしまを我は食ふなりいか人参こづゆ凍み餅三五八漬けよ 
 
信夫郡信夫の山に除染土を搬出するといふ計画ありき 
 
 
「仮置き場なければ家の庭先に保管せざるを得なくなります」 
 
土にかへることなき土が保管場(ほくわんば)へ搬ばれゆくをわれら見るのみ 
 
基地といふ土は要らない沖縄のそらにつながる福島のそら 
 
木苺の熟れゆくひかり母と伯父ふたりのゐない五年目の夏 
 
みちのくのしのぶもぢづり誰ゆゑにわが産土を捨てねばならぬ 
 
四年四月の時間を詰めてぬばたまの四〇〇袋のフレコンバッグ 
 
校庭に埋めたる土を掘り起こし大き土嚢に詰むなつやすみ 
 
幾万屯の福島のつち秋の夜の月のひかりを浴むことあらず 
 
官軍につち奪はるるのみならず言葉殺されてたまるものか 
 
福島の土うたふべし生きてわれは死んでもわれは土をとぶらふ 
 
われわれが今までついて来し嘘を見透かされをり磐梯山に 
 
◇田ん坊◇(抄) 
「うつくしま百名山に登山した場合の被ばく線量」が載る 
 
くうかんはうしやせんりやうくうかんはうしせんりやうせんりやうと鳴く鳥はあらずや 
 
ふくしまの土地を画(くぎ)りてこの先は安全だから帰れよといふ 
 
原子力発電所(げんぱつ)をうけいれざるをえなかつたふくしまびとをあなたはわらふ 
 
あくまでも中間とよぶ保管場へ土の身(むくろ)が搬ばれてゆく 
 
ふくしまの米は買ふなといふこゑをふふむ土満つフレコンバッグ 
 
 (田村市都路町の住宅で出た汚染土を別の民家の敷地に不法投棄したとし 
 て) 
放射性物質汚染対処特措法違反容疑で逮捕されたり 
 
  (岩手、宮城、福島あがたの警察は月命日に捜索をする) 
青雲(あおくもの)出で来四年を見つからぬ汝がぬばたまの髪は乱れて 
 
帰還困難区域の野辺をさ走れるゐのししのなくこゑをきかずや 
 
震災の読み物資料「道徳」の授業に使へと送られてきぬ 
 
「ふるさと喪失」への慰謝料を一人あたり二千万円求むる訴訟 
 
白川以北一山百文 東北を蔑みて来し犬の舌みゆ 
 
田ん坊の語ることばを訴(うた)ふべし磐梯山のまなざしのこゑ 
 
  ◇稲子麿◇(抄) 
忘れねば生きていけねどこのところ震災詠はめつきり減りぬ 
 
除染土を入れた三百十四の袋が雨に流されにけり 
 
袋のみ見つかりにけり袋なる土は何処かに流されにけり 
 
四年ほど作られざりしあんぽ柿 JA伊達に出荷されたり 
 
秋の田はかぞいろにして思ふまま跳べる汝(いまし)は稲子麿なり 
 
会津嶺の国は稲穂を刈り終へて冬の言葉を黙し待つらむ 
 
 次回も本田一弘歌集『あらがね』を読む。      (つづく) 


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