2019年03月30日21時17分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(282)本田一弘歌集『あらがね』から原子力詠を読む(2)「福島の土疎まるるあらがねのつちの産みたる言の葉もまた」    山崎芳彦

 前回に続いて福島の歌人である本田一弘さんの歌集『あらがね』から原子力詠を読むのだが、本田さんの作品を読みながら、福島の現実を生きている歌人がその真実を詠った歌を読むことは、読む者にいまをこの国に生きていることについて、また生きようについて多くのことを考えさせてくれると、筆者は改めて思っている。前回抄出させていただいた本田さんの作品の中に、「基地といふつちは要らない沖縄のそらにつながる福島のそら」という一首があった。沖縄と福島、今この国の政府が行っている政治・行政、その政府と密着して「アベノミクス経済成長」による利益追求を図ろうと安倍政権と利益共同体制を作っているこの国の財界・大企業が、この国に懸命に生きている人びとを何処に連れて行こうとしているかを象徴的に示す沖縄と福島の空がつながっていると詠う歌人には、「基地」と「原発」の本質、これが人びとに何をもたらす存在であるのかを捉え、表現する「うたの力」が満ち満ちているのだろうと、筆者は思っている。 
 
 経済産業省が、原発で発電する電力会社に対する補助制度の創設を検討しているという。福島の原発事故に負うべき責任を取ろうとしないばかりか既存の原発の再稼働推進に旗を振る安倍政権は、電力企業の原発事業強化を鼓舞し、国民負担によって経済的支援をさらに強固なものにしようというのである。この政策は電力企業だけでなく原子力関連の建設・土木・機械・素材など広範な産業の利益に及ぶことになるのは明らかであろう。 
 
 福島原発事故による被災は現在進行中であり、「復興」の掛け声の裏にさらなる危険を拡大、深刻化させかねないデブリを抱え込んだままの原子炉、100万トンを超え、なお増え続ける汚染水、核放射能に汚染された膨大な行き場のない放射能汚染物質…そして原発事故によってふるさとを追われ、帰れない、帰らない多くの避難民、あるいは不安の中にあっても、本来は「放射線業務従事者」の被爆限度量である年間20ミリシーベルトの被曝量を容認する基準が適用された地域に帰ることを実質的に「強制」されている人びとの現実もある。そして、そのようなことを言葉にすることを抑圧するかのような空気圧が、この国を覆うよう仕向ける「原子力権力」と重なる傲慢極まりないこの国の国家権力とその追随勢力がある。その権力はこの国を米国の目下の同盟国として「軍事力」強国への道を進んでいる。 
 
 沖縄に米軍新基地を建設するための名護市辺野古沖への土砂投入、埋め立て工事が、沖縄県民の強い反対、抗議を無視して進められている。2月の沖縄県民投票では辺野古埋め立てに反対する県民の意思が7割を超え、圧倒的多数で示されたのに対して、岩屋防衛大臣が「沖縄には沖縄の民主主義があり、しかし国には国の民主主義がある。」と驚くべき言辞を弄し、国の責任で辺野古基地は何があろうとも建設するとの意思を示した。これはもとより、安倍政権が強権的に、沖縄県民、この国の主権者の意思を踏みにじり、踏みつけながら米国追随・日本の軍事力強化、「戦争の出来る国」路線をすすめていることをあからさまにするものだ。これまで幾たびも沖縄県民は米軍基地の撤去を求め、政府の非道な、沖縄県民の意思を一顧だにしない姿勢に厳しい批判を突きつけ、県民の意思を明確にしてきた。「時の政権は日本の国の安全保障と言う大きな責任を負っており、その責任を果たすために辺野古基地建設は絶対に実現する」」と言わんばかりの安倍政権は、沖縄の声を聞く耳を持たない。沖縄の歴史と現実は、安倍政権にとってはとるに足らないことなのであろう。 
 
 「エネルギー小国である日本にとって、国の経済発展と国民生活を守るためには原子力発電が絶対に必要」なのだから原発は維持・強化しなければならず、「日本の安全保障のためには沖縄の米軍基地が絶対に必要」なのだから米軍普天間記事の移設のためには辺野古新基地建設が唯一の方法だと言う、このような安倍政権にとって、沖縄、福島の人びとの生きる真実、いのちの声は、見えないし、聞こえないし、分かろうとする対象でもないのだろう。 
 
 本田さんの短歌作品を読みながら、筆者はさまざまなことを考えさせられ、福島、沖縄だけでなく、この国に生きる一人としての思いを広げ、掘り下げているつもりである。歌集『あらがね』はたやすくない作品に満ちている。前回に続いて、いささか間を空けてしまったが、読み継いでいく。 
 
 ▼2016年 
  ◇サングワヅジフイヂニヂ◇(抄) 
うぶすなの言葉のしづく楢葉町木戸川の瀬にもどる鮭のよ 
 
鮭専用の放射線量測定器に鮭入れられて検査されたり 
 
いにしへの楢葉標葉(ならはしねは)の名も遠き双葉高校募集停止す 
 
双葉郡大熊町立大熊中学校仮設校舎の屋根の雪はや 
 
  平成二十九年三月末まで 
東日本大震災に係る応急仮設住宅の供与期間の延長決まる 
 
さんぐわつじふいちにあらなくみちのくはサングワヅジフイヂニヂの儘なり 
 
  ◇むらぎも◇(抄) 
3・11(さんてんいちいち)と言はないみちのくに三月十一日の雪降る 
 
もう五年いやまだ五年 五年といふ時間の重き雪が積もりぬ 
 
直接死一六〇四、間接死二〇一六、死者の群肝(むらぎも) 
 
むらぎもの心を痛むみちのくの身元不明のなきひとのこゑ 
 
これからも蔵(しま)はれたまま大熊の納戸の闇にねむる雛(ひひな)よ 
 
「避難指示解除されても帰れない、もう帰らない」堅雪の言ふ 
 
復興は進んでゐますといふ言葉から漏れつづくCs(セシウム)と水 
 
原発を建てたけれども我々はこんな事態になると思はず(ゲンバヅヲタデダゲンチョモオレダヂワコッダナゴドニナットオモワネ) 
 
ふうひやうと吾妻おろしの吹きつくる島 吹島(ふくしま)を福に変ふべし 
 
福島の難を転ぜよ南天の実のあかあかと点るむらぎも 
 
  ◇あらがね◇(抄) 
都よりみれば東北 東にも北にもあらぬわがうぶすなよ 
 
東北を六つに分けて海沿ひに原発十四建てしわれらは 
 
雪の夜は亡き人の顔思ひ出す洞(ほら)、凍み豆腐じいんと凍みぬ 
 
となめせるあきつのしまに近代はくろがねの道敷きにけるかも 
 
福島をつらぬく東北本線の汽車に石炭くべしおほちち 
 
近代を作りし鉄路 汽車の窓(と)にみゆる深雪の白き夜あり 
 
誰としも分かちあはざるかなしみを閉じこめあまきあんぽ柿なり 
 
福島に生(む)まれしわれはあらがねの土の産んだ言葉を耡(うな)ふ 
 
  ◇東一華◇(抄) 
太陽光(たいやうくわう)パネルゐならぶ雪原(ゆきはら)のゆきゆつくりととけてゆく春 
 
楢葉町仮設住宅を目守(まも)りゐる会津高田の梅のつぼみよ 
 
楢の葉のみどり濃きまち しろたへの梅のやさしき香りするまち 
 
たやすげに復興といふくちびるの動きをぢつと見てゐる梅花 
 
遠ざける、さへぎる、そして管理する。蔑されてゐる福島のつち 
 
美知乃久(みちのく)の真土(まつち)にわれら生きるべし東一華(あづまいちげ)のはなひらきたり 
 
  ◇田の神◇(抄) 
磐梯は田の神である 人間の三千年の田植ゑを見つむ 
 
死者たちとわれらをつなぐ畔みちの大磐梯ををろがみて生く 
 
会津嶺のくにに生きとし生けるもの死にゆくものはまもられてをり 
 
  ◇長歌一首◇ 
玄関の 扉開くれば 磐梯の 顔見ゆる朝 けざやかに 見ゆればよけれ、曇る日は 悔しかりけれ。磐梯に 背(そびら)押されて 学校へ 行く田舎の道。 巨きなる 鏡となれる 田の面には あをき軆(からだ)が 映りゐる。大沼高校 三階の 廊下ゆ望み 授業など 思ひ通りに ゆかぬ時、 くやくやすなと 幾度も 励まして呉る。みちのくの いはしろの国 会津なる われらにとりて 三月の十一日の 震災に あひたる日より いとどしく 愛しく思ふ 磐梯山よ。 
 
  ◇繭玉◇(抄) 
鮭のよは川にもどりぬ ふくしまの土に帰れぬ十二万人 
 
大熊の田に似てゐると若松の稲田見つめてゐたる少女よ 
 
関連死の数ふえてゆくふくしまの阿武隈川の青き川面よ 
 
何をもて関連といふ五年といふ時間が経てばわがんなぐなる 
 
仮設住宅より一歩も出ずに酒をただ朝から呷る人あまたゐて 
 
いづになつたら帰れるといふあてもなく朝から酒を呷る他なく 
 
「パチンコをやらせてくれて有難う」仮設住宅(かせつ)の部屋の壁に貼られて 
 
年内に除染は完了せずといふ「ふるさと除染実施計画」 
 
五年目の雪をし被く低屋根の仮設住宅に繭ごもる人 
 
放射線量基準値超ゆる藁を食ふ出荷されない牛たちがゐる 
 
福島を歌へば獄(ひとや)に入れられし罪びとのごと遠くへだたる 
 
証言は詩になりうるか雪空に貼り付く月の眼差しが問ふ 
 
災厄ののち自らの表現の位置を変へつつ位置をたしかめ 
 
帰還(かへ)ること叶はぬ胸に降り鎮む雪はか黒き測錘(おもり)となりぬ 
 
われわれを生み育てたる産土をあなづるなかれ斧のごとくに 
 
われわれはわれなりわれがわれわれをうたへばわれをうたふ詩になる 
 
  ◇叫ぶ◇(抄) 
きさらぎの雪消残して五(いつ)たびの三月十一日の来むかふ 
 
五年間見つからぬこゑ 生き残るわが身のうちに雪の降りこむ 
 
やはらかき土凍らせて汚れたる水を漏らさぬやうにするとふ 
 
「双葉郡以外の各地の放射線量をお伝へします。」はるゆき 
 
最後は金目でしよと言って大臣を辞めたる人が大臣となり 
 
言葉もてるものは人のみ 福島を励ます言葉いやしむ言葉 
 
何ゆゑに福という字を持てりける 福島、福井、福竜丸は 
 
  ◇柘榴よ◇(抄) 
まさをなる八月のそら亡き人はあかき柘榴にみのるとおもふ 
 
掌に柘榴をひとつのせてみつまだみつからぬいのちをおもふ 
 
福島の再生なくしてにつぽんの再生なし、といはぬ柘榴は 
 
福島のつち疎まるるあらがねのつちの産みたる言の葉もまた 
 
石棺とたはやすく言ひたはやすく取り消す人を柘榴はわらふ 
 
 次回も歌集『あらがね』の原子力詠を読む。     (つづく) 


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