2019年04月02日16時28分掲載  無料記事
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文化

突出した伝統のあるリベラシオン紙の映画記事 映画批評家のジュリアン・ジェステル氏が来日 

 昨日、フランスの日刊紙、リベラシオンの映画記者、ジュリアン・ジェステル氏が日仏会館で同紙の映画批評の歴史を話してくれました。これは今、日仏会館が取り組んでいる企画の1つで、コーディネートしているのは日本映画研究家で、日仏会館の研究者であるマチュー・カペル氏です。僕はこれまで確たる認識がなかったのですが、リベラシオンはルモンドやフィガロといったフランスの大手日刊紙の中でも突出した映画記事の伝統を持っている、ということでした。何しろ、文化部から独立した「映画部」まで抱えていて、たとえば映画雑誌のカイエ・デュ・シネマと共同でカンヌ映画祭特集号を出すこともあるそうです。実際にカイエ・デュ・シネマの記者がリベラシオンに移籍したり、またその逆もあるようで、そうした人材交流の面を見ても、日本の新聞とは異なる伝統を持っています。 
 
  もともとリベラシオン紙は1973年にサルトルが創刊したもので、以前、日刊ベリタでも何度か紹介しましたが、相当個性的な新聞です。たとえば給料はトップから一記者まで社員全員同額とか、何かを決める際はタイピストであれ、経理であれ、記者であれみんなで意見を出して決めていた、とか。当初は戦闘的な左翼集団だったということで、そうした画期的な試みが行われたことは興味深くはあれど、理解できます。当初は試行錯誤でいろんな破格の紙面を作り、たとえば当時ボザールの学生美術家集団でパンクグループの「Bazooka」がビジュアル面を担当したりしました。しかし、やがては経営難から1981年にリストラを断行して、当初の斬新な試みのいくつかはなくなってしまいました。(Bazookaについては以前、日刊ベリタでも取材をしていますので、興味を持つ方は後ろの参照記事を読んでください) 
 
  時代の波をかぶって何度かに渡る経営難に直面してきたリベラシオンですが、それでもジェステル氏によると、今もリベラシオンには初期の魂が受け継がれているそうです。たとえば映画部では才能のある新人監督が出てきたら、映画界の序列とか常識にはこだわらず、それを大きく一面トップに取り上げるというような伝統です。ジェステール氏が例を挙げたのは、カンヌ映画祭監督週間で上映された無名の新人監督の映画が面白かったために特集ページの最初の3ページを当てたということです。これはベルギーのジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ、いわゆるダルデンヌ兄弟の処女作だったということです。この兄弟はのちにカンヌでパルムドールを受賞する巨匠になりました。さらに最近では上映時間が14時間に及ぶアルゼンチンの映画”La Flor"を1ページに大きく取り上げたと言うことです。これも無名の監督だったものの取り上げる価値あり、と判断したからということです。 
 
  監督が死んだときの追悼特集でも、リベラシオンは日刊紙の中では異常なボリュームで、オーソン・ウェルズの時は紙面12ページ、フランソワ・トリュフォーの時に至っては新聞全部が追悼号になったそうです。正直これにはたまげました。リベラシオンは日刊紙であると同時に、立派な映画雑誌でもあります。このリベラシオンのジルベール・ロシュ、セルジュ・ダネイ、オリヴィエ・セグレ、ジェラール・ルフォール、ルイス・コレッキ、ジャン=マルク・ラランヌと言った映画の記者らが活躍し、しばしばカイエ・デュ・シネマと連携した企画も行い、1980年代から90年にかけて黄金時代を築いていったと言います。リベラシオンに最初の映画記事が出たのは1973年9月20日で、映画脚本家でカイエ・デュ・シネマの映画批評家でもあったパスカル・ボニゼールの批評だったとされます。これは今でも読むことができますが、ジャン・ユスターシュ監督の「ママと娼婦」やベルトルッチ監督の「ラスト・タンゴ・イン・パリ」などの3作品を痛烈に批判したものでした。これらをボニゼールはフランスの消費主義社会化と結びつけて書いています。 
https://next.liberation.fr/cinema/1998/05/13/les-films-de-nos-25-ans-1973-la-maman-et-la-putain-le-tampax-le-vomi-et-le-beurre_238315?fbclid=IwAR1tWruHe5l0p-W6fQpsUCKThCReThbhCsxuq80_oMgy9C0uzmpoDBZDsno 
  リベラシオンは日刊紙で経済部とか政治部なんかもあり、カイエ・デュ・シネマとの違いもリベラシオンが日刊紙であることにあります。とにかく毎日記事を出さなくてはならない。だから、じっくり時間をかけて完璧な文体で・・・みたいなことでなくて、その時その時の現地の状況が影響を与えることもある。また、国内や外国の撮影現場に調査報道と同じように現地ルポの記者を派遣する、と言ったこともしているのだそうです。毎年、カンヌ映画祭には映画部の記者ら5〜6人がルポのためにカンヌ入りするとのこと。映画批評が熾烈を極めて訴訟騒ぎに発展したこともあったそうです。 
 
  本当に日刊紙の常識を破る独特のものがあって面白い新聞ですから、経営が厳しくとも是非とも継続してほしいと思っています。ジュリアン・ジェステル氏は映画記者でもあり、同時に文化部のCo director というリーダーでもあり、伝統を生かしながらも、新しいリベラシオンを作っていく役割も担っています。彼ら若い世代の映画批評家たちが先行世代と違っているのは、ジェステル氏らが先行世代のリベラシオンの記事を読んで批評家になったことであり、そこが先行世代のような初めて紙面を作っていった無邪気さとか自由奔放さに多少、欠けると言う自己認識もあるようです。2014年のリストラでかつてのベテランの映画記者たちがリベラシオンを去る中で、ジェステル氏らの役割は大きなものがあります。リベラシオンの伝統とは常識を破ることなわけですから、そういう意味では、これからの展開が楽しみであると同時に、そうした伝統を作ったリベラシオンの過去の映画の記事も遡って読んでみたいと思いました。 
 
村上良太 
 
 
■パリの画家/漫画家のオリビア・クラベルさん(伝説の美術家集団Bazookaの元メンバー)にインタビュー Interview Olivia Clavel 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201603151831552 
 
■イラストレーター・画家  ルル・ピカソ氏のインタビュー パリのグラフィックデザイナー集団 「バズーカ」 とその後 Interview : Loulou Picasso ( dessinateur ) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201611221659552 
 
■サルトルと新聞  創刊したリベラシオン紙の試行錯誤 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201809111337432 


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