2019年12月30日09時00分掲載  無料記事
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文化

[核を詠う](289)「朝日歌壇」(2019年1〜12月)から原子力詠を読む(2)「被爆して死を待つ姉を看取りたる十五のわれの狂おしき夏」   山崎芳彦

 前回に続いて「朝日歌壇」(2019年1〜12月)入選作品から原子力詠を読み、記録する。今回は7月〜9月の作品となるのだが、読みながら「原爆を知れるは広島と長崎にて日本といふ国にはあらず」(竹山広)という1首を思い、この竹山さんの歌の重さを考えていた。竹山さんは25歳のとき、結核を病み入院していた長崎市浦上第一病院を退院予定の日の1945年8月9日に原爆に被爆し、迎えに来ていた兄を探して5日間放射能の満ちる焦土の中をさまよい、被爆地の惨憺たる状況を目撃し、上半身を焼かれた兄の死を看取るという過酷な体験をして、辛うじて生き延び90歳に逝去されたが、前記の「原爆を知れるは…」はその最晩年の作品である。2010年3月に逝去されたのだが、そのほぼ1年後に福島第一原発の過酷事故が起きた。いま、「朝日歌壇」から原子力詠を抄出しながら、90歳の原爆被爆者である竹山さんにこのような歌を詠ませた「日本といふ国」の歴史と現実、とりわけ原発推進の国策を強行に進め、また国連の「核兵器禁止条約」の妨害者となっている腐臭にみちた安倍政権を許してはならなと強く思うのである。 
 
 竹山さんが詠い遺したように「日本といふ国」は広島と長崎の被爆者のように原爆の悲惨を知ろうとはせず、被爆者に対して冷酷に向き合い、ビキニの被爆者の実態・真実を隠蔽し、いま福島原発事故を無かったことにするかのように「復興」の欺瞞を歌いあげ、被害者に対する非人間的な政策を押しつけている。事故原発の廃炉作業の先行き不明のまま、「安全、安心」の虚構を作りあげ、被災地域への帰還強制ともいえる政策を進めている。さらに既存の原発再稼働、維持強化を進め、原発関連大企業の要求と歩を合せて多くの人々を欺き、核技術の軍事的な利用の目論見を内に秘めつつ原子力社会への復帰への道を進めている安倍政権の罪は深い。 
 
 ドイツの脱原発を進める員会のメンバーである社会学者ベック氏は、 
「2010年10月、妻とともに日本を訪れた時、広島の平和記念資料館を訪れることにした。私にとって今も答えが出ないのは、核兵器のまったき非人間性を倦むことなく告発し続けてきた日本が、なぜ同時に原子力の開発をためらうことなく決断し得たのか、という問いである。ヒロシマは身の毛のよだつ恐怖そのものであるが、それはこの地を攻撃する敵であった。軍隊ではなく生産部門の只中で恐怖が生まれるとき、何が起こるのだろうろうか。」(「世界」2011年7月号掲載論文より抄出) 
 
 そして何が起こり、続いているのか。「朝日歌壇」の入選作の作者、歌人たちの歌を読みながら、筆者は思うことが多いし、もっと「核を詠う」短歌作品を読み続けたいと願っている。 
 
 ◇7月◇ 
「チョットコイ」と鳴く小綬鶏(こじゅけい)に誘われて林に入ればまだ積む汚染土 
      (馬場あき子・佐佐木幸綱・高野公彦共選 福島市・澤正宏) 
 
平和祈念像の真似して立てる外つ国の人とカメラの間を過(よぎ)る 
                   (佐佐木選 長野市・原田浩生) 
 
下北の菜の花の咲く横浜の山の向うの村の原発 
                    (高野選 三沢市・遠藤和夫) 
 
ノモンハンガダルカナルにインパールレイテオキナワヒロシマナガサキ 
                    (馬場選 高知市・山本 登) 
 
原爆をある日突然語り出し今は記憶に鍵かけし母 
                  (佐佐木選 久留米市・塚本恭子) 
 
病棟の廊下に歩道とまがふ坂つくづく思ふここも長崎 
                   (佐佐木選 長崎県・中上鉄郎) 
 
福島を逃れ八回の蝉しぐれ姉妹は京の丹波の言葉 
                  (永田和宏選 綾部市・坂根瞳水) 
 
さみだれにけぶる虚しき原発の炉心底ひに息潜むデブリ 
                    (馬場選 茂原市・植田辰年) 
 
人の世は虚虚虚虚と鳴くホトトギス七月の空裂きてまた鳴く 
                    (高野選 福島市・美原凍子) 
 
 ◇8月◇ 
原発が争点六位の選挙でも線量ポスト律義に雨に 
                    (永田選 福島市・青木崇郎) 
 
原発が都市生活と産業を人身御供に稼働続ける 
                    (馬場選 川崎市・小島 敦) 
 
被害者は語り伝える加害者は語らず伝える忘れてしまう 
                    (馬場選 伊丹市・宮川一樹) 
 
はやぶさ2ほどの技術があってなおデブリ石には思い届かず 
                    (馬場選 郡山市・柴崎 茂) 
 
被爆証言聞きにしあともなお核が抑止力として要ると君らは 
          (馬場・佐佐木・永田共選 アメリカ・大竹幾久子) 
 
やめるとはかくも難(むずか)しまず原発EU離脱男系継承 
                   (佐佐木選 朝霞市・青垣 進) 
 
ふるさとはあまりに遠く棄権する原発事故の町に生まれて 
                  (佐佐木選 いわき市・多田千恵) 
 
原爆を日本がつくったと仮定して使ったかと問わる使ったと思う 
                  (高野選 アメリカ・大竹幾久子) 
 
原発を廃炉にすればその場所が高濃度汚染物の保管庫 
                (高野・馬場共選 郡山市・柴崎 茂) 
 
巨大なる鯨のような原潜の曳き波うねりわが船ゆらす 
                    (馬場選 西海市・原田 覚) 
 
虹たちて山河草木あらたなり海なき国に原発あらず 
                   (高野選 長野県・沓掛喜久男) 
 
いつもより力を込めて若和尚原爆投下の刻に鐘つく 
                (高野・馬場共選 三原市・岡田独甫) 
 
父は死に我は生きたり原子雲の下で二キロを離れただけで 
              (高野・馬場共選 アメリカ・大竹幾久子) 
 
四文字が二文字となりて定着す正しく言えば「原子爆弾」 
                    (永田選 舞鶴市・吉富憲治) 
 
乱射後も銃棄てぬ国蔑(なみ)すれどその国の核たのむ被爆国 
                   (馬場選 水戸市・中原千絵子) 
 
目をふせて惨禍を語る原爆孤児のちの辛酸滲む映像 
                    (馬場選 広島市・岡山礼子) 
 
原爆忌声朗朗と響かせて奈良岡朋子『黒い雨』読む 
                   (佐佐木選 箕面市・田中令三) 
 
 ◇9月◇ 
原爆は誰がため原発は誰がため問えば重たしこの国の明日 
                    (馬場選 福島市・美原凍子) 
 
命日が八月の墓並びおり爆心地より離れて十里 
                    (馬場選 西海市・前田一揆) 
 
廃絶の信念のない人なんぞ記念式典に呼ぶこともない 
                   (馬場選 多賀城市・賀川秀真) 
 
原発から都会へつづく送電線ひまわり畑を大きくまたぐ 
                (佐佐木選 ひたちなか市・菅野公子) 
 
被爆して死を待つ姉を看取りたる十五のわれの狂おしき夏 
                     (馬場選 西海市・原田 覚) 
 
秋の波激しく寄せてトリチウム取れぬ汚染水流すなの叫び 
                     (馬場選 福島市・澤 正宏) 
 
「微力だが無力じゃない」と高校生平和大使の核廃絶運動 
                     (馬場選 小平市・北川泰三) 
 
野馬追もお盆も過ぎてふるさとはフレコンバッグの街に戻りぬ 
                    (佐佐木選 下野市・若島安子) 
 
二階まで覆う雑木々原発事故九年目に見る故郷のわが家 
                   (佐佐木選 いわき市・多田千恵) 
 
うんぜんのおやまのうえのきのこぐも 小二の夏の悲しい記憶 
                    (高野選 熊本県・木村和子) 
 (選者の高野氏は評のなかで「雲仙岳の向こうに昇ったきのこ雲。あれが長崎の原爆だったと知った驚き。」と記している。 筆者) 
 
「避難者」は年ごとに減れど「帰還者」の数が僅かな町の寂しさ 
                    (永田選 福島市・青木崇郎) 
 
古里の日なが泳ぎし請戸(うけど)川除染袋に月見草の咲く 
                   (永田選 いわき市・伊藤行和) 
 
三カ月の線量測定四回目ガラスバッジで九年目の秋 
                   (永田選 福島市・米倉みなと) 
 
「福が満開、福のしま」のポスターよそのフクシマを我は追はれき 
                    (高野選 国立市・半杭螢子) 
 
浪江町へ皆で帰ろうと誓い合い避難九年目の成田山詣(なりたさんもうで)す 
                   (高野選 いわき市・守岡和之) 
 
 次回も「朝日歌壇」の原子力詠を読む。         (つづく) 


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