2020年01月20日15時10分掲載  無料記事
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文化

[核を詠う](291)波汐國芳歌集『鳴砂の歌』の原子力詠を読む(1)「うつくしま はや沈みしをこの海にずしりとメルトダウンの重さ」  山崎芳彦

 今回から福島の歌人・波汐國芳さんの第十五歌集『鳴砂の歌(なるさのうた)』(2019年8月、公益法人角川文化振興財団刊行)を読ませていただく。あの原発事故被災・大地震・津波被災から九年、波汐さんの短歌作品は、とどまることのない前進・深化・充実を絶え間なく続けている。いただいた年賀状に「頑張るぞ九十四歳うたをもて福島おこしにわれはつらなる」と記されていた。筆者は自らの日々の生きる姿勢のありようを打たれる思いであった。この連載の中で波汐さんの歌集『姥貝の歌』、『渚のピアノ』、『警鐘』をよませていただき、さらに今回は『鳴砂の歌』を詠ませていただけることに深い感謝の念を抱かないではいられない。 
 
 波汐さんは『鳴砂の歌』の「あとがき」で次のように記している。 
 「『警鐘』に続く第十五歌集は『鳴砂の歌』と題し、前歌集収録以後の作品で、主として二〇一七年一月以降のものに一部書下ろし作品を加えた三一四首を以て編集構成いたしました。鳴砂(なるさ)は砂浜を歩けば砂が鳴る状態で、初めて体験したのは牡鹿半島の浜辺を歩いた時でしたが、古里いわきの人だちもいわきの浜での鳴砂のことを話していましたので、珍しいことではないようです。その意味で、鳴砂はいわきの浜をひらくしらべであるといってもよいと思います。…とくにこの度は『原発石棺の日々から』という章名から始まっており、加えて私の心情等を鳴砂という自然界の鳴り物に託して客観化することが歌集構成上相応しいものと考え、ここに題名を『鳴砂の歌』とした次第であります。そして、この控えめな題が本歌集に込めた思いを包んでくれるものと信じるのであります。/なおこのたびの歌集でも文語律を踏まえた口語定型短歌詩を志向する作品を多く収録しましたが、まだまだ未熟にして思うに任せないというのは前歌集の場合と同様であります。でも前向きにやらねばならない課題として取り組んだ次第であります。(以下略)」 
 
 波汐さんの、新しい感覚を求め自己革新を図る意欲、既成短歌に埋没せず挑戦する取り組みを続ける強靭な歌人精神が、原発、原子力社会を詠って貴重で大きな成果を積み上げ、未来を切り開く力を蓄えていると、筆者は感動をもって読ませていただいている。『鳴砂の歌』から原子力詠を抄出させていただくのだが、原発事故、原子力社会とのかかわりを、読む者としての筆者はすべての作品に感じないではいられないのだが、あえて「原子力詠」を読む、として作品の抄出をさせていただく。 
 
〈機啗業石棺の日々から 
 ◇海と陸の物語(抄) 
おお海は大いなる母 怒り産み哀しみを産み歌あまた産み 
 
ああ平成われの命も入れながら震災の惨 原発の惨 
 
津波後の古里訪うを鳴砂(なるさ)鳴砂泣き所さえ攫われている 
 
福島に今年も咲くを浜昼顔さらってもさらっても起(た)つ心ぞや 
 
福島に本当の森を呼び戻せ今朝学童の鼓笛隊行く 
 
 ◇浜昼顔への問い(抄) 
嘗て海は手弱女(たおやめ)なりしをみるみるに数多の命攫いゆきたり 
 
浜昼顔 津波に耐えて残りしをそのしたたかさ移さんわれへ 
 
ああ福島 うつくしまなんてメルヘンの海をひた呼ぶ為政者だった 
 
津波後を捜索隊の尽きざるにおのれをさがす人のあらずや 
 
人類の生き残りゆく術(すべ)も問え津波に耐えし浜昼顔に 
 
 ◇二ツ箭山の矢(抄) 
古里の海を侵ししセシウム奴(め) 二ツ箭山のその矢もて討て 
 
二ツ箭山の天刺す岩の矢もて討て原発容(い)れし下心こそ 
 
福島や漁の叶わぬこの海に鷗らの声反(そ)り返りたり 
 
うつくしま はや沈みしをこの海にずしりとメルトダウンの重さ 
 
漕ぎ出(い)でてもとめしものかうつくしま 原発が爆(は)ぜ虚(うつ)ろなる島 
 
被曝して死にたる海へ奏(かな)ずるを鷗のうたの葬送曲ぞ 
 
 ◇炎立つ(抄) 
被曝地に五年過ぐるを葉牡丹の巻き戻しても尽きぬ渦ぞや 
 
復興へ今一つわれの燃えたきに野沢祭りのその火みちびく 
 
福島やセシウム深野(ふかの) 闇深野 手繰ってもたぐっても尽きぬ悔いなる 
 
サルビアの炎(ほむら)立ちつつひとりでに歩み出(い)ださん被災のこころ 
 
貧しきがゆえに招きしこの町に原発爆ぜて元の木阿弥 
 
被曝地に生くるわれぞや被曝地に生くるはひたに反核のため 
 
今年又凌霄花(のうぜんかずら)の炎立(ほむらだ)ち反原発へわれを急かせよ 
 
この街に凌霄花の花あふれセシウム討たんその炎立ち 
 
今一つ明日見ゆるまで登らんか風に乱舞の凌霄花 
 
風吹けば凌霄花揺れる炎(ひ)の誰かが其処で笑ったような 
 
 ◇なよ竹の歌(抄) 
なよ竹の撓(しな)い撓いて撥(は)ね返し病(やまい)に負けるな敗けるな妻よ 
 
庭の草抜く妻よりぞセシウム奴(め)乳房(ちち)の淵まで攀じ登りしか 
 
病む妻へ浅蜊汁をば作らんと灰汁(あく)の小さき渦掬いおり 
 
我が生を起(た)たす一人と妻讃(たた)う乳癌に克(か)ち歌に生くるを 
 
癌の妻 癌に負けぬと言い張るを根こそぎ攫う労(いたわ)りなりや 
 
病魔はや遠退(の)く夜半(よわ)ぞ傍らの妻の寝息にそっと耳寄す 
 
妻病めば受難の日々ぞ赤べこのうーん うーんとうなづきながら 
       (会津の民芸品「赤べこ」が首を揺らしていた) 
 
 ◇原発「地獄篇」 
原発のメルトダウンに陽炎(かげろう)のゆらゆら歩む影無き人ら 
 
柵があり番人が居てこの街は風に震える監獄である 
 
悔い言の容(い)るるすべなし原発の爆ぜてすかすかとなりし街はや 
 
大熊町その爆ぜ痕の隙間より祐禎さんの彼の世見ゆるや 
 
うつくしまなんてふくしま自惚(うぬぼ)れの爆ぜたる島ぞ 虚ろな島ぞ 
 
ふくしまはセシウム深野 熊笹の葉音ざわざわ何処までも闇 
 
日本一深き闇なりああ福島 原発爆ぜてえぐれしからに 
 
被曝土をシートが覆う 累々と街を覆えば獄舎のごとし 
 
汚染土のシートの山の連なるにああ福島が隠されている 
 
避難指示解除の浜ぞ夕闇に脛(すね)光らせて死者ら歩むを 
 
セシウム土覆うシートの閃きの遠稲妻と呼び合う夕べ 
 
胸に吊るガラスバッジのありありと我が烙印(らくいん)の透きて見ゆるも 
 
平和こそ願いなりしを天ありて何ゆえの刑 被曝福島 
 
うつつにしダンテ在(おわ)せば地獄篇に原発地獄を歌いこむべし 
 
「地獄篇」に連ねて福島の獄置かばどのあたりぞと問うやダンテに 
 
福島やエデンの東 創世の裂けたる海の顕(た)ちてくるまで 
 
この街は檻の中だね獣(けもの)らのうおーうおーと吠えわたる声 
 
次回も波汐國芳歌集『鳴砂の歌』を読み続ける。     (つづく) 


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