2020年02月22日21時55分掲載  無料記事
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文化

[核を詠う](295)角川『短歌年鑑・令和2年版』から原子力詠を読む「まほろばを流るる小川のほの明かりふくしまの村は未だくらやみ」  山崎芳彦

 今回は角川『短歌年鑑・令和2年版』(角川文化振興事業団、令和元年12月7日刊)の「自選作品集」、「題詠秀歌」、「角川歌壇・特選作品集」、「作品点描」それぞれの特集に所収の作品群から、筆者の読みによって原子力詠を抄出させていただく。月刊総合短歌誌を発行している角川の『短歌年鑑』は、短歌界の動向を知る上で筆者にとって貴重である。2011年の福島原発事故以降、原子力に関わって短歌人がどのように詠っているかを知るための一端として、毎年度の同年鑑を読み続けている。当然のことだが、歌人の歌う対象は多岐にわたり、「原子力詠」として筆者が読み取る歌は、年鑑所収の千数百人の歌人による数千首の作品のなかで、その数は決して多いとは言えない。しかし、年鑑に載せられた作品を読みながら改めて膨大な作品を読む、短歌に触れることは筆者にとってありがたいことであると思い、その中で原子力にかかわる作品に出会うことの貴重さに感動するのである。 
 
 短歌年鑑の作品を読みながら、筆者がかつて、まだ短歌を作る前にかきためた詩や随想をまとめた、まことに拙い詩文集「懐かしい俺」(2004年9月、ポプラ企画発行)を出し、その中に一篇の詩を載せたことを思い出した。拙い詩をいまさら筆者の我がままで、ここに転載するのは恥ずかしいし心苦しいのだが、お許しを願って記させていただく。 
 
  ◇熟柿ひとつ (山崎芳彦) 
 熟柿一つ雨に打たれて光る 
 樹肌はくろずみ葉散り尽した枝が震え 
 雨に濡れた熟柿は赤く照り 
 盈ち盈ちた果肉を誇る 
 晩秋の雨静かに降りつづく町の 
 細い路地に立つ家の狭い庭先で 
 熟柿一つ 雨に洗われ光っている 
 
 この家に老夫婦が暮らしている 
 半世紀も暮している 
 二人で始まっていまも二人 
 様々な色の時間が流れ二人を運んだが 
 いま二人きりで熟柿の輝きを見ている 
 
 二人は焼け爛れたヒロシマの川べりで出会った 
 夫は失った恋人を求め屍の街を彷徨し 
 妻は奇跡の生命のほかの一切を失い立ち尽くし 
 二人は生と死が絡みあい流れる川のふちで出会った 
 二人はやがて夫と妻になり一つの時間の川を流れた 
 五六年が過ぎてもあの日と断絶した時間はない 
 
 二人は一つ窓から熟柿の赤を見ている 
 晩秋の雨に濡れ熟柿一つ輝いている 
 
 短歌作品を読む前に、筆者のこころもとない詩を記してしまったことをお詫びして、角川『短歌年鑑』から抄出させていただいた原子力詠を読んでいきたい。 
 
 ◇自選作品集(抄) 
被曝禍の妻逝き 我の病獄の何の罪科ぞダンテに問うを 
                          (波汐國芳) 
 
非核化はどうなる今日も水馬(あめんぼう)廻り廻りてまたもとの位置 
                         (江流馬三郎) 
 
八・六と八・九と祈りの日 鎮魂の夏は誓い伴う 
                          (大畑惠子) 
 
いつせいに鳴く蟬のこゑ身の内にひびき渡りぬ八月六日 
                          (田中裕子) 
 
ゆきくれのこころひそかに持つニトロ爆発をせよと反核の志ひらく 
                          (増井定子) 
 
はじめてのパワーポイントわが作りし峠三吉の画像のやさし 
 
孫のごとき青年たちの眼に映るわれはいかなる証言者ならん 
                       (2首 相原由美) 
 
白木槿紫木槿わが庭に一日花散る原爆忌日 
                          (川井盛次) 
 
原爆の落ちるまへには外敵を敵さんと呼ぶ余裕まだありし 
                         (島榮一) 
 
三・一一わが縋りゐし梅の木の風に白じろ渚あらはる 
                         (関場 瞳) 
 
令和元年八月やうやくナガサキの地に帰り来つ被爆十字架 
                         (高尾文子) 
 
三・一一生きてこの世を思えとそまためぐり来ぬ人のおごりを 
                         (玉井清弘) 
 
原爆忌 汝がたましひの運ばるる鉄路の草のひしひし光りて 
                         (本田勝彦) 
 
柏崎原発こえし暑き日があかあか燃えて海に入りたり 
                        (松谷東一郎) 
 
アンダーコントロールあの一言がお墨付き与へこの世は嘘のかたまり 
                         (三浦 武) 
 
遅蒔きのゴーヤ伸びると見上げたる空 広島の原爆忌来る 
 
残虐の極みを人は口閉ざす 兄の引揚げ 亡夫の原爆 
 
今を生き平和を祈る少女の詩マイク震はせ世界へ届く 
                      (3首 村山美恵子) 
 
「片仮名」にしようフクシマアオモリもアキタヤマガタイワテミヤギも 
                          (狩野一男) 
 
大津波おそひしままの漁協ビル放射能汚染区域に残る 
 
新春の青天の下くろぐろとフレコンバッグ積まれてゐたり 
 
駐停車できぬ国道6号線無人の教会、寺見えて消ゆ 
 
つぼみもつ枝々あふぎ〈夜の森〉の桜並木の下にたたずむ 
 
すぐそこは帰還困難区域にて侵入禁止のバリケード立つ 
                       (5首 田宮朋子) 
 
まほろばを流るる小川のほの明かりふくしまの村は未だくらやみ 
 
腹あかき鮠さかのぼる水源のみどりの水はフクシマに湧く 
 
「俺だって働きたいのよ」と、酒を飲み父は朝(あした)もそこを動かず 
 
竹取りの翁のごとくふくしまにシャボン玉追へば冬月昇る 
                       (4首 立花正人) 
 
セシウムといふ名に胸がつぶれたるあの長長しき三月のころ 
                         (三留ひと美) 
 
キノコ雲に追はれて逃げし翌朝は目覚めとモカの濃きをすすりぬ 
                          (佐古良男) 
 
長崎の人の祈りの重なれる祈念坂に雨の降りだす 
 
核兵器と核の違ひは如何ほどかグラバー園の石畳濡る 
                          (行方祐美) 
 
 ◇角川歌壇・特選作品集年間ベスト20(抄) 
飯舘村(いいたて)の田畑に人ら立つ如く泡立草がはびこりて咲く 
                      (福島県・大槻 弘) 
 
原発の稼働は如何に寒立馬凝然として風雪に立つ 
                      (青森県・小野一男) 
 
原爆に一瞬の間に死にし子ら・二年怯えしアンネフランク 
                     (福岡県・松本千恵乃) 
 
太陽光パネルになりたいと願う立っているだけで幸せを産むから 
                      (福島県・鈴木案菜) 
 
 ◇題詠秀歌(抄) 
赤トンボあまた飛び交ふ安達太良山(あたたら)のほんたうの空いつ還るらむ 
                      (福島県・大槻 弘) 
 
秋深み「元の自然を返せ」とふ反原発デモにトンボ寄り来る 
                      (埼玉県・高橋洋子) 
 
海ひらく蜜柑畑のまなかひに福島原発にぶく光りぬ 
                      (福島県・大槻 弘) 
 
空缶とビニール袋の踊る町猫が一匹歩道を走る 
                     (福島県・浅見美奈子) 
 
原発禍に母校は休校と決まりたり休校すなはち廃校ならむか 
                      (福島県・吉田信雄) 
 
朝刊に徳島上空二重虹ヒロシマ原爆記事と並べる 
                     (徳島県・久積多美子) 
 
 ◇「作品点描」に抽かれた原子力詠(抄) 
 〈作品点描1 香川ヒサ〉 
 ▼波汐國芳の作品 
大熊町その爆ぜ痕のすかすかに祐禎さんの彼の世見ゆるや 
 
津波後の故里訪うを鳴砂鳴砂泣き所さえ攫われている 
 
原発爆ぜ噫(あな)すかすかの街なればずんずん小さな明日の見ゆるを 
 
ぶな林(りん)は我らの拠(よ)り処(ど) 福島に水起つ心透きて見ゆるを 
 
百日紅の道は夕陽に始まるを手繰ってもたぐっても尽きない紅(こう)だ 
 (香川氏は波汐氏の作品について「原発事故後の大熊町を思うたびに早くから原発の危険性を歌にしていた故佐藤祐禎氏を思い出すのである。二首目の『泣きところさえ攫われている』、三首目の『ずんずん小さな明日の見ゆる』は悲痛というより憤怒の叫びだろう。それでも作者は福島の自然を拠り所に立ち上がろうとする。ぶな林の水の清冽、夕日に染まった百日紅の紅に凛然たる覚悟が象徴されている」と記している。) 
 
 〈作品点描3 沢口芙美〉 
 ▼久々湊盈子の作品 
八万の死のなかのひとつの死のおもさ写真のみに知るわが叔母のかお 
 (沢口氏は、「長崎で被爆した叔母一家。その時八万人が死んだそうだが、一人の死は関係者に限りなく重いもの」と記している。) 
 
 〈作品点描7 生沼義朗〉 
 ▼本田一弘の作品 
ふくしまの土のてのひら 春に咲く花のひかりといのち載せたり 
 (生沼氏は、本田氏の歌について「本田一弘の歌を本田一弘の歌たらしめているのは、ひとえに祈りだ。…『ふくしまの土』はもちろん原発で汚染されたことを踏まえる。それでも土は命を育み、光を宿す。自分一人ではどうにもならない大きな問題への懊悩と、自然の力を信じる希望が平易かつ穏やかな表現に灯る。』と記している。) 
 
 〈作品点描8 本田一弘〉 
 ▼駒田昌子の作品 
ふくしまをこの両腕で抱きたしもし飛ぶことができるのならば 
 
さんがつ、パソコンに打ちはじめれば今年のわれもほたりと泣けり 
 (本田氏はこの駒田氏作品2首について、「福島市生まれ、現在は仙台市在住。『ふくしま』を両腕で抱きたいと思う母性のこころ。震災で傷を負った故郷福島を心の底から愛している。八年目の三月十一日。数多の死者を思い、泣く『さんがつ』。『さんがつ』というひらがな表記、『ほたり』というやわらかいオノマトペ、『も』という助詞が悲しく響く」と記している。) 
 
 ▼田中 濯氏の作品 
震災はもう八年後 いつだろうハニーサックルのつよい香水 
 
目に見えぬデブリ見せんと再構成三次元画像彩色は赤 
 
三月に期待されたる歌作らずういういしいよ獣のやうに 
 (本田氏は、田中作品について、「一首目、ハニーサックルの香りが八年前の東日本大震災の悲しい記憶を連れてくる。二首目、肉眼では見えぬものを『再構成』してみせる科学。しかし科学は嘘をつくこともある。そんな欺瞞を淡々と炙り出す。二首目。『彩色』された赤色が不気味だ。震災に関わりのある歌人は三月近辺に作品を依頼される。そんな予定調和に抗う歌人の意気地の見える三首目。『獣のやうに』ういういしく自らの意志のみで歌おうとする矜持。』と記している。) 
 
 次回も原子力詠を読む。               (つづく) 


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