2020年03月21日14時25分掲載  無料記事
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文化

笑いでコロナの免疫力を! 小さなカフェで、玉川太福さんが浪曲ライブ

 コロナ自粛が広がる春分の日の昼下がり、西東京市の小さなカフェに、人気浪曲師玉川太福さんの張りのあるうなりが流れた。演目は「不破数右衛門の芝居見物」「任侠流山動物園」など三席。額に汗をにじませながらの熱演に、30人足らずの客は笑いころげ、ホロリとさせられ、コロナ疲れを癒された。(永井浩) 
 
▽パンダの目のふちの黒い縞はなぜ? 
 会場のヤナカフェ西東京は、西東京市の住宅街柳沢地区の一角にある。入り口でマスクを渡されて店内に入ると老若男女で満席。コロナウイルス対策のため、ドアや窓は開けて換気に気をつけている。 
 場を盛り上げるのに大切な演者への掛け声や歓声も本日はお遠慮ください、とある。 
 
 曲師の玉川みね子さんの三味線に合わせて楽屋(といっても、太福によれば「物置みたいな狭い部屋」)から登場した太福さんは、黒いマスク。でもそれをすぐに取り外すと、「笑いでコロナウイルスの免疫をつけてください」 
 
 最初の演題は「地べたの二人」。二人の男が路上でコンビニ弁当のおかずのやりとりをするさりげない光景をユーモラスに描いた、太福さんの新作浪曲で、彼が脚光を浴びるきっかけとなった代表作だ。 
 
 つづいて古典の「不破数右衛門の芝居見物」。主人公は、忠臣蔵の赤穂浪士のひとりで、めっぽう剣の腕は立つがやや粗忽者でしられるキャラクターである。 
 主君浅野内匠頭が殿中松の廊下で吉良上野介に切りかかって切腹とお家断絶となった3月の事件から一年たったある日、数右衛門は江戸で芝居見物に誘われる。 
 舞台では事件を再現した場面がくりひろげられる。頭に血がのぼった数右衛門は、「殿、危うし」と花道に駆け上がり、憎っくき吉良に切りかかり…… 
 
 最後の「任侠流山動物園」は、戦後浪曲界を代表する広沢虎造の「清水次郎長伝」をベースにした三遊亭白鳥作の新作落語を太福さんが浪曲化した作品。 
 千葉県の流山動物園にはライオンや虎のような人気の動物はおらず、かつて人気者だった象のマサオも病で寝込んでいる。経営危機で閉園を迫られるなか、ブタの豚次が園長に打開策を提案する。彼の古巣の上野動物園で世話になったパンダの親分パン太郎に一肌脱いでもらおうというのだ。豚次はブヒブヒ言いながら上野までたどり着き、親分に「流山動物園に客を呼ぶために来てくれないか」と頭を下げる。豚次は元兄貴分の虎夫に尻をかじらせる犠牲まで払うが、追い返される。 
 
 流山にもどった豚次は、仲間の牛太郎、チャボ子とともに園長から人間としゃべる術を教わる。すると流山動物園は大人気となり、パンダ人気に沸いていた上野動物園は閑古鳥が鳴きはじめる。 
 パン太郎と虎夫は流山に殴り込みをかけてくる。クライマックスは、決闘の場面。それまで病臥にあったマサオこと政五郎がすっくと立ちあがり、タンカを切る。「昔知られた動物を束ねた次郎長のことを聴いたことはあるだろう。その子分を知っているか?」。目の前の象が次郎長親分の子分の大政、政五郎と分かったパン太郎は、虎夫に政五郎を襲わせるが返り討ちに遭う。パン太郎は殴られ、生まれ故郷の中国の四川省に飛ばされる。 
 かくして、パンダの目の周りには黒アザが残るようになったとの一席。 
 
 笑いの渦に巻き込まれた客席に、太福師匠が語りかけた。「今後コロナウイルスに感染した方は、あまり笑わなかった人です」 
 開け放しの店から流れてくる笑い声と聞きなれないうなり声、三味線の音色に、店の向かいの公園で遊んでいた子どもたちが、目を輝かせてときおりのぞきにくる。 
 
▽「太福の成長を見守る」 
 コロナウイルスを警戒してイベントの自粛要請が政府から出されるなか、こんな場末の小さなカフェで、今や浪曲界の人気ナンバーワンの玉川太福さんのライブが実現したのはなぜなのだろう。 
 
 仕掛け人の田村みどりさんによると、太福さんとの最初の出会いは十数年まえにさかのぼる。 
 ある日、中央線沿線の荻窪で飲み屋をさがしていると、路上で浪曲の呼び込みをやっている若者がいる。まだほとんど無名の太福さんだった。みどりさんと夫の徳章さんは彼に誘われて飲み屋に入り、駆け出し浪曲師の迫力あるうなりに魅了された。 
 それ以来、太福さんの舞台に足を運ぶようになり、その芸の上達を見守りつづけてきた。「当時にくらべると、太福は見違えるほど上手くなったね」と、田村夫妻は目を細める。 
 
 玉川太福は、いまや全国各地を公演で駆けずり回る超人気者となり、日本の浪曲界の次代を背負って立つホープと目されているが、田村夫妻から「こんど、うちの近くの行きつけのカフェで一席うなってくれない」と頼まれると、二つ返事で承知してくれた。 
 
 ライブが終わってから、店のベランダでうららかな春の陽ざしを浴びながら、太福、みね子の両師匠を囲んでお客さんとの懇親会が開かれた。 
 太福さんによると、コロナウイルスの影響で芸人の仕事も減ってきているという。予定通りに公演ができても予約客のキャンセルが多かったり、狭い会場に変更されたりしている。 
 
 だが、ヤナカフェのオーナー石井貴さんによると、この日の公演はキャンセルはゼロで、参加申し込みを断るのが大変なほどの盛況だったという。お客は地元の80歳をこえたおばあさんたち、神奈川から駆け付けた若い女性ファン、太福さんの公演を計画していて九州の博多からやってきた男性、さらに日本滞在30年になるコロンビア人女性と多彩な顔触れだ。浪曲を聴くのは初めてという彼女は、忠臣蔵のストーリーは知らなかったけど、「(太福さんの)熱演の豊かな表情がとても印象的で素晴らしく、だいたいの内容はわかった」と述べた。コロンビアにも、一人語りでいろいろな物語を聴かせる大衆芸能があるという。 
 
 バイオリニストの石井さんは、これまでアイリッシュ音楽などのライブを開催してきたが、和芸は初めて。これからはさまざまなジャンルの芸人やアーチストに発表の場を提供していきたい、と語った。 
 
 太福さんは、さっそく自らのツイッターで発信している。 
「西武柳沢・ヤナカフェさん 
コーヒー美味しくて3杯もお代わりいただきました 
開催を支えてくださった皆さま、ありがとぉぉぉ」 
 
 観客の一人がフォローの返信をしている。 
「不破数右衛門は初めて聞きましたが、おもしろすぎて帰りの電車でも思い出し笑いしてしまいました 
大変楽しいひとときをありがとうございました」 


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