2020年04月01日23時44分掲載  無料記事
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文化

[核を詠う](298)塔短歌会・東北の『東日本大震災を詠む』から原子力詠を読む(1)「核燃料再処理工場 財政の苦しき村の海に向き立つ」山崎芳彦

 本連載の前々回(296)で、塔短歌会・東北が刊行した『2933日目 東日本大震災から八年を詠む』を読ませていただいた。塔短歌会の東北に関わる歌人たちが2011年3月11日の東日本大震災のあとの99日目に開いた歌会の歌をもとに『99日目』と題して歌集を刊行してから、毎年、東日本大震災を詠む歌集を刊行し続けていることを知って、『99日目』以後の各巻を読ませていただきたいと考え、発行者である塔短歌会・東北の梶原さい子氏にお願いをして、お手数をおかけし、既刊のすべてを手にすることが叶った。今回は『99日目 東日本大震災ののちに』、『366日目 東日本大震災から一年を詠む」を読ませていただく。なお、歌集の収益は福島の子どもたちへの支援団体への寄付にしているという。 
 
 一人7首の作品が収録されていて、それぞれの歌を筆者は読ませていただいたのだが、その中から「原子力詠」として筆者の拙い読みによって抄出作品を選ばせていただくのは、心残りと、不行き届きがあるであろうことへの虞れが強い。お許しを願いつつ、作品を読んでいきたい。 
 
◇『99日目 東日本大震災ののちに』(平成23年8月刊・抄)◇ 
 (「はじめに」に、2011年3月11日に東日本にマグニチュード9・0の巨大地震が発生し、同6月18日に秋田市において塔短歌会東北・震災復興歌会を開催したことが記されている。「震災から99日目のことでした。この歌会は、塔短歌会の東北在住の会員と東北に関わりのある会員の一部が、震災をテーマにして読んだ歌を持ち寄ってひらいたものです。」、「九十九日経っても、まだまだわたしたちは道のりの途中にいます。その感は日増しに強くなります。そして震災のことを詠うとき、なめらかに言葉など出て来ません。/それでも九十九日経ち、ようやく言葉にできたことがあります。/これは、その、ひとつの記録です。/環境や置かれた状況の違う、それでも、東北にゆかりのある十六人の、ひとつずつの『そののち』です。/何より九十九日目にみなで会えたこと、それが素直にうれしかったのです。」と述べられているのが、3・11から3カ月後のの東北の歌人たちの思いを表していて、9年を過ぎたいま読んでも胸をうつ。また、「この冊子は他支部からのご寄付等をもとに出版され、収益は寄付されます。」と記されている。 筆者) 
 
東より凍える被災者来るのち南(みんなみ)よりの被災者も来る 
 
被災者に我あらねども東北の誰彼の苦を聞きながらいる 
 
素材から手をかけてきたもういいよあの爆発ですべて無意味だ 
                 (3首 山形県米沢市・井上雅史) 
 
  (打ち砕かれてもまた、この論理で進もうとするのか) 
自然禍に想定外と言いはなつメルトダウンで穢(けが)されし空 
 
  (使用説明書に始末の方法が欠落していた) 
瓦解その始末ながびくあわいにも地球をくまなくめぐるフクシマ 
 
  (ひと色ではない、さまざまな悔い、無念の思いの色である) 
避難所に耐えてすわりしまなぶたに映るふるさと何色ならん 
                 (3首 仙台市・歌川 功) 
 
地震過ぎて一面の雪、ひやびやと放射線値の上昇しゆく 
                 (秋田県潟上市・加藤和子) 
 
海に沿ふ道路は信号灯らぬまま瓦礫の間へ人を進ます 
 
子の部屋に転入生が遊びに来る大熊町から楢葉町から 
 
放射能も蚊取り線香で落ちちやえばいいのにね いいだらうね 
                 (3首 福島県いわき市・小林真代) 
 
  (奉仕の気持に、なることなんです。) 
給水を待つ列のなか春風に吹かれてほほゑんで立つてゐる 
 
  (約束はみんな壊れたね。) 
ほほゑみて話さむとして歪みたるかほを押さへて下を向きたり 
 
  (さうしてそれも間に合はない) 
知られざるあまたのうつくしいうたよ、東北よ もとよりそこにある 
                 (3首 福島県須賀川市・佐藤陽介) 
 
  (正力松太郎のスパイ・ネーム) 
「ポダム」なる忌み名は讀賣巨人軍のどこにもあらず春の虹立つ 
 
中通りにセシウム積もり炉を洗う原発労働者水も飲めずに 
 
濡れ髪に染むセシウムもくくられて月光に照る馬の尻尾(ポニーテイル)は 
                 (3首 岩手県盛岡市・田中 濯) 
 
安全と明言をせる空間にあやうき原子炉崩れおちそうに 
 
過ちを幾度もおかす人間に自然は覆いかかるのだろうか 
 
この子らに残したき空あおあおと続きていたり瓦礫のまちに 
                 (3首 青森県十和田市・星野綾香) 
 
日本海側にも津波警報が出たあの日から〈何か〉が変はる 
 
雨に濡るるひめをどりこ草の群生にまだまだ続く避難の日々は 
 
未来とはこんなに危ふいものだつた 行き場のない水、汚染水とふ 
                 (3首 青森県つがる市・松木乃り) 
 
線引きに悩みていっさいお見舞いを出さぬと決めし互助会なりき 
 
普通なるもの疑えと脳が叫ぶ見張り田の水も映る空の色も 
 
三十年のちのモルモットになるために我らせっせと地場野菜食む 
                 (3首 福島市・三浦こうこ) 
 
 ◇『366日目 東日本大震災から一年を詠む』(平成24年7月刊・抄)◇ 
 巻頭の「はじめに」には『99日目』の刊行について振り返える文章に続けて、次のように書かれている。 
 「それから一年が経ちました。『99日目』の『はじめに』には、こうあります。『九十九日経っても、まだまだわたしたちは道のりの途中にいます。』と。/とんでもない、と今なら思います。九十九日? それどころか、一年経った今でも、そして、何年経てば、途中が途中でなくなるのか。そのことにもう、わたしたちは気付いています。/この一年、いろんなものを見ました。突きつけられました。。そして、感じました。この東北に関わるわたしたちだからこそ見えただろうものが、確かにありました。/だからこそ、ここにあるのはひとつずつの『そののち』に過ぎませんが、それぞれの暮しの果てに生まれた歌だということを大切に思いたいと思います。『366日目』は、一年を越えた今をわたしたちが生きていることを改めて思い、心を引きしめるためのタイトルです。」 
 
 それぞれの作者(20氏)の作品のあとに、随想が添えられていて、作品とともに貴重な記録、感慨、思考ともなっている。また、巻末の「99日目評」(佐藤通雅、花山多佳子)、座談会―震災を歌うことについて―(出詠歌人のうち8氏が参加)は、まことに中身の濃い、深い内容であるが、本稿では紹介できず残念である。筆者は大変に興味深く読ませていただいた。筆者の読みによる「原子力詠」を抄出させていただく。作者の意に添わない抄出についてはご寛容をお願いしなければならない。 
 
生産者の声も入りくる福島の野菜ボックス両の手に持つ 
                 (秋田県男鹿市・石井夢津子) 
 
東電の災害復興支援車にあまた若人漫画読みおり 
 
濃緑の車が次々やってくるああ沖縄で見たことがある 
 
男しかいない世界だ「繰り返す。日常ではない。日常ではない」 
                 (3首 山形県山形市・井上雅史) 
 
その先へはゆけぬところを終点と呼び常磐線ひかりつつゆく 
                 (福島県いわき市・小林真代) 
 
他界へとあまたの人の渡りけり冬の水平線に手をかざす 
 
海嘯にかの日遭はざりし日本海沿岸に住みこの雪にあふ 
 
白鳥は啼きてぞ帰る、泣き涸れし人の傍(かた)へに桜花(あうくわ)よ薫れ 
                 (2首 秋田県潟上市・加藤和子) 
 (作者は随想のなかで「時間のみが経過していく。『震災からの復興・原発事故の収束に命を懸ける』というのではなく、消費税増税に命を懸ける、という宰相をいただくことのやるせなさ。各人が一票を有するこの国において。」と記している。東北人の思いであろう。 筆者) 
 
その先へはゆけぬところを終点と呼び常磐線ひかりつつゆく 
                 (福島県いわき市・小林真代) 
 
燕、もう来(く)んな去年(こぞ)言ひ聞かせしが軒下にああ糞(ふん)が。来てゐる 
 
東北はひろくて ひろい夜のなかどんな気持ちも真実だつた 
 
祠(ほこら)には百の膀胱こどもらのもの多くして科学を祀(まつ)る 
 
この庭に二十年後に膀胱を失(な)くすこどもも今は遊べり 
                 (4首 福島県須賀川市・佐藤陽介) 
 (作者は随想のなかで、「除染を進める・内部被曝を避ける・電力会社から生活を少しでも切り離していく・なほかつ具体的な喜びを増やすこと。原発を実定化する反原発の運動も緊急的には必要だが、かうした〈非〉原発の行動を、動ける個人・家庭・地域レベルでしていくこと自体が、却って原発を無くすための王道であると思はれる。その道中にも歌は風のやうに吹き、予言は外れることを祈っている。」と記している。筆者は「膀胱」の歌に衝撃を受けた。セシウム137の被曝によって「チェルノブイリ膀胱炎」や膀胱癌の発症が引き起こされたことについての論文を読んだことを思い起こしたからである。 筆者) 
 
水田に草生ひ茂り田植ゑする人影はなく風が泣き行く 
 
仮住まひの壁は薄くて声ひそめ隣家のことが気になると言ふ 
 
被災者のいたき悩みをきく場にて傾聴だけで済まないと知る 
                 (3首 宮城県仙台市・鈴木修治) 
(作者は、「東日本大震災では巨大津波のため大勢の人命が失われるという衝撃的な惨事が東北各地で起きました。この現実に直面し言葉を失います。そして震災被害に追討ちをかけた東電福島原発の事故は大量の放射性物質を飛散させました。事故のため復旧・復興が妨げられる事態に至り、一方、放射能汚染により広範囲に及ぶ被害が次第に表面化する様相を呈し、深刻な事態になっています。」と2011年3・11の一年後を見つめ、そのうえで全東北地方の復興にかける思い、決意を述べている。) 
 
  (全会一致など、ぶざますぎる) 
北九州市が受け入れを表明す 膨大なゴミ莫大な$・¥ 
 
除染せし土地もしずかに雨を受けふたたび薄く汚れるだろう 
 
土とゴミあつかうひとにそのスジのひと集まれば「闇」はうるおう 
 
「原子力ムラ」の利権も飛散してむらがるひとを我は見ている 
 
復興は正義、除染も正義かな雨の軽くて我は疑う 
 
日本が破綻をしたる一因に表土削りたることあるべからず 
 
壊死の炉を鎮め続ける三千のいのちを思え春の夕焼け 
                 (7首 岩手県盛岡市・田中 濯) 
 
放射能恐れ逃げ来し人とつくるほうれん草の風に揺れおり 
 
核燃料再処理工場 財政の苦しき村の海に向き立つ 
 
最終の処分地誰も引き受けずプルトニウムは工場にあり 
 
核のゴミ日日運ばれて四十キロ圏内にわが生活(たつき)あり 
                 (4首 青森県十和田市・星野綾香) 
 (作者は、「一年が経ち、震災の影響は県内のいろいろな所に広がっている」と観光客の激減、市民の足の十和田電鉄廃線などの現状について記すとともに、「交付金欲しさに原発や核施設を増設し続けているわが県。下北半島に集中し『東京電力東通原発一号機』『東北電力東通原発一号機』『電源開発大間原発』『むつ中間貯蔵施設』『日本原燃六ヶ所使用済み燃料再処理工場』が立ち並ぶ。六ヶ所村再処理工場は、事故が起これば福島の比ではないと言われており、チェルノブイリのようにいつかなるのではないかと恐れているが、住み慣れている自然豊かなこの地を、離れようとは思わない自分がある」と記している、原子力社会からの一刻も早い脱却を願う筆者は共感している。) 
 
被災地は行ってみなければ分からない 人の悔しさ 土地の悔しさ 
 
これだけの記録であつても何時かいつか時間の砂に埋れてしまふ 
                 (2首 青森県つがる市・松木乃り) 
 
一年目の明日はあまたの精霊が降りるからみんな笑っていよう 
 
この足の立てる下には海よりも深い不安が流れておりぬ 
 
さまざまな線の行き交う空があり家と家とを絡め取りながら 
 
この街の色分け分布は刻々と赤に近づきぎりぎりで止まる 
 
空回りの議論聞くのも力要る「福島が好き」のBGやまざり 
                 (5首 福島県福島市・三浦こうこ) 
 (福島市在住の作者は、「浜の方から避難してきた人々と、ここから逃げていく人々の混在する不思議な土地となった。『大丈夫?』と遠慮がちに質問されるが『ここにいる、ここに残っている』という事実が答えである。たとえ望まざる選択だとしても。『沈黙の春』を思い出しつつ、化学薬品とのいたちごっこで強力になった細菌や昆虫たちのように、人間だって、原始からみたら、自らの作り出した環境に耐性を持つ遺伝子を作り変えながら、生き延びてきたのではないだろうか、などと思い巡らせてみる。一年を経た今、どんな議論も陳腐に見え、しかも真剣である。今思うのは、原発はだれの責任でもなく、人間の必然的な選択だったのではないかということである。これも人間の抗えない時間の作用かもしれない。」と記している。まことに複雑な思いを持ちながら筆者は読んだ。) 
 
避難犬マロンの受け入れ問題に避難所スタッフ会議が揺るる 
 
激論の果て動物は建物の中に入れぬと決めたる会議 
 
飼主の退所とともに段ボール小屋のマロンは消へてしまへり 
                 (3首 福島県いわき市・吉田健一) 
 (避難所の所長をつとめた作者の「避難犬マロン」と題する7首のうちから。その避難所の双葉郡浪江町出身の家族が飼っていた子犬のマロンの扱いについての一連に、原爆事故により避難生活を強いられる人間の「生きる、生活する」ことへの思いに、筆者は心が揺れた。) 
 
 次回も塔短歌会・東北の歌集を読んでいく。        (つづく) 


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