2020年06月02日10時30分掲載  無料記事
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文化

[核を詠う](305)市野ヒロ子歌集『天気図』から原子力詠を読む「大地震(なゐ)に果てし骸(むくろ)の捨て置かれ放射線日日ふりそそぎたり」 山崎芳彦

 今回は市野ヒロ子歌集『天気図』(いりの舎、2019年刊)から原子力詠を読ませていただく。著者の市野さんは、東京在住の歌人だが、福島県いわき市出身、その地で少女時代を過ごしたという。親族、知友が多く福島に住んでいて、ご自身が生まれ育った故郷でもあり、2011年3月の東日本大震災・大津波・福島第一原発の過酷事故の被災地であるふるさとの9年、そして現状は他人事ではなく、寄せる思いは深く、痛切なわが事でもあることが、この歌集の作品群によって明かされている。作者は「この歌集を二部構成とした。二〇一一年三月十一日に発生した東日本大震災は、福島県いわき市出身の私にとって大きな衝撃であった。大地震、大津波に見舞われた、春浅き東北の被災地の惨状、とりわけ、重大な原発事故の災厄に喘ぐ故郷の姿に心が揺さぶられた。震災前の歌を1に、震災以後の歌を兇房めた。」とあとがきで記している。本稿では、兇ら筆者の読みによる「原子力詠」を抄出させていただく。 
 
 著者は「あとがき」で、歌集名を『天気図』としたことについて、次のように述べている。 
 「『天気図に晴れのマークの赤あはれ住民なべて避難せる町』から採った。テレビの天気予報、画面の天気図の、福島第一原発のあるあたりに晴れの赤いマークがついていた。晴れ渡った空の下に、突然人の姿が消え、人の営みの絶えた町がある。この先、途方もなく長い時間、人の住むことの出来ないこの地を包含してこの国の時間は流れていく。」 
 
 市野さんが所属している短歌結社八雁の結社誌編集発行人である阿木津英氏は、歌集『天気図』の帯文に「基幹産業の炭鉱業衰退、閉山相次ぎ再生をめぐって揺れ動く磐城の町に少女期を過ごした市野ヒロ子にとって、三・一一の大津波と原発事故とは身を抉る苦痛だった。政策のままに翻弄される民びとを悲しみ、草木・小動物をも鋭敏な感覚をもって捉え、現実のすがたを彫り上げる。そこには人なつかしいユーモアもひとすじ流れている。」と記している。 
 
 筆者は「赤」はこの国の流れの現状が、人々にとっての赤信号・危険信号であると読んだ。「赤」信号のもと、「住民なべて避難せる町」となった。現在も「赤」であることは、この国の原子力政策が多くの面で福島の教訓を無視し、人々の苦しみを「なかったこと、ないこと」にして、復興を謳いあげていることで明らかだ。原発の再稼働路線、使用済み核燃料からウランとプルトニウムを抽出しプルサーマル原子力発電のためのMOX燃料を作る再処理工場の完成に向かう政策などを、直面している核汚染物質や核汚染水の処理問題、被災者の抱えている諸問題、原発事故による被曝者の健康調査や対策…さらに、さらに深く広い多様な問題を無視して、原子力社会の維持と強化を進める政権のもとで人々にとっての「赤」信号は、さらにその色を強くしている。 
 
 市野さんの歌集『天気図』を読みながら、筆者は、「原子力詠」として筆者が読んだ作品以外の多くの歌にも感銘をを受け、詠うことに真摯に取り組む作者の生活、人が生きる環境へのたしかな眼差しに学ばされることが多かった。胸を打たれる生活詠も多い。抄出できなかった作品群をもっと読み込んでいきたいと思っている。ここでは、筆者の読みによる「原子力詠」に限って抄出させていただく。 
 
 ▼人なき町(抄) (二〇一一年三月一一日、一四時四六分頃、東北地方太平洋 
  沖地震発生。郷里福島は、大地震、大津波に加へ、原子力発電所の重 
  大事故に見舞はれる。) 
避難指示・屋内退避の町の名にありありとして級友の顔 
 
「放射能」に追ひ立てられて流離(さすら)へるふるさと人の苦しみ映る 
 
むなしくも助けを呼びて絶え入りしいのち幾そばく人なき町に 
 
大地震(なゐ)に果てし骸(むくろ)の捨て置かれ放射線日日ふりそそぎたり 
 
月の夜を起ち上るべし「放射能」浴びしたましひ幽鬼となりて 
 
住民は飢えて死ねとや原子力発電所(ゲンパツ)に近きふるさと物流途絶ゆ 
 
   (一号機につづき三号機爆発) 
弟の携帯メールの文乱る差し迫りくるものに怯えて 
 
   (弟夫婦、叔父を伴ひ奥会津へ自主避難) 
「放射能」広がる下を逃れゆき如何にありしか九十歳(きうじふ)を連れ 
 
避難先より届きしメール春されどなほ雪深き画像を添ふる 
 
避難せぬ兄の電話の言葉はも覚悟を決めしごときひびきに 
 
住む人の失せゆく町にのこりつつ姉の電話の声のうはずる 
 
人去りし村にからくも生きのびし家畜ことごとく殺すべしとぞ 
 
ふた月を乳絞りては捨ててきてつひに牛飼ひの道を断たるる 
 
見世棚にかつがつ並ぶ福島産アスパラガスをあがなひにけり 
 
トウキヤウの電気をつくりきたりけりその結末の惨たらしさよ 
 
原子力発電所(ゲンパツ)は地元のつよき要望と安全なりとあざむきにつつ 
 
振興の名にたはやすく乗りにけむとりのこされし出稼ぎの村 
 
 ▼いわき(抄) (六月初め、漸くいわき市への帰省が叶ふ) 
「通行止め」電光掲示つづきたり行く手は人の住み得ざる町 
 
電光に「災害」としも表示さるレベル7(セブン)の原子力発電所(ゲンパツ)事故は 
 
戸の内に洗濯物を干すが見ゆ風の運べるものをおそれて 
 
防潮堤くづれし外に広がりて「放射能」にぞ汚されし海 
 
廃墟とはなりはてし町埃立つ道を揺れつつ散水車ゆく 
 
閉山のくるしみ越えしふるさとは原子力発電所(ゲンパツ)事故に打ちのめさるる 
 
身の内の融け崩れゆくここちすもわがふるさとの明日を思へば 
 
 ▼いわき復興祭(抄) 
東京に来て長いかと問はれつつふるさと人とわれのへだたり 
 
 (いわき復興祭in東京。炭鉱業界が衰退するなか常磐炭礦は〈現常磐興産〉は観光業へも進出し、1996年、常磐ハワイアンセンター〈現スパリゾートハワイアンズ〉を開業。フラワーダンサーとなったのは炭鉱関係者の子女であった。いま、震災と原発事故の災厄に苦しみながら、舞台で踊る若者たちの顔には、当時に似た危機感があった。) 
 
フラダンス群れ舞ふ若きダンサーのひたむきさ眼をつらぬくごとし 
 
くるしみに華やぐダンス閉山の炭鉱(ヤマ)の娘の意気を伝へて 
 
ゆたかなる海の幸をば商へぬ屈辱にただ耐ふるほかなく 
 
『「フクシマ」論』読みて見上ぐるまなこには秋陽おだしき東京のそら 
 
〈一個十円〉特売品のピーマンは福島産とぞ艶やかな青 
 
百姓のくるしみの顔浮かび来ぬ買ひ叩かるる棚の野菜に 
 
万億の民の嘆きのにじむごと木枯らしのそら夕焼けくらし 
 
 ▼天気図(抄) 
  (震災より一年が経った) 
天気図に晴れのマークの赤あはれ住民なべて避難せる町 
 
汚染せる郷(さと)にかへるを許すといふ かくしてつひに棄てはてなむか 
 
国を守るといきまく声は原子力発電所(ゲンパツ)の事故に失せたる国土を言はず 
 
父母と蕨摘みにし仏具山痛みにも似て浮かびきたれり 
 
 ▼避難訓練 
逃げおほせると信じゐるにや原子力発電所(ゲンパツ)の事故より逃ぐる訓練といふ 
 
全電源喪失といふ想定の訓練は灯火あかるき下に 
 
 (東京電力の虚偽説明について元国会事故調査委員会委員が証言した) 
事故調査妨害あばく背後にて退屈さうなる大臣の顔 
 
原子力発電所(ゲンパツ)を売り込む顔の晴れやかさ事故にくるしむ国民(くにたみ)を措き 
 
避難者をあの人達といふ声を聞けば話題は賠償の額 
 
統べられてゆく恐ろしさつつましき暮らしの利害に分断されて 
 
 ▼羽ばたき(抄) 
 (福島第一原子力発電所汚染水漏れを報ずる) 
漁師へのインタビュー終ふ「東電も頑張ってます」と言ひそへにつつ 
 
被害者を温厚とこそ持ちあげて物言ふことを牽制したり 
 
山あひの美しき景人住めずなりたる村のホームページに 
 
 ▼花なづな(抄) 
三年(みとせ)経てなほもくるしむ声声のわがふるさとの国訛りはも 
 
田いちめん群れ咲きにける花なづな寒のもどりの雨を帯びつつ 
 
 ▼起姫(抄) 
いわきより秋刀魚届きぬ北海道沖にすなどりせしとふ秋刀魚 
 
  (青果店の倉庫前) 
〈福島〉と書く袋裂きピーマンを徳用袋に詰めかふる手は 
 
台風の雨に原子力発電所(ゲンパツ)汚染水海に流るとみじかく報ず 
 
  (川内原子力発電所再稼働可決) 
民意なるごとき言ひやう 再稼働求むる陳情採択せりと 
 
福島は会津産まれの起姫(おきひめ)の笑まふつむりを指に押しつつ 
 
 ▼地層(抄) 
福島と出身地をわれ答ふれば間ありてやがて話題逸れゆく 
 
フクシマノモノハヤダネと言ふ人に口ごもりつつ店棚のまへ 
 
大津波まぬがれし家に住みながら羨(うらや)むこゑに苦しみたると 
 
原発事故避難者用の住居建つ廃坑めぐらす地層の上に 
 
かの家を幼なじみは立ち退(の)けり復興公営住宅建つとて 
 
 ▼春風の道(抄) 五年の歳月が過ぎた 
「くるしみにも人は馴れゆく」ほのかなる明かりのごとし友の言葉は 
 
 ▼梢吹く風(抄) 
オバマ氏に抱かれて泣く被爆者をくりかへし見すテレビ画面は 
 
 次回も原子力詠を読む。              (つづく) 


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