2020年08月10日13時49分掲載  無料記事
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文化

[核を詠う](312)『現代万葉集2016〜2019年版』から原子力詠を読む(3)「廃炉まであと三十年(みそとせ)はほんたうか生きて見届けむわがふるさとを」 山崎芳彦

 今回は『現代万葉集2018年版』から原子力詠を読ませていただく。全国、海外からの1819名の歌人の参加を得て編まれたアンソロジーには5457首の短歌作品が収録されている。その中から、筆者の読みによって原子力詠を抄出しているのだが、こうして核兵器、「平和利用」の偽装である核発電の人間、環境にもたらした、いや現在進行形である悲惨な加害についての短歌を読みながら、このようにして遺され積み重ねられた作品が、核廃絶、脱原発のための人々の営為に、短歌文学としての役割を果たしていくことの意義を考えている。 
 
 『その後の福島 原発事故後を生きる人々』(吉田千亜著、2018年9月、人文書院刊)を読んでいる。フリーライターである著者の吉田さんの、『ルポ母子避難』(岩波新書、2016年刊)をかつて読んで感銘を受けたが、今回のルポを読みながら、改めて「人間が生きる」ことに対して福島原発事故がどれほど深く多くの苦しみを与え続けているかについて、そしてその苦しみのなかで生きつづける人々の人間としてのありようについて思い、それだけ加害者である政府・東電をはじめとする核発電に関わり利益を追求する原子力マフィアの許し難い罪深さ、反人間性に対する怒りを募らせないではいられない。 
 
 著者の吉田さんは同書の「はじめに」で次のように記している。 
 「原発事故に関わる一つの事柄について原稿を書き終えると、もう次の何かが始まっている。いやもう少し正確に言えば、何かの終わりが始まっている。それは、ここ一〜二年で感じてきたことだ。/政府の言う『復興の加速化』は『早期帰還』や『福島再生』とセットで使われることが多いが、実態としては原発事故の支援制度や賠償の終了も意味している。゜復興』、すなわち政府の思い描く原発事故の収束への流れの中で、被害を受けた一人ひとりが翻弄され続けてきた。」 
 
 「とくに二〇一七年の春は、大規模な避難指示区域の解除とともに、区域外避難者(いわゆる『自主避難者』のこと)の借上げ住宅の打ち切りや、除染の事実上の終了など、国の描く『復興』への節目ともなった。その、たたみかけるような動きの中で、被害者が言葉を発せられない状況も広がりつつある。/原発事故のこと、放射能汚染のことを語れない。放射線による健康影響に対する不安や、原発避難で引き起こされた生活の苦しさについて語れない。住民同士の認識や置かれた状況の違いが被害者の語りにくさを生み出しているのだが、その語りにくさもまた、政府が作り上げたものである。」 
 
 「現地で取材を続けていると、一人ひとりの抱える状況に応じた多様な選択を尊重するのではなく、国の描く『復興』を一つの正解として押しつけている現実が見えてくる。一方で、世間では原発事故の記憶が風化し、原発事故は『終わった話』になりつつある。分かりにくさ、深刻さのゆえに、多くの人々は原発事故の話題を遠ざけ、次々と押し寄せる新たな話題に流されながら、そのまま二〇二〇年のオリンピックに向かっていくようだ。その様子に被害者自身が温度差を感じてしまえば、もはや沈黙を選ぶしかない状況に追い込まれてしまう。」 
 
 「そうして語りにくさや語れなさによる被害の不可視化が進む一方で、『リスクコミュニケーション』という名の『安心安全』の喧伝がされ、原発事故後、新たな『安全神話』がつくられ始めている。さらにはその裏で政府は原発輸出や再稼働すらも進めているのだ。/『事故から七年も経ったんだから、そろそろ自立を考えたらどうか』と吉野正芳復興大臣は非公式な席で、被害者に述べた。(二〇一七年一二月二二日復興大臣会見録)/原発事故の被害者に発せられる『自立せよ』という言葉は、その心を折るほどの強い意味を持つ。そもそも被害者は、好きで暮らしを手放したわけではない。先の見えない苦境の中で、それぞれが生活再建に追われる七年を過ごしてきた。にもかかわらず、『自立せよ』と加害者側から迫られる実態がある。」 
 
 「『国は、私たちが諦めるのを待っているんだよ』と、ある被害者の女性が私に言った。…その人はこうも言っている。『いまの率直な気持ちは、悲しいより、苦しい。苦しいより、悔しいなの』と。それは、これまで翻弄され続けてきた感情の変遷を示す言葉でもあるだろう。」 
 
 「本書では、被害者の声やエピソードに重心を置いて書いた。約七年、原発事故の取材を続けている中で、たくさんの方がご自身の経験や想いを、言葉を選びながら、ぽつぽつと語ってくださった。もちろん、私が見たことも聞いたことも、ごくごく一部でしかない。それでも、その言葉の一つひとつは、経験当事者にしか語れない、人の胸を打つ力を持っている。悩み、苦しみながらたぐり寄せたその言葉を聞くことで、私自身も学び続けてきた。…希望にあふれた復興物語の流布が、これ以上被害そのものや、人々の悲しみや苦しみを被い隠さないことを願っている。」 
 
 『その後の福島 原発事故後を生きる人々』の著者、吉田千亜さんが同書の「はじめに」に記したかなりの部分を抽かせていただいた。この一冊は貴重であると思い、核の反人間性を改めて思いながら、フクシマの実態は、この国の原子力マフィアがこの国だけでなく、広く世界的に見て「あってはならない存在」であることを改めて痛感させられた。また、吉田さんの著書、『孤塁 双葉郡消防士たちの3・11」』(2020年1月、岩波書店刊)も読み始めたところだが、福島原発事故が人間にもたらしている加害の深刻さは、核を「わがもの」として使う政治・経済・文化の支配者たちの存在を許している時代に生きる私たちのありようへのやむことのない警鐘であると思う。短歌人の原子力詠もそうだと思う。そう思いつつ、『現代万葉集二〇一八年版』の原子力詠を読んでいく。 
 
 ▼植物(抄) 
チェルノブイリの薔薇(そうび)の町に人は消えばらも消えたり森を残して 
                     (大分・宮武千津子) 
 
 ▼生活(抄) 
夜半めざめ渇ける口にふふむとき「水を」と逝きし被爆者のたつ 
                     (東京・小西美智子) 
 
黒い雨相生橋よ幾万の写メールがふる原爆ドーム 
                     (東京・鈴木淑枝) 
 
放射能汚染もひとつの口実に別居の続く家族あるとか 
                     (沖縄・中村ヨリ子) 
 
 ▼生老病死(抄) 
ちちははの写真のまへで熟れてゆく八月の桃 原爆の日 
                     (東京・西塔玲子) 
 
東日本大震災に弟の栗・落花生を一人味はふ 
                     (福島・鈴木 進) 
 
 ▼家族(抄) 
今宵の月悲しき程に神々し八月六日平和を願ふ 
墓開き家族十人にルーツ語る夫に孫らの神妙に聞く 
                     (2首 愛知・片山久子) 
 
放置田にひめぢょをんの花溢れゐて心のいたみ深くなりたり 
                     (福島・佐藤文子) 
 
 ▼戦争(抄) 
あれほどの事故が起きてもまだ懲りず原発必要というわが政府 
                     (長崎・岩永ツユ子) 
 
核のボタン危ふき男達に委ねらる東のトランプ西に金正恩 
                     (東京・小野田素子) 
 
生者、死者、負傷者、かたちなき駅舎白黒写真の中の灼熱 
顔も手も足も体も黒こげの少年よなすすべもなかりし無惨 
救援を待つ被爆者の息づかいそのか細さの画面にただよう 
                     (3首 長崎・菅野多美子) 
 
大空襲原爆投下受けた国憲法変えて戦争したいか 
                     (神奈川・郡山 直) 
 
「ピカドンはなかった」言われちゃいけんけえと封印の母堰切る証言 
彼の年のヒロシマの川に大発生蜆の味を母は忘れず 
                     (2首 広島・坂田世輝) 
 
原爆忌七十二年め語り継ぐ人ら年々亡くなりてゆく 
己が樹皮はぎ落としつつ寺庭の百日紅咲き原爆忌くる 
原爆に果てたる御魂を鎮むとや百日紅の寺庭に咲く 
                     (3首 神奈川・杉本照世) 
 
我こそが核を一番憂ふ者とビキニ被爆者存命の漁夫 
折鶴の静かな抗議国連の核保有国と日本の席に 
                     (2首 東京・鈴掛典子) 
 
湧き水を両手にすくい飲む時にふとも思いぬ被爆の兄を 
水欲りし川辺に腹這いすするとう被爆者兄の声を忘れじ 
生きてればあなたと同じ歳なのよ爆死の妹かたる友あり 
                     (3首 長崎・西岡洋子) 
 
答なく凍りつく夏 被爆者の「あなたはどこの国の総理」 
クスノキの洞の深みは水疱と見せて黒びかりせり「忘るな」 
原爆と戦ふ全て曝したりクスノキそよぐ 谷口稜暉(たにぐちすみてる) 
                     (3首 東京・本渡真木子) 
 
六度目の核実験なり憤くかたへ傾(なだ)るるごとき日々の過ぎゆき 
                     (広島・三浦恭子) 
 
卓にのこる折鶴らにも聞かせたしICANのノーベル平和賞受賞を 
「あなたはどこの国の総理ですか」と被爆者に言わしめた八月の長崎 
すずかけの舗道五十メートルを杖つきて加わりし平和行進 
                     (3首 香川・三崎ミチル) 
 
原子爆弾落とされし日も忘れゐし平和なる今日を託つ私 
                     (東京・横山茂子) 
 
 ▼社会(抄) 
東北の被災地にまた冬が来る霖雨に濡れるセシウムを吸ふ 
                     (東京・相澤東洋子) 
 
避難指示解除の動きすすむなか「不可能」つづく原発所在地 
核兵器禁止条約ひのめみて原爆忌まえに嬉し泣き洩る 
                     (2首 広島・天瀬裕康) 
 
炎熱のヒロシマの夏を思ひつつ核兵器廃絶の署名に立ちぬ 
核兵器禁止の声に振り向きて若き男は名前書きたり 
リカちゃんの名前も書いてと小学生のきつぱりと言ふ被爆者署名 
                     (3首 島根・石橋由岐子) 
 
横須賀は狙はれるから行かないわ 友が友でなくなつた日よ 
危ふさと日本の護衛艦引き連れてロナルド・レーガン海原をゆく 
                     (2首 神奈川・石渡美根子) 
 
激情にかられて核のボタン押す悪夢過(よ)ぎりぬ討論見つつ 
                     (東京・泉谷澄子) 
 
日本語で世界に知られる世となれりツナミ、フクシマ、サシミ、カロウシ 
                     (茨城・小野瀬 壽) 
 
刀だけが武器でありたる世のありき「核」は進歩か滅びかか地球 
                     (新潟・梶原さい子) 
 
此の世から核兵器去るはいつならん揚羽蝶まふ庭に佇む 
廻り来し雨の八月十五日広島長崎かなしみの夏 
「核兵器禁止条約」白泉の詠みたる一句胸を過(よ)ぎりぬ 
                     (三首 群馬・木村あい子) 
 
被爆より辿り着きしは核の傘おぞましきかな瑞穂の国は 
                     (沖縄・久場勝治) 
 
核兵器禁止条約反対の理由が読んでも読んでも解らず 
                     (福井・紺野万里) 
 
わが町にふるさと納税する人が学童疎開せし頃語る 
デブリとふ魔もの正体見せぬまま六とせ過ぎたり廃炉は遠し 
                     (2首 福島・佐藤順子) 
 
八月のあの日あの時火に溶けし友は被爆地の一草(いっそう)の根 
                     (香川・寒川靖子) 
 
ICANの輪にも入らず口先で語る平和の何と虚しき 
                     (北海道・中川明義) 
 
核兵器の廃絶協定拒絶せる日本の思考世界が疑ふ 
核実験中止に抗ふ北朝鮮に操らる日・米交渉進まず 
                     (2首 山梨・中嶋長継) 
 
誇らかに水爆完成を告げて言ふ終末時計早むるその声 
                     (神奈川・結城千賀子) 
 
 ▼災害・環境・科学(抄) 
除染作業員(さぎょういん)なれば飯舘村(むら)から放射線一掃せねばと励む弟 
〈肺癌〉になっとくいかず嘘なのか本気なのか弟の死は 
「原発の事故などなかった」弟は夢に笑って震災を言う 
                     (3首 宮城・伊藤誠二) 
 
いつしらに原発反対の声消えて三猿のさまのこころを恐る 
                     (東京・井上津八子) 
 
毎日の放射線量測定値知らせありても致し方なく 
無人村を隠れ家とする動物の糞に多量の放射能あり 
福島に残れるは負の遺産のみ放射能とぶ空と地と海 
                     (3首 福島・薄井弘子) 
 
裏の井戸水には放射性物質の検出されぬを聴くも不可思議 
                     (東京・遠藤たか子) 
 
被曝検査七年目にして受けんとぞ思いたち来ぬ炎暑の今日を 
全身の被曝検査はわずか二分 確かなるかと結果危ぶむ 
出荷制限いまだ解かれぬ山の幸きのこ、山菜も食禁冊子に 
                     (3首 福島・加藤日出子) 
 
世界的フクシマなどは望まざり元の穏しき福島をを恋う 
人間(ひと)の手に負えぬ代もの原発は新規も旧きも「ならぬものです」 
廃炉ロボの成功する日はいつならん頑張れ難敵デブリに勝つまで 
                     (3首 福島・北郷光子) 
 
蕗の薹摘みて天麩羅揚げたるに食む事のなし原発事故に 
片栗の根を掘らるると友は言ふ猪増ゆも原発事故に 
原発の事故の消ゆるに幾十年山にも行けぬ松茸採りは 
                     (3首 福島・木下 信) 
 
繰り返す歴史はあるな愛用の軍手にしみ入る雪の冷たさ 
根の国へ誘う鳶か一分の黙禱の空こえ澄みて舞う 
                     (2首 広島・田辺かつえ) 
 
首(かうべ)のべ青鷺とほき方(かた)を見るその視野の先福島 吹雪く 
被曝と被爆の異議語りをり八ヶ岳麓の村の小さき歌会に 
「はやぶさ」が福島を告ぐ『警鐘』の一首一首が立ち上がりたり 
                     (3首 長野・中島雅子) 
 
「夜(よ)の森」の桜並木は咲き満てど戻る住民十九パーセント 
戻れねど生れた町の空気をば吸いに来たとぞ話す男性 
長年を営みし店毀(こぼ)つとぞ最後の桜(はな)を撮る夫婦あり 
                     (3首 東京・中村かよ) 
 
おお海は大いなる母 怒り産み哀しみを産み歌あまた産み 
ぶなの樹となりて聴きいる水の音今福島に起つ心はや 
大津波来れば如何にと問いながら聴きしか海のグランドピアノ 
                     (3首 福島・波汐國芳) 
 
野ざらしのフレコンバッグ端裂けてひそひそ話す死者たちのこゑ 
平積みの黒き袋の仮置場泣く泣く藉せば妬みを買ひぬ 
廃炉まであと三十年(みそとせ)はほんたうか生きて見届けむわがふるさとを 
                     (3首 埼玉・橋本久子) 
 
毒消(どくけ)し売りの消えし昭和の角海(かくみ)浜原発企図に村も消えたり 
原発賛否投票遂げて二十年鬩(せめ)ぎしわれら夕映えに佇つ 
原発の夢燃え尽きし丘(を)に佇てば海界に炎(も)ゆ陽の蜃気楼 
                     (3首 新潟・若月昭宏) 
 
 次回も『現代万葉集』を読む。            (つづく) 


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